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第二部 天魔界編
玖、四面楚歌―其の参―
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由衛の傷は塞がったものの、下級妖魔との連戦、そして上級妖魔である天狗達との戦いは激しく霊力をしてしまい、そのまま若菜の膝を枕にして、深い眠りに落ちてしまった。
吉良も、白露も『神の繭』の話を晴明から聞いていたので、主が無意識に使った不思議な能力は、開花の前兆では無いだろうかと言う気持ちがよぎった。
だが、今はそれどころでは無い。
ここは天魔界だ。
赤紫の不気味な空は高く、生まれて初めて見た世界の風景は懐かしいような、恐れを感じるようなものだった。
そして目の前には、大きな美しい漆黒の六枚羽を広げた第六天魔王――――朔がいる。
「六魔老の奴らにお前らが見つかると、面倒くせぇ事になるから、今のうちにさっさと城へ向かうぞ。霧雨が優秀で良かったな。――――若菜」
「朔ちゃん、救けてくれてありがとう」
「――――別に……。約束通り願いは叶えた」
恐ろしく威圧的に話す魔王を目の前にしても、若菜はまるで変わらず、義弟に接するように微笑んで礼を言った。魔王は目線を反らし素っ気なく返事をするが、鬼蝶に怯えていた若菜の事を、しきりに気にかけている様子だった。
そんな二人を見ていると、吉良は頭を掻きながら苦笑する。
『何があったか知らねぇが、結局、何があっても嬢ちゃんらは大丈夫ってわけか……全くこいつは面白れェ。この悪狐はしばらく目を覚まさねぇだろうから俺がかついでいく。白露、てめぇはこいつの刀を背負ってくれねぇか』
『は、はい……。若菜様、本当に……ご無事で何よりです』
白露は涙を浮かべ、ようやく安心したように
頭を下げた。
そして由衛をかついだ吉良の疲れ切った顔を見ると、若菜はどれだけ式神達に対して、自分は心配をかけてしまったのだろうという罪悪感が生まれた。
最愛の義弟との再会を喜び、彼に激しく愛される間、式神達は必死に主人を探しまわって危険な目にあっていた。そのせいで短期間に、霊力を消費して命を削らせてしまったのだ。
「みんな、本当に心配かけてごめんなさい」
『水くせぇな、嬢ちゃん。若菜が無事ならそれで良いんだからよ、なぁ?』
白露も吉良も、気にするなと言わんばかりに微笑んだ。
和やかな雰囲気の中、朔が急かすと慌てた様子で若菜は彼の側に寄り、軽々と義姉を抱き上げる朔が翼を広げ城へと誘導する。
吉良は狗神の姿になり、背中に白露と由衛を乗せて彼の後へと続いた。
若菜は、赤紫の夕焼けのような天魔界の空は、初めて見た時は何と恐ろしい場所だろうと思ったが、今では美しく感じられ、第六天魔王の真紅の瞳のような赤い月は宝石のように輝いていて何時までも見ていられる。
恐ろしい天魔が住む世界で、自分は獲物で何時命を落とすかも知れないのに、こんなにも安心できるのは、すぐそばに最愛の義弟がいるからだろうか。
彼は朔ではないが、彼の中に確かに朔は存在しているようで、口調や態度は違っても変わらないのだと強く確信していた。
だから、きっと人々を襲う妖魔や天魔達を抑え込んで欲しいと思う若菜の願いに賛同し聞き入れてくれるのではないかと思った。
「別に、落っことすつもりはねぇから安心しな。彼奴等の部屋は霧雨が用意するだろ」
「うん。朔ちゃんは絶対そんな事しないもん……信じてるから、大丈夫。ありがとう、霧雨さんにもお礼をしないとね」
「あ~~……なんつうーか、まぁ……反則」
