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【白虎編】
過去を乗り越えるために①
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「妾妃の二人を後宮の外に出す。生涯困らぬよう財を持たせ屋敷を用意しろ。あの者たちが困らぬよう、気の合う官女も共にな」
白虎帝が雌に飽きて、この城から追い出すのは珍しい事ではない。四聖獣の中でも好色だと言うことは高級官吏達も十分に承知している。
水狼さえも、いつ鳴麗が気まぐれな白虎帝に追い出されるだろうかと心配していたが、まさか鹿族の蘭玲と、同胞の翠花が二人同時に追い出されるとは思わなかった。
高級官吏の老狼の背後で、水狼は固唾を飲んで彼らのやり取りを聞いていた。
「鳴麗様でなく、蘭玲様と翠花様にございますか? 恐れながらお二人同時となりますと……」
「何か不満があるのか? 金の工面ならば心配するな。この先、妾妃を取るつもりは無いのでな、これが最後だ」
このように白虎帝がはっきりと口に出す事は高級官吏達も聞いたことが無い。気に入った雌を後宮に入れ、まんべんなく妾妃の元に通って飽きればそっぽを向く。
その繰り返しで、まさに英雄色を好むというものだろうと彼らは割り切っていた。
「最後……となりますと?」
「鳴麗を俺の妻に迎える。例外が無いわけではあるまい? 玄天上帝も公にしなかったが、番がいた」
思わぬ言葉に、高級官吏達は動揺するようにざわめきだした。水狼さえも、あの白虎帝がこんな事を言い出すとは驚いた。
万が一、白虎帝が彼女に飽きてしまったら幼馴染みの鳴麗を自分の番に迎えようと思っていた。水狼の目から見ても、白虎帝が冗談を言っているようには見えない。
「しかしっ……! 四聖獣は天帝に近い雲の上の御方です。我々、霊獣たちにとっては英雄であり神と同じ存在。妾妃を囲うならば戯れと許されましょうが、霊獣と番になるなど……」
「そうです、血迷われますな! それに霊獣は白虎帝様よりも短い命ですぞ」
ほとんど偶像に近いような存在なのだろう。四方を守護し邪悪を祓い、ただそこに神々のように君臨しておけば霊獣たちは安堵する。
庶民のような生活は求めておらず、常に強き『聖なる獣』であることが求められている事は理解していた。
「鳴麗はこの國の民の事を考えている。お前たちは鳴麗が花琳のようになるのではないかと恐れているんだろう? 違うか?」
「………っ。それは、我々貴方様にお仕えする狼族は皆そう思っております。この水狼だけは黒龍族と、仲良くしておりますが……。白虎帝様と西の國を案じておるのです」
水狼は、肩身が狭くなり俯いた。
若い狼族の間では黒龍族に対する偏見はなかったが、老いた狼族の中には鳴麗と遊んでいると、露骨に険しい顔をする者もいた。だが、その理由を聞いても、いつも煙に巻くだけで答えははぐらかされるばかりだった。
「ならば、鳴麗が俺の番としてふさわしいかどうかを証明すれば良いのだな? この國の民が俺の妻として迎え入られれば文句は無いだろ?」
白虎帝の威圧感に官吏達は恐れをなして、口を閉ざした。
その場が静まり返ると、白虎は溜息を付いて玉座から立ち上がる。颯爽と彼らの間を通り抜け、ふと水狼に視線を向けると静かに声を掛けた。
「水狼、少し話がある」
「御意」
白虎帝を先頭に、美しい水仙の花が咲く庭を見ながら、長い廊下を歩いていた。この時刻に中庭に行けば、狼族の女官達が茶の用意をしているのだが、出来れば他の者には聞かれたくない。
「水狼。これは四聖獣としてでは無く雄として尋ねるんだが……雌は過去の雌の話なんぞ聞きたくないものか?」
「それは鳴麗の事ですか、白虎様」
「そうだ、あいつ……朱雀の事で取り乱していたからな。幼馴染みなら何か分からないか」
「それは……それまでに色々とあって。貴方様と朱雀様の事情を知らなくて二人で討伐に出かけたから、不安になったんだと思います。俺、鳴麗に相談を持ちかけられましたから」
歩くのをやめ、柱に持たれかかりながら腕を組むとチラリと水狼を見た。
白虎帝に仕えて信頼されるようになってから、思い悩んでいる姿を見るのは初めての事だった。
「嫌な思いをさせるかも知れん。花琳の事はあの老いぼれ達が知っているだけで、他の雌にも直接話をしたことは無い。もしかしたらあいつらからお前は聞いてるかも知れんがな……口が軽い者も中にはいる」
「俺は何も知りません。その雌が白虎帝様にとってどんな相手だったのかは分からないです。だけど、白虎様にとって花琳さんの事は気軽に誰かに話せるようなことじゃ無かったんですよね?
