【R18】月に叢雲、花に風。

蒼琉璃

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第三部 天界編

玖、天の命運をかけて―其の四―

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 非天の宮には、東西南北の神々が続々と集まってきた。阿修羅王にとって、四度目の婚姻だが、彼はこうして、各国から神々を呼び寄せ、大々的に結婚式をお披露目する。
 特に今回は、阿修羅王にとっては藍婆妃と同じく、華々しく盛大にすると意気込んでいた。

「神々の英雄が新たな妃を娶るぞ。火天アグニの炎の前で、祝福の踊りを踊れ! 第六天魔王は滅び、阿修羅王によって東西南北の天国は、久遠の平穏がもたらされるのだ。お二人に祝福を!」 

 宰相が、そう阿修羅王を称えると修羅族の女たちが火柱を中心にして、華やかにゆっくりと伝統舞踊を踊る。シタールの音と太鼓タブラの音が響き、独特なリズムに合わせて、修羅族の男が歌う。
 美しい花嫁となった若菜は、異国の民族衣装で全身を着飾り、女官たちからターメリックの清めを受けていた。幸福が訪れるようにという願いが込められている。

「若菜姫、お前は本当に美しい。愛と性愛の女神として崇められるだろう。そして特別に俺の子を産め。舎脂よりも利口な子供が欲しい」
「…………」
「目を伏せて、俺へのせめてもの反抗か? まぁいい、お前が頑なになればなるほど、落とすのが楽しみになるというものだ。羅刹と羅漢も涎を垂らして、美しいお前を欲しがっている」

 若菜は目を伏せ、阿修羅王の言葉に無言の抵抗を示していた。彼の側に立つ、双子の天鬼の視線が、絡みつくように向けられている。
 その視線からは、独占欲をこじらせ、阿修羅王に対する激しい怒りをこの場で爆発させて、暴れ出しそうな殺気を感じた。若菜は視線をあげると、彼らを見る。羅漢も羅刹もまるで宝の山を前にしているかのように、ギラギラと目を輝かせていた。
 若菜は思わず恐怖を感じて視線を逸らす。

「や、やめて。三人も妻がいて、まだ満たされないなら、私を娶っても一緒でしょう。きっと、貴方の欲望は永遠に尽きない」
「フン、嫉妬か? 可愛い奴だ。俺には天国中に愛人がいるが、お前を越える女神はいない。心配するな、子を生む権利をくれてやるのだ」

 全く話の通じない阿修羅王に、若菜はこれ以上、反論することを止めた。星の数ほど好ましい異性を、無理矢理手に入れても全く満足しない。反抗した実の娘を手にかけ、生まれたばかりの孫の命を、奪おうとすることさえ、全く罪悪感が湧かないような神だ。
 そして、新しい花嫁を祝うように東西南北の神々が、若菜と阿修羅王の前まで来ると、おのおの祝福の言葉を、順番に告げた。
 目の前にある豪華な食事に神酒、若菜はほとんどそれに口をつけず、訪れる神々に偽りの挨拶をする。この祝福が終われば、互いの額に夫婦になる朱を差して、花の首飾りをかけあう。それで名実ともに、阿修羅王の妻となる結婚式が、終了になるようだ。
 宴は長々と続き、藍婆妃の言ったことは本当なのか、若菜が不安に狩られていると、何度目かの客人が、若菜の手をやんわりと取った。

「花嫁がずいぶんと浮かねぇ顔をしているな」
「っ………」

 懐かしい声がして、若菜は思わずローブを被った男の顔を見た。最愛の義弟の瞳が若菜を捕えると、思わず若菜はポロポロと涙を流す。
 彼女が朔の存在に気付いたと同時に、隣りにいた阿修羅王から、苦々しく激しい怒りの感情をあらわにした、怒号が響いた。
 
