【R18】月に叢雲、花に風。

蒼琉璃

文字の大きさ
上 下
140 / 145
第三部 天界編

玖、天の命運をかけて―其の四―

しおりを挟む
 非天の宮には、東西南北の神々が続々と集まってきた。阿修羅王にとって、四度目の婚姻だが、彼はこうして、各国から神々を呼び寄せ、大々的に結婚式をお披露目する。
 特に今回は、阿修羅王にとっては藍婆妃と同じく、華々しく盛大にすると意気込んでいた。

「神々の英雄が新たな妃を娶るぞ。火天アグニの炎の前で、祝福の踊りを踊れ! 第六天魔王は滅び、阿修羅王によって東西南北の天国は、久遠の平穏がもたらされるのだ。お二人に祝福を!」 

 宰相が、そう阿修羅王を称えると修羅族の女たちが火柱を中心にして、華やかにゆっくりと伝統舞踊を踊る。シタールの音と太鼓タブラの音が響き、独特なリズムに合わせて、修羅族の男が歌う。
 美しい花嫁となった若菜は、異国の民族衣装で全身を着飾り、女官たちからターメリックの清めを受けていた。幸福が訪れるようにという願いが込められている。

「若菜姫、お前は本当に美しい。愛と性愛の女神として崇められるだろう。そして特別に俺の子を産め。舎脂よりも利口な子供が欲しい」
「…………」
「目を伏せて、俺へのせめてもの反抗か? まぁいい、お前が頑なになればなるほど、落とすのが楽しみになるというものだ。羅刹と羅漢も涎を垂らして、美しいお前を欲しがっている」

 若菜は目を伏せ、阿修羅王の言葉に無言の抵抗を示していた。彼の側に立つ、双子の天鬼の視線が、絡みつくように向けられている。
 その視線からは、独占欲をこじらせ、阿修羅王に対する激しい怒りをこの場で爆発させて、暴れ出しそうな殺気を感じた。若菜は視線をあげると、彼らを見る。羅漢も羅刹もまるで宝の山を前にしているかのように、ギラギラと目を輝かせていた。
 若菜は思わず恐怖を感じて視線を逸らす。

「や、やめて。三人も妻がいて、まだ満たされないなら、私を娶っても一緒でしょう。きっと、貴方の欲望は永遠に尽きない」
「フン、嫉妬か? 可愛い奴だ。俺には天国中に愛人がいるが、お前を越える女神はいない。心配するな、子を生む権利をくれてやるのだ」

 全く話の通じない阿修羅王に、若菜はこれ以上、反論することを止めた。星の数ほど好ましい異性を、無理矢理手に入れても全く満足しない。反抗した実の娘を手にかけ、生まれたばかりの孫の命を、奪おうとすることさえ、全く罪悪感が湧かないような神だ。
 そして、新しい花嫁を祝うように東西南北の神々が、若菜と阿修羅王の前まで来ると、おのおの祝福の言葉を、順番に告げた。
 目の前にある豪華な食事に神酒、若菜はほとんどそれに口をつけず、訪れる神々に偽りの挨拶をする。この祝福が終われば、互いの額に夫婦になる朱を差して、花の首飾りをかけあう。それで名実ともに、阿修羅王の妻となる結婚式が、終了になるようだ。
 宴は長々と続き、藍婆妃の言ったことは本当なのか、若菜が不安に狩られていると、何度目かの客人が、若菜の手をやんわりと取った。

「花嫁がずいぶんと浮かねぇ顔をしているな」
「っ………」

 懐かしい声がして、若菜は思わずローブを被った男の顔を見た。最愛の義弟の瞳が若菜を捕えると、思わず若菜はポロポロと涙を流す。
 彼女が朔の存在に気付いたと同時に、隣りにいた阿修羅王から、苦々しく激しい怒りの感情をあらわにした、怒号が響いた。
 
