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第二部 天魔界編
陸、果たされた約束―其の弐―
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霧雨に呼ばせた天魔界きっての名医は戸惑いつつも、魔王の命に従い人間の娘に手当を施こした。
天魔よりも体の強度は弱いが、人間と天魔の体の構造はほぼ同じである為、医者は興味深く若菜を診ていた。傷は深くは無いが、恐らく精神的な疲労や衝撃から気を失ってしまったのだろうと言う事だった。
「ご苦労。もう下がっていい」
朔がそう言うと、医者は頭を深く垂れてその場から退出する。この人間の娘の処遇に困り果て、とりあえず朔は自分の寝室に寝かせると彼女に背を向けたまま、窓から赤紫の天魔界の空を見ると溜息を付いた。
この場には朔、そして影のように従う側近の霧雨が立っている。二人きりになり、仏頂面の部下は腕を組むと、幼馴染として魔王に問うた。
「魔王よ、なぜこの娘を天魔界に連れて来たのか、ご説明願おうか」
「知らねぇーよ。この女が死にそうになってたのを朔の野郎が俺に見せやがったんだ。だから、まぁ……約束を守ってやったてわけ」
「なるほど。それで……この娘をどうなさるつもりか? ずいぶんと気にかけているようだが?」
てっきり、人間が住まう娑婆世界に帰す、と言う言葉が第六天魔王の口から出てくるかと思いきや、予想に反して朔は霧雨の質問に口を噤み沈黙した。
霧雨はそれに驚きつつも、朔が以前の調子を取り戻さないのは、この人間の娘が原因だと言うことはとうの昔に気付いていた。
「さぁな。お前にこの女の面倒を頼もうか? 面白い事になりそうだしな。奴隷や愛人にでもするといい」
「ご冗談を。我は男にも女にも興味は無い、子守などもっての他です」
「……フッ、考えておけ。お前も、もう下がって良いぞ」
仏頂面を更にしかめた霧雨を見ると、朔は笑って退出する事を命じた。霧雨は健やかな寝息を立てる若菜を一瞥すると、背を向け去っていく。
広い寝具の上で眠る若菜が、小さく呻くと朔は肩越しに振り返って彼女の側まで歩み寄り座った。
――――なぜ、この女を助けたのか。
この女が傷つけられ、怯えた表情を見せた時に感じた心の底からの怒りは、そこにいる全てを焼き尽くしてしまうほどのものだった。
そして、この女を守れなかった事に対する罪悪感と自分に対する嫌悪感などという思いは、いまだかつて感じた事の無い気持ちだった。
そんな理解不能な感情に振り回せれる事に煩わしさを感じつつ、朔は自分自身に呆れたように溜息を付く。
「ったく……何やってんだよ、俺は。ガキに振り回されて人間の女に情けをかけるなんてな。厄介な貴族どもが煩くなるぞ」
朔は、健やかな寝息を立てる若菜の顔を見つめた。無意識に、この器の義姉だと言う、女の柔らかな稲穂色の髪に触れると指で優しく梳いた。
「ん……」
若菜の小さな声が聞こえた瞬間、反射的に朔は指を引っ込める。この女の寝顔を見ていると不思議と心が安らぐと感じ、寝具に横になると肘をついて若菜をまじまじと眺めていた。
「さぁて、どうするかねぇ」
稲穂の髪から香る柔らかな甘く清らかな香りに、朔は眠気を誘われ寝そべる。
さんざん藍雅に連れ回され、我儘を聞き相手をしていたせいだろうか。
それとも、若菜から感じられる心地良い香りと、先刻のことなど忘れて、幸せそうに眠っている間抜けな寝顔のせいなのか、いつの間にか朔は睡魔に負けて瞼を閉じていた。
✤✤✤
寝心地の良い柔らかな布団に、心地良い肌触り、そして懐かしい白蓮の香りがして若菜は無意識に擦り寄る。
