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第二部 天魔界編
四、天華に恋い焦がれて―其の参―
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晴明は、鞍馬山に到着するとまるで祟り神のような怒りが心の底から湧いてくるのを感じた。道満の手から若菜を救い、ありとあらゆる彼女を傷付ける者を排除する為に、結界の中で守ってきた。
あの懐かしい寝殿造は、晴明の実家そのままで、前世の記憶はなくとも乳兄妹の詩乃にとっても懐かしい安住の地だろう。そこから性懲りも無く天狗共は若菜を浚ったのだ。
この鞍馬山の天狗を跡形も無く滅しても許されない。
襲いかかる天狗を蹴散らし、鞍馬山の棟梁鬼一法眼と激しく霊力をぶつけあい、地響きが鳴り響いていた。
法眼は珍しく息を乱して着地すると怒り狂う安倍晴明を見た。
「――――法眼!! 貴様、あの時の私の言葉を忘れたとは言わせぬぞ……若菜に構うなと忠告したであろう、それを破れば息の根を止めると言ったはずだ」
「――――ああ、そうだった。そんな事をいっておったのう。それにしてもさすがは晴明、半神の力は伊達じゃない、やれやれ儂の息も久々にあがったぞ!」
天狗達の亡骸が転がり、法眼は鷲のように鋭い眼光で晴明を睨みつけながら、眉間にシワを寄せると不敵に笑みを浮かべた。
軽快な様子の鞍馬天狗だが、全身から殺意のこもった怒りの波動が感じられる。
「まさか、天界の監視を無視してここまで来るとは思わなかったぞ、安倍晴明。よほどあの小鳥が大事なようだな……前世の縁で現世を縛り付け、小鳥を独占したつもりでいるのか?」
「天界などどうでもいい、私と若菜の事は貴様には関係なかろう!」
薙刀と刀が激しくぶつかり合い、重い金属音と共にじりじりと刃が擦れる音が響く。法眼の天狗火が刀に宿って燃え盛ると、白銀に輝く晴明の霊力のこもった薙刀が、一歩も互いに引くことのない攻防で、せめぎ合い次第に、二人の髪はふわりと宙に浮かんだ。
「そうはいかん。あれは俺の唯一無二の小鳥だ……誰にも渡さん。晴明よ、あの愛らしい小鳥は今朝がたまで俺の下で愛らしく囀っていたぞ。もう、許してくださいご主人様とな!」
「きっ、さまぁ!!」
晴明の瞳がカッと見開かれると、怒りに任せて内側から神の力が波動のように溢れだし、法眼の体を玩具のように跳ね飛ばした。
空中で停止する事もままならず、石の壁にしたたかに背中を打って転がり落ちた法眼は咳き込み、吐血した。
間髪入れず、晴明が左手で何かを招き寄せるような仕草をしたかと思うと、命が尽きた天狗の刀を宙に浮かせた。まるでそれらは意思を持ち、法眼を的にするかのように、襲いかかってくる。
体を起こした法眼が、刀で刃を撃ち落とし器用に体を翻して避けていたが、肩を折れた刀の刃が貫通してバランスを崩した。
「――――ッ! ぐっ、はぁっ……、俺を、殺せば、はぁっ、この地上の、妖魔どもは、っ、はぁ、容赦、なく……人間を襲うぞ……はぁ」
「いまさら命乞いでもしようというのか、法眼よ……だが遅い。私の若菜を穢した罪は重い……八つ裂きにしても足りぬ程よ!」
肩を抑えながら、避ける法眼の脇腹を刀が斬りつけると激痛に歯を食いしばった。地面に膝をつく法眼の首を、斬り落とすべく薙刀を構えてゆっくりと鞍馬天狗に近付く。
だが、薙刀を振るう直前に何者かの黒い影が飛び込み刃を弾いた。
右半分の顔を血で真っ赤に染めた魔少年、鬼蝶が不意打ちで、晴明の攻撃を流すと濁った黒玉に憎しみの色を灯して睨みつけた。
