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沈黙の竜
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「ん………」
薄っすらと瞼を開けると、そこは全く見知らぬ場所だった。天井も床も岩肌を削られ、整えられた壁になっており、石を掘って出来た机や本棚がある。この洞窟の部屋は薄暗いが、ランタンが所々にかけられているようだ。
クロエは全く頭の整理出来ずに固まっていたが、飛び起きると両腕を擦り、上半身に触れてその存在を確認した。
あれだけ高い場所から落下したにも関わらず体には傷一つ付いていない。もしかして此処は死の世界かと思ったが、自分の体に触れてみても至って普段と変わらない感触で、死んでしまったとは到底思えない。
「私、死んでない……? 一体、此処は何処なの? 誰かに助けて貰ったような気がするけど」
意識を失う直前、誰かに抱きかかえられたような気がした。男性だったように思うが、幾ら見渡してもこの部屋には誰もいない。クロエはベッドから降りると、大きな獣の毛皮で出来た絨毯を歩き、おずおずと周囲を見渡して本棚まで歩み寄った。
そこには革の古い本が置いてあり、背には見た事の無い文字が刻まれていた。一冊取り出しパラパラと捲ったが、クロエには読めないような文字の羅列が並んでいる。頁の合間に竜の挿絵と女性の絵が描かれていた。読めない書物に溜息を付いてそれを元に戻すと、次は机に向かう。
机の上には日記のような物とインキ、羽ペンが置いてあった。頁を捲ると辛うじて日付らしき記号が記されてあったが、先程と同じ文字の羅列で、一体何を書いているのか分からず首を傾げると静かに本を閉じた。
――――その刹那、風を切るような音が外で響くとクロエは驚き、ベッドの影に隠れると入り口を見た。
「……誰……!?」
コツコツと歩く音が聞こえ、暗闇の中で夜光虫のように光る猛獣のような青い瞳が見えると体を小さくして震えた。
あの瞳には見覚えがあるが、大きな二本の角が生えた男性は人間では無かった。魔物のような異形の姿に息が止まりそうになり青褪た。
魔物なんて一度も見た事は無いが、村の男達の話によると、大きな角が生え尻尾が生えた異形の姿をして人を食うのだと聞いたことがある。あの人の容姿はまさに伝え聞く魔物そのものだった。
星降りの谷を住処にしていたのは神様でも無く、星屑の竜でも無く、恐ろしい魔物だったんだ――――。
そう思うと堪らず恐怖が体を駆け巡りクロエは強く目を閉じた。
暫くして、瞼に影が過ぎり思わず震えながら目を開けると、目の前には角の生えた青年が腰を屈めながら覗き込むように、此方を静かに見つめていた。
「――――!! わ、私……は、美味しくないです!! 食べないで!!」
「―――――」
大きな声で叫び、命乞いをするように怯えた表情で魔物の青年を見ると、無言のまま青く輝く瞳を左右に揺らし、無言のまま姿勢を正して体を引っ込める。コツンと石の机に何かを置く音がして、目を瞑りビクビクと体を震わせていたクロエは、魔物の青年が一向に自分の体に触れる様子がないのを不審に思って顔をあげた。
「あれ……?」
ベッドの影から頭を出すと、部屋には魔物の気配は無く石の机には銀の皿に入った果物と生肉が置かれていた。恐る恐る立ち上がりクロエは石の机を覗き込んだ。
動物の生肉は兎も角、何種類か置かれた果物は、空腹と緊張で喉が渇いていたクロエにとっては天の恵みだった。銀の皿を掴むとベッドの影で食べ始めた。
✤✤✤✤✤✤✤✤
それから数日、魔物の青年は決まった時間に銀の皿に果物と生肉、そして川で汲んだ水を置いてくれる。彼に出逢った初日は果実で太らせて程良く甘くなった肉を食べるのだろうかと思っていたが、食事を運ぶ時以外はこの部屋に留まろうとしない彼に少し警戒心が解けてきた。