朔の香りに包まれて、若菜は今までの恐ろしい出来事が夢だったのでは無いかと思いつつ、薄っすらと目を開けると目覚めた。
目の前には少し髪の伸びた朔が目を閉じて静かに眠っていて、心臓の鼓動が早くなる。
「朔……ちゃん? 朔ちゃん、逢いたかったよ」
若菜は蜜色の瞳を大きく見開くと、涙がこぼれ落ちるのを感じた。愛しさが募って義弟の頬に手を伸ばした瞬間、眠っていたはずの義弟にがっしりと手首を掴まれる。
ゆっくりと溶岩のように燃える真紅の瞳が若菜を視界に映ると、若菜は緊張し背筋が寒くなった。
「残念だが、俺は『朔』じゃねぇんだよ、女」
「え……?」
朔はニヤリと口端に笑みを浮かべた。
恐ろしく冷酷で、それでいて激しい感情を持ち合わせているような紅い瞳が、猛禽類のように鋭く光を放って若菜を見つめる。
若菜はその言葉の意味が理解できず、不思議そうに首を傾げていたが、天魔界へと向かったあの日、そして天界人を無慈悲に殺したあの時の朔の背中には、人間ではあり得ない六枚の漆黒の羽が生えていた事を思い出した。
「貴方は……第六天……魔王なの? でも、朔ちゃんの体で、顔で、どうして私を助けたの? きゃっ……!」
混乱する若菜の問いかけに、朔は舌打ちすると両手首を掴んでベッドに押し付けた。朔と同じ顔なのに、全く別人のような態度に、若菜は戸惑いを隠せず彼を探るように見つめる。
自分の中にいる朔を否定するかのように低く笑うと若菜を覗き込んだ。
「聞きたい事がある。お前は、人間のくせにどうして天界人に追われていたんだ? 俺の記憶が正しけりゃ、天帝の犬は人間に手出しする事を禁じていたはずだがな。
俺が天界から追われて、規則が変わっちまったのかよ」
無垢な蜜色の瞳が無防備に自分を見つめてくると、朔は胸を締め付けられるような愛しい感覚に襲われ、体全身を支配されそうになり唇を噛み締めて堪えた。
不可思議な感覚を、全否定するかのように高圧的に若菜に迫る。
若菜に凄みながらも、目覚めてから不能になってしまったと思っていた下半身が熱くなってきている事に気が付くと、朔は動揺を隠せなかった。
(おいおい、一体どうなってんだ。俺はこの女を抱きたいのか?)
「わ、分かんないよ……! 晴明様が天界へ連れて行かれてしまって、それで、お世話になっている宿場町の女将さんが妖魔に困っていたから、退魔してたの。
そしたら、あの人達がやってきて……私の事を神の繭って……朔ちゃん、ねぇ。私を助けてくれたのは朔ちゃんだからでしょ?」
すがるように問い出す若菜の言葉に、魔王はニヤリと薄笑いを浮かべた。『神の繭』と言う言葉に反応したからだ。
何億という人間の中で稀に生まれてくるという奇跡の存在。その名の通り、神になる素質を生まれ持った魂で、宝石の原石のような者達の事である。
妖魔にとっても天魔にとっても、恐らく霊力の強い人間や神にとっても、彼らは男女問わず魅惑的な存在だ。
封印される前に一度、神の繭を捕まえた事があるがその魅力にどっぷりとはまった事がある。神の繭の力は特殊で、性行為で相手に力を授ける事ができ、その度に本人達は神性が高まる。
夜伽をすればするほど輝く宝玉のようなものだ。
封印から目覚めた第六天魔王にとっては、喉から手が出るほど欲しい存在だった。
「神の繭か、なるほどねぇ。喜べ、お前を俺の側に置く正当な理由が出来たぜ」
「朔ちゃ、……んんっ」
朔はニヤリと笑うと覆い被さり、若菜の柔らかな唇を奪った。
突然の口付けに驚き、義弟とはまるで異なる激しい口付けに若菜は驚き翻弄されるように、呼吸を乱した。
獣が甘噛みするように唇を割り唇をなぞると一気に舌先を挿入される。口腔内をねぶり、縮こまった若菜の舌をするりと誘うように絡ませると、ねっとりと動かされた。
