【R18】月に叢雲、花に風。

蒼琉璃

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第三部 天界編

玖、天の命運をかけて―其の壱―

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 天鬼の双子が翼を広げて、互いに火花を散らしながら、剣をぶつかり合わせる姿は、まるで鷹が空で雌を巡って争っているようにも見える。どちらの目も、爛々らんらんと輝き、殺意を宿していた。
 
「羅刹、あの女は俺のものだ! 若菜は俺が先に見つけて手に入れた女だ。永遠に俺だけに仕え、俺だけを愛し、俺に奉仕するために存在している。お前は、俺より弱いくせに邪魔をするなぁ!」

 羅漢の剣を寸前で避けると、羅刹は殺意の籠もった目で兄を睨みつけた。彼女の蜜を体に取り入れる度に理性が蝕まれ、狂気的に独占欲が増していた。例え、今まで何千年もお互い寄り添って生き、阿修羅王のためだけに仕えていた双子でさえ、若菜のために殺し合いをしてしまうほど、彼女に魅了されていた。
 羅漢は、阿修羅王から部屋を追い出されてから、双子の羅刹に言い放った。若菜を閉じ込めるための、豪華な鳥籠を作り、毎晩自分だけが彼女と夜伽をする、と。
 羅刹は双子の兄の宣言を聞いて、抑えていた怒りの感情が爆発した。彼は、あの城を捨てて、若菜と二人だけの楽園を作り、彼女を真の双子とし結婚して、自分の子を孕ませると言った。

「若菜は僕のものだよ、羅漢兄さん。僕の本当の双子は彼女なんだ! お前なんか僕とちっとも似てやしない。偽物なんだ! 若菜は僕と強い絆で結ばれた、運命の双子の妹なんだよ! だから、お前がたまらなく邪魔なんだよぉ! 邪魔だぁ! 死ねぇ!」

 羅刹の眉間に深いシワが刻まれ、美しい顔が醜く歪むと、いつもの優雅な様子からは想像できないほどの、暴言を吐く。羅刹が剣を振ると、羅漢の脇腹に赤い筋が走った。二人の罵り合いと、決闘を見ていた阿修羅王は、笑いながら手を叩く。
 一瞬、我に返った二人が阿修羅王を見ると、そこには、さきほどまで激しい夜伽をしていた若菜が、主人の隣りにいる。
 あの後、若菜が阿修羅王に何度も抱かれたのだろうということは想像できた。汗ばんだ裸体を晒し、阿修羅王に抱き寄せられている。本来なら彼に仕える天鬼が、互いに罵り合い、剣を交えて平伏しないなどと、許されない無礼な態度だ。だが、彼らは醜態を晒したことを、阿修羅王に謝罪することもなく、若菜に視線を向けていた。
 怯えた様子でこちらを見る若菜の滑らかな肌に、玉のような汗が浮かんでいる。彼女から香る、爽やかで、周囲を浄化させるかのような甘い華の香りに、惑わされるように二人は剣を落とした。
 羅漢と羅刹は、至高の美と姓愛の女神に恋焦がれるように、熱っぽく凝視する。羅刹がフラフラと彼女の元へと歩むと、若菜に触れようとした瞬間、阿修羅王に腹を蹴られ、頭を踏みつけられる。羅漢も、弟の隣で崩れ落ちるように座り込んだ。

「なんだ、犬どもの殺し合いが見れると思ったのに、それで終わりか?」
「ぐっ……申し訳……ありま、せん」

 頭を踏みつけられた羅刹は、苦悶の表情で謝罪する。だが以前とは異なり若菜には、『双子の飼い犬』と称されている二人の目が、主人に対する忠誠心よりも、反抗心や、憎しみが混じっているように思えた。それでも、圧倒的強者で恩人である阿修羅王に、むやみに歯向かうほどの愚かさはない。
 
「さぁ、お前たちに仕事をやろう。俺はこの若菜姫を四番目の妻に……いや、第一夫人の藍婆らんばとは離縁し、若菜姫を第一の正妻として迎える。古今東西の天国や、天界の隅々に渡るまで、この祝い事を広めてやれ! 若菜、お前とは盛大な、婚礼の義をするぞ。羅漢、羅刹よ、ありがたく思え。たまにはお前たちにも、最愛の妻となる、若菜の体を味合わせてやる」

