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第二部 天魔界編
玖、四面楚歌―其の弐―(※表紙イラスト有り
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ただでさえ、下級妖魔の集団を退魔して少々疲労を感じていたところに、かつては鞍馬天狗の総大将と呼ばれた、鬼一法眼を討ち取った鬼蝶が現れた。
上級妖魔の天狗は、もともと人間が鞍馬山で修行し、死して天狗へと転生するので、単体でも非常に強力な力を持っている。
『はっ、気持ち悪ぃ。お前みたいな腐れ天狗がお姫ぃさんに再び触れようなんて、図々しいにもほどがあるわ!』
由衛は吐き捨てるようにして言うと、襲いかかってきた天狗を刀で交戦した。下級妖魔とは比べ物にならない霊力の波動を感じるが、若菜の霊力を幾度も体の中に取り入れたお陰か、神性が高まり弾き飛ばす事が出来た。
若菜の霊力が高まれば、式神達も自然と強くなる。
『法眼が死んで、天狗の質も落ちたんじゃねぇか?』
吉良もまた、自身の霊力が強くなったことを自覚すると、天狗の放った術を軽々と避け狗神の触手を使い天狗の刀を弾き飛ばす。
何度めかの攻防で天狗の腹部に刀を突き刺した。
山を追われ稲荷山まで逃げてきた狐の妖魔たちはもとより、由衛にとっても天狗という存在は、鼻持ちならない宿敵である。
陰陽術を駆使し、風のように舞うと体勢を崩した烏天狗のすきをみて天狗の首を切り落とすと笑みを浮かべた。
『……くっ!!』
戦闘よりも偵察を得意とする白露は、天狗の攻撃を命からがら逃れていた。
双子であるからこそ、光明の式神として活躍できていたのだがついに体力の限界を感じ、地面に手をついた瞬間、赤い烏天狗の面の男が爛々と目を輝かせ刀を振り上げた。
その刹那、由衛と吉良は間に入って天狗の刀を弾き飛ばすと少年を立たせ、二人同時に烏天狗の息の根を止めるように刀で斬りつける。
『あ、ありがとうございます。由衛さん、吉良さん』
『大丈夫か? 間一髪だったじゃねェか……で、鬼蝶とやら。いくらてめぇが総大将になったからってこの間までヒヨッコだったんだろ?』
『せや。怪我で傷付いた主君の寝首を取るなんて卑怯者もいいとこやわ。俺たちに殺されとうなかったら、さっさと尻尾巻いて鞍馬山にでも逃げ帰ったらええ……お笑い草やけどなぁ』
鬼蝶はつまらなそうにそうに三人の言葉を受け流し、烏天狗だった遺体を見下ろして、気怠そうに髪を掻き上げた。
「あーあ、全く役に立たない屑だなぁ。生まれたての天狗はやっぱり使い物にならないんだ。つまんないの」
ぼやくように呆れた声を上げると、腰に携えた刀で空を切った。美しい魔少年の可愛らしい笑顔は、狂気の色を宿し眼帯越しにでもその瞳が残忍な光を放っていた。
赤い舌先で唇を舐めると、鬼蝶の髪がふわりと舞い上がる。
「そんなに死にたいんだぁ! あっははは、良いよぉぉ、お前たちの望み通り僕が全っっ身切り刻んでやるから、さ。その前にきちんと若菜の居場所を吐けよ……式神風情がぁ!!」
鬼蝶がカッと目を見開いた瞬間、風圧が三人を吹き飛ばし、壁に背中を打ち付けて倒れ込んだ。高笑いをした美少年は、風を切り裂くように攻撃を繰り出してくる。
一撃が、華奢な体から繰り出されるとは思えないほど、重々しく腕がしびれてくるようだった。
薙ぎ払われて由衛は地下室をゴロゴロと転がり、呻くように天井を見上げると、吉良が陰陽術で首を締め上げられ釣り上げられていた。
『グッ……グゥ……この、クソガキ!』
『吉良さん――――!』
助けようと小刀を持って鬼蝶に襲いかかってきた白露を、蹴りつけると白露は吐血しながらうずくまった。
気が削がれたように鬼蝶は術を解く。
吉良は頭上から落ちて地面に叩きつけられると喉を抑えながら咳き込み、嘲笑う魔少年を見上げた。
「お前たちがここに来たって事は、若菜がいるんだろ? 今度はもう逃げられないようにするんだァ、あはは、あひひ、若菜の為にもう愛らしい眼帯も用意したんだよ……!
