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第二部 天魔界編
陸、果たされた約束―其の四―
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貪るような夜伽に気を失い、魔王の寝具の上で眠りについた若菜を置いて朔はその場から離れた。
第六天魔王の象徴でもある金の天魔龍の刺繍がされた漆黒の衣を羽織り、酒瓶と銀のグラスを持つと溜息を付きながら自室を出た。
まさか、もう不能になってしまったと思っていた魔羅が、あの人間の女に反応するとは思わず、朔は動揺を隠せなかった。この世にある全ての欲望の中で最も象徴的な性欲という欲望を司る魔王にとって、失われた性機能が回復した事は喜ばしい事だ。
部屋を出て、そのまま城の中庭まで出ると備え付けられたいる椅子に優雅に座った。天魔の女中二人がどこからともなく慌てたように小走りで走り寄ってくると、一人は大きな日傘をさし、もう一人が心地よい風が来るように扇で朔を扇ぎ始めた。
庭で寛ぐ時は、自室から呼び鈴で女中を呼ぶのだが今は気まずい。寝具には若菜が裸体のままで眠っているのだから何を噂されるか分かったものではないと、妙な罪悪感がある。
いやこの世界の支配者が何をしようが勝手なのだが、と皮肉めいた笑みを口端に浮かべると朔は酒を一気に飲んだ。
「魔王よ、気が満ちているようだが。よもやあの娘と交わったのか?」
「あ? ったくお前は毎回毎回、ぬるっと現れるな。気配までねぇなんてマジで仏像みたいだぞ」
女中の前では、構わず幼馴染として話し掛けてる霧雨は椅子に座った主君を静かな目で見下ろした。女中に銀のグラスをもう一つ用意させると酒を注ぎながら霧雨に座るように促し、グラスを差し出した。
静かに向かい側に座り酒を受け取ると、無言のままバツが悪そうにしている朔を見つめる。
「六魔老も上級天魔貴族たちも、魔王が突然人間界に出向き、人間の娘を城に連れてきた事に動揺を隠せないようであった。ご乱心なされたとな。どう説明されるのだ」
「あの女は『神の繭』だ。封印から自由になった俺にはあの女の霊力は魅惑的なんだよ。そのお陰で俺の息子は見事反応してくれるようになったってわけ。また、天魔の女達を呼んで楽しい宴を開けるぞ。まぁ、六魔老の爺達もうるせぇしそろそろ藍雅との婚姻の儀を考えてやってもいい」
『神の繭』という言葉に反応しつつも、霧雨は満足そうに笑う朔の表情をじっと見つめた。幼い頃から剣術や衣食住を共にしていた兄のような存在の霧雨にとっては、魔王のいかなる小さな変化にも気付く事が出来た。
「神の繭ならば、六魔老もこの城の上級貴族天魔も庶民も納得するだろう。だが、我が思うにあの娘と交わったのは、その特性に誘われたせいでは無く……融合した朔の意思ではな?」
「ケホッケホッっ……うるせぇ! 俺の精神があの軟弱なガキに蝕まれいるとでも言うのかよ、寝言は寝て言え、霧雨」
酒を気管に詰まらせた朔は咳込みながら、溶岩のような瞳で涼しい顔をしている霧雨を睨みつせた。この第六天魔王が器である元の人間に意識を蝕まれるなんて事があるはずが無い。
ただ、長い間封印されていた為にこの器を制御するのに時間がかかっているに過ぎないと反発するように眉を釣り上げた。
霧雨は、主君の反論を瞼を閉じて静かに聞いてる。
「いや、悪い事ばかりではありますまい。いくら天魔の長とはいえ、節度を持って遊んで頂かねば、我が困る。魔王の子種を欲し、権威を持ちたがる上級天魔貴族は多い。女絡みの騒動を思えば、相手を一人に絞って頂くほうが良いのだが」
「おい、霧雨……誤解すんなよ、あの女を后や妾にする訳じゃねぇからな!」
「我は藍雅様の事を話していたつもりだが、そうでないようだな、サク」