第六天魔王を前にして、なんの疑いもなく全信頼の眼差しを向ける人間も、『神の繭』もいまだかつていなかった。
それが自分の中にある義弟に向けられている事に、いささか不満があるのは何故だろう。
だが、彼女の信頼の眼差しは例えようもない位の愛しさや幸せが感じられて、若菜の微笑みを見るだけで満たされるような気がする。
朔が自分に器を差し出し世界を敵に回しても、若菜を護りたい、愛したいと願った気持ちがぼんやりとわかった。春のひだまりのような柔らかな日差しと、安住の地のような心地よさは自分の心に暖かな感情を宿す。
若菜から薫る霊力がそう思わせるのだろうか、それとも『女神』としての神性が覚醒しようとしているのか。
そんな事が起これば、前代未聞でこの天魔界を壊しかねないほどだが、そんな事はどうでも良いと思えるくらい、彼女に溺れていた。
だが『神の繭』であることなどどうでもいい、この女を愛していると強く朔は思った。
それにしても義姉で女神の若菜を、魔王で義弟の朔が愛するなんてこの器も、そうとう皮肉な運命に翻弄されているものだな、と第六天魔王は苦笑すると、ポツリと呟く。
「天魔界に女神さまか……、天帝がひっくり返るぞ」
「???」
庭先には、霧雨と紅雀が空を見上げ数人の天魔の女中達が深々と頭を下げていた。朔が若菜を抱いたままふわりと地面に降り立つと、その後に吉良が降り立った。
無言で頷く霧雨とは対象的に、紅雀は後れ毛を直しながら小粋に吉良に話しかける。
『ちょいとあんた。来るのが少し遅いんじゃないの? 待ちくたびれたわよぅ』
『おう、紅雀………探したぞ。元気そうじゃねェか……ちっとは俺がいなくて枕を涙で濡らしたかい?』
『いやだねぇ。私はいつだって楽しいことを探してる女なんだよ。小娘みたいに簡単に泣くような可愛げなんて、私は持ちあわせていないのさ』
そうは言うものの、由衛を放り出して紅雀を抱き寄せる吉良に、紅雀はほんのりと頬を染めた。天魔界まで探しに来た『いい人』はいまだかつておらず、周囲の目を気にすること無く控えめに抱き返した。
紅雀と吉良の再会を目にすると、若菜は嬉しくて目を輝かせるように微笑み胸を撫で下ろした。
天魔の女中達は、冷ややかにその光景見ていたが、第六天魔王の手前憎まれ口を叩くようなことはない。
「魔王よ、藍雅と父君が来られている。急がれよ」
「――――そうか。お前たちはこの城から出るな。部屋で大人しくしておけ。また後でな、若菜」
「うん、分かったよ。お話が終わるまでみんなと一緒にいるね」
人間界について、魔王と話をしようと思っていたが、どうやらあの可愛らしい婚約者と呼ばれた天魔の美少女が来ているようだ。
彼女に対しては、胸が焦げるような複雑な感情を抱いていたが、霊力の消耗が激しい式神達が心配になっていた。
そして、何故かこの場にいない安倍晴明を心配し、嫌な予感がして不安になっている。朔と同じように、若菜を案じて心から愛し理解をしてくれる人だ。
若菜は服を握りしめながら複雑な感情に飲み込まれ、朔の背中を見送るしか無かった。
✤✤✤
悟られぬ距離で安倍晴明を監視していた羅漢と羅刹は、キョウの中心の気が大きく揺れ動き、ゾクゾクと背中を駆け巡るような興奮が襲った瞬間、どこかで天魔界が開いたことを察知した。
光り輝く白い翼を広げて、二人はその痕跡を探すように上空から目を光らせる。
「羅刹、この辺りから気配がしたぜ。ここは確か陰陽師どもが本拠地にしていた場所だな」
「そうだね、羅漢兄さん。もう廃墟になっているけど、確か……ここはかつて境界線だったところだよ」
双子の天鬼は、ふわりと廃墟に舞い降りた。
すでにそこには妖魔が抜けた、人間の骸が転がっていたが、天魔界が開いた影響で引き寄せられた、知能の低い下級妖魔や天魔達がうろついている。