弱いんだからさぁ~~早く観念しなよ、一匹殺さないと口割らないわけ?」
鬼蝶は残忍で美しい笑みを浮かべながら、うずくまっている白露に刀を向けた。
ゆっくりと由衛が、刀を支えに立ち上がるとニヤリと口端で笑みを浮かべる。
『負け犬ほど、よぉ吠えるさかいな。お姫さんの側におりたくても、無理や。お前なんぞ一生お姫さんに受け入れられへん。哀れやなぁ……お前は所詮、法眼よりも劣る小物や。愛される事でも夢見てるんか?』
「黙れ黙れ黙れ、うるさい!!」
鬼蝶は青筋を立てるとカッと目を見開いた。そして標的を白露から由衛に変えると襲いかかってきた。
その速度は光の如く、攻撃を避けるたびに狩衣の端が割かれ、頬に血飛沫が飛んだ。楽しそうに高笑いしながら攻撃する鬼蝶は、体の端から切り刻み、いたぶる事を楽しんでいるようにも思えた。
「あはは、お前は分かってないね。僕は嫌がる若菜を無理矢理犯して、支配して……心を壊すんだ! 若菜に触れた奴は全員この世から消してもう逃げられないようにする。受け入れるだって? そんな選択肢は若菜には無いんだよ!」
『このっ、狂人がぁ……!!』
怒りに由衛が刀を振り下ろした瞬間、脇腹に焼けるような痛みを感じて由衛は倒れ込んだ。
『由衛!』
「一人生き残ってればいいか。いや、やっぱり全員半殺しにして鞍馬山まで連れていこう。拷問して情けない声を上げるお前たちを想像するとゾクゾクしちゃう」
その瞬間、吉良が由衛の首根っこを掴んで強引に後方にズルズルと引き寄せた。脇腹を刀で切られたせいで、血が溢れ傷を確かめた由衛の手が真っ赤に染まっていく。
三人は扉の前まで固まって後退すると、刀についた血を舐める鬼蝶が、含み笑いを浮かべ軽やかに式神達に歩み寄ってくる。
鬼蝶がニヤニヤと笑い、刀を両手に持った瞬間、背後から轟音と共に風が吹いて聞き慣れた声が響いた。
「由衛! 吉良、白露! こっちだよっ」
『若菜様!』
『姫!』
『嬢ちゃん!』
若菜はそう言うと、あ然とする吉良と由衛の服を掴んで、ずるずると天魔界へと引きずり込むと、白露の手を握って少年を招き入れようとした。
「若菜、若菜じゃないかぁ!! あぁ、そんな所に隠れてたの? 探したよ、僕から逃げるなんてさ……楽しい鬼ごっこだったけど、はぁ……お仕置きしてあげなくちゃねぇ」
「あっ………き、鬼蝶、いや……」
気が狂ったように楽しげに大声を上げ、若菜をギラギラとした目で見つめると、顔面蒼白になって彼を見た。
まるで蛇に睨まれた蛙のように、硬直してその場に座り込んで動けない若菜を見ると、自然と鬼蝶の股間が膨らんで行くのを感じた。
怯えた表情は愛らしく、とてつもなく狂える魔少年の性欲に火をつけ刺激する。愛しい無垢な蝶々に手を伸ばそうとした瞬間、気怠そうな声が聞こえた。
「失せろ、下等が」
「!? おまえはっ、んがぁ」
六枚の羽根を生やした朔が、触れようとした鬼蝶の顔を蹴るとそのまま後方に吹き飛ばした。
殺すことさえ面倒だと言わんばかりに冷たい眼差しで鬼蝶を見た。
その威圧感は、娑婆世界のすべての命を狩り取るほど恐ろしい威厳に満ちている。
そのすきに若菜は白露の手を掴んで招き入れ、背後に控えていた朔が扉に触れ閉じ終える寸前に、ウジ虫でも見るような目で言い放った。
「この女に触れるな、こいつは第六天魔王様のものだ。めんどくせぇが……次、俺の前に現れたら遠慮なく殺すぞ」
怯える若菜の顔に向かって、鬼蝶は何度も名前を呼んで、彼女に手を伸ばしたが扉が再び開く事は無かった。
背中を打ち付けられ、蹴られた瞬間に鼻血を出した鬼蝶は呆然としながら、血が滲むくらいに唇を噛みしめると地面に爪を立てる。
「だ、第六天魔王……なんで、若菜を……若菜は僕ものだ、僕のものなんだよっ! ちきしょう、どうにかしなくちゃ、どうにか……若菜を取り戻さないと」