人の言葉が理解出来るかどうか、分からなかったが一言も発しない彼に、身振り手振りで『生肉は焼かないと食べられない』と話し掛けたのが初めての会話だった。
彼は、無言のままじっとクロエの動作を見ていたが、銀の皿に生肉を載せると暫くして焼けた肉を持ってきてくれた。勿論、味付け等はされていなかったが新鮮で美味しかった。
食事を終えた後試しに、水浴びをさせてくれと頼むと、洞窟の部屋の外に水の入った大きな桶を置いてくれたので、クロエは数日着たままだった花嫁衣裳を脱ぐと全裸になって水浴びをした。気持ち良さに目を細めながら長い銀髪を洗うと、ふと心の中で呟いた。
(もしかして、あの魔物は、悪い魔物じゃないのかしら? きっとあの部屋は彼の住処で……私を寝かせてくれるているけど、一体彼は何処で寝てるの。――――そう言えば私、あの人の名前も聞いてなかった)
明らかにあの部屋は彼の住処で、自分が占拠しているような形になっている。半ば監禁なのかも知れないが、元より自力でこの星降りの谷から出る事は叶わない。
彼は自分を食べる事も無く、体に触れる事も無く住処を明け渡して恐らく外で雑魚寝をしているのだろう。何だか申し訳無い気持ちになった。まだ、完全に恐怖は消えないけれど自己紹介はしたい。
体を洗い終えて振り向くと、目の前に青年が立っており悲鳴をあげてクロエは桶の中に座り込んだ。
「きゃあ! 何してるの!!」
「…………っ」
クロエの悲鳴に、魔物の青年は驚いたように目を見開いた。その手にはリネンの布と随分と古いデザインの服が持たれていた。
着替えを持ってきたのだろうが、異性とキスもした事の無いクロエとって男性に裸を見られる事はとてつもなく恥ずかしい事だった。青年は狼狽え、困り果て布と服を置くと、クロエを気にしながら洞窟の部屋へと戻っていった。
クロエは真っ赤になりながらリネンの布で体を拭くと古いデザインのドレスを身に纏った。服を着ると、急に彼の事が腹立たしくなり魔物だと言う事を忘れて、文句の一つも言いたくなったが、彼の戸惑った表情を思い出して呼吸を整える。暫く洞窟の部屋に入るべきか右往左往していたが覚悟を決めた。
(悪気は無かったのかも知れない……よね。こんな所に一人で住んでいるんだもの。女性の事なんて良く知らないのかも)
部屋に入ると、珍しく石の机に座り何かを掘っているようだった。クロエが入ってくると、肩越しに彼女を一瞥し、無言のまま再び作業に戻る。
一旦クロエの怒りは収まったものの、反省の様子のない彼に苛立ち一言言ってやろうと口を開いた瞬間、振り向いた魔物の青年に手を握られた。
そして、クロエの掌に石で作られた小さな兎の置物が置かれる。
「これは、何……?」
「…………」
突然の行動に驚きいたクロエだが、つるつると肌触りの良い石の兎を撫でながら彼を見つめると、不思議な色を放つ青い瞳が左右に揺れ何かを訴えかけているようだった。
もしかして、これは自分への贈り物なのだろうか。
「ねぇ、これって……謝罪のつもり?」
「…………」
変わらず無言のままだが、まるで返事をするようにゆっくりと瞬きをした。言葉は無いが恐らく彼はそのつもりなのだろう。クロエの怒りは消え、食事以外で初めて彼と意思疎通出来た事に驚き、怖くて仕方が無かった魔物の青年を、この時初めて真正面から見つめた。
金髪の髪に、浅黒い滑らかな肌、そして雄々しい捻れた赤の二本の角、そして不思議な輝きを放つ青の瞳。
何処か神秘的で、思慮深い眼差しを見ると不思議と肩の力が抜けてしまい、大きな獣の絨毯に腰を下ろした。
「可愛い、ありがとう……さっきの事は許すわ。貴方、着替えも用意してくれたのね」
「――――」
青年は頷くと、クロエと同じ目線になるように絨毯に腰を降ろすと胡座を掻いた。些細な人間らしい行動を目にすると、やはり彼が恐ろしい魔物だとは思えず改めて自己紹介をする。
