【R18】月に叢雲、花に風。

蒼琉璃

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第三部 天界編

四、華の人形―其の壱―

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 若菜は阿修羅王と羅漢らかんの相手を立て続けにして、気を失うと泥のように眠った。『神の繭』から女神として生まれ変わって治癒ちゆ能力は備わっても、神や戦に長けた天鬼てんきの相手をするには体力が乏しく、一気に奪われてしまう。
 若菜は心地よい感触に頬を擦り寄せ、ゆっくりと目を開けると、見たことも無い景色が広がっていて、頭を整理するのに時間がかかった。

「ん………っ」
「良かった。ようやく、目が醒めたみたいだね。大丈夫? 若菜」
「あ、貴方……ここ……は」

 鞍馬くらま山で法眼ほうげんに囚われた時に用意された南蛮渡来なんばんとらいの寝具よりも、質が良いふかふかの寝具の上に自分は眠っていた。羅漢らかんの淫らな凌辱りょうじょくで、汗と潤滑油だらけになっていた体も綺麗に洗われ、フリルのついた洋装を着せられている。
 キョウ生まれの若菜にとって、洋装にどんな種類があるのかわからないが、白いドレスは、とても着心地が良く、可愛らしいものだった。
 若菜を覗き込むようにして、西洋椅子に座った羅刹らせつの姿は、鎧姿ではなくラフなズボンと上着を身に着けているので、角の生えた西洋人のように見えた。
 羅漢と同じ顔をしている双子を見ると、若菜は無意識に体を固くしてシーツを握りしめる。

「やっぱり、羅漢兄さん……若菜に無理させたんだな。僕らの可愛い奴隷いもうとなんだから、壊しちゃ駄目だって言ったのに……。羅漢兄さんは享楽的なんだよ、若菜の体も潤滑油と精液でドロドロだったから」
「……貴方は羅刹……? あの人が羅漢……。あ、あの、どうして私のことを妹って呼ぶの? 体、誰か洗ってくれたんだね」

 あの後の自分の様子を聞かされると、羞恥とおぞましさに体が震える。だが、そんなことがあったとは思えないほど体は綺麗に洗われ、よくよく部屋を見渡すと可愛らしい家具や、西洋人形、ふわふわの毛でできた大きな熊の玩具ぬいぐるみのようなものが置いてある。
 まるで、異国の部屋のようだったが、若菜はなんとなく子供の部屋を連想させ、不気味に思えた。

「………違うよ、若菜。僕のことは羅刹お兄ちゃんでしょ。僕は可愛い妹が欲しくて仕方なかった。瞳も髪の色も癖毛も同じなんだから僕たちは兄と妹なんだ。ふふっ、君の体は僕が隅々まで綺麗にしたんだよ。羅漢兄さんが噛んだ痕は、自然に治って綺麗になっているから安心していい。さぁ、僕が髪を梳かしてあげる。それからお茶にしよう」
「う、うん……」

 若菜はなんとなく背中がゾクリとするような感覚を覚えたが、羅漢のように淫らな事をする気はないようなので、素直に従うことにした。
 若菜にとって羅刹の挙動や言動は理解できず、性奴隷にしたい羅漢のようにわかりやすくも無いので、様子を伺うしかない。
 差し伸べられた手を掴み起き上がると、まずは鏡台の前に座らされる。櫛を持った羅刹が優しく若菜の柔らかな髪を梳いた。

「はぁ……若菜、キラキラと輝く稲穂のような髪が美しいね。こうして櫛を入れると、髪から良い香りがする。やっぱり君は僕の妹にふさわしいよ。可愛いリボンをつけようね」
「う、うん。あ、あの……羅刹……お兄ちゃん。どこでお茶会するの?」
「ふふ、そうだね。お庭の方でしようか。僕と一緒の時はお庭に出てもいいからね。娑婆世界のお茶を、何種類か集めたから好きなのを飲んでいいよ。ほら、若菜はやっぱり赤いリボンが良く似合う」

 羅刹が若菜の髪を梳いて、赤いリボンで二つに髪を括ると、首筋に吐息をかけ愛しそうに口付けた。若菜は、それに反応してピクンと体を震わせる。若菜は動揺しつつ、もし庭に出られるのなら、隙を見てここから逃亡できるかもしれないと考えを巡らせた。
 だが、若菜は悟られたり羅刹の機嫌を損なわないように、ありがとうと礼を言う。
 もしかすると、甘えたそぶりでも見せれば双子の弟は兄よりも性格が穏やかなようなので、若菜の話しに耳を傾けて、解放してくれるかもしれないと淡い希望を抱いていた。