朔の口付けは、以前から頭が蕩けそうな位心地良かったが、手慣れた魔王の口付けは、抵抗しようとする若菜の意思を完全に奪うよな、甘く支配的な口付けだった。
「んんっ……っ、はぁっ……んっ、ゃ、ぅ、朔ちゃ……はぁっ、んん、んぅ」
「――――ちゃん付けは止めろ。何の偶然か知らねぇが、俺とアイツは同じ名前で同じ顔なんだ。だから器に選ばれたってわけさ。光栄な事だろう?」
唾液を絡ませて舌を離すと、低く笑いながら若菜の耳元に唇を寄せた。その声は朔なのに酷く冷たく甘い。若菜は口付けの余韻で意識がとろけながらも逢いたかった朔では無い事に、哀しみを覚えていた。
若菜の快感を感じる場所を知り尽くした舌先が耳朶を舐めると、心とは裏腹に体が敏感に反応する。
「んっ、はぁっ、ぁっ、やぁ……っ、ぁ、朔ちゃんじゃな、んんっ、あはっ、ゃ、ゃめ、んん、朔ちゃん、返してっ、ぁっ、やぁ、あっ」
腰を抱かれ、耳の付け根からゆっくりと繊細な動きで耳の形を確かめるように舌先を動かされると、甘い吐息が漏れ始めた。
じっくりと若菜の抵抗を奪うように、低く甘い吐息と舌で敏感な耳の性感帯を刺激されると、たくましい魔王の胸板の下で甘く鳴いた。
最愛の義弟に愛撫されているという思いと、まるで見知らぬ他人に触れられていると言う、戸惑いと恐怖が背徳的な快感を生んだ。
「はっ、返すわけねぇだろ。お前は……耳が弱いんだろ。俺の中の朔がしっかり記憶してる。お前の感じる所、全部な」
逃さぬように腰を抱き、指を絡められると若菜は戸惑った。
再び、耳の裏から柔らかな耳朶まで感じる場所を丁寧に舐められ、首筋に舌を這わされると、腰がビクンっと大きく震える。
絵巻物や光明から話に聞いた第六天魔王は恐ろしく残忍で、恐怖の対象だった。
それなのに朔の愛撫は執拗深く若菜を追い詰め、甘く、優しく、そして支配的で溺れそうな位だ。
敏感な若菜は愛らしい嬌声をあげシーツを乱した。
「ぁ、はぁっ、やぁ、んっ、んっ、はぁ、あふっ、だ、め、舐めたら、やぁっ……っ、いたっ」
首筋を舐めて、獣が口付けの跡をつけるように深く食らいつき、着物に手を掛けた瞬間、傷口に指先が当たって若菜は小さく声をあげた。
ふと、朔の手が止まり溶岩のような熱っぽい瞳が若菜を見た。
「――――痛むのか?」
「う、うん……」
静かな問いに若菜は頷くと、朔は優しく着物を脱がして包帯の巻かれた胸元に口付けた。
まるで熱を帯びたような暖かな感触が胸元に広がる。指が当たって痛みを感じていた箇所が鈍痛になり消えていく。
「俺には傷を治す事な出来ねぇが、痛み位は軽減させられる」
朔は不思議そうな若菜の視線から目を逸らすと、胸元に触れないようにして着物の帯を脱がした。
若菜は魔王を恐れながらも、一瞬見せる優しさに朔の存在を感じていた。
包帯を避けるようにして慎重に、柔らかな腹部に口付けられ、ときおり肉食獣のような鋭く艶のある視線を送られると、自然と彼に体を任せてしまいそうになって頭を降る。
今の朔は、最愛の彼では無く第六天魔王が乗り移っている偽物なのだ。
「はぁっ……んっ、ふぁっ、あっ、あっ、んん……んんっ、はぁっ、ん、やぁ、あふっ……や、やめ、あっあっ、熱い……よぉ」
腹部や脇腹を指の腹と舌でゆっくりと舐られると、じわじわと這い上がってくるような耐え難い快楽から逃れようと腰をくねらせたが、やんわりと引き戻され強引に口付けられた。
「はぁっ、大人しくしろよ……若菜、だったか。俺の事が欲しかったんだろ?」
「ち、ちが、私は朔ちゃんが、んんっ……! んぅっ……」
朔は意地悪に嘲笑うと、若菜の唇を奪ってまたあの甘くて苦しい口付けをした。
足の指先から頭の天辺まで快感が走るような淫らな第六天魔王の口付けに、若菜は彼の着物を握りしめ、甘く愛らしい鈴音のような喘ぎ声をあげる。