「っ、安倍晴明……! 法眼様は殺させないよ!」
「貴様は……若菜を攫った男か。主君共々ここで果てるがよい」
晴明の目は氷のように冷たく、殺気を漂わせながら、薙刀で二人を切り捨てようとした瞬間に天からいくつもの光の柱が降りてくる。
それに気を取られた晴明の隙を見計らって、生き残った天狗の精鋭部隊と鬼蝶が重症を負った法眼を連れて命からがら、空へと飛び立った。
光の柱から現れた白い翼の天界人は先日の者達とは違い甲冑姿の無骨な男達だった。
晴明は唇を噛みしめ、彼らを見つめた。法眼との激しい戦闘で、神の力を開放した晴明には分かり切った結果だ。
『晴明公、もう逃げられません。すみやかに天界にお戻り下さい』
『これ以上、地上の秩序を乱しませぬよう』
『天帝様と、葛の葉がお待ちです』
『指示に従って頂けないようなら、天界への反逆としてみなします』
男達がそれぞれ淡々と口にすると剣を向けた。晴明は溜息をついて人の姿に戻り、薙刀を手放した。これ以上抵抗すれば、若菜の身にも危険が迫る可能性がある。
ともかく天帝に謁見し話を聞いて若菜を守護する方法を考えねばならない。
「天帝に背くつもりはない。天界に出向こう……ただ、最愛の娘と三日間、過ごさせてはくれぬか。それが終われば迎えに来てくれ」
天界の屈強な戦士達は互いに顔を見合わせ、突然、同時に顔をあげると道を開くように両サイドに分かれた。
屈強な戦士の間から現れたのは、輝く白金の癖毛の髪、小さな赤い角、そして荘厳な装飾が施された軽鎧を身に纏った、しなやかな双子の美青年が歩み寄ってきた。
純白の翼は夢のように消え、晴明をみると双子の一人が言う。
「どう思う、羅刹。天界から逃げ回っている晴明を信用していいと思うか?」
「――――確かに、とっても妖しいと思うけど、最愛の人と過ごしたいなんて、素敵だと思うよ、羅漢兄さん」
兄を羅漢、弟を羅刹と呼ぶ天界人の双子は晴明からみてもただの兵士で無いことは良く分かった。
――――鬼の角を生やした彼らは、天鬼。主に仏や神を信仰する者を守護する善鬼で、神々の直属の眷属である。
「阿修羅様は、天帝からこいつを捕らえろと命令される度にうんざりしておられるぜ」
「だからこそ僕達が来たんじゃない。それにもう、この半神は観念しているみたいだし、それなら少しだけ儚い夢を見させてあげてもいいんじゃないかな」
羅刹がふわりと艶やかに笑うと、羅漢が小馬鹿にするように鼻で笑った。晴明は押し黙ったまま、二人の男を無感情に見ていた。
暫く双子の天鬼と晴明が探るように視線をぶつかり合わせた。
「ならば三日後、お前を迎えにくる。どこにいても、俺達二人にはすぐわかるぜ」
「僕たちとの約束を破ったら、最愛の人も追われる事になるからね」
「――――良かろう」
晴明は深く頷いた。
その瞬間、天界人と天鬼は光の粒と共に消え去った。
今は大人しく天界に従い、最愛の少女と再会を果たす。重症を追わせた鞍馬天狗もあの臣下も、これほど多くの仲間を失い痛手を負えば、自分の帝国を復活させるのに多くの時間が掛かる。
若菜を傷付けた罪を償うには、まだ足りない位だが、晴明が本気だと言う事は伝わっただろう。
――――人であれ、妖魔であれ若菜を傷付ける者どもには、我を失って全てを滅ぼしそうになるほど彼女を深く愛している。
「若菜……」
✤✤✤
由衛は若菜を抱きしめながら走っていた。
こんな緊迫した状況にも関わらず、胸は踊っていた。