「何故、貴様がここにいる……安倍晴明よ」
「朔ちゃん……! 晴明様!?」

 安倍晴明がローブを取ると、彼の背後にいた式神たちが同じく姿を現した。修羅族や双子の天鬼がざわめき、第一夫人の藍婆以外は、何事かと、周囲を見渡して怯え出す。
 
「阿修羅王よ。私と天之此花若菜姫の罪は新しい天帝により、恩赦された。彼女はもう罪人ではなく、名誉は回復した八百万の女神の一人。お前が好き勝手できるような、奴隷ではあるまい」
「生意気な若造が! この俺に向かってそのような口を利きおって。新しい天帝だと? フン、牢獄から抜け出し、式神を天にあげ謀反を起こしたのだろう!」

 阿修羅王は結婚式を邪魔され、格下と見下していた安倍晴明に、反旗を翻されたということに、怒り狂った。双子の天鬼たちも、帯剣に手をかける。
 突然の乱入者に、会場はざわめき兵士たちは彼らを取り押さえようとした。しかし、修羅族の兵士や天鬼たちを、式神たちが威嚇する。神使とは思えないほどの神通力に、兵士たちは思わずたじろいだ。

「愚かな阿修羅王。貴様は、争いの種を生みこの銀河の調和を乱す者だ。この俺は先代の天帝のように、貴様を野放しにはせん」

 朔がそう言うと、みるみるうちにローブを纏った名もしれぬ神から、天帝の姿になる。神々には、彼の姿は記憶に残らず男女の声も判別がつかない。しかし、新しい天帝が放つ満ち溢れた力は、すべての神々がそれを感じることができた。
 この場で彼の正体が、第六天魔王だと認識できるのは、若菜を含め数人しかいない。
 神々しい六枚の羽に、光背の輪、天帝にふわさしい格好は、威厳があり若菜は息を呑む。

「き、貴様……! 藍婆より天帝がお前を殺したと聞いたが、おのれこの俺を裏切ったのか! 神々よ、これは第六天魔王だ! 天帝の力を奪い我が物とした、この銀河を蝕む諸悪の根源よ!」 

 阿修羅王は怒り狂い、神々に向け、さらに天国に住む天界人や神の民に向かって大声で叫んだ。天帝の姿を目視できない神々にとっては、阿修羅王の言動は、気が狂れたように見えた。
 朔に宿った力は、彼らが感じる第六天魔王のものではなく、天帝と同じもの。管理者である彼の命令に背く神はいない。宴席から立ち上がると、待っていたと言わんばかりに、神々は武器を抜いた。

「裏切り……? 私を裏切り続けたのは阿修羅王、貴方の方です。そして貴方は私の愛する娘の命を奪った。貴方の傲慢さが、天界から修羅族の民を引き離し、不幸にしたのですよ。貴方は、この修羅界の王にふさわしくありません」

 冷静沈着な藍婆妃が、初めて声を荒らげて厳しく阿修羅王を攻め立てると、立ち上がる。そしてこの天国を、怒りに満ちた修羅界へと落としたのは、阿修羅王だと責め立てた。
 阿修羅王はぎりぎりと唇を噛むと、若菜の腕を乱暴に掴んで、引き寄せ、首に腕を巻き付ける。そして帯剣していた儀式用の剣を取り出すと、脅すように若菜に剣を向けた。

「きゃっ!」
「揃いも揃って愚かな者共よ。第六天魔王が暴れ回ったその昔、誰のおかげで天国が侵略されずに済んだと思っているのか。俺に逆らう神々などいらぬ。この女は俺のものだ、渡さんぞ」

 修羅族の兵士や天鬼たちは、神々に剣を向けた。若菜は首に回された腕に苦しそうに顔を歪ませたが、自分の霊力が天帝より戻されたという言葉を思い出した。
 若菜が目を閉じると、彼女の体から柔らかな霊力が溢れる。天上に咲き乱れる天華のように清浄な香りが風に乗って流れると、突然剣を構えていた羅刹と羅漢が、背後から阿修羅王の背を斬りつけた。