朔はぐっと言葉に詰まると、青筋を立てたまま机に両手をついて身を乗り出す魔王にハラハラとする女中達を無視するとそのままゆっくりと背もたれに持たれた。
朔は腕を組み目を細め、小首を傾げながら何かを思いついたように性根の悪い笑みを浮かべた。
「あの女は俺の寝室ですやすや寝ている。あいつは神の繭だが、人間ごときが天魔界を治めるこの俺の部屋で生活するには贅沢がすぎるな。
やはりあの女は、前の『神の繭』のように地下牢に入れるのが良いだろう」
「それは、辞めておいたほうが良い。きっと後悔するだろう」
「ならば、お前が全面的に面倒を見ろ。ああ、それから……朴念仁のお前じゃ女の事は少しも分からんだろうから、こいつも連れてけよ」
朔が指を鳴らすと、ぐにゃりと空間が歪んで着物姿の妖魔の女が地面に両手両足を着くような形で現れた。妖艶な黒髪を靡かせた女は、金色の蛇の目を見開きながら辺りをキョロキョロと見渡している。
『ちょっと、ここは一体どこなのさ。あんた……朔の器を着てるけど、別物だね。凄い、霊気……何者なんだい』
「あぁ、ここは妖魔にゃちょっと刺激が強すぎるかも知れねぇな。天魔界、第六天魔王の宮廷だ。朔は俺の器として生まれ、俺の中で眠ってる、紅雀。俺は第六天魔王だ、服従しろ」
紅雀は愕然として朔を見上げた。その容姿も体も見慣れた主のものであるが、放たれる強力な霊気と帝王たるもの凄まじい気迫と威圧感を感じる。
時折、様子がおかしくなる事のあった朔だがまさか第六天魔王の器とは思わず顔を強張らせたまま紅雀は硬直した。
「なぜ、我が……。あの娘を我の自室で面倒を見ろと?」
「俺の部屋の隣じゃねぇか。とにかく……あの女が俺の側にいると、調子が狂うんだよ。って事で俺はあいつらに『神の繭』の事を説明してくるから霧雨、紅雀、俺の部屋から若菜を引き取って来い」
謀かられたとばからに霧雨は渋い顔をすると、ゆっくりと朔は立ち上がりヒラヒラと手を振ってその場から立ち去った。
地下牢に入れろと言えば、霧雨の性格上反対することは目に見えていた。上級天魔でありながら種族や立場に限らず女子供に甘い性格を利用されたのだと思うと、大きな溜息をつきゆっくりと体を起こした。
『いったいぜんたい、何か起こったって言うのさ。私をあやかしの世界と人間界の狭間に追いやってから朔が魔王になっちまうなんて……。ちょいとそこの色男、ここに若菜もいるのかい? 吉良もいるのかねぇ』
「――――紅雀と言ったか、ついて来い」
霧雨は相変わらず無愛想な態度で肩越しに紅雀に声をかけた。人間の娘を押し付けられて困惑するものの、救いがあるとすればこの紅雀が若菜と関係がある事だろう。
『ちょっとお待ちよ、天魔の兄さん!』
紅雀は立ち上がると、歩き始める無骨な男の後ろを追い掛けた。
✤✤✤
若菜は朔の香りのする寝具の上で健やかな寝息を立てシーツを握りしめた。誰かに肩を揺すられているような気がして、小さく声を上げながら寝返りを打つ。
「んん……朔ちゃん……まだ眠い……」
「起きろ、娘」
『若菜、大丈夫かい?』
蜜色の瞳がぼんやりと開いて、寝ぼけたまま声のする方を見ると霧雨と言う天魔が側に立っていた。
頭の中の理解が追い付けず、しばらく仏頂面の彼と見つめ合っていたが自分は全裸だと言う事に気付いて真っ赤になると、悲鳴を上げながらシーツを鼻の辺りまで伸ばして寝具のすみっこまで逃げた。
「きゃあぁ!! ど、ど、どうして貴方がいるの?」
「…………とりあえず服を着ろ。表で待っている」
霧雨は無表情のまま、服を寝具に放り投げると彼女の体を直視しないように視線をそらしそのまま朔の寝室から出ていった。動揺して、真っ赤になる若菜の視線の中に懐かしい人の顔が目に入って蜜色の瞳を見開いた。
「紅雀! 良かった、やっぱり生きてた、会いたかったよぉ」
『若菜、無事だったかい? その胸の傷はあいつにやられたんじゃないでしょうね? 良かった……私もアンタに会いたかったんだよぅ』
