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第三部 天界編
伍、狂愛と無常―其の弐―
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土下座しながら慌てた様子で由衛にそう言われても、吉良と紅雀にとって天照大御神という存在はあまりにも現実離れしている。
元から神使だった二人とは異なり、紅雀と吉良は妖魔である。神と呼ばれる存在に初めて出会ったのは戦場となった天魔界だ。
あの時は生きるか死ぬかの瀬戸際であって、神という存在をじっくりと感じるような状況でも無かった。しかも、目の前にいるのは高天原を統べる主宰神である。
『冗談じゃあねェよな? まさかあの神話の……なんだって俺たちに逢いに? 偽物じゃあねェだろうな』
『貴様は阿呆ぉか! 冗談ちゃうで!』
『ちょいと、あんた! 由衛の言うとおりにおし!』
吉良のとんでもなく無礼な質問に、由衛は顔を青褪め、声を震わせながら叱り飛ばした。
状況をすぐに飲み込んだ紅雀は、由衛に言われたとおり土下座するように頭を平伏する。そして、吉良の着物をぐいぐい引っ張った。
吉良は揺らめきながら、狐に摘まれたような妙な表情でしぶしぶと平伏する。
若菜を助けるために、天界兵や神々と敵対し、あの時はそれを晴明に庇われたが、彼もまた天界で囚われの身になってしまった。
天照大御神が直々に地上に降り、自分たちに会いにくるとは、一体どんな用なのか。
それを考えただけで、由衛も白露も額に汗が浮かぶ。
「――――残念ながら、私はあの神話に出てくる高天原を統べる長、天照大御神だ。妖魔から神使、野狐に堕ちた狐が再び神使に出戻るとは妙な運命だな。呪詛の狗神が神使となるとは……考えもしなかった。そして弁財天の白蛇も眷属か。お主からは、天之木花若菜姫の霊力と第六天魔王の霊力を感じる。賑やかな御一行だ、顔をあげるとよい」
天照大御神にそう言われると、由衛を筆頭に白露、そして吉良たちがおずおずと顔をあげた。凛とした、厳格な声に多少緊張するものの、反逆者として捕える意思は、彼には無いように思える。
『――――何故、天照大御神様が直々にお出向きになられたのでしょう。姫はご無事でしょうか?』
「無事とは言い難いな。若菜姫は阿修羅王に捕虜として囚われている。しばらく、そこに気配があったが、飼い犬の天鬼の元へと渡ったようだ」
『あの天鬼たち……嫌な感じがしました。若菜様が無事であると良いのですが』
由衛は真っ先に若菜の様子を問うた。
あれから阿修羅王の戦利品として捕虜になっているとは。まるでよく頑張った飼い犬に、褒美の骨でもあげるように、最愛の主を与えたのが許せず、由衛はギュッと狩衣を握りしめる。
白露もあの天鬼から、何かしら嫌なものを感じ取っていたようだ。いてもたってもいられない様子で、自分の腕を擦っている。
「第六天魔王と通じた女神だが、我々八百万の管轄でもある。あの女神の身の潔白を証明できなければ、力を分け与えた木花之佐久夜毘売の罪を消せない。そこで、お主たちの力を借りたい」
『ということは……私たちを高天原にあげて下さるのでしょうか。通常神使といえど、我々はお仕えする姫に呼ばれ、上げて頂かねば高天原の地を踏めません』
「そこは案ずるな、だが……ただではできん。お主らも、あの戦場で主を助けるために我々に仇なしただろう?」
天照大御神は、口の端に笑みを浮かべる。まさか、こんな形で天上に向かう糸口があったとは思わなかった。しかし、どうやら天照大御神もただでは、由衛たちを招くつもりは無いらしい。
『ただじゃあ、お天道様も動いちゃくれないってわけねェ。で、私ら一体何をすればよろしいんで?』
紅雀が問うと、天照大御神はそれが本題だとばかりに話し始める。高天原を統べる厳格な主宰神を見上げながら、四人は神妙な面持ちを浮かべた。