濡れた朔の瞳を見る度に愛しさが募って、若菜はどうして良いか分からず、快楽に押し流されていた。
天魔よりも体の強度は弱いが、人間と天魔の体の構造はほぼ同じである為、医者は興味深く若菜を診ていた。傷は深くは無いが、恐らく精神的な疲労や衝撃から気を失ってしまったのだろうと言う事だった。
「ご苦労。もう下がっていい」
朔がそう言うと、医者は頭を深く垂れてその場から退出する。この人間の娘の処遇に困り果て、とりあえず朔は自分の寝室に寝かせると彼女に背を向けたまま、窓から赤紫の天魔界の空を見ると溜息を付いた。
この場には朔、そして影のように従う側近の霧雨が立っている。二人きりになり、仏頂面の部下は腕を組むと、幼馴染として魔王に問うた。
「魔王よ、なぜこの娘を天魔界に連れて来たのか、ご説明願おうか」
「知らねぇーよ。この女が死にそうになってたのを朔の野郎が俺に見せやがったんだ。だから、まぁ……約束を守ってやったてわけ」
「なるほど。それで……この娘をどうなさるつもりか? ずいぶんと気にかけているようだが?」
てっきり、人間が住まう娑婆世界に帰す、と言う言葉が第六天魔王の口から出てくるかと思いきや、予想に反して朔は霧雨の質問に口を噤み沈黙した。
霧雨はそれに驚きつつも、朔が以前の調子を取り戻さないのは、この人間の娘が原因だと言うことはとうの昔に気付いていた。
「さぁな。お前にこの女の面倒を頼もうか? 面白い事になりそうだしな。奴隷や愛人にでもするといい」
「ご冗談を。我は男にも女にも興味は無い、子守などもっての他です」
「……フッ、考えておけ。お前も、もう下がって良いぞ」
仏頂面を更にしかめた霧雨を見ると、朔は笑って退出する事を命じた。霧雨は健やかな寝息を立てる若菜を一瞥すると、背を向け去っていく。
広い寝具の上で眠る若菜が、小さく呻くと朔は肩越しに振り返って彼女の側まで歩み寄り座った。
――――なぜ、この女を助けたのか。
この女が傷つけられ、怯えた表情を見せた時に感じた心の底からの怒りは、そこにいる全てを焼き尽くしてしまうほどのものだった。
そして、この女を守れなかった事に対する罪悪感と自分に対する嫌悪感などという思いは、いまだかつて感じた事の無い気持ちだった。
そんな理解不能な感情に振り回せれる事に煩わしさを感じつつ、朔は自分自身に呆れたように溜息を付く。
「ったく……何やってんだよ、俺は。ガキに振り回されて人間の女に情けをかけるなんてな。厄介な貴族どもが煩くなるぞ」
朔は、健やかな寝息を立てる若菜の顔を見つめた。無意識に、この器の義姉だと言う、女の柔らかな稲穂色の髪に触れると指で優しく梳いた。
「ん……」
若菜の小さな声が聞こえた瞬間、反射的に朔は指を引っ込める。この女の寝顔を見ていると不思議と心が安らぐと感じ、寝具に横になると肘をついて若菜をまじまじと眺めていた。
「さぁて、どうするかねぇ」
稲穂の髪から香る柔らかな甘く清らかな香りに、朔は眠気を誘われ寝そべる。
さんざん藍雅に連れ回され、我儘を聞き相手をしていたせいだろうか。
それとも、若菜から感じられる心地良い香りと、先刻のことなど忘れて、幸せそうに眠っている間抜けな寝顔のせいなのか、いつの間にか朔は睡魔に負けて瞼を閉じていた。
✤✤✤
寝心地の良い柔らかな布団に、心地良い肌触り、そして懐かしい白蓮の香りがして若菜は無意識に擦り寄る。
朔の香りに包まれて、若菜は今までの恐ろしい出来事が夢だったのでは無いかと思いつつ、薄っすらと目を開けると目覚めた。
目の前には少し髪の伸びた朔が目を閉じて静かに眠っていて、心臓の鼓動が早くなる。
「朔……ちゃん? 朔ちゃん、逢いたかったよ」