「私の名前はクロエ。クロエ……」
自分を指差して名前を告げると、青年の手を掴み指先で掌に名前を刻んだ。あの本棚や日記らしきものを見る限り、恐らく彼には通じないだろうと思ったが、何故か彼に人の言語を伝えたいと思ってしまった。
掌をなぞる指先をじっと目で追い掛けて名前を覚える様な素振りをする青年の横顔を見つめ、今度は彼を指差した。
「貴方の名前を教えて。なんて呼べばいいの?」
「…………」
困ったような表情に、クロエは更に何度か問い掛けたが答えず同じような反応で埒が明かない。もしかすると、彼の種族は互いに名前で呼び合わないのか此処で一人で生活をしているので、必要が無かったのでは無いだろうか。
「名前が無いなら、私が付けてあげる。だって貴方の事を名前で呼べないのは不便だもの。そうだね、イノシュはどう? イノシュ……こう書くの。イノシュは、尊敬されている男性と言う意味だよ」
同じように掌に名前を刻むと、貴方はイノシュと何度も繰り返した。頃くして青年は初めて少し微笑み頷いた。その様子から見てイノシュと言う名前を気に入ってくれたのだろうか。クロエは、意志の疎通が出来る事を確信すると、更に身振り手振りで質問を続けた。
「イノシュは魔物なの?」
――――イノシュは頭を横に振る。
「イノシュは天空の神なの?」
――――イノシュは頭を横に振る。
「イノシュは星屑の竜なの?」
暫くイノシュは考え、竜と言う言葉に反応するように頷いた。驚べき事に、彼は天空の神の化身と言われた星降りの谷の竜だった。
祖母から聞いた星屑の竜は、人間よりも遥かに大きく山のようだと言っていたけれど、クロエの頭が彼の胸元辺りで確かに身長は高いが、クロエが想像していた姿とは全くかけ離れていた。
大きな翼、鉤爪、頑丈な鱗に鋭い瞳を持った凶暴な生き物だと思っていたのに。
「じ、じゃあ、私……儀式通りに星屑の竜の元へと嫁いでしまったの?」
薄っすらと瞼を開けると、そこは全く見知らぬ場所だった。天井も床も岩肌を削られ、整えられた壁になっており、石を掘って出来た机や本棚がある。この洞窟の部屋は薄暗いが、ランタンが所々にかけられているようだ。
クロエは全く頭の整理出来ずに固まっていたが、飛び起きると両腕を擦り、上半身に触れてその存在を確認した。
あれだけ高い場所から落下したにも関わらず体には傷一つ付いていない。もしかして此処は死の世界かと思ったが、自分の体に触れてみても至って普段と変わらない感触で、死んでしまったとは到底思えない。
「私、死んでない……? 一体、此処は何処なの? 誰かに助けて貰ったような気がするけど」
意識を失う直前、誰かに抱きかかえられたような気がした。男性だったように思うが、幾ら見渡してもこの部屋には誰もいない。クロエはベッドから降りると、大きな獣の毛皮で出来た絨毯を歩き、おずおずと周囲を見渡して本棚まで歩み寄った。
そこには革の古い本が置いてあり、背には見た事の無い文字が刻まれていた。一冊取り出しパラパラと捲ったが、クロエには読めないような文字の羅列が並んでいる。頁の合間に竜の挿絵と女性の絵が描かれていた。読めない書物に溜息を付いてそれを元に戻すと、次は机に向かう。
机の上には日記のような物とインキ、羽ペンが置いてあった。頁を捲ると辛うじて日付らしき記号が記されてあったが、先程と同じ文字の羅列で、一体何を書いているのか分からず首を傾げると静かに本を閉じた。
――――その刹那、風を切るような音が外で響くとクロエは驚き、ベッドの影に隠れると入り口を見た。
「……誰……!?」
コツコツと歩く音が聞こえ、暗闇の中で夜光虫のように光る猛獣のような青い瞳が見えると体を小さくして震えた。
あの瞳には見覚えがあるが、大きな二本の角が生えた男性は人間では無かった。魔物のような異形の姿に息が止まりそうになり青褪た。