鬼蝶は、天井を仰ぐと爪を噛みながらブツブツと繰り返し、呪詛のように同じ言葉を呟いていた。
✤✤✤
天魔界に三人の主従を引き入れた若菜は、由衛の腹部から鮮血が滴り落ちていることに気が付き、慌てて彼の体を背後から支えて青ざめた。
再会を喜ぶ間もなく、霊力を送る為に由衛と口付けを交わしても血が止まる様子がない。
「――――傷が深い。俺が治せる範囲は越えてるぞ、このままじゃそいつは死ぬ」
『式神は、主と命を共にする。主が生きてりゃ無敵だがよ、主に敵対する妖魔や術者と戦って死ぬのは早かれ遅かれ式神の運命だ……』
苦悶の表情を浮かべる由衛を見つめ吉良は声を詰まらせた。朔も傷を治す力は持っていても、瀕死の妖魔を助ける能力は備わっていないという。
『僕のせいです、由衛さんは僕を庇おうとして……』
「大丈夫、絶対助かるよ! 私が死なせたりなんかしないからっ」
『白露……お前のせいや……あらへんで……っ、姫、泣かないでください……最期に口付け出来ただけでも私めは……』
弱音を吐く由衛の頬に涙を溢した若菜は、気を失いそうになっている彼の流血する脇腹に手を置いた。
絶対に彼を死なせない、若菜は今まで感じたことの無い強い感情を心に宿した。
式神達はみな家族のように思っているし、誰一人欠けて欲しくない。
だから、絶対に諦めたくないと強く願った。
「私は絶対にあきらめない……!」
その瞬間、若菜の掌から眩い光が宿り由衛の傷がみるみるうちに塞がっていく。激痛は消え、血を失った事で霊力の落ちた由衛は狐の目を見開いて、ぼんやりと主を見た。
吉良も白露も驚愕したように主を見て、声を失った。
『姫……今の御力はいったい……?』
「わ、わからない……助けたいって思ったら出来たの」
illustrator suico様
上級妖魔の天狗は、もともと人間が鞍馬山で修行し、死して天狗へと転生するので、単体でも非常に強力な力を持っている。
『はっ、気持ち悪ぃ。お前みたいな腐れ天狗がお姫ぃさんに再び触れようなんて、図々しいにもほどがあるわ!』
由衛は吐き捨てるようにして言うと、襲いかかってきた天狗を刀で交戦した。下級妖魔とは比べ物にならない霊力の波動を感じるが、若菜の霊力を幾度も体の中に取り入れたお陰か、神性が高まり弾き飛ばす事が出来た。
若菜の霊力が高まれば、式神達も自然と強くなる。
『法眼が死んで、天狗の質も落ちたんじゃねぇか?』
吉良もまた、自身の霊力が強くなったことを自覚すると、天狗の放った術を軽々と避け狗神の触手を使い天狗の刀を弾き飛ばす。
何度めかの攻防で天狗の腹部に刀を突き刺した。
山を追われ稲荷山まで逃げてきた狐の妖魔たちはもとより、由衛にとっても天狗という存在は、鼻持ちならない宿敵である。
陰陽術を駆使し、風のように舞うと体勢を崩した烏天狗のすきをみて天狗の首を切り落とすと笑みを浮かべた。
『……くっ!!』
戦闘よりも偵察を得意とする白露は、天狗の攻撃を命からがら逃れていた。
双子であるからこそ、光明の式神として活躍できていたのだがついに体力の限界を感じ、地面に手をついた瞬間、赤い烏天狗の面の男が爛々と目を輝かせ刀を振り上げた。
その刹那、由衛と吉良は間に入って天狗の刀を弾き飛ばすと少年を立たせ、二人同時に烏天狗の息の根を止めるように刀で斬りつける。
『あ、ありがとうございます。由衛さん、吉良さん』
『大丈夫か? 間一髪だったじゃねェか……で、鬼蝶とやら。いくらてめぇが総大将になったからってこの間までヒヨッコだったんだろ?』
『せや。怪我で傷付いた主君の寝首を取るなんて卑怯者もいいとこやわ。俺たちに殺されとうなかったら、さっさと尻尾巻いて鞍馬山にでも逃げ帰ったらええ……お笑い草やけどなぁ』
