【R18】水底から君に、愛をこめて花束を。

蒼琉璃

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一話 妖夢

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 船頭せんどうがまるで生きているかのような暗い海の波を掻き分けている。年齢は50代くらいだろうか、背を向けたまま一度もこちらをふりかえろうとはしない。
 空を見上げると、雲の切れ間から綺麗な十六夜いざよいの月が見える。それはとても美しくて、幻想的な光景だった。
 美雨みうは、白無垢しろむく姿であるということを自覚すると、毎度同じ場面で溜息をつく。

(私、白無垢なんて絶対似合わないのに、どうしてこんな変な夢見るんだろう)

 生まれつき明るい茶色の髪、雨が降るたびに収まりがつかない癖毛。綺麗なストレートの黒髪に憧れて、髪を染めたり縮毛するけどすぐに元に戻ってしまう。
 古風な白無垢を着たいという欲求なんて、自分にはないはずだけど、と毎度夢の中で思う。

(これは夢。だから海に飛び込んで逃げることもできるはずなのに)

 子供のころから繰り返し見るこの夢。
 それを本人も自覚しているはずなのに、逃げ出す事ができず、正座をして目的地までつくのを無言で待っている。
 夢の中の美雨は、この小舟の上では一言も言葉を発してはならないと思っていた。
 しばらく行くと、岩の切れ間に見慣れた洞窟が見えてきた。中でぼんやりと蛍のような光が見えるのは、光苔ヒカリゴケの一種なのだろうか。
 
(それから、ここで蛍烏賊ほたるいかみたいな青い光が、水底から上がってくるんだよね)

 波の波紋だけが見える黒い海の底から、青い輝きがいっせいに海の底から上がって水面を照らす。それはとても幻想的な光景で、漂う神秘的な青い光をずっと眺めていたくなる。
 美雨がこの夢の中で一番好きな場面だ。
 それから、光苔の洞窟に入ると下から大きな細長い影が見えて、美雨は体が硬直した。
 緋色の背ビレが見える。
 まるで、大きな異形のサメが小舟を狙って蠢いているようで、美雨は恐怖のあまりいつもここで、目が醒めてしまうのだ。

(え……なんで? いつもならここで目が醒めて、汗びっしょりになるのに)

 鮫に食べられてしまう恐怖で、いつもなら美雨は思わず飛び起きてしまうのに、今日は目が覚めなかった。この先に続きがあるなんて、思ってもみなかった美雨は、おそるおそる前方を見る。
 洞窟には赤い提灯のようなものが飾られ、奥に古びてはいるもののきちんと綺麗に管理をされた、赤い鳥居がぼんやりと姿を現した。
 よくよく見ると、それは光苔の小島のような場所に建てられており、その奥には手彫りで作られた上に続く、高い石の階段があり、社のようなものが見えた。
 
(もしかして、本当は外から入れるのかな。この辺は、満潮になったら沈みそうだもの)

 さっきまで、あの鮫のような生き物に恐怖を感じていたのに、夢の中の自分はのんびりとその神秘的な光景を眺めている。
 神社や仏閣のような神聖な場所は、歴史を感じられるので、美雨は好んで訪れていたし、夢の中でもその光景は神秘的で美しいと思えた。
 ようやく、船が着くと船頭の男性がこちらを向いたが、不気味な白い布で顔を隠している。
 そういえば毎度、この洞窟の入り口に差し掛かると船頭が布をつけていたこと思い出した。
 よくこれで舟を漕げたものだ、と美雨は感心する。

「ここは、神聖な場所なんで嫁御寮よめごりょうしか立ち入れません。私らは、お姿を見るのも禁忌とされていますので。お返事はいりません」

 美雨に上がるように促すと、船頭は深く頭を垂れて小舟を漕いでいく。これが夢で無ければ恐怖で追いすがる所だが、赤い鳥居の前までくると、美雨は階段の上をじっと見つめた。
 人工的に作られた石の階段は、陸まで続いているのか、超自然的な回路のように思える。
 階段の先に、虹色のキラキラした光の屈折のようなものが見えた。あの先にいってしまうと、夢の世界から戻れなくなってしまいそうな気がして、美雨は背筋が寒くなった。
 不意に背後で何者かが海から上がってくるような水音がし、心臓が飛び跳ねた。

(さ、魚かな……? こ、怖い。後ろをふりむけないよ! はやくっ、目が醒めて!)