この二種はほとんど見分けがつかないが、妖魔は怯えるように後退し、天魔は二人を威嚇するように気味の悪い声を上げていた。
しかし、羅漢も羅刹も雑魚など存在していないかのように無視すると、地下へと向かう。
途中、彼らに飛びかかってきた下級天魔がまるで見えない熱線に焼かれるように炎に包まれ、息絶えた。
「人間たちもここまでは手が回らないようだな。ま、彼奴等がここを封じて守護していくなんて、初めから無理な話だけどなぁ。雑魚どもの繁殖場所になってるぜ、羅刹」
「まぁ、僕たちにとってはその方が好都合だよ。何かあった時に人間まで巻き込んじゃったら、天帝様に叱られてしまうでしょう?」
羅刹がクスクスと笑うと、双子の兄を先頭に『儀式の間』へと向かう。階段を降りる冷たい音が響き渡り、地下へと降りるとそこには上級天魔である天狗の亡骸が転がっていた。
どうやら生きている者は一人もおらず、何者かによって斬り捨てられているので妖魔同士の小競り合いか、陰陽師が彼らを狩ったのか定かではない。
「なんだ、こいつら。まさか俺たちより先に天魔界の異変に気付いてここで待っていたのか? そんな訳はないか。だが、こいつらは上級妖魔だ。
そう簡単に狩れる奴なんて今のところあの半神だけだぞ、羅刹」
「それは無いよ羅漢兄さん、晴明は僕たちの目は欺けない……ん。門に変わりないみたいだし、第六天魔王は、いったい何のために天魔界を開いたの」
わずかに開いた門から、部下の天魔を送り出した可能性はある。
ここに転がる天狗の死骸が見ても、何かしら衝突があったのだろうが、不可解だ。
何より、第六天魔王の性格からいって娑婆世界と天界を攻め入る気でいるならば、この世界が終わる為に門を開く。
「――――気になるな、羅刹。覚えているか『神の繭』の事を。器の義姉だと言ってたな」
「うん。阿修羅様は『神の繭』一匹手元に置いたところで、第六天魔王の魔力はすぐに戻らないって言ってたけど、羅漢兄さん」
主はそう言って嘲笑ったが、天鬼の嗅覚は鋭い。
横に並んだ兄弟は互いの顔を見合わせると頷いた。二人は同じ歩調で歩き境界線の前まで行くと、両手を当てた。
「宿命通」
「宿命通」
二人が同時に言葉を放ち目がカッと見開かれると、過去が視えた。
そこには、晴明に仕えているという事になっていた式神たちが、この境界線に辿りついた。そして彼らを追うように、上級天魔の天狗たちがやってくる。
総大将と思われる天狗の部下は、彼らによって斬り捨てられ、いよいよ首を打ち取るものかと思いきや、式神達は総大将によって打ちのめされた。
式神たちが殺されると思ったその刹那、天魔界の扉が開いたのだ――――。
彼らを助けるように、娘が天魔界に式神達を招き入れ、天狗の総大将が手を伸ばした瞬間にあの第六天魔王が、娘を守るようにして引き寄せ蹴り飛ばした。
そして、何事も無く扉が閉じると二人は目を大きく見開いた。
「あれが……『神の繭』か。あの娘のために境界線を再び開いたのか……可愛らしい顔をしているのは確かだが、第六天魔王にとって特別な女って事かも知れないぜ、羅刹」
「――――あの子が、若菜ちゃん?『神の繭』髪も目も顔も僕たちに似てる……あの子、僕たちの妹にしたいな……羅漢兄さん」
「俺は奴隷にしたい。そろそろ従順で愛らしい犬が欲しいからな。阿修羅様に頼んでみるか……第六天魔王を討伐したら、ご褒美はあの女をねだろう」
羅漢は、嗜虐的な瞳で薄笑いを浮かべた。魔王の特別な存在を自分好みに調教できるのならば、これほど愉快な事はない。