「知っての通りキョウの都に偽の帝が誕生した。私は帝の祖神でもあり鎮守神。妖魔が帝としてキョウの都を支配されては困る。だが私たちは土地を浄化し天変地異を鎮めることはできても、天地創造の時とは異なり、直接歴史には介入できないのだ。それは、均等を崩す行為でな」
『つまり、お天道様は帝としてキョウの都を牛耳る鬼蝶を始末しろってェ事かい?』
帝の祖神でこの国の鎮守神となる天照大御神にとって、子孫ではない全く無関係な妖魔が帝として人を支配するというのは、好ましくないと言うことだ。吉良の問いに、天照大御神が深く頷く。
『それで、鬼蝶を暗殺すれば私たちを姫の元へ連れていって下さるのでしょうか? しかし、その間に姫は、身の危険に晒されているのです……。一刻も早く、姫の身の安全を……!』
「我が弟神である、月読尊を修羅国に送り込んだ。あいつは月と同じく姿を変える事ができる便利な技能を持っている」
『月読尊様ですか……? 袂を分かち、絶縁されたものと思っていました』
「もう一人の弟より、何を考えているか分からん月読尊のほうがましだ」
白露が目を丸くしたのは、神話に記されたとある事件がきっかけで、天照大御神と月読尊が絶縁状態にある、と聞いていたからだ。
『月読尊様にお会いした事はありませんが、姫をお任せしても……よろしいのでしょうか』
「月読尊は出撃せず、戦が不得手な神々のように戦場へ祈りを捧げることもせず、夜の国から出ることも無かった。第六天魔王と敵対していた八百万の神々より、世捨て人のような月読尊のほうが、裏切りの女神の救出は適任だとは思わぬか」
食いつく由衛を落ち着かせるようにして、天照大御神はそういった。
何度も鬼蝶とは敵対し、その度に苦戦を強いられてきたが、若菜が『神の繭』から女神へと羽化したことで、彼らの力はずいぶんと強くなっているはずだ。
今なら、ようやくあの残虐非道な美少年の息の根を止める事ができると、四人は確信した。
✤✤✤
真夜中に天馬で城から飛び出した若菜は、ほとんど人通りの無い城下町をさまよっていた。キョウの都とは全く異なるカラフルな色の建物と旗、そして緻密な石彫の寺院などがあり、目を奪われていた。
この城下町はまるで、迷路のようになっていて、天国の門まで行くにも時間がかかりそうだ
肌の色も髪も異なる若菜は、修羅族の人々と遭遇しないことに安堵した。
とはいえ、天国の門に行った所で、自分一人ではすぐに捕まってしまうだろうし、門番の話によれば、他の天界人か神の力を借りて門を通るしかないと聞いたからだ。
「この世界の神様は協力してくれるかな……可能性は低いよね。それならまだ天界人のほうが……」
阿修羅王や、天鬼たちの慰めものになるより天界人に連れられ、そのまま天帝の所に行くほうがまだ朔や、晴明に逢える可能性はあるのではないだろうか。
とはいえ、この城下町で普通に天界人がウロウロしているのかもわからず、若菜は溜息をついた。
「ごめんね、巻き込んじゃって。疲れたよね?」
若菜は天馬から降りると、優しく鼻を撫でてやった。この美しい白馬と共に街を歩くと目立ちそうな気がする。
それに、強引にあの馬小屋から自分の逃亡の相手に選んでしまった天馬が、この先酷い目に合わないか心配になった。
「もう、お家に帰ってもいいよ。ここから私一人で行動するから」
天馬は若菜を見つめるだけで、何度お尻を叩いても走り去る様子は無かった。それが天馬の意思のような気がして、若菜はやがて諦めの境地に達した。
考えようによれば、天馬がいても荷物を持っていたり行商人のような擬装をすれば、不審に思われないかもしれない。
「とりあえず、少し動き疲れたから宿で仮眠を取ろうかな。あまりお外にいても、羅刹や羅漢に見つかっちゃうかもしれないし、お水や餌を食べたいでしょ? お金は大丈夫だよ、宝石は持ってきたから……たぶん」
天馬にそう言うと、ヒヒンと答える。天国なので犯罪は無いと信じたいが、自分を手籠にした阿修羅王のことを思うと、この世界が安全とは言い難い。
道中、ここは宿かもしれないと思った場所まで引き返し、若菜は遠慮がちに呼び鈴を鳴らす。