若菜が泣きながら紅雀に近寄ると、紅雀も寝具の上で強く若菜を抱きしめた。まるで母親や姉に逢えたような嬉しさで涙を流しながら紅雀に抱きつく。
もう彼女には逢えないかもしれないと不安に思う日も会ったが諦めないで良かったと紅雀の存在を確かめた。稲穂のような金の髪を優しく撫でて気の済むまで胸で泣かせてやると、ようやく落ち着きを取り戻したように、若菜は手の甲で涙を拭いた。
「ひっく……あのね、吉良も由衛も元気だよ。吉良は、ずっと紅雀を探してたの。私も晴明様に守って貰ってたんだよ。ねぇ、朔ちゃんはどこ?」
『由衛の事はどうでも良いけど、あの人は諦めの悪い男でさ。恋仲の女がいない間も変わらずに良い漢だったんなら私の目に狂いは無かったねぇ。ところで、いったいあいつは何やったのさ。天魔界の第六天魔王様なんて名乗ってたけど……なんで魔王になっちまったの?』
朔は、自分を光明から守る為に自ら器になる選択をした。だから最愛の義弟の器には恐ろしい第六天魔王の魂が宿っている。
だけど紅雀が消滅していないと言う事は、彼の魂が何処かに残っているのかも知れない。
激しく快楽を与えられ、抱き合った時の朔は別人のようだったが、その瞳に奥には朔の存在も感じられまるで二人の魂が融合しているようにも思えた。あの魔王に朔の魂と体を返して貰う方法を探さなくてはと思うのに、彼が側にいない事に不安を感じていた。
それに、天界へと半ば強制的に連れて行かれた晴明の事も心配であるし、行方不明になった主を必死に探しているだろう式神達の事も気にかかる。
「私も分からない事だらけなの。とりあえず、服を着るね……あ、あれ、これでいいのかな?」
『この宮廷で生活するには、その服のほうがいいんだとさ。私が手伝ってあげるよぅ』
霧雨という天魔が持ってきた大陸の宮廷服のような服を着込むと、乱れた金の髪を紅雀の手櫛で整えて貰った。
耳元に椿のような花を指すと紅雀は満面の笑みを浮かべた。
『うん、アンタは何でも似合うねぇ。とりあえずこれで宮廷は歩けそうだよ。天魔の女中達の視線は鬱陶しいけどさ』
紅雀はそう言って笑うと、若菜の背中を押して魔王の寝室から退出する。
第六天魔王の象徴でもある金の天魔龍の刺繍がされた漆黒の衣を羽織り、酒瓶と銀のグラスを持つと溜息を付きながら自室を出た。
まさか、もう不能になってしまったと思っていた魔羅が、あの人間の女に反応するとは思わず、朔は動揺を隠せなかった。この世にある全ての欲望の中で最も象徴的な性欲という欲望を司る魔王にとって、失われた性機能が回復した事は喜ばしい事だ。
部屋を出て、そのまま城の中庭まで出ると備え付けられたいる椅子に優雅に座った。天魔の女中二人がどこからともなく慌てたように小走りで走り寄ってくると、一人は大きな日傘をさし、もう一人が心地よい風が来るように扇で朔を扇ぎ始めた。
庭で寛ぐ時は、自室から呼び鈴で女中を呼ぶのだが今は気まずい。寝具には若菜が裸体のままで眠っているのだから何を噂されるか分かったものではないと、妙な罪悪感がある。
いやこの世界の支配者が何をしようが勝手なのだが、と皮肉めいた笑みを口端に浮かべると朔は酒を一気に飲んだ。
「魔王よ、気が満ちているようだが。よもやあの娘と交わったのか?」
「あ? ったくお前は毎回毎回、ぬるっと現れるな。気配までねぇなんてマジで仏像みたいだぞ」
女中の前では、構わず幼馴染として話し掛けてる霧雨は椅子に座った主君を静かな目で見下ろした。女中に銀のグラスをもう一つ用意させると酒を注ぎながら霧雨に座るように促し、グラスを差し出した。
静かに向かい側に座り酒を受け取ると、無言のままバツが悪そうにしている朔を見つめる。
「六魔老も上級天魔貴族たちも、魔王が突然人間界に出向き、人間の娘を城に連れてきた事に動揺を隠せないようであった。ご乱心なされたとな。どう説明されるのだ」