 華奢な若菜の体を、抱き上げた阿修羅王のとんでもない宣言に若菜は驚愕し、トントンと彼の胸板を叩いて、抗議をした。自分を傷つけ、朔や晴明、そして仲間たちをも傷つけた阿修羅王と、結婚する気なんてあり得ない。どんなに阿修羅王に抱かれて快楽を刻まれても、どんなに贅沢な物を用意されても、彼を愛することは絶対にないと、若菜は断言できる。
 それに、第六天魔王の愛人、神々を裏切った女神と、天国中から思われている若菜を捕虜にし、本気で正妻として迎えるなどと、正気とは思えない。

「い、いやっ、本気なの!? 私は貴方の妻になんてならないもん……! それに、私は第六天魔王の愛人で、裏切り者なのでしょう? 結婚なんてしたら、貴方は愚かだって言われるに違いないよ」
「フン。この俺に逆らえるような神がいるものか。俺は古今東西に広がる天国の中で一番強く、神々の英雄と呼ばれた男だ。誰にも文句は言わせん。それに人間どもも、攻め入った敵国の王妃を娶るだろう?」
「そ、そんな。私は貴方なんて嫌いっ。奥様と離縁して結婚したって、愛したりなんてしないもの!」
「お前は強情な女神おんなだが、そこがいい。俺を飽きさせない。時間をかけて俺に屈服させてやる。その時はもう、お前の記憶から最愛の男の姿は消えて、思い出すこともない。いっそ、お前に忘却の術でもかけてやろうか」
「い、いや! それだけは……記憶を消さないで!」

 双子の天鬼たちは、暴君の言動にギリギリと唇を噛み締めながらも、渋々と頷く。巨大な力を持つ彼に、面と向かって楯突いたところで勝機はない。
 阿修羅王は愛馬を呼び寄せると若菜をマントで包み、飛び乗る。それと同時に双子の天鬼が翼を広げると、お互い一言も話すことなく、南北に別れるようにして飛んだ。

✤✤✤

 天照大御神は、ため息をつくと頭を抱え込んでいた。月読尊に託していた若菜は、何者かによって攫われた。その直前にあろうことか、佐久夜の軟禁されている神域の寝殿造りに、阿修羅王が押し入ってきたのだ。聞けば、彼女が若菜に分け与えた力を頼りに、居場所を探ろうとして、佐久夜の肌に傷をつけたという。
 夜の国を訪れ、月読尊に会った時の浮かないげっそりとした顔を思い出すと、天照大御神は頭が痛くなった。

「――――はぁ。全く。若菜姫が行方不明になってから、月読尊はさらに引き籠もってしまった。よほどあの娘と楽しく過ごしていたのか……。私が、様子を伺いに行っても、兄上が若菜を隠したのだろうと、まともに話を聞かぬ」

 月読尊は、完全に若菜の霊力に当てられてしまっているのか、全く天照大御神の話に耳を傾けなかった。あげくの果てに、天岩戸あまのいわとに隠した若菜を、自分に返すまで、月読尊としての仕事はしない、とまで言う始末。
 頭を抱えていた天照大御神が、大きな溜息をつくと、阿修羅王に対して怒りが沸々と湧き上がってきた。一番彼が腹立たしく思うのは、天照大御神が、女神となったときに逢瀬をする、木花之佐久夜毘売命こと、佐久夜の軟禁場所にまで現れ、自分の欲望を成就させるために、彼女の身を傷付けたことである。
 彼女とは婚姻関係にはないが、大切な恋人だ。

「いくら天界での英雄と言えど、傍若無人ぼうじゃくぶじんがすぎる。もとより古今東西、気に入った女を奪うためには好き勝手やってきた男だ。これ以上高天原で悪さをしたことを、許してやる義理もない。――――それで、どうしてお主はここにおるのだ」