「ごめんください……!」
しばらくして年配の男性が目を擦りながら不機嫌そうに出てきた。この時間では宿も施錠され、宿泊する客もいないのだろう。
扉を開けると、修羅族ではない白馬を連れた美しい娘が現れたものだから、亭主が夢でも見てるのかと自分の頬を抓って首を振った。
「な、なんだいお嬢さん。こんな遅くに宿泊かい」
「あの、すみません……夜明けまでで良いので休ませてもらってもよろしいでしょうか? お金は無いのですが、宝石はあります」
「ほぅ……あんた、いかにも訳ありって感じだな。格好からして、天女でもないし、どこかの天国のお姫様か? 宝石を見せてごらん」
若菜は、手首につけてきた宝石のブレスレットと幾つか差し出し、懐に隠していた宝石の装飾品などを見せる。どれも素晴らしいもので、この宿に泊まっても、かなりお釣りが戻って来るほど立派なものだった。
厄介事には巻き込まれたく無いが、欲に目が眩んだ宿の亭主は若菜を招き入れた。
「馬は裏に繋いで水と餌をやっておくよ。今日は二階の奥の部屋が開いてるからそこに泊まるといい。女が夜道を歩くのはいくら修羅の国でも危険だ」
「ありがとうございますっ……それじゃあ、また朝にね」
あの天馬のお名前も考えておかなくちゃと思うと、若菜は宿に入ってようやく安堵した。豪華な宿とは言えなくとも、それなりに家具や設備も充実してそうだ。
若菜は、二階の奥の部屋まで行くと扉を開ける。こじんまりとした部屋には寝具と小さな机がある程度だ。
「眠くなってきちゃった。人の多い昼間に行動した方が、逆に見つからなくてすむかな……。朔ちゃん、晴明様……みんな、早く会いたいよ」
若菜は阿修羅王と天鬼に開放された安堵感に目を擦りながら硬い寝具に倒れ込む。ヴェールを取り、目を閉じると急に睡魔が襲ってくる。
居心地の良い場所ではないが、これだけ入り組んだ街なら、そう簡単に見つかりそうにもない。
柔らかな月光が窓から差し込み、若菜は健やかな寝息を立て始めた。
「…………」
若菜の足元で、その様子を見下ろす影がいた。無表情のまま、長い睫毛から灰色の瞳が若菜を冷たく見ている。
元から神使だった二人とは異なり、紅雀と吉良は妖魔である。神と呼ばれる存在に初めて出会ったのは戦場となった天魔界だ。
あの時は生きるか死ぬかの瀬戸際であって、神という存在をじっくりと感じるような状況でも無かった。しかも、目の前にいるのは高天原を統べる主宰神である。
『冗談じゃあねェよな? まさかあの神話の……なんだって俺たちに逢いに? 偽物じゃあねェだろうな』
『貴様は阿呆ぉか! 冗談ちゃうで!』
『ちょいと、あんた! 由衛の言うとおりにおし!』
吉良のとんでもなく無礼な質問に、由衛は顔を青褪め、声を震わせながら叱り飛ばした。
状況をすぐに飲み込んだ紅雀は、由衛に言われたとおり土下座するように頭を平伏する。そして、吉良の着物をぐいぐい引っ張った。
吉良は揺らめきながら、狐に摘まれたような妙な表情でしぶしぶと平伏する。
若菜を助けるために、天界兵や神々と敵対し、あの時はそれを晴明に庇われたが、彼もまた天界で囚われの身になってしまった。
天照大御神が直々に地上に降り、自分たちに会いにくるとは、一体どんな用なのか。
それを考えただけで、由衛も白露も額に汗が浮かぶ。
「――――残念ながら、私はあの神話に出てくる高天原を統べる長、天照大御神だ。妖魔から神使、野狐に堕ちた狐が再び神使に出戻るとは妙な運命だな。呪詛の狗神が神使となるとは……考えもしなかった。そして弁財天の白蛇も眷属か。お主からは、天之木花若菜姫の霊力と第六天魔王の霊力を感じる。賑やかな御一行だ、顔をあげるとよい」
天照大御神にそう言われると、由衛を筆頭に白露、そして吉良たちがおずおずと顔をあげた。凛とした、厳格な声に多少緊張するものの、反逆者として捕える意思は、彼には無いように思える。
『――――何故、天照大御神様が直々にお出向きになられたのでしょう。姫はご無事でしょうか?』