「何故、貴様がここにいる……安倍晴明よ」
「朔ちゃん……! 晴明様!?」

 安倍晴明がローブを取ると、彼の背後にいた式神たちが同じく姿を現した。修羅族や双子の天鬼がざわめき、第一夫人の藍婆以外は、何事かと、周囲を見渡して怯え出す。
 
「阿修羅王よ。私と天之此花若菜姫の罪は新しい天帝により、恩赦された。彼女はもう罪人ではなく、名誉は回復した八百万の女神の一人。お前が好き勝手できるような、奴隷ではあるまい」
「生意気な若造が! この俺に向かってそのような口を利きおって。新しい天帝だと? フン、牢獄から抜け出し、式神を天にあげ謀反を起こしたのだろう!」

 阿修羅王は結婚式を邪魔され、格下と見下していた安倍晴明に、反旗を翻されたということに、怒り狂った。双子の天鬼たちも、帯剣に手をかける。
 突然の乱入者に、会場はざわめき兵士たちは彼らを取り押さえようとした。しかし、修羅族の兵士や天鬼たちを、式神たちが威嚇する。神使とは思えないほどの神通力に、兵士たちは思わずたじろいだ。

「愚かな阿修羅王。貴様は、争いの種を生みこの銀河の調和を乱す者だ。この俺は先代の天帝のように、貴様を野放しにはせん」

 朔がそう言うと、みるみるうちにローブを纏った名もしれぬ神から、天帝の姿になる。神々には、彼の姿は記憶に残らず男女の声も判別がつかない。しかし、新しい天帝が放つ満ち溢れた力は、すべての神々がそれを感じることができた。
 この場で彼の正体が、第六天魔王だと認識できるのは、若菜を含め数人しかいない。
 神々しい六枚の羽に、光背の輪、天帝にふわさしい格好は、威厳があり若菜は息を呑む。

「き、貴様……! 藍婆より天帝がお前を殺したと聞いたが、おのれこの俺を裏切ったのか! 神々よ、これは第六天魔王だ! 天帝の力を奪い我が物とした、この銀河を蝕む諸悪の根源よ!」 

 阿修羅王は怒り狂い、神々に向け、さらに天国に住む天界人や神の民に向かって大声で叫んだ。天帝の姿を目視できない神々にとっては、阿修羅王の言動は、気が狂れたように見えた。
 朔に宿った力は、彼らが感じる第六天魔王のものではなく、天帝と同じもの。管理者である彼の命令に背く神はいない。宴席から立ち上がると、待っていたと言わんばかりに、神々は武器を抜いた。

「裏切り……? 私を裏切り続けたのは阿修羅王、貴方の方です。そして貴方は私の愛する娘の命を奪った。貴方の傲慢さが、天界から修羅族の民を引き離し、不幸にしたのですよ。貴方は、この修羅界の王にふさわしくありません」

 冷静沈着な藍婆妃が、初めて声を荒らげて厳しく阿修羅王を攻め立てると、立ち上がる。そしてこの天国を、怒りに満ちた修羅界へと落としたのは、阿修羅王だと責め立てた。
 阿修羅王はぎりぎりと唇を噛むと、若菜の腕を乱暴に掴んで、引き寄せ、首に腕を巻き付ける。そして帯剣していた儀式用の剣を取り出すと、脅すように若菜に剣を向けた。

「きゃっ!」
「揃いも揃って愚かな者共よ。第六天魔王が暴れ回ったその昔、誰のおかげで天国が侵略されずに済んだと思っているのか。俺に逆らう神々などいらぬ。この女は俺のものだ、渡さんぞ」

 修羅族の兵士や天鬼たちは、神々に剣を向けた。若菜は首に回された腕に苦しそうに顔を歪ませたが、自分の霊力が天帝より戻されたという言葉を思い出した。
 若菜が目を閉じると、彼女の体から柔らかな霊力が溢れる。天上に咲き乱れる天華のように清浄な香りが風に乗って流れると、突然剣を構えていた羅刹と羅漢が、背後から阿修羅王の背を斬りつけた。