羅刹は、対象的にうっとりと若菜を見つめ、自分に似た癖毛と、髪の色を持つ若菜を妹にしたいと暗い炎を宿した瞳を輝かせていた。
――――ともかく、第六天魔王にとってあの女が、弱点なのだと言うことを双子の天鬼は確信した。
吉良も、白露も『神の繭』の話を晴明から聞いていたので、主が無意識に使った不思議な能力は、開花の前兆では無いだろうかと言う気持ちがよぎった。
だが、今はそれどころでは無い。
ここは天魔界だ。
赤紫の不気味な空は高く、生まれて初めて見た世界の風景は懐かしいような、恐れを感じるようなものだった。
そして目の前には、大きな美しい漆黒の六枚羽を広げた第六天魔王――――朔がいる。
「六魔老の奴らにお前らが見つかると、面倒くせぇ事になるから、今のうちにさっさと城へ向かうぞ。霧雨が優秀で良かったな。――――若菜」
「朔ちゃん、救けてくれてありがとう」
「――――別に……。約束通り願いは叶えた」
恐ろしく威圧的に話す魔王を目の前にしても、若菜はまるで変わらず、義弟に接するように微笑んで礼を言った。魔王は目線を反らし素っ気なく返事をするが、鬼蝶に怯えていた若菜の事を、しきりに気にかけている様子だった。
そんな二人を見ていると、吉良は頭を掻きながら苦笑する。
『何があったか知らねぇが、結局、何があっても嬢ちゃんらは大丈夫ってわけか……全くこいつは面白れェ。この悪狐はしばらく目を覚まさねぇだろうから俺がかついでいく。白露、てめぇはこいつの刀を背負ってくれねぇか』
『は、はい……。若菜様、本当に……ご無事で何よりです』
白露は涙を浮かべ、ようやく安心したように
頭を下げた。
そして由衛をかついだ吉良の疲れ切った顔を見ると、若菜はどれだけ式神達に対して、自分は心配をかけてしまったのだろうという罪悪感が生まれた。
最愛の義弟との再会を喜び、彼に激しく愛される間、式神達は必死に主人を探しまわって危険な目にあっていた。そのせいで短期間に、霊力を消費して命を削らせてしまったのだ。
「みんな、本当に心配かけてごめんなさい」
『水くせぇな、嬢ちゃん。若菜が無事ならそれで良いんだからよ、なぁ?』
白露も吉良も、気にするなと言わんばかりに微笑んだ。
和やかな雰囲気の中、朔が急かすと慌てた様子で若菜は彼の側に寄り、軽々と義姉を抱き上げる朔が翼を広げ城へと誘導する。
吉良は狗神の姿になり、背中に白露と由衛を乗せて彼の後へと続いた。
若菜は、赤紫の夕焼けのような天魔界の空は、初めて見た時は何と恐ろしい場所だろうと思ったが、今では美しく感じられ、第六天魔王の真紅の瞳のような赤い月は宝石のように輝いていて何時までも見ていられる。
恐ろしい天魔が住む世界で、自分は獲物で何時命を落とすかも知れないのに、こんなにも安心できるのは、すぐそばに最愛の義弟がいるからだろうか。
彼は朔ではないが、彼の中に確かに朔は存在しているようで、口調や態度は違っても変わらないのだと強く確信していた。
だから、きっと人々を襲う妖魔や天魔達を抑え込んで欲しいと思う若菜の願いに賛同し聞き入れてくれるのではないかと思った。
「別に、落っことすつもりはねぇから安心しな。彼奴等の部屋は霧雨が用意するだろ」
「うん。朔ちゃんは絶対そんな事しないもん……信じてるから、大丈夫。ありがとう、霧雨さんにもお礼をしないとね」
「あ~~……なんつうーか、まぁ……反則」
第六天魔王を前にして、なんの疑いもなく全信頼の眼差しを向ける人間も、『神の繭』もいまだかつていなかった。
それが自分の中にある義弟に向けられている事に、いささか不満があるのは何故だろう。
だが、彼女の信頼の眼差しは例えようもない位の愛しさや幸せが感じられて、若菜の微笑みを見るだけで満たされるような気がする。