若菜は蜜色の瞳を大きく見開くと、涙がこぼれ落ちるのを感じた。愛しさが募って義弟の頬に手を伸ばした瞬間、眠っていたはずの義弟にがっしりと手首を掴まれる。
ゆっくりと溶岩のように燃える真紅の瞳が若菜を視界に映ると、若菜は緊張し背筋が寒くなった。
「残念だが、俺は『朔』じゃねぇんだよ、女」
「え……?」
朔はニヤリと口端に笑みを浮かべた。
恐ろしく冷酷で、それでいて激しい感情を持ち合わせているような紅い瞳が、猛禽類のように鋭く光を放って若菜を見つめる。
若菜はその言葉の意味が理解できず、不思議そうに首を傾げていたが、天魔界へと向かったあの日、そして天界人を無慈悲に殺したあの時の朔の背中には、人間ではあり得ない六枚の漆黒の羽が生えていた事を思い出した。
「貴方は……第六天……魔王なの? でも、朔ちゃんの体で、顔で、どうして私を助けたの? きゃっ……!」
混乱する若菜の問いかけに、朔は舌打ちすると両手首を掴んでベッドに押し付けた。朔と同じ顔なのに、全く別人のような態度に、若菜は戸惑いを隠せず彼を探るように見つめる。
自分の中にいる朔を否定するかのように低く笑うと若菜を覗き込んだ。
「聞きたい事がある。お前は、人間のくせにどうして天界人に追われていたんだ? 俺の記憶が正しけりゃ、天帝の犬は人間に手出しする事を禁じていたはずだがな。
俺が天界から追われて、規則が変わっちまったのかよ」
無垢な蜜色の瞳が無防備に自分を見つめてくると、朔は胸を締め付けられるような愛しい感覚に襲われ、体全身を支配されそうになり唇を噛み締めて堪えた。
不可思議な感覚を、全否定するかのように高圧的に若菜に迫る。
若菜に凄みながらも、目覚めてから不能になってしまったと思っていた下半身が熱くなってきている事に気が付くと、朔は動揺を隠せなかった。
(おいおい、一体どうなってんだ。俺はこの女を抱きたいのか?)
「わ、分かんないよ……! 晴明様が天界へ連れて行かれてしまって、それで、お世話になっている宿場町の女将さんが妖魔に困っていたから、退魔してたの。
そしたら、あの人達がやってきて……私の事を神の繭って……朔ちゃん、ねぇ。私を助けてくれたのは朔ちゃんだからでしょ?」
すがるように問い出す若菜の言葉に、魔王はニヤリと薄笑いを浮かべた。『神の繭』と言う言葉に反応したからだ。
何億という人間の中で稀に生まれてくるという奇跡の存在。その名の通り、神になる素質を生まれ持った魂で、宝石の原石のような者達の事である。
妖魔にとっても天魔にとっても、恐らく霊力の強い人間や神にとっても、彼らは男女問わず魅惑的な存在だ。
封印される前に一度、神の繭を捕まえた事があるがその魅力にどっぷりとはまった事がある。神の繭の力は特殊で、性行為で相手に力を授ける事ができ、その度に本人達は神性が高まる。
夜伽をすればするほど輝く宝玉のようなものだ。
封印から目覚めた第六天魔王にとっては、喉から手が出るほど欲しい存在だった。
「神の繭か、なるほどねぇ。喜べ、お前を俺の側に置く正当な理由が出来たぜ」
「朔ちゃ、……んんっ」
朔はニヤリと笑うと覆い被さり、若菜の柔らかな唇を奪った。
突然の口付けに驚き、義弟とはまるで異なる激しい口付けに若菜は驚き翻弄されるように、呼吸を乱した。
獣が甘噛みするように唇を割り唇をなぞると一気に舌先を挿入される。口腔内をねぶり、縮こまった若菜の舌をするりと誘うように絡ませると、ねっとりと動かされた。
朔の口付けは、以前から頭が蕩けそうな位心地良かったが、手慣れた魔王の口付けは、抵抗しようとする若菜の意思を完全に奪うよな、甘く支配的な口付けだった。
「んんっ……っ、はぁっ……んっ、ゃ、ぅ、朔ちゃ……はぁっ、んん、んぅ」
