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呪詛の網①

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 琉花さんの守護霊は普通の人よりも強く並の悪霊ならば恐れるに足りない位に強い。だが、祓っても祓っても纏わりついてくる黒い影との攻防に守護霊も琉花さんも、いつまで持つのだろう。
 あの声の主の存在も、今は画面上で確認できないが、あの悪霊が加勢すれば、彼女も無事ではすまないだろうと僕は感じた。

『健、式神を飛ばしてごらん』
「え、でも……画面越しに式神って飛ぶの?」

 手元には人形ヒトカタの式神があるけど、目の前の悪霊に飛ばして霊を撃退、浄化させた事はあっても遠隔リモートで操った事はない。

『式神たちの姿を頭に浮かべるのさ。お前は、ばぁちゃんより霊力が強いから、強く念じればこの人形ヒトカタを、あの子の所まで飛ばせる』
『さっきから、黒いのが次々来るの、雨宮怖い……! 何でもいいから助けてよ!』

 彼女の霊力では僕たちの会話までは分からないだろうが、あまりの恐怖に取り乱す琉花さんを見ると、僕は慌てて額の中心に神経を集中させた。
 三体の式神を、あの烏帽子姿の守護霊を援護えんごさせるイメージで念を飛ばすと、彼女の周りに絡みつく黒いモヤの間を白い人形がビュン、ビュン、とツバメのように動いた。
 それに怯んだように、黒い影が画面から消えていく。
 まさか上手くいくとは思わなかったが、亡くなった彼女たちの精神状態を思い起こすと、これで手を引いてくれるような悪霊あいてには思えなかった。

「琉花さん、大丈夫? 僕の式神が追い払ったみたいだ。とりあえず式神にはそこに居て貰うようにするけど、あの執念深さだと元を絶たないと駄目だよ。君の守護霊も、全部は防ぎきれないと思うんだ」
『ありがとう、雨宮……。声を荒げちゃってごめん』

 いつもなら『何とかしなさいよ、雨宮のバカッ!』と叱られそうなものだが、そんな勢いも無いほど精神が弱っている。膝を抱えたまま十代の女の子が怯えて落ち込んでいるのを見ると、胸が痛んだ。
 僕とそんなに年齢は変わらないけど、彼女は高校を卒業したばかりの子供なのだ。

「それにしても、どうして琉花さんはアクセス出来たんだ? どんなものを見たの」
『わかんない……、杉本さんにアドレス送って貰って、何回かチャレンジしてみたら出来た。なんか、気持ち悪い動画が再生されて……そしたら『ねぇ』って、きもい声が聞こえて……最悪』

 琉花さんも、ショックのあまりにサイトについて詳しい事を覚えていないようだ。どうやら動画のようなものが再生されるらしい。
 一昔前ひとむかしまえに流行った呪いが連鎖する映画のようで僕は苦笑する。

「杉本さんに、見た事を伝えた?」
『うん……雨宮が見れないなら、琉花も大丈夫だろうって思ってたみたいだからショック受けてた。杉本さん、発作が起きて大変だったんだ』
「え? なんの?」
喘息ぜんそく。……琉花、これからどうなるの? 飛び降り自殺しちゃうのかな』

 マネージャーに心配をかけてしまったことも彼女の自責の念を強くしているようだった。僕は覚悟を決め、琉花さんに言う。

「――――改めて僕が霊視する。今なら、『闇からの囁き』を視れる気がするんだ。守りを強くしたから大丈夫だと思うけど何かあったら梨子に連絡して。
 二十時以降なら連絡つくし、彼女なら琉花さんのマンションに入っても怪しまれないと思うからさ」

 琉花さんは顔を上げて僕を見ると少し表情を明るくして頷いた。通話を終えると、僕はばぁちゃんを見上げて頷く。
 杉本さんから貰ったアドレスをパソコンに転送させると深呼吸して『闇からの囁き』にアクセスする。

 一度目のエラー。
 二度目のエラー。
 三度目にアクセスした瞬間、文字化けした言葉の羅列が画面の上から下まで流れていく。
 そしてその直後に砂嵐が広がり、電源が落ちたかと思うと薄っすらと誰かに覗かれたような気配を感じて、慌てて振り返ったがそこには誰も居なかった。

「っ……!?」 
『健、繋がったよ』

 ばぁちゃんの声に僕はそちらを見た。
 四人の黒い人がけのようなものがぼんやりと僕を覗き込んでいる。まるで水中の中で話してるようにもごもごとしていて、いったい何を話しているの分からない。
 時々それに笑い声が交じって不快な気分になる。
 その声の合間に聞こえる、呻くような呼吸音が気味が悪い。
 8ミリフィルムの映像のように乱れていて、鏡の前にブレザー姿の少女が立っていた。
 その子の頭は前後左右に激しくぶれていて、顔立ちも顔の表情も分からない位だ。
 二匹の鳥が夕暮れの空を飛んで行く様子は物悲しくて、漠然と死にたくなるような感覚に襲われる。
 その直後、画面が素早く切り替わると、精気の無い瞳孔が画面一杯に広がって、虚ろな焦点の合わない視線が僕を見ていた。
 僕を見ているようで、見ていないその虚無の黒目は死人の眼差しと同じで、僕は全身が総毛立つのを感じた。マウスを動かしてみても固まったままで、画面を操作する事が出来ない。

『うっ……凄い邪気を感じるわ。また魔物の類かねぇ』
「フリーズしてる……、霊視するよ、ばぁちゃん」

 死人の目を見ながら、僕は額に神経を集中させた。僕の目が紅く光ると霊視が始まり、この呪われた動画の中に入る。
 僕は誰かの視界を借りて、四人の人影を見ているようだった。まるでコンタクトが霞んだようにぼんやりとしていて顔立ちも表情もわからないが、輪郭りんかくからして女性のような気がした。
 酷い耳鳴りで会話の内容は聞こえず、しばらくすると四人は立ち上がり自分の側から離れるのを感じた。
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