鬼蝶はつまらなそうにそうに三人の言葉を受け流し、烏天狗だった遺体を見下ろして、気怠そうに髪を掻き上げた。
「あーあ、全く役に立たない屑だなぁ。生まれたての天狗はやっぱり使い物にならないんだ。つまんないの」
ぼやくように呆れた声を上げると、腰に携えた刀で空を切った。美しい魔少年の可愛らしい笑顔は、狂気の色を宿し眼帯越しにでもその瞳が残忍な光を放っていた。
赤い舌先で唇を舐めると、鬼蝶の髪がふわりと舞い上がる。
「そんなに死にたいんだぁ! あっははは、良いよぉぉ、お前たちの望み通り僕が全っっ身切り刻んでやるから、さ。その前にきちんと若菜の居場所を吐けよ……式神風情がぁ!!」
鬼蝶がカッと目を見開いた瞬間、風圧が三人を吹き飛ばし、壁に背中を打ち付けて倒れ込んだ。高笑いをした美少年は、風を切り裂くように攻撃を繰り出してくる。
一撃が、華奢な体から繰り出されるとは思えないほど、重々しく腕がしびれてくるようだった。
薙ぎ払われて由衛は地下室をゴロゴロと転がり、呻くように天井を見上げると、吉良が陰陽術で首を締め上げられ釣り上げられていた。
『グッ……グゥ……この、クソガキ!』
『吉良さん――――!』
助けようと小刀を持って鬼蝶に襲いかかってきた白露を、蹴りつけると白露は吐血しながらうずくまった。
気が削がれたように鬼蝶は術を解く。
吉良は頭上から落ちて地面に叩きつけられると喉を抑えながら咳き込み、嘲笑う魔少年を見上げた。
「お前たちがここに来たって事は、若菜がいるんだろ? 今度はもう逃げられないようにするんだァ、あはは、あひひ、若菜の為にもう愛らしい眼帯も用意したんだよ……!
弱いんだからさぁ~~早く観念しなよ、一匹殺さないと口割らないわけ?」
鬼蝶は残忍で美しい笑みを浮かべながら、うずくまっている白露に刀を向けた。
ゆっくりと由衛が、刀を支えに立ち上がるとニヤリと口端で笑みを浮かべる。
『負け犬ほど、よぉ吠えるさかいな。お姫さんの側におりたくても、無理や。お前なんぞ一生お姫さんに受け入れられへん。哀れやなぁ……お前は所詮、法眼よりも劣る小物や。愛される事でも夢見てるんか?』
「黙れ黙れ黙れ、うるさい!!」
鬼蝶は青筋を立てるとカッと目を見開いた。そして標的を白露から由衛に変えると襲いかかってきた。
その速度は光の如く、攻撃を避けるたびに狩衣の端が割かれ、頬に血飛沫が飛んだ。楽しそうに高笑いしながら攻撃する鬼蝶は、体の端から切り刻み、いたぶる事を楽しんでいるようにも思えた。
「あはは、お前は分かってないね。僕は嫌がる若菜を無理矢理犯して、支配して……心を壊すんだ! 若菜に触れた奴は全員この世から消してもう逃げられないようにする。受け入れるだって? そんな選択肢は若菜には無いんだよ!」
『このっ、狂人がぁ……!!』
怒りに由衛が刀を振り下ろした瞬間、脇腹に焼けるような痛みを感じて由衛は倒れ込んだ。
『由衛!』
「一人生き残ってればいいか。いや、やっぱり全員半殺しにして鞍馬山まで連れていこう。拷問して情けない声を上げるお前たちを想像するとゾクゾクしちゃう」
その瞬間、吉良が由衛の首根っこを掴んで強引に後方にズルズルと引き寄せた。脇腹を刀で切られたせいで、血が溢れ傷を確かめた由衛の手が真っ赤に染まっていく。
三人は扉の前まで固まって後退すると、刀についた血を舐める鬼蝶が、含み笑いを浮かべ軽やかに式神達に歩み寄ってくる。
鬼蝶がニヤニヤと笑い、刀を両手に持った瞬間、背後から轟音と共に風が吹いて聞き慣れた声が響いた。
「由衛! 吉良、白露! こっちだよっ」
『若菜様!』
『姫!』
『嬢ちゃん!』
若菜はそう言うと、あ然とする吉良と由衛の服を掴んで、ずるずると天魔界へと引きずり込むと、白露の手を握って少年を招き入れようとした。
