闇からの囁き〜雨宮健の心霊事件簿〜③

蒼琉璃

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密告①

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 加奈さんは、僕に美術部の時期部長として部員のいじめを止めさせようとしていたと語っていたが、優里さんが伝えようとしていた事とは異なる。
 夢の中での霊視では、加奈さんは積極的に優里さんの虐めに加担していたように視えた。
 僕の言葉に反応するかのように、トイレの個室で泣いていた優里さんの周囲が、ボロボロと崩れ落ちていく。
 僕の体はそのまま宙に浮いて、暗闇の中に落ちると意識を失った。
 僕はどうやら暗闇の中でベットに横たわっていて、まるで金縛りにかかったように体が動かなくなっていた。瞼を開けようとしてもそれさえも動かせず、目の見えない状況で、聞こえるのは規則正しい機械音と酸素が送り出される音だけだ。


 ――――もう大丈夫だよ、優里。
 ――――ようやくあいつらに復讐できる。
 ――――これで最後。


 誰かがそう言うと、僕の手を握った。
 その感触の安堵感と共に、悲しくてやりきれない思いで胸が詰まり僕の目から涙がこぼれ落ちる。
 何だか息苦しい、喉が詰まるようだ。
 首元に縄のようなものが絡み付いている気がして、僕は動かない腕を、無理矢理腕を動かすと自分の首元を抑えた。
 これは夢だ。夢だ。動かせる!

「――――ぐっっ!」

 僕が飛び起きた瞬間、僕の体の上に伸びた大量の黒髪が這い寄り、首元を巻き付いているのが見えた。
 その髪の毛をばぁちゃんが掴んだ瞬間にしゅるしゅると物凄い早さで、畳の中や天井の中に吸い込まれていった。
 僕は思わず咳き込みながら起き上がる。

『大丈夫かい、健。呪詛が追いついてきたんだよ。ここは寺があって清められているから、結界は不要かと思ったけど……執念深い呪詛だ』
「ゲホッ、ゴホッ、はぁっ、ありがとう、ばぁちゃん」

 僕はばぁちゃんに礼を言うと、夢の中で聞いた声を思い出していた。
 あの声には聞き覚えがある、あれは――――。

「おい、雨宮! 起きてるか」

 突然、思考を遮るように廊下を走る音がして、勢いよく扉が開けられるとパジャマ姿の明くんが血相を変えて入ってきた。
 部屋にある古い置き時計を見ると、時刻はすでに23時を過ぎていてる。そろそろ家の人も寝ているような時間帯に、こんなに騒がしく部屋に来て、いったい何事かと僕は彼を見る。

「な、なに? 何かあったの?」
「いま、菊池さんから電話が来て……加奈さんの様子がおかしくなったみたいなんだ。暴れて意味不明な言葉を叫んでるってさ! やべぇよ、呪いが発動したんじゃね?」
「――――まずい! 呪いが強くなったんだ。琉花さんも危ない」

 間宮さんの危惧きぐが当たった。加奈さんへの呪いが一向に発動せず、痺れを切らした呪術者が呪詛の力を強めた。
 僕は飛び起きると、慌てて琉花さんに電話する。呪詛が強まったから、あの時龍神様の力を借りて退けたはずの呪いが僕に追いついてきた。
 琉花さんもまた、僕と同じように影響を受けているはずで、彼女の場合は僕よりも早い段階で障りを受けている。
 
「駄目だ、出ない。梨子にも連絡して貰おう」

 連絡の取れない彼女を心配し、彼女の守護霊に加勢するためにも、僕は一時的にばぁちゃんに頼んで、琉花さんの元へと飛んで貰う事にした。

「とりあえず俺と親父は、いまから菊池さんの家に向う。お前も来いよ。あのばぁさん、偉そうに言ってたけど、龍神様のお力も借りたいんだってよ」
「わかってる、言われなくても行くつもりだったよ」
 
 あの大祖母さんは恐ろしいが、やはり曾孫ひまごは可愛いのだろうし、頼りにしていた憑きものが、許容範囲を超え血族を守護できないなら、わらにもすがる気持ちになるのはわかる。
 加奈さんの過去の行いは許せないが、僕は優里さんや、琉花さんを救うためにこの呪詛と向き合わなければならない。
 僕は、眠っているだろう梨子に電話をかけた。前回のこともあって、僕は彼女のことをこれ以上こちら側の世界オカルトに巻き込みたくなかったけど、僕にとって彼女が一番信頼できる相棒だ。

『……健くん、どうしたの? 何かあったの?』
「梨子、起こしてごめん。梨子に頼みたい事があるんだ。それから落ち合おう」

 梨子は僕の言葉から、何かを察したように返事をした。今の僕には守護霊がいない状態で憑かれたり霊障を受けやすくなっている。
 だけど僕は、龍神の力と僕自身を信じることにした。

✤✤✤

 住職を先頭に、僕は正装した明くんのバイクの後ろにニケツすると『お蛇様』様の屋敷に向かった。意識を額に集中させ、霊視をした状態になると目の奥が赤くなる。
 道中、菊池家のご先祖なのか、祟を受けた小作人かのかわからないが、口を開けて目の落ち窪んだ農民が、ぼんやりと畑の中で立ち尽くし小さな蛇のような黒いミミズが絡みついた霊と何体も出くわした。
 彼らはああして、長い間囚われているのだろうか。 

「気味悪ぃな。だから夜にここを通るのは嫌なんだよ」

 身震いするように、明くんが愚痴る。
 遠くに真っ赤に染まった禍々しい屋敷が見えてくると、無数の蛇達がまるでそこから逃げ出すかのように、四方八方に飛び出していた。
 そうこうしていると、突然バイクのライトに照らされ、前方に人影が現れご住職が驚いたように声あげた。

「お、おい、あんた達! 止まってくれ」
「ありゃ、あの家ですれ違った運転手じゃねぇか」
「えっ、林田さん?」
「林田さん、どうされたんですか?」

 畦道を塞ぐように、元美術部の顧問の林田さんが必死になって両手をあげていた。減速しバイクを停めたご住職が、林田さんに駆け寄る。
 僕と明くんもそれに続いて歩み寄ったが、霊視をした状態のままで林田さんを見てしまい、思わず絶句した。
 彼の目や口、鼻や耳から黒い小さな蛇がいくつも顔を出してうねうねと寄生虫のように動いて、まるでゲームに出てくる化け物のように視えたからだ。

「あんたらに話があるんだ! 俺を助けてくれ!」
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