鳴麗がどう受け止めるかは、俺には分からないです。でも……鳴麗に腹割って話そうと思うって事は前向きになってるって事じゃないですか。だから鳴麗はちゃんと聞けると思います」
幼獣から成獣になったばかりの水狼に助言を求めるなんて、馬鹿げた事だと思ったが時にはその答えに気付かされる事もある。
――――何故だ、花琳。お前だけを信じていたのに。
花と血飛沫が舞い、儚げな雌の顔が浮かび、ニヤリと口端に笑みが浮かんだ。
こびり付いた記憶を消すように白虎は目を閉じると、水狼に背を向ける。
片手を上げ、ヒラヒラと手を振った。
「もう下がっていいぞ、水狼。礼を言う」
「頑張って下さいね! 白虎様!」
✤✤✤
この時ほど、白虎は緊張した事はないだろう。四聖獣として天帝の命を受けた時以来の感覚だった。
鳴麗の部屋に向かったが、そこにはおらずお気に入りの場所である東屋を目指すと、書物を枕にして机の上ですやすやと眠っている鳴麗がいた。
「ふぁ……巨大包子……だぁ……えへへ」
「ったく、人の気も知らないで一体なんの夢を見てるんだよ。鳴麗?」
「ふぁぁっ、す、すみません、資料進捗だめです!」
呆れた様子で肩をトントンと叩くと、驚いて反射的にガバッと起きた鳴麗は寝惚けたように立ち上がり声を上げた。
苦笑する白虎が隣に座っているのに気付いて、鳴麗は目を擦り褐色の肌を赤く染める。
相変わらずな様子を見ると白虎は、先程までの緊張が嘘のように解れていくのを感じた。
「おはよう、鳴麗」
「お、おはようございます……白虎様」
白虎帝が雌に飽きて、この城から追い出すのは珍しい事ではない。四聖獣の中でも好色だと言うことは高級官吏達も十分に承知している。
水狼さえも、いつ鳴麗が気まぐれな白虎帝に追い出されるだろうかと心配していたが、まさか鹿族の蘭玲と、同胞の翠花が二人同時に追い出されるとは思わなかった。
高級官吏の老狼の背後で、水狼は固唾を飲んで彼らのやり取りを聞いていた。
「鳴麗様でなく、蘭玲様と翠花様にございますか? 恐れながらお二人同時となりますと……」
「何か不満があるのか? 金の工面ならば心配するな。この先、妾妃を取るつもりは無いのでな、これが最後だ」
このように白虎帝がはっきりと口に出す事は高級官吏達も聞いたことが無い。気に入った雌を後宮に入れ、まんべんなく妾妃の元に通って飽きればそっぽを向く。
その繰り返しで、まさに英雄色を好むというものだろうと彼らは割り切っていた。
「最後……となりますと?」
「鳴麗を俺の妻に迎える。例外が無いわけではあるまい? 玄天上帝も公にしなかったが、番がいた」
思わぬ言葉に、高級官吏達は動揺するようにざわめきだした。水狼さえも、あの白虎帝がこんな事を言い出すとは驚いた。
万が一、白虎帝が彼女に飽きてしまったら幼馴染みの鳴麗を自分の番に迎えようと思っていた。水狼の目から見ても、白虎帝が冗談を言っているようには見えない。
「しかしっ……! 四聖獣は天帝に近い雲の上の御方です。我々、霊獣たちにとっては英雄であり神と同じ存在。妾妃を囲うならば戯れと許されましょうが、霊獣と番になるなど……」
「そうです、血迷われますな! それに霊獣は白虎帝様よりも短い命ですぞ」
ほとんど偶像に近いような存在なのだろう。四方を守護し邪悪を祓い、ただそこに神々のように君臨しておけば霊獣たちは安堵する。
庶民のような生活は求めておらず、常に強き『聖なる獣』であることが求められている事は理解していた。
「鳴麗はこの國の民の事を考えている。お前たちは鳴麗が花琳のようになるのではないかと恐れているんだろう? 違うか?」
「………っ。それは、我々貴方様にお仕えする狼族は皆そう思っております。この水狼だけは黒龍族と、仲良くしておりますが……。白虎帝様と西の國を案じておるのです」