「若菜、若菜じゃないかぁ!! あぁ、そんな所に隠れてたの? 探したよ、僕から逃げるなんてさ……楽しい鬼ごっこだったけど、はぁ……お仕置きしてあげなくちゃねぇ」
「あっ………き、鬼蝶、いや……」
気が狂ったように楽しげに大声を上げ、若菜をギラギラとした目で見つめると、顔面蒼白になって彼を見た。
まるで蛇に睨まれた蛙のように、硬直してその場に座り込んで動けない若菜を見ると、自然と鬼蝶の股間が膨らんで行くのを感じた。
怯えた表情は愛らしく、とてつもなく狂える魔少年の性欲に火をつけ刺激する。愛しい無垢な蝶々に手を伸ばそうとした瞬間、気怠そうな声が聞こえた。
「失せろ、下等が」
「!? おまえはっ、んがぁ」
六枚の羽根を生やした朔が、触れようとした鬼蝶の顔を蹴るとそのまま後方に吹き飛ばした。
殺すことさえ面倒だと言わんばかりに冷たい眼差しで鬼蝶を見た。
その威圧感は、娑婆世界のすべての命を狩り取るほど恐ろしい威厳に満ちている。
そのすきに若菜は白露の手を掴んで招き入れ、背後に控えていた朔が扉に触れ閉じ終える寸前に、ウジ虫でも見るような目で言い放った。
「この女に触れるな、こいつは第六天魔王様のものだ。めんどくせぇが……次、俺の前に現れたら遠慮なく殺すぞ」
怯える若菜の顔に向かって、鬼蝶は何度も名前を呼んで、彼女に手を伸ばしたが扉が再び開く事は無かった。
背中を打ち付けられ、蹴られた瞬間に鼻血を出した鬼蝶は呆然としながら、血が滲むくらいに唇を噛みしめると地面に爪を立てる。
「だ、第六天魔王……なんで、若菜を……若菜は僕ものだ、僕のものなんだよっ! ちきしょう、どうにかしなくちゃ、どうにか……若菜を取り戻さないと」
鬼蝶は、天井を仰ぐと爪を噛みながらブツブツと繰り返し、呪詛のように同じ言葉を呟いていた。
✤✤✤
天魔界に三人の主従を引き入れた若菜は、由衛の腹部から鮮血が滴り落ちていることに気が付き、慌てて彼の体を背後から支えて青ざめた。
再会を喜ぶ間もなく、霊力を送る為に由衛と口付けを交わしても血が止まる様子がない。
「――――傷が深い。俺が治せる範囲は越えてるぞ、このままじゃそいつは死ぬ」
『式神は、主と命を共にする。主が生きてりゃ無敵だがよ、主に敵対する妖魔や術者と戦って死ぬのは早かれ遅かれ式神の運命だ……』
苦悶の表情を浮かべる由衛を見つめ吉良は声を詰まらせた。朔も傷を治す力は持っていても、瀕死の妖魔を助ける能力は備わっていないという。
『僕のせいです、由衛さんは僕を庇おうとして……』
「大丈夫、絶対助かるよ! 私が死なせたりなんかしないからっ」
『白露……お前のせいや……あらへんで……っ、姫、泣かないでください……最期に口付け出来ただけでも私めは……』
弱音を吐く由衛の頬に涙を溢した若菜は、気を失いそうになっている彼の流血する脇腹に手を置いた。
絶対に彼を死なせない、若菜は今まで感じたことの無い強い感情を心に宿した。
式神達はみな家族のように思っているし、誰一人欠けて欲しくない。
だから、絶対に諦めたくないと強く願った。
「私は絶対にあきらめない……!」
その瞬間、若菜の掌から眩い光が宿り由衛の傷がみるみるうちに塞がっていく。激痛は消え、血を失った事で霊力の落ちた由衛は狐の目を見開いて、ぼんやりと主を見た。
吉良も白露も驚愕したように主を見て、声を失った。
『姫……今の御力はいったい……?』
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illustrator suico様
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