魔物なんて一度も見た事は無いが、村の男達の話によると、大きな角が生え尻尾が生えた異形の姿をして人を食うのだと聞いたことがある。あの人の容姿はまさに伝え聞く魔物そのものだった。
星降りの谷を住処にしていたのは神様でも無く、星屑の竜でも無く、恐ろしい魔物だったんだ――――。
そう思うと堪らず恐怖が体を駆け巡りクロエは強く目を閉じた。
暫くして、瞼に影が過ぎり思わず震えながら目を開けると、目の前には角の生えた青年が腰を屈めながら覗き込むように、此方を静かに見つめていた。
「――――!! わ、私……は、美味しくないです!! 食べないで!!」
「―――――」
大きな声で叫び、命乞いをするように怯えた表情で魔物の青年を見ると、無言のまま青く輝く瞳を左右に揺らし、無言のまま姿勢を正して体を引っ込める。コツンと石の机に何かを置く音がして、目を瞑りビクビクと体を震わせていたクロエは、魔物の青年が一向に自分の体に触れる様子がないのを不審に思って顔をあげた。
「あれ……?」
ベッドの影から頭を出すと、部屋には魔物の気配は無く石の机には銀の皿に入った果物と生肉が置かれていた。恐る恐る立ち上がりクロエは石の机を覗き込んだ。
動物の生肉は兎も角、何種類か置かれた果物は、空腹と緊張で喉が渇いていたクロエにとっては天の恵みだった。銀の皿を掴むとベッドの影で食べ始めた。
✤✤✤✤✤✤✤✤
それから数日、魔物の青年は決まった時間に銀の皿に果物と生肉、そして川で汲んだ水を置いてくれる。彼に出逢った初日は果実で太らせて程良く甘くなった肉を食べるのだろうかと思っていたが、食事を運ぶ時以外はこの部屋に留まろうとしない彼に少し警戒心が解けてきた。
人の言葉が理解出来るかどうか、分からなかったが一言も発しない彼に、身振り手振りで『生肉は焼かないと食べられない』と話し掛けたのが初めての会話だった。
彼は、無言のままじっとクロエの動作を見ていたが、銀の皿に生肉を載せると暫くして焼けた肉を持ってきてくれた。勿論、味付け等はされていなかったが新鮮で美味しかった。
食事を終えた後試しに、水浴びをさせてくれと頼むと、洞窟の部屋の外に水の入った大きな桶を置いてくれたので、クロエは数日着たままだった花嫁衣裳を脱ぐと全裸になって水浴びをした。気持ち良さに目を細めながら長い銀髪を洗うと、ふと心の中で呟いた。
(もしかして、あの魔物は、悪い魔物じゃないのかしら? きっとあの部屋は彼の住処で……私を寝かせてくれるているけど、一体彼は何処で寝てるの。――――そう言えば私、あの人の名前も聞いてなかった)
明らかにあの部屋は彼の住処で、自分が占拠しているような形になっている。半ば監禁なのかも知れないが、元より自力でこの星降りの谷から出る事は叶わない。
彼は自分を食べる事も無く、体に触れる事も無く住処を明け渡して恐らく外で雑魚寝をしているのだろう。何だか申し訳無い気持ちになった。まだ、完全に恐怖は消えないけれど自己紹介はしたい。
体を洗い終えて振り向くと、目の前に青年が立っており悲鳴をあげてクロエは桶の中に座り込んだ。
「きゃあ! 何してるの!!」
「…………っ」
クロエの悲鳴に、魔物の青年は驚いたように目を見開いた。その手にはリネンの布と随分と古いデザインの服が持たれていた。
着替えを持ってきたのだろうが、異性とキスもした事の無いクロエとって男性に裸を見られる事はとてつもなく恥ずかしい事だった。青年は狼狽え、困り果て布と服を置くと、クロエを気にしながら洞窟の部屋へと戻っていった。
クロエは真っ赤になりながらリネンの布で体を拭くと古いデザインのドレスを身に纏った。服を着ると、急に彼の事が腹立たしくなり魔物だと言う事を忘れて、文句の一つも言いたくなったが、彼の戸惑った表情を思い出して呼吸を整える。暫く洞窟の部屋に入るべきか右往左往していたが覚悟を決めた。