「ぐあっ……! 貴様ら、命を助けてやった恩を仇で返すつもりかぁ」

 反射的に若菜の体を離すと、阿修羅王は背中から流血し、双子を恫喝する。若菜の魅了はまるで女王蟻のようで、彼女の霊力が増せば増すほど、魅了した相手を支配できるようだ。
 双子の天鬼たちは、主を前にしても恐れている気配はしない。むしろ憎しみに満ちた目で彼を睨みつけていた。

「貴様、なにが助けてやっただ。思い出したぞ、羅刹。さんざん俺たちを長い間、奴隷のようにこき使いやがって」
「そうだね……羅漢兄さん。僕たちの両親や妹を馬車で轢いたのは、貴方だった。阿修羅王……どうして今まで忘れていたのか。若菜の香りを嗅いだ瞬間に、思い出したよ」

 天鬼以外の同胞や、修羅族の兵士たちも次々に剣を投げ出して、力が抜けたようにその場に座り込む。慈愛と性愛の女神を前にして豊穣の祈りを捧げる。
 若菜は朔の手を取るようにして、義弟の腕の中に逃げた。
 信頼していた飼い犬に噛まれたとは、まさにこのことだ。天鬼の家族を、不慮の事故で死なせてしまったことも、おぼろげに記憶にある。物乞いと窃盗で暮らしていた、その家族の生き残りを、犬として引き取ったのも因果のめぐり合わせか。

「観念しろよ、色ボケ爺さん。長い時間をかけて、世界中の天国から鼻つまみ者になってるぜ。神々の英雄とやらも、ただの暴君に成り下がれば、次の銀河の脅威になる。第六天魔王よりも、世界の均等を乱す厄介な存在だ」

 朔の言葉に若菜は同意すると、もはや哀れみの目で彼を見た。それは女神として彼の神性を見放し、救いようのない魂に引導を渡すかのようだった。

「貴方の負けだよ、阿修羅王。誰も貴方には従わないし、誰も傷つけたりできない。他の誰のことも慈しまない貴方が、愛されることはないよ」
「黙れ! この俺が、天帝となれば天魔界を滅し娑婆世界から天界に至るまで、すべての調和が取れる!」

 憤怒の表情を浮かべる阿修羅王が、天帝に向かって歩み寄ろうとした時、朔の体から強力な光の波動が放出され、その波に押されるようにして、双子の天鬼と共に吹き飛ばされる。
 阿修羅王が吐血し、血を拭いながら立ち上がろうとすると、まるで重力がかかったかのように地面に押し付けられた。同じく、双子の天鬼も地面の上でのたうち回る。
 第六天魔王の時とは桁違いの神通力。天帝の力と、阿修羅王の力を兼ね備えた朔は、もはや阿修羅王が、立ち向かえるような相手ではなかった。
 若菜を晴明に任せると、朔はゆっくりと宿敵の元へと向かう。

「朔よ……。母の仇でも取るつもりか? クック、お前は偽りの管理者だ。お前の本当の姿を知れば、神々は憤り、天帝に反乱を起こすだろう」
「爺さん。あんたはまだ分かってないようだな。殺すのは一瞬だが、それじゃあつまんねぇだろ。親父の情報だと『彼ら』がずいぶんとご立腹なんだとよ。俺は、親父のように昔のよしみで情をかけたりしねぇ。お前を『彼ら』に引き渡す。銀河の果てで、強制労働させられるなり、幽閉されるなり、好きにしろ。その二匹の天鬼も共に連れて行け」

 そう言うと、朔は阿修羅王の頭を踏みつけた。管理者となるべく先代と共に、この銀河に来た阿修羅王は、目を見開き呻いた。
 すべての権限を剥奪されたあと、銀河の果てまで連れて行かれ、一体どうなるのか。阿修羅王も双子の天鬼も想像がつかない。
 

◆◆◆◆

次回から最終章になります!
こちらはエロ重視(3P)&恋愛イチャラブになりますので、最後まで楽しんで頂けたら嬉しいです(*´艸`*)
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

処理中です...