「――――ちゃん付けは止めろ。何の偶然か知らねぇが、俺とアイツは同じ名前で同じ顔なんだ。だから器に選ばれたってわけさ。光栄な事だろう?」
唾液を絡ませて舌を離すと、低く笑いながら若菜の耳元に唇を寄せた。その声は朔なのに酷く冷たく甘い。若菜は口付けの余韻で意識がとろけながらも逢いたかった朔では無い事に、哀しみを覚えていた。
若菜の快感を感じる場所を知り尽くした舌先が耳朶を舐めると、心とは裏腹に体が敏感に反応する。
「んっ、はぁっ、ぁっ、やぁ……っ、ぁ、朔ちゃんじゃな、んんっ、あはっ、ゃ、ゃめ、んん、朔ちゃん、返してっ、ぁっ、やぁ、あっ」
腰を抱かれ、耳の付け根からゆっくりと繊細な動きで耳の形を確かめるように舌先を動かされると、甘い吐息が漏れ始めた。
じっくりと若菜の抵抗を奪うように、低く甘い吐息と舌で敏感な耳の性感帯を刺激されると、たくましい魔王の胸板の下で甘く鳴いた。
最愛の義弟に愛撫されているという思いと、まるで見知らぬ他人に触れられていると言う、戸惑いと恐怖が背徳的な快感を生んだ。
「はっ、返すわけねぇだろ。お前は……耳が弱いんだろ。俺の中の朔がしっかり記憶してる。お前の感じる所、全部な」
逃さぬように腰を抱き、指を絡められると若菜は戸惑った。
再び、耳の裏から柔らかな耳朶まで感じる場所を丁寧に舐められ、首筋に舌を這わされると、腰がビクンっと大きく震える。
絵巻物や光明から話に聞いた第六天魔王は恐ろしく残忍で、恐怖の対象だった。
それなのに朔の愛撫は執拗深く若菜を追い詰め、甘く、優しく、そして支配的で溺れそうな位だ。
敏感な若菜は愛らしい嬌声をあげシーツを乱した。
「ぁ、はぁっ、やぁ、んっ、んっ、はぁ、あふっ、だ、め、舐めたら、やぁっ……っ、いたっ」
首筋を舐めて、獣が口付けの跡をつけるように深く食らいつき、着物に手を掛けた瞬間、傷口に指先が当たって若菜は小さく声をあげた。
ふと、朔の手が止まり溶岩のような熱っぽい瞳が若菜を見た。
「――――痛むのか?」
「う、うん……」
静かな問いに若菜は頷くと、朔は優しく着物を脱がして包帯の巻かれた胸元に口付けた。
まるで熱を帯びたような暖かな感触が胸元に広がる。指が当たって痛みを感じていた箇所が鈍痛になり消えていく。
「俺には傷を治す事な出来ねぇが、痛み位は軽減させられる」
朔は不思議そうな若菜の視線から目を逸らすと、胸元に触れないようにして着物の帯を脱がした。
若菜は魔王を恐れながらも、一瞬見せる優しさに朔の存在を感じていた。
包帯を避けるようにして慎重に、柔らかな腹部に口付けられ、ときおり肉食獣のような鋭く艶のある視線を送られると、自然と彼に体を任せてしまいそうになって頭を降る。
今の朔は、最愛の彼では無く第六天魔王が乗り移っている偽物なのだ。
「はぁっ……んっ、ふぁっ、あっ、あっ、んん……んんっ、はぁっ、ん、やぁ、あふっ……や、やめ、あっあっ、熱い……よぉ」
腹部や脇腹を指の腹と舌でゆっくりと舐られると、じわじわと這い上がってくるような耐え難い快楽から逃れようと腰をくねらせたが、やんわりと引き戻され強引に口付けられた。
「はぁっ、大人しくしろよ……若菜、だったか。俺の事が欲しかったんだろ?」
「ち、ちが、私は朔ちゃんが、んんっ……! んぅっ……」
朔は意地悪に嘲笑うと、若菜の唇を奪ってまたあの甘くて苦しい口付けをした。
足の指先から頭の天辺まで快感が走るような淫らな第六天魔王の口付けに、若菜は彼の着物を握りしめ、甘く愛らしい鈴音のような喘ぎ声をあげる。
濡れた朔の瞳を見る度に愛しさが募って、若菜はどうして良いか分からず、快楽に押し流されていた。
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