 美雨は心臓が口からでてしまいそうなくらいに緊張した。ふりむかず、そのまま裸足になって、あの階段を駆け上がれば助かるのだろうか。
 あの鮫のような魚は、陸にはあがれないはずだから、大丈夫だと判断した美雨は、正体を確かめるために、ゆっくりと後ろをふりかえった。

(――――っっ!!)

 海から上がってきたのは、全裸の男性だった。銀色の長い髪を濡らし、背中に赤いヒレのようなものが見えたような気がする。
 水が滴り、うなだれていても睫毛まつげや、眉の形から、眼前の異形が美しい人だと言うことはわかる。
 もしかして、この人は人魚なのだろうかと目を離せずにいると、男性はゆっくりと立ち上がった。だが、美雨の想像とは異なり、みるみるうちに銀色と黒色の鱗は紋付袴の羽織姿へと変わっていく。

「貴方、だれ……なの?」
「美雨。待っていた。夢通うのもこれが最後。偶然ではなく、全ては必然……。そのときが来たら貴女も理解するだろう」

 静かで穏やかな低音の声は、恐怖よりも安堵感がある。厳かな気配を纏う男性が美雨の元までくると、その身長の高さに驚いた。
 190センチほどあるだろうか、ぼんやりと綺麗な顔を首が痛くなるほど見上げる。
 不意に、自分の右手を丁寧に取られると彼の口元に寄せられ、人差し指をペロリと舐められ痺れるような甘い快感を感じた。

 ✤✤✤

「――――!!」

 美雨は目覚ましのアラーム音と、なんだか不気味で淫靡な夢のおかげで飛び起きてしまった。可愛いうさぎ型の目覚まし時計は、セットした6時半で止まっている。
 美雨は体を伸ばし、大きな口を開けて欠伸をした。
 
「変な夢、みたなぁ。初めてあの先までいったけど……。なんか、私、ゲームのやりすぎなのかな」

 顔を洗い、洗濯機のスイッチを押すと準備を始めた。癖毛のセミロングの髪を整えて薄くメイクする。
 あの夢は子供の頃から見ているが、あの続きはどう考えても、課金制のゲームアプリによくありそうな内容だった。
 美雨は、専門学校やバイトに行く前に、暇つぶしで恋愛ゲームをしている。
 将来は絵を描くことを本職にしたいと思っているので、乙女ゲー厶からキャラデザインを学んだり、友達と話を合わせるためにしている。
 それでも、時々お気に入りの推しキャラができて、攻略に夢中になったりする事もあった。
 けれど、現実の恋愛に関してはあまり関心はない。
 
『いいなぁ、巨乳の幼なじみがいてさ。付き合えばいいじゃん。陽翔はるとなら楽勝じゃね?』
『あー、美雨か。最近話してねぇんだよな。確かに巨乳だけど、大人しいっていうか……。なんか話してても、暗くてつまんないんだよね』
『ああ、でも一途そうじゃん。一回だけでもやれば?』
『いや、あいつ俺のことが昔から好きでさ。後から面倒くさいことになりそうだからいいわ』

 恋愛のことを考えると、高校3年生のあの日、下校時間に陽翔を迎えにいって、偶然聞いてしまった、嫌な記憶がフラッシュバックする。
 美雨は溜息をついて電車の座席にもたれると、窓に当って流れ落ちる雨粒を見ていた。

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