「すぐに阿修羅王様のところに連れて行かれたから、天界の美しさを見る余裕も無かったよね、若菜。お兄ちゃんがこれから色々教えてあげるよ、ふふふ」
「天界の美しさ……。そうだね、羅刹お兄ちゃん私、全然知らないの。天上の世界ってどれだけあるの? ここは八百万の神様がいらっしゃる場所じゃないの? 天帝様も、ここにいるのかな」
「ふふっ、質問攻めだね、若菜。天国というのは人間が崇める神の分だけ存在するんだよ。八百万の神の天国は東にあって、こことは違う場所にあるんだ。ふふっ、まさか阿修羅王様の治める天国に、天帝はいらっしゃらないさ! もっと空高くにいるんだ。『万物の理』という存在だからね」

 羅刹は若菜に指を絡めて、可愛らしい『妹』の部屋から彼女を連れ出す。エキゾチックな白亜の宮殿と、あの部屋はまるで別世界のようだった。
 それとなく情報収集する若菜に、羅刹は機嫌よく教えてくれる。どのようにして上に向かえばいいのかわからないが、どうやら羅刹の口調からして、天帝と阿修羅王はそれほど良好な関係とは言い難いように聞こえた。

「――ねぇ。逃げ出そうなんて考えちゃ駄目だよ、若菜。そんなことしたらお仕置きしなくちゃいけなくなるし……。誰かが可愛い若菜を連れ去ったら、僕はそいつを殺さなくちゃいけなくなる」
「そ、そんなこと、しない……」

 若菜はまるで心を覗き見られたような気がして、心臓が飛び出しそうになった。羅刹の瞳は笑っておらず、奴隷いもうとである自分が宮殿から逃亡することは、絶対に許さないという狂気を感じた。
 若菜の声が震えて、ようやく答えると羅刹は細い指先をぎゅっと握りしめて優しく微笑む。

「ふふ、裸足のままじゃ庭に出たときに足の裏を傷つけちゃうな。ほら抱いてあげるね、若菜」
「きゃっ……! あ、あのっ、一人でも歩けます!」

 羅刹は、若菜の抗議もおかまいなしに抱き上げると、光の小さな粒子が降り注ぐ庭園へと向かう。娑婆世界では見たことも無いような、虹のように色鮮やかな花が咲き乱れて、若菜は蜜色の目を見開いた。
 樹木も淡く黄金色に光り、この庭園は思わず我を忘れてしまうくらい美しかった。
 ここが、本当の極楽浄土の世界なのかと吐息が漏れる。

「綺麗………」
「綺麗だろう、若菜。娑婆世界や天魔界でこんなに美しい場所なんて無いんじゃないかな。でも、僕は人間が生み出した家具や、服のセンスは好きなんだけれどね」

 天魔界という言葉に、若菜は朔を思い出して胸が締め付けられた。最愛の義弟に会いたい、彼は天帝のところにいるのだろうか、もし今度第六天魔王が封印されてしまったら、二人ともどうなってしまうのだろうかと不安になる。
 ターコイズブルーの曼荼羅マンダラが描かれた机には、陶器が置かれていた。羅刹は若菜を抱いたまま先を急ぎ、まるで彼女を幼子をあやすかのように膝の上に乗せると、椅子に座った。
 若菜が戸惑うように羅刹を見ると、反応するように優しく微笑む。

「あ、あの……私、普通に座れるから、離して」
「可愛い妹を甘やかしたいんだ、若菜。それにこうして膝の上に乗せないと、逃げ出しそうだからね。ほら、どれがいい?」

 居心地が悪く、若菜は膝から降ろして欲しいと頼んだがやんわりと断られた。羅刹は膝の上で若菜の腰を抱きながら、並べられたお茶と茶菓子を若菜に紹介する。キョウの都で売っていた陶器と似たものを見つけると、若菜はそれを指さした。
「これは、八百万の神々が好むお茶なんだよ。やっぱり若菜は、無意識にこれを選んじゃうのかな」
 クスクスと優しく笑って羅刹はお茶を取ると、それを若菜に渡す寸前、意地悪するように自分のもとに引き寄せる。
 そして、自分の口に含んだかと思うと若菜の唇を塞いだ。

「…………! んっ……ん、んんぅっ」

 開いた口腔内に、緑茶が流れ込んでくるとゴクリと喉が鳴る。羅刹の服を握りしめて抵抗しようとする若菜の舌に、自分の舌を絡め妹の粘膜を貪るように味わった。
 突然のことに若菜は驚き、羅漢とは異なる舌の動きに翻弄されて甘い吐息を漏らす。

「んんっ、やっ……!」
「はぁっ……若菜の唾液は、果汁みたいに新鮮で甘くて美味しいね……。ふふ、こんなに綺麗な霊力で蕩けるほど唾液が美味しいのは、若菜の心が綺麗だからかな。どうして、抵抗するんだ、ほら……、お兄ちゃんにお茶を飲ませて」

 糸を引きながら舌が離され、やんわりと顎を掴まれる。羅刹の淀んだ綺麗な瞳で口移しを強要されると思わず言葉を失う。
 若菜は彼の行動が理解できず、戸惑いながらお茶を口に含んだ。優しい物腰なのに、羅漢よりも、羅刹のほうが恐ろしく感じて若菜は体の震えが止まらなかった。
 口移しだけでこの人が満足するなら、ほんの少し我慢すればよいと言い聞かせ、若菜は羅刹に口付けると、目を開けたままニヤリと笑い、舌を絡めて吸い上げる。