朔が自分に器を差し出し世界を敵に回しても、若菜を護りたい、愛したいと願った気持ちがぼんやりとわかった。春のひだまりのような柔らかな日差しと、安住の地のような心地よさは自分の心に暖かな感情を宿す。
若菜から薫る霊力がそう思わせるのだろうか、それとも『女神』としての神性が覚醒しようとしているのか。
そんな事が起これば、前代未聞でこの天魔界を壊しかねないほどだが、そんな事はどうでも良いと思えるくらい、彼女に溺れていた。
だが『神の繭』であることなどどうでもいい、この女を愛していると強く朔は思った。
それにしても義姉で女神の若菜を、魔王で義弟の朔が愛するなんてこの器も、そうとう皮肉な運命に翻弄されているものだな、と第六天魔王は苦笑すると、ポツリと呟く。
「天魔界に女神さまか……、天帝がひっくり返るぞ」
「???」
庭先には、霧雨と紅雀が空を見上げ数人の天魔の女中達が深々と頭を下げていた。朔が若菜を抱いたままふわりと地面に降り立つと、その後に吉良が降り立った。
無言で頷く霧雨とは対象的に、紅雀は後れ毛を直しながら小粋に吉良に話しかける。
『ちょいとあんた。来るのが少し遅いんじゃないの? 待ちくたびれたわよぅ』
『おう、紅雀………探したぞ。元気そうじゃねェか……ちっとは俺がいなくて枕を涙で濡らしたかい?』
『いやだねぇ。私はいつだって楽しいことを探してる女なんだよ。小娘みたいに簡単に泣くような可愛げなんて、私は持ちあわせていないのさ』
そうは言うものの、由衛を放り出して紅雀を抱き寄せる吉良に、紅雀はほんのりと頬を染めた。天魔界まで探しに来た『いい人』はいまだかつておらず、周囲の目を気にすること無く控えめに抱き返した。
紅雀と吉良の再会を目にすると、若菜は嬉しくて目を輝かせるように微笑み胸を撫で下ろした。
天魔の女中達は、冷ややかにその光景見ていたが、第六天魔王の手前憎まれ口を叩くようなことはない。
「魔王よ、藍雅と父君が来られている。急がれよ」
「――――そうか。お前たちはこの城から出るな。部屋で大人しくしておけ。また後でな、若菜」
「うん、分かったよ。お話が終わるまでみんなと一緒にいるね」
人間界について、魔王と話をしようと思っていたが、どうやらあの可愛らしい婚約者と呼ばれた天魔の美少女が来ているようだ。
彼女に対しては、胸が焦げるような複雑な感情を抱いていたが、霊力の消耗が激しい式神達が心配になっていた。
そして、何故かこの場にいない安倍晴明を心配し、嫌な予感がして不安になっている。朔と同じように、若菜を案じて心から愛し理解をしてくれる人だ。
若菜は服を握りしめながら複雑な感情に飲み込まれ、朔の背中を見送るしか無かった。
✤✤✤
悟られぬ距離で安倍晴明を監視していた羅漢と羅刹は、キョウの中心の気が大きく揺れ動き、ゾクゾクと背中を駆け巡るような興奮が襲った瞬間、どこかで天魔界が開いたことを察知した。
光り輝く白い翼を広げて、二人はその痕跡を探すように上空から目を光らせる。
「羅刹、この辺りから気配がしたぜ。ここは確か陰陽師どもが本拠地にしていた場所だな」
「そうだね、羅漢兄さん。もう廃墟になっているけど、確か……ここはかつて境界線だったところだよ」
双子の天鬼は、ふわりと廃墟に舞い降りた。
すでにそこには妖魔が抜けた、人間の骸が転がっていたが、天魔界が開いた影響で引き寄せられた、知能の低い下級妖魔や天魔達がうろついている。
この二種はほとんど見分けがつかないが、妖魔は怯えるように後退し、天魔は二人を威嚇するように気味の悪い声を上げていた。
しかし、羅漢も羅刹も雑魚など存在していないかのように無視すると、地下へと向かう。