 天照大御神は、鎮座したまま頭を抱えていたが、ちらりと前方を見る。そこには、安倍晴明が立っていた。彼の背後に、二名の天界兵が控えているが、どうみても罪人を引き連れてきたというようには思えない。そして、晴明は拘束されている様子もなく、堂々としている。

「天帝より、天照大御神様のもとに向かうようにと命じられた。私はもう罪人にあらず。第六天魔王と共謀した罪は、取り消されたのだ」
「それはまた、妙な話だな。天帝は宇宙の均等と、調和を乱す者には厳しい。お主は若菜姫のために天界に歯向かったのだから、半永久的に出られないと思っていたのだが。何故お主は、あそこから出られたのだ?」
 
 天照大御神も、もとより晴明が他の神々や天界に対し、敵意や悪意を持った、凶悪な悪神とは思っていない。むしろ半神として娑婆世界ちじょうにいた時も、天魔や妖魔を退けていたし、高天原に上がらないのも、理由はたった一つ『最愛の若菜の側にいて見守りたい』ということだけだ。

「天照大御神様が、そう思われるのも無理はない。はて、天帝のお心が変わったのは何故か。世代交代をされたのかも知れぬ」

 晴明の冗談めいた妙な物言いに、天照大御神は一瞬眉をしかめたが、彼に座るようにすすめると、晴明はうやうやしく頭を垂れ、彼と同じようにあぐらをかいた。あの牢獄に繋がれていたせいだろうか。初めて天照大御神が、晴明に出会った時よりも、迷いを捨てたかのように凛としていて、すっきりとした表情になっている。心なしか、晴明から放たれる神気も、強くなっているように感じた。

「若菜姫は、私の不肖の弟である月読尊まで、虜にしてしまった。あの娘が持つ魅了と姓愛の力は、ある意味『呪い』と同じ。神々の争いの種になる。八百万の神や天界から離れ、戦にも干渉ししない、ご隠居の月読尊の領域にまで押し寄せて、阿修羅王は若菜姫を奪っていった」
「――――天帝より、お伺いした」
「ともかく、あの娘を野放しにはできない。たとえ、あの娘が阿修羅王の側にいても、他の神々が、若菜姫に魅了されないとは言い切れないだろう。そうなれば第六天魔王を抑え込んだというのに、今度は天上で無益な戦が起こる。最も影響力があり、全ての天国の神々が、手出しできない者が、若菜姫を保護するしかなかろう。ゆえに、天帝の監視下に置くほうが、天国も天界も混乱せずにすむ。若菜姫にとっても安全だと、私は思っているのだが」

 天照大御神の言葉に、晴明は口元で笑った。八百万の長、天照大御神も暴君である阿修羅王をどうにかすべきと考えている。天帝の命、すなわち次世代の天帝となる朔の命により、晴明自ら天国中を周り、そして最後に高天原にやってきた。
 よもや、彼らは第六天魔王が天帝の息子で、次の天帝になったとは思わないだろう。仮に朔が天帝として戦場に降り立っても、近親者や阿修羅王、ごく一部の者にしかその存在を視ることができない。

「天帝もそのように仰っている。第六天魔王の亡き後、調和を乱す阿修羅王を排除すること……修羅界は、第一夫人の藍婆が主神となって統治させると。先代の天帝より、聡明な彼女の人望によって修羅界はなんとか持っていたという」
「先代…………だと? お主は一体どういう立場にいるのだ。一体何が起こってる」
「私は、八百万の神ではなくこれより先は天帝に仕える神となる。この決定事項は密かに藍婆や、他の神々にも伝えておる。天照大御神様、若菜の式神と眷属を私が預かろう。この戦には彼らも必要だ」

 天照大御神は、天帝が代替わりすることも初めて知った。創生より、そのような出来事を体験したことがない。しかしどうやら、本当に天界で何かが起きて、変わろうとしている。そもそも天帝は、天照大御神が詮索ができるような相手でもなく、天帝に力を授けられ、仕えることになった晴明の放つ神気の強さでしか、判断することができなかった。
 生命力に満ち溢れた彼の神気は、新しい宇宙の波動のように思える。
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