水狼は、肩身が狭くなり俯いた。
若い狼族の間では黒龍族に対する偏見はなかったが、老いた狼族の中には鳴麗と遊んでいると、露骨に険しい顔をする者もいた。だが、その理由を聞いても、いつも煙に巻くだけで答えははぐらかされるばかりだった。
「ならば、鳴麗が俺の番としてふさわしいかどうかを証明すれば良いのだな? この國の民が俺の妻として迎え入られれば文句は無いだろ?」
白虎帝の威圧感に官吏達は恐れをなして、口を閉ざした。
その場が静まり返ると、白虎は溜息を付いて玉座から立ち上がる。颯爽と彼らの間を通り抜け、ふと水狼に視線を向けると静かに声を掛けた。
「水狼、少し話がある」
「御意」
白虎帝を先頭に、美しい水仙の花が咲く庭を見ながら、長い廊下を歩いていた。この時刻に中庭に行けば、狼族の女官達が茶の用意をしているのだが、出来れば他の者には聞かれたくない。
「水狼。これは四聖獣としてでは無く雄として尋ねるんだが……雌は過去の雌の話なんぞ聞きたくないものか?」
「それは鳴麗の事ですか、白虎様」
「そうだ、あいつ……朱雀の事で取り乱していたからな。幼馴染みなら何か分からないか」
「それは……それまでに色々とあって。貴方様と朱雀様の事情を知らなくて二人で討伐に出かけたから、不安になったんだと思います。俺、鳴麗に相談を持ちかけられましたから」
歩くのをやめ、柱に持たれかかりながら腕を組むとチラリと水狼を見た。
白虎帝に仕えて信頼されるようになってから、思い悩んでいる姿を見るのは初めての事だった。
「嫌な思いをさせるかも知れん。花琳の事はあの老いぼれ達が知っているだけで、他の雌にも直接話をしたことは無い。もしかしたらあいつらからお前は聞いてるかも知れんがな……口が軽い者も中にはいる」
「俺は何も知りません。その雌が白虎帝様にとってどんな相手だったのかは分からないです。だけど、白虎様にとって花琳さんの事は気軽に誰かに話せるようなことじゃ無かったんですよね?
鳴麗がどう受け止めるかは、俺には分からないです。でも……鳴麗に腹割って話そうと思うって事は前向きになってるって事じゃないですか。だから鳴麗はちゃんと聞けると思います」
幼獣から成獣になったばかりの水狼に助言を求めるなんて、馬鹿げた事だと思ったが時にはその答えに気付かされる事もある。
――――何故だ、花琳。お前だけを信じていたのに。
花と血飛沫が舞い、儚げな雌の顔が浮かび、ニヤリと口端に笑みが浮かんだ。
こびり付いた記憶を消すように白虎は目を閉じると、水狼に背を向ける。
片手を上げ、ヒラヒラと手を振った。
「もう下がっていいぞ、水狼。礼を言う」
「頑張って下さいね! 白虎様!」
✤✤✤
この時ほど、白虎は緊張した事はないだろう。四聖獣として天帝の命を受けた時以来の感覚だった。
鳴麗の部屋に向かったが、そこにはおらずお気に入りの場所である東屋を目指すと、書物を枕にして机の上ですやすやと眠っている鳴麗がいた。
「ふぁ……巨大包子……だぁ……えへへ」
「ったく、人の気も知らないで一体なんの夢を見てるんだよ。鳴麗?」
「ふぁぁっ、す、すみません、資料進捗だめです!」
呆れた様子で肩をトントンと叩くと、驚いて反射的にガバッと起きた鳴麗は寝惚けたように立ち上がり声を上げた。
苦笑する白虎が隣に座っているのに気付いて、鳴麗は目を擦り褐色の肌を赤く染める。
相変わらずな様子を見ると白虎は、先程までの緊張が嘘のように解れていくのを感じた。
「おはよう、鳴麗」
「お、おはようございます……白虎様」
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