(悪気は無かったのかも知れない……よね。こんな所に一人で住んでいるんだもの。女性の事なんて良く知らないのかも)
部屋に入ると、珍しく石の机に座り何かを掘っているようだった。クロエが入ってくると、肩越しに彼女を一瞥し、無言のまま再び作業に戻る。
一旦クロエの怒りは収まったものの、反省の様子のない彼に苛立ち一言言ってやろうと口を開いた瞬間、振り向いた魔物の青年に手を握られた。
そして、クロエの掌に石で作られた小さな兎の置物が置かれる。
「これは、何……?」
「…………」
突然の行動に驚きいたクロエだが、つるつると肌触りの良い石の兎を撫でながら彼を見つめると、不思議な色を放つ青い瞳が左右に揺れ何かを訴えかけているようだった。
もしかして、これは自分への贈り物なのだろうか。
「ねぇ、これって……謝罪のつもり?」
「…………」
変わらず無言のままだが、まるで返事をするようにゆっくりと瞬きをした。言葉は無いが恐らく彼はそのつもりなのだろう。クロエの怒りは消え、食事以外で初めて彼と意思疎通出来た事に驚き、怖くて仕方が無かった魔物の青年を、この時初めて真正面から見つめた。
金髪の髪に、浅黒い滑らかな肌、そして雄々しい捻れた赤の二本の角、そして不思議な輝きを放つ青の瞳。
何処か神秘的で、思慮深い眼差しを見ると不思議と肩の力が抜けてしまい、大きな獣の絨毯に腰を下ろした。
「可愛い、ありがとう……さっきの事は許すわ。貴方、着替えも用意してくれたのね」
「――――」
青年は頷くと、クロエと同じ目線になるように絨毯に腰を降ろすと胡座を掻いた。些細な人間らしい行動を目にすると、やはり彼が恐ろしい魔物だとは思えず改めて自己紹介をする。
「私の名前はクロエ。クロエ……」
自分を指差して名前を告げると、青年の手を掴み指先で掌に名前を刻んだ。あの本棚や日記らしきものを見る限り、恐らく彼には通じないだろうと思ったが、何故か彼に人の言語を伝えたいと思ってしまった。
掌をなぞる指先をじっと目で追い掛けて名前を覚える様な素振りをする青年の横顔を見つめ、今度は彼を指差した。
「貴方の名前を教えて。なんて呼べばいいの?」
「…………」
困ったような表情に、クロエは更に何度か問い掛けたが答えず同じような反応で埒が明かない。もしかすると、彼の種族は互いに名前で呼び合わないのか此処で一人で生活をしているので、必要が無かったのでは無いだろうか。
「名前が無いなら、私が付けてあげる。だって貴方の事を名前で呼べないのは不便だもの。そうだね、イノシュはどう? イノシュ……こう書くの。イノシュは、尊敬されている男性と言う意味だよ」
同じように掌に名前を刻むと、貴方はイノシュと何度も繰り返した。頃くして青年は初めて少し微笑み頷いた。その様子から見てイノシュと言う名前を気に入ってくれたのだろうか。クロエは、意志の疎通が出来る事を確信すると、更に身振り手振りで質問を続けた。
「イノシュは魔物なの?」
――――イノシュは頭を横に振る。
「イノシュは天空の神なの?」
――――イノシュは頭を横に振る。
「イノシュは星屑の竜なの?」
暫くイノシュは考え、竜と言う言葉に反応するように頷いた。驚べき事に、彼は天空の神の化身と言われた星降りの谷の竜だった。
祖母から聞いた星屑の竜は、人間よりも遥かに大きく山のようだと言っていたけれど、クロエの頭が彼の胸元辺りで確かに身長は高いが、クロエが想像していた姿とは全くかけ離れていた。
大きな翼、鉤爪、頑丈な鱗に鋭い瞳を持った凶暴な生き物だと思っていたのに。
「じ、じゃあ、私……儀式通りに星屑の竜の元へと嫁いでしまったの?」
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