光明が死亡し、朔が第六天魔王となり天魔の世界へと向かって離れ離れになり、晴明が若菜を護る為に戦っている。
今この瞬間、愛しい主をこのまま連れ去って遠く誰にも探し出せない場所に逃亡し自分のものだけにする、そんな事が脳裏に過ぎったからだ。
誰にも手の届かない二人だけの場所へ逃げ、誰の目にも触れさせず、自分だけを見ていてほしい。稲荷山にでも籠もって、朔も晴明も忘れ自分に堕ちて欲しいと願わずにはおられず、そう思うと自然と口元が悪辣に緩んだ。
「由衛、どこに向かってるの?」
『――――姫、天を飛べば天狗に見つかる恐れがありますゆえ、このまま山を降りましょう。しっかり私に捕まっていてください』
法眼の要塞を走る由衛に、不安そうにしながら若菜が無垢な蜜色の瞳で悪狐を見つめる。由衛は現実に戻るように、愛しい主を見つめると狐の目をキュッと細めた。
言われたとおり、若菜は由衛の首元に抱きつく。
先導する白露、吉良が狗神の触手と刀で残党を蹴散らしていった。そして塀を乗り越えると、白露が壁を蛇のように蛇行しながら駆け下りていく。
吉良は大きな黒犬の姿になって地面に向かって急降下した。
「きゃっ……!!」
由衛は、若菜を抱きしめながら森に向かって急降下する。思わず悲鳴を上げる若菜に衝撃が来ないように、由衛は地面にゆっくりと着地すると、三人は互いの顔を見合わせ頷いた。
『このまま、キョウの都に向かうのは危険ですね。若菜様の今のお姿は、あまりに目立ってしまいます』
『そうだなァ、南蛮の格好じゃ目立っちまう。この辺りに神社があるってぇ話は聞いたことがある。神域じゃ、天狗も追って来ねぇだろ。参拝者用の休憩場でもありゃいいが』
『せやな、晴明様も神域にさえおれば探しやすいさかい。それに姫のおみ足の手当もせなあかん』
三人が話しているのを見ると、若菜は安心したように涙が溢れてきた。あのまま小さな鳥籠で淫らな調教を受けていたらどうなっていたかわからない。
「みんな、助けに来てくれてありがとう、危ない目にばかり合わせてしまってごめんね。もっと私が強くならなくちゃ……みんなの事守れないよ」
『――――姫。私達の役目は姫を御守りすることです。それが私達の生き甲斐でもあり、存在理由なのです。必要とされなくなってしまったら我々はどこに行けばいいのでしょう? 生きる道も見失ってしまいます。だから、護らせて下さい。――――その使命を果たさせて下さい』
不甲斐なさに、落ち込む若菜の柔らかな稲穂の髪を撫でると由衛は儚く微笑んだ。式神としての主人を護るという使命を無くしてしまうと、彼らの生きる意味も生きる場所も無くしてしまう事になる。
他の二人を見ると、彼らも同じく優しい笑みを浮かべていた。
「みんな……」
『嬢ちゃんはなんにも心配することはねぇよ。良い運動になった。ともかくどこか落ち着ける場所に避難しようぜ、俺はちぃっとばかり疲れた』
心無しか、吉良の顔に疲労が見えていた。由衛と違い主からの霊力を補充していなかった分体力の消耗が激しいのだろう。
四人は鞍馬山の近くにある、唯一の神域に逃げこむ事にする。麓から神社を目指す事にした。
龍神を祀る神社を通って流れる清らかな川の近くに小さな山小屋はあり、どうやらここが参拝者や猟師の為の避難所になっているようだ。
キョウの都に妖魔が現れるようになってから、参る人も少なくなったのか利用しているような人間は今のところ見当たらず、猟師が立ち寄ったであろう痕跡しかない。
質素で、畳六畳分ほどの広さのその場所に若菜を座らせ、白露が足の裏の傷口を水で濡らした。
「ありがとう、白露。怪我はない?」
『