「あの女は『神の繭』だ。封印から自由になった俺にはあの女の霊力は魅惑的なんだよ。そのお陰で俺の息子は見事反応してくれるようになったってわけ。また、天魔の女達を呼んで楽しい宴を開けるぞ。まぁ、六魔老の爺達もうるせぇしそろそろ藍雅との婚姻の儀を考えてやってもいい」
『神の繭』という言葉に反応しつつも、霧雨は満足そうに笑う朔の表情をじっと見つめた。幼い頃から剣術や衣食住を共にしていた兄のような存在の霧雨にとっては、魔王のいかなる小さな変化にも気付く事が出来た。
「神の繭ならば、六魔老もこの城の上級貴族天魔も庶民も納得するだろう。だが、我が思うにあの娘と交わったのは、その特性に誘われたせいでは無く……融合した朔の意思ではな?」
「ケホッケホッっ……うるせぇ! 俺の精神があの軟弱なガキに蝕まれいるとでも言うのかよ、寝言は寝て言え、霧雨」
酒を気管に詰まらせた朔は咳込みながら、溶岩のような瞳で涼しい顔をしている霧雨を睨みつせた。この第六天魔王が器である元の人間に意識を蝕まれるなんて事があるはずが無い。
ただ、長い間封印されていた為にこの器を制御するのに時間がかかっているに過ぎないと反発するように眉を釣り上げた。
霧雨は、主君の反論を瞼を閉じて静かに聞いてる。
「いや、悪い事ばかりではありますまい。いくら天魔の長とはいえ、節度を持って遊んで頂かねば、我が困る。魔王の子種を欲し、権威を持ちたがる上級天魔貴族は多い。女絡みの騒動を思えば、相手を一人に絞って頂くほうが良いのだが」
「おい、霧雨……誤解すんなよ、あの女を后や妾にする訳じゃねぇからな!」
「我は藍雅様の事を話していたつもりだが、そうでないようだな、サク」
朔はぐっと言葉に詰まると、青筋を立てたまま机に両手をついて身を乗り出す魔王にハラハラとする女中達を無視するとそのままゆっくりと背もたれに持たれた。
朔は腕を組み目を細め、小首を傾げながら何かを思いついたように性根の悪い笑みを浮かべた。
「あの女は俺の寝室ですやすや寝ている。あいつは神の繭だが、人間ごときが天魔界を治めるこの俺の部屋で生活するには贅沢がすぎるな。
やはりあの女は、前の『神の繭』のように地下牢に入れるのが良いだろう」
「それは、辞めておいたほうが良い。きっと後悔するだろう」
「ならば、お前が全面的に面倒を見ろ。ああ、それから……朴念仁のお前じゃ女の事は少しも分からんだろうから、こいつも連れてけよ」
朔が指を鳴らすと、ぐにゃりと空間が歪んで着物姿の妖魔の女が地面に両手両足を着くような形で現れた。妖艶な黒髪を靡かせた女は、金色の蛇の目を見開きながら辺りをキョロキョロと見渡している。
『ちょっと、ここは一体どこなのさ。あんた……朔の器を着てるけど、別物だね。凄い、霊気……何者なんだい』
「あぁ、ここは妖魔にゃちょっと刺激が強すぎるかも知れねぇな。天魔界、第六天魔王の宮廷だ。朔は俺の器として生まれ、俺の中で眠ってる、紅雀。俺は第六天魔王だ、服従しろ」
紅雀は愕然として朔を見上げた。その容姿も体も見慣れた主のものであるが、放たれる強力な霊気と帝王たるもの凄まじい気迫と威圧感を感じる。
時折、様子がおかしくなる事のあった朔だがまさか第六天魔王の器とは思わず顔を強張らせたまま紅雀は硬直した。
「なぜ、我が……。あの娘を我の自室で面倒を見ろと?」
「俺の部屋の隣じゃねぇか。とにかく……あの女が俺の側にいると、調子が狂うんだよ。って事で俺はあいつらに『神の繭』の事を説明してくるから霧雨、紅雀、俺の部屋から若菜を引き取って来い」
謀かられたとばからに霧雨は渋い顔をすると、ゆっくりと朔は立ち上がりヒラヒラと手を振ってその場から立ち去った。
地下牢に入れろと言えば、霧雨の性格上反対することは目に見えていた。上級天魔でありながら種族や立場に限らず女子供に甘い性格を利用されたのだと思うと、大きな溜息をつきゆっくりと体を起こした。