「無事とは言い難いな。若菜姫は阿修羅王に捕虜として囚われている。しばらく、そこに気配があったが、飼い犬の天鬼の元へと渡ったようだ」
『あの天鬼たち……嫌な感じがしました。若菜様が無事であると良いのですが』
由衛は真っ先に若菜の様子を問うた。
あれから阿修羅王の戦利品として捕虜になっているとは。まるでよく頑張った飼い犬に、褒美の骨でもあげるように、最愛の主を与えたのが許せず、由衛はギュッと狩衣を握りしめる。
白露もあの天鬼から、何かしら嫌なものを感じ取っていたようだ。いてもたってもいられない様子で、自分の腕を擦っている。
「第六天魔王と通じた女神だが、我々八百万の管轄でもある。あの女神の身の潔白を証明できなければ、力を分け与えた木花之佐久夜毘売の罪を消せない。そこで、お主たちの力を借りたい」
『ということは……私たちを高天原にあげて下さるのでしょうか。通常神使といえど、我々はお仕えする姫に呼ばれ、上げて頂かねば高天原の地を踏めません』
「そこは案ずるな、だが……ただではできん。お主らも、あの戦場で主を助けるために我々に仇なしただろう?」
天照大御神は、口の端に笑みを浮かべる。まさか、こんな形で天上に向かう糸口があったとは思わなかった。しかし、どうやら天照大御神もただでは、由衛たちを招くつもりは無いらしい。
『ただじゃあ、お天道様も動いちゃくれないってわけねェ。で、私ら一体何をすればよろしいんで?』
紅雀が問うと、天照大御神はそれが本題だとばかりに話し始める。高天原を統べる厳格な主宰神を見上げながら、四人は神妙な面持ちを浮かべた。
「知っての通りキョウの都に偽の帝が誕生した。私は帝の祖神でもあり鎮守神。妖魔が帝としてキョウの都を支配されては困る。だが私たちは土地を浄化し天変地異を鎮めることはできても、天地創造の時とは異なり、直接歴史には介入できないのだ。それは、均等を崩す行為でな」
『つまり、お天道様は帝としてキョウの都を牛耳る鬼蝶を始末しろってェ事かい?』
帝の祖神でこの国の鎮守神となる天照大御神にとって、子孫ではない全く無関係な妖魔が帝として人を支配するというのは、好ましくないと言うことだ。吉良の問いに、天照大御神が深く頷く。
『それで、鬼蝶を暗殺すれば私たちを姫の元へ連れていって下さるのでしょうか? しかし、その間に姫は、身の危険に晒されているのです……。一刻も早く、姫の身の安全を……!』
「我が弟神である、月読尊を修羅国に送り込んだ。あいつは月と同じく姿を変える事ができる便利な技能を持っている」
『月読尊様ですか……? 袂を分かち、絶縁されたものと思っていました』
「もう一人の弟より、何を考えているか分からん月読尊のほうがましだ」
白露が目を丸くしたのは、神話に記されたとある事件がきっかけで、天照大御神と月読尊が絶縁状態にある、と聞いていたからだ。
『月読尊様にお会いした事はありませんが、姫をお任せしても……よろしいのでしょうか』
「月読尊は出撃せず、戦が不得手な神々のように戦場へ祈りを捧げることもせず、夜の国から出ることも無かった。第六天魔王と敵対していた八百万の神々より、世捨て人のような月読尊のほうが、裏切りの女神の救出は適任だとは思わぬか」
食いつく由衛を落ち着かせるようにして、天照大御神はそういった。
何度も鬼蝶とは敵対し、その度に苦戦を強いられてきたが、若菜が『神の繭』から女神へと羽化したことで、彼らの力はずいぶんと強くなっているはずだ。
今なら、ようやくあの残虐非道な美少年の息の根を止める事ができると、四人は確信した。
✤✤✤
真夜中に天馬で城から飛び出した若菜は、ほとんど人通りの無い城下町をさまよっていた。キョウの都とは全く異なるカラフルな色の建物と旗、そして緻密な石彫の寺院などがあり、目を奪われていた。
この城下町はまるで、迷路のようになっていて、天国の門まで行くにも時間がかかりそうだ
肌の色も髪も異なる若菜は、修羅族の人々と遭遇しないことに安堵した。