途中、彼らに飛びかかってきた下級天魔がまるで見えない熱線に焼かれるように炎に包まれ、息絶えた。
「人間たちもここまでは手が回らないようだな。ま、彼奴等がここを封じて守護していくなんて、初めから無理な話だけどなぁ。雑魚どもの繁殖場所になってるぜ、羅刹」
「まぁ、僕たちにとってはその方が好都合だよ。何かあった時に人間まで巻き込んじゃったら、天帝様に叱られてしまうでしょう?」
羅刹がクスクスと笑うと、双子の兄を先頭に『儀式の間』へと向かう。階段を降りる冷たい音が響き渡り、地下へと降りるとそこには上級天魔である天狗の亡骸が転がっていた。
どうやら生きている者は一人もおらず、何者かによって斬り捨てられているので妖魔同士の小競り合いか、陰陽師が彼らを狩ったのか定かではない。
「なんだ、こいつら。まさか俺たちより先に天魔界の異変に気付いてここで待っていたのか? そんな訳はないか。だが、こいつらは上級妖魔だ。
そう簡単に狩れる奴なんて今のところあの半神だけだぞ、羅刹」
「それは無いよ羅漢兄さん、晴明は僕たちの目は欺けない……ん。門に変わりないみたいだし、第六天魔王は、いったい何のために天魔界を開いたの」
わずかに開いた門から、部下の天魔を送り出した可能性はある。
ここに転がる天狗の死骸が見ても、何かしら衝突があったのだろうが、不可解だ。
何より、第六天魔王の性格からいって娑婆世界と天界を攻め入る気でいるならば、この世界が終わる為に門を開く。
「――――気になるな、羅刹。覚えているか『神の繭』の事を。器の義姉だと言ってたな」
「うん。阿修羅様は『神の繭』一匹手元に置いたところで、第六天魔王の魔力はすぐに戻らないって言ってたけど、羅漢兄さん」
主はそう言って嘲笑ったが、天鬼の嗅覚は鋭い。
横に並んだ兄弟は互いの顔を見合わせると頷いた。二人は同じ歩調で歩き境界線の前まで行くと、両手を当てた。
「宿命通」
「宿命通」
二人が同時に言葉を放ち目がカッと見開かれると、過去が視えた。
そこには、晴明に仕えているという事になっていた式神たちが、この境界線に辿りついた。そして彼らを追うように、上級天魔の天狗たちがやってくる。
総大将と思われる天狗の部下は、彼らによって斬り捨てられ、いよいよ首を打ち取るものかと思いきや、式神達は総大将によって打ちのめされた。
式神たちが殺されると思ったその刹那、天魔界の扉が開いたのだ――――。
彼らを助けるように、娘が天魔界に式神達を招き入れ、天狗の総大将が手を伸ばした瞬間にあの第六天魔王が、娘を守るようにして引き寄せ蹴り飛ばした。
そして、何事も無く扉が閉じると二人は目を大きく見開いた。
「あれが……『神の繭』か。あの娘のために境界線を再び開いたのか……可愛らしい顔をしているのは確かだが、第六天魔王にとって特別な女って事かも知れないぜ、羅刹」
「――――あの子が、若菜ちゃん?『神の繭』髪も目も顔も僕たちに似てる……あの子、僕たちの妹にしたいな……羅漢兄さん」
「俺は奴隷にしたい。そろそろ従順で愛らしい犬が欲しいからな。阿修羅様に頼んでみるか……第六天魔王を討伐したら、ご褒美はあの女をねだろう」
羅漢は、嗜虐的な瞳で薄笑いを浮かべた。魔王の特別な存在を自分好みに調教できるのならば、これほど愉快な事はない。
羅刹は、対象的にうっとりと若菜を見つめ、自分に似た癖毛と、髪の色を持つ若菜を妹にしたいと暗い炎を宿した瞳を輝かせていた。
――――ともかく、第六天魔王にとってあの女が、弱点なのだと言うことを双子の天鬼は確信した。
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