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「――――紅雀と言ったか、ついて来い」
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『ちょっとお待ちよ、天魔の兄さん!』
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✤✤✤
若菜は朔の香りのする寝具の上で健やかな寝息を立てシーツを握りしめた。誰かに肩を揺すられているような気がして、小さく声を上げながら寝返りを打つ。
「んん……朔ちゃん……まだ眠い……」
「起きろ、娘」
『若菜、大丈夫かい?』
蜜色の瞳がぼんやりと開いて、寝ぼけたまま声のする方を見ると霧雨と言う天魔が側に立っていた。
頭の中の理解が追い付けず、しばらく仏頂面の彼と見つめ合っていたが自分は全裸だと言う事に気付いて真っ赤になると、悲鳴を上げながらシーツを鼻の辺りまで伸ばして寝具のすみっこまで逃げた。
「きゃあぁ!! ど、ど、どうして貴方がいるの?」
「…………とりあえず服を着ろ。表で待っている」
霧雨は無表情のまま、服を寝具に放り投げると彼女の体を直視しないように視線をそらしそのまま朔の寝室から出ていった。動揺して、真っ赤になる若菜の視線の中に懐かしい人の顔が目に入って蜜色の瞳を見開いた。
「紅雀! 良かった、やっぱり生きてた、会いたかったよぉ」
『若菜、無事だったかい? その胸の傷はあいつにやられたんじゃないでしょうね? 良かった……私もアンタに会いたかったんだよぅ』
若菜が泣きながら紅雀に近寄ると、紅雀も寝具の上で強く若菜を抱きしめた。まるで母親や姉に逢えたような嬉しさで涙を流しながら紅雀に抱きつく。
もう彼女には逢えないかもしれないと不安に思う日も会ったが諦めないで良かったと紅雀の存在を確かめた。稲穂のような金の髪を優しく撫でて気の済むまで胸で泣かせてやると、ようやく落ち着きを取り戻したように、若菜は手の甲で涙を拭いた。
「ひっく……あのね、吉良も由衛も元気だよ。吉良は、ずっと紅雀を探してたの。私も晴明様に守って貰ってたんだよ。ねぇ、朔ちゃんはどこ?」
『由衛の事はどうでも良いけど、あの人は諦めの悪い男でさ。恋仲の女がいない間も変わらずに良い漢だったんなら私の目に狂いは無かったねぇ。ところで、いったいあいつは何やったのさ。天魔界の第六天魔王様なんて名乗ってたけど……なんで魔王になっちまったの?』
朔は、自分を光明から守る為に自ら器になる選択をした。だから最愛の義弟の器には恐ろしい第六天魔王の魂が宿っている。
だけど紅雀が消滅していないと言う事は、彼の魂が何処かに残っているのかも知れない。
激しく快楽を与えられ、抱き合った時の朔は別人のようだったが、その瞳に奥には朔の存在も感じられまるで二人の魂が融合しているようにも思えた。あの魔王に朔の魂と体を返して貰う方法を探さなくてはと思うのに、彼が側にいない事に不安を感じていた。
それに、天界へと半ば強制的に連れて行かれた晴明の事も心配であるし、行方不明になった主を必死に探しているだろう式神達の事も気にかかる。
「私も分からない事だらけなの。とりあえず、服を着るね……あ、あれ、これでいいのかな?」
『この宮廷で生活するには、その服のほうがいいんだとさ。私が手伝ってあげるよぅ』
霧雨という天魔が持ってきた大陸の宮廷服のような服を着込むと、乱れた金の髪を紅雀の手櫛で整えて貰った。
耳元に椿のような花を指すと紅雀は満面の笑みを浮かべた。
『うん、アンタは何でも似合うねぇ。とりあえずこれで宮廷は歩けそうだよ。天魔の女中達の視線は鬱陶しいけどさ』
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