とはいえ、天国の門に行った所で、自分一人ではすぐに捕まってしまうだろうし、門番の話によれば、他の天界人か神の力を借りて門を通るしかないと聞いたからだ。
「この世界の神様は協力してくれるかな……可能性は低いよね。それならまだ天界人のほうが……」
阿修羅王や、天鬼たちの慰めものになるより天界人に連れられ、そのまま天帝の所に行くほうがまだ朔や、晴明に逢える可能性はあるのではないだろうか。
とはいえ、この城下町で普通に天界人がウロウロしているのかもわからず、若菜は溜息をついた。
「ごめんね、巻き込んじゃって。疲れたよね?」
若菜は天馬から降りると、優しく鼻を撫でてやった。この美しい白馬と共に街を歩くと目立ちそうな気がする。
それに、強引にあの馬小屋から自分の逃亡の相手に選んでしまった天馬が、この先酷い目に合わないか心配になった。
「もう、お家に帰ってもいいよ。ここから私一人で行動するから」
天馬は若菜を見つめるだけで、何度お尻を叩いても走り去る様子は無かった。それが天馬の意思のような気がして、若菜はやがて諦めの境地に達した。
考えようによれば、天馬がいても荷物を持っていたり行商人のような擬装をすれば、不審に思われないかもしれない。
「とりあえず、少し動き疲れたから宿で仮眠を取ろうかな。あまりお外にいても、羅刹や羅漢に見つかっちゃうかもしれないし、お水や餌を食べたいでしょ? お金は大丈夫だよ、宝石は持ってきたから……たぶん」
天馬にそう言うと、ヒヒンと答える。天国なので犯罪は無いと信じたいが、自分を手籠にした阿修羅王のことを思うと、この世界が安全とは言い難い。
道中、ここは宿かもしれないと思った場所まで引き返し、若菜は遠慮がちに呼び鈴を鳴らす。
「ごめんください……!」
しばらくして年配の男性が目を擦りながら不機嫌そうに出てきた。この時間では宿も施錠され、宿泊する客もいないのだろう。
扉を開けると、修羅族ではない白馬を連れた美しい娘が現れたものだから、亭主が夢でも見てるのかと自分の頬を抓って首を振った。
「な、なんだいお嬢さん。こんな遅くに宿泊かい」
「あの、すみません……夜明けまでで良いので休ませてもらってもよろしいでしょうか? お金は無いのですが、宝石はあります」
「ほぅ……あんた、いかにも訳ありって感じだな。格好からして、天女でもないし、どこかの天国のお姫様か? 宝石を見せてごらん」
若菜は、手首につけてきた宝石のブレスレットと幾つか差し出し、懐に隠していた宝石の装飾品などを見せる。どれも素晴らしいもので、この宿に泊まっても、かなりお釣りが戻って来るほど立派なものだった。
厄介事には巻き込まれたく無いが、欲に目が眩んだ宿の亭主は若菜を招き入れた。
「馬は裏に繋いで水と餌をやっておくよ。今日は二階の奥の部屋が開いてるからそこに泊まるといい。女が夜道を歩くのはいくら修羅の国でも危険だ」
「ありがとうございますっ……それじゃあ、また朝にね」
あの天馬のお名前も考えておかなくちゃと思うと、若菜は宿に入ってようやく安堵した。豪華な宿とは言えなくとも、それなりに家具や設備も充実してそうだ。
若菜は、二階の奥の部屋まで行くと扉を開ける。こじんまりとした部屋には寝具と小さな机がある程度だ。
「眠くなってきちゃった。人の多い昼間に行動した方が、逆に見つからなくてすむかな……。朔ちゃん、晴明様……みんな、早く会いたいよ」
若菜は阿修羅王と天鬼に開放された安堵感に目を擦りながら硬い寝具に倒れ込む。ヴェールを取り、目を閉じると急に睡魔が襲ってくる。
居心地の良い場所ではないが、これだけ入り組んだ街なら、そう簡単に見つかりそうにもない。
柔らかな月光が窓から差し込み、若菜は健やかな寝息を立て始めた。
「…………」
若菜の足元で、その様子を見下ろす影がいた。無表情のまま、長い睫毛から灰色の瞳が若菜を冷たく見ている。
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