「ぐあっ……! 貴様ら、命を助けてやった恩を仇で返すつもりかぁ」

 反射的に若菜の体を離すと、阿修羅王は背中から流血し、双子を恫喝する。若菜の魅了はまるで女王蟻のようで、彼女の霊力が増せば増すほど、魅了した相手を支配できるようだ。
 双子の天鬼たちは、主を前にしても恐れている気配はしない。むしろ憎しみに満ちた目で彼を睨みつけていた。

「貴様、なにが助けてやっただ。思い出したぞ、羅刹。さんざん俺たちを長い間、奴隷のようにこき使いやがって」
「そうだね……羅漢兄さん。僕たちの両親や妹を馬車で轢いたのは、貴方だった。阿修羅王……どうして今まで忘れていたのか。若菜の香りを嗅いだ瞬間に、思い出したよ」

 天鬼以外の同胞や、修羅族の兵士たちも次々に剣を投げ出して、力が抜けたようにその場に座り込む。慈愛と性愛の女神を前にして豊穣の祈りを捧げる。
 若菜は朔の手を取るようにして、義弟の腕の中に逃げた。
 信頼していた飼い犬に噛まれたとは、まさにこのことだ。天鬼の家族を、不慮の事故で死なせてしまったことも、おぼろげに記憶にある。物乞いと窃盗で暮らしていた、その家族の生き残りを、犬として引き取ったのも因果のめぐり合わせか。

「観念しろよ、色ボケ爺さん。長い時間をかけて、世界中の天国から鼻つまみ者になってるぜ。神々の英雄とやらも、ただの暴君に成り下がれば、次の銀河の脅威になる。第六天魔王よりも、世界の均等を乱す厄介な存在だ」

 朔の言葉に若菜は同意すると、もはや哀れみの目で彼を見た。それは女神として彼の神性を見放し、救いようのない魂に引導を渡すかのようだった。

「貴方の負けだよ、阿修羅王。誰も貴方には従わないし、誰も傷つけたりできない。他の誰のことも慈しまない貴方が、愛されることはないよ」
「黙れ! この俺が、天帝となれば天魔界を滅し娑婆世界から天界に至るまで、すべての調和が取れる!」

 憤怒の表情を浮かべる阿修羅王が、天帝に向かって歩み寄ろうとした時、朔の体から強力な光の波動が放出され、その波に押されるようにして、双子の天鬼と共に吹き飛ばされる。
 阿修羅王が吐血し、血を拭いながら立ち上がろうとすると、まるで重力がかかったかのように地面に押し付けられた。同じく、双子の天鬼も地面の上でのたうち回る。
 第六天魔王の時とは桁違いの神通力。天帝の力と、阿修羅王の力を兼ね備えた朔は、もはや阿修羅王が、立ち向かえるような相手ではなかった。
 若菜を晴明に任せると、朔はゆっくりと宿敵の元へと向かう。

「朔よ……。母の仇でも取るつもりか? クック、お前は偽りの管理者だ。お前の本当の姿を知れば、神々は憤り、天帝に反乱を起こすだろう」
「爺さん。あんたはまだ分かってないようだな。殺すのは一瞬だが、それじゃあつまんねぇだろ。親父の情報だと『彼ら』がずいぶんとご立腹なんだとよ。俺は、親父のように昔のよしみで情をかけたりしねぇ。お前を『彼ら』に引き渡す。銀河の果てで、強制労働させられるなり、幽閉されるなり、好きにしろ。その二匹の天鬼も共に連れて行け」

 そう言うと、朔は阿修羅王の頭を踏みつけた。管理者となるべく先代と共に、この銀河に来た阿修羅王は、目を見開き呻いた。
 すべての権限を剥奪されたあと、銀河の果てまで連れて行かれ、一体どうなるのか。阿修羅王も双子の天鬼も想像がつかない。
 

◆◆◆◆

次回から最終章になります!
こちらはエロ重視(3P)&恋愛イチャラブになりますので、最後まで楽しんで頂けたら嬉しいです(*´艸`*)
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