「んっ……んんっ……はぁっ、んっ、ゃ、どうして……私、義妹なら、こんなこと……」
「でも、若菜は義理の弟の朔と愛し合っていたよね……前世では、乳母兄弟の晴明と恋仲だったじゃないか。それなら僕とも特別な兄妹になれるよね」
「で、でも……朔ちゃんや晴明さまとは……」
「もう、そのおぞましい名前は呼ばないで、若菜。あいつらは悪いやつらなんだよ。若菜の兄妹はこれから先、僕と羅漢兄さんだけなんだから忘れてほしい」

 若菜の稲穂の髪を撫でながら、まるで子供に言い聞かせるように羅刹は微笑む。そう言われてしまうと、若菜は何も反論できずに押し黙ってしまった。
 羅刹は若菜を抱きしめると、額に口付けあやすように背中を撫でた。若菜はゾクゾクと体が震えるのを感じる。
 下着をつけていないスカート越しに、羅刹の陰茎が当たる感触がして、それが、ゆっくりと鎌首をもたげているのに気付いたからだ。

✤✤✤

 そこは、いうなれば白の虚無世界と言っても過言ではない牢獄ばしょだった。前回、阿修羅王と神々、人間の術師が封印した虚無の世界では、体を鎖で繋がれ、上も下も無い暗闇の世界だったが、今回は随分と生やさしい。

「とは言っても、天帝の口調からすりゃ保留ってとこだろうからな」

 朔はそう言うと、何もない白い地面に転がり天上を見上げる。距離感のわからない白い天井に、天界の光の粒子が虫のように降り注いでいる様子は神秘的で美しい。
 だが、普通の人間や神、天魔ならば永遠に繰り返される光の粒子と、白い壁に覆われた距離感の掴めない牢獄に気が触れてしまう事だろう。

「それにしても、天帝あいつどういうつもりだよ。俺が虚無世界に繋がれてる間、父性に目覚めたとかじゃねぇだろうな。気持ちわりぃ」

 天帝と父親として会ったのは、子供の頃に数回だけで、朔にはほとんど記憶がない。だが、それでも父親を尊敬していた。
 なぜ、この銀河系の『理』として均等を重んじる存在が、阿修羅王の娘を娶ったのか考えれば考えるほど謎だらけだ。それも、無理矢理、阿修羅王の元から娘を奪うなどと言ういかにも俗っぽい行動。
 後にも先にも世界の平衡を保つ存在であるなら、伴侶という特別な存在を持つことも調和を乱すものではなかったのか。
 怒り狂った阿修羅王と天帝は戦となり、母親はそれに巻き込まれて命を落としてしまった。
 それから天帝に破れた修羅族と阿修羅王は停戦し、阿修羅王の天国は天界から離れた場所まで堕ちたものの、かろうじて神の座に残り、表向き忠誠を誓う事になる。
 どういった経緯かはわからないが、朔は天魔界を統べる第六天魔王の元へと預けられた。
 その当時の天魔は、人間にとって『負』ではあるものの、自然界の食物連鎖のように節度を持ち、天帝と上手く均等をとって、今ほど敵対関係ではなかったと聞く。
 先代の魔王は現実主義者だが、朔に対しても愛情は持っており、子供がいなかった王妃ともども実の息子のように可愛がった。
 だが、それも朔が成長していくにつれて阿修羅王が彼の存在に気付き、修羅族とぶつかり合うようになってから、やがて激しい戦が繰り返されるようになった。
 またしても両親を失ったサクの心はとうとう憎悪に染まり、すべてを滅ぼす第六天魔王へと変わったのだ。
 彼は神々の力となる人間を掌握し、支配し、食料にして阿修羅王と天帝を滅して、天界を掌握しようと目論み戦いを挑んだ。しかし、阿修羅王と天帝に敗れて、朔は虚無の世界に封じられてしまう。
 今更、天帝に実の父親の顔をされた所で朔にとって嫌悪感しかない。

「二回も封印されちまったら、クソだせぇよな。それに、今はあいつの方が心配だし、この俺がおめおめとやられるかよ。しかし、俺の力が封じられてんじゃな……。けど、あいつは泣き虫だし、俺がいかねぇとクソ野郎どもの玩具にされちまう……チッ」

 重い溜息をついて、若菜の優しい笑みを思い浮かべると、朔はブツブツと呟いた。不意に胸が熱くなるのを感じて驚いたように起き上がる。しかしこれは朔が、彼女を思う気持ちからくるような温もりではない。
 何か別の異変を感じとって自分の胸に手を当てると、視線をあげた。

「は? お前、なんで……んな事できんの?」

 目の前には、憂いを秘めた目をした透明のさくが幻覚のように揺らめいている。そして右方向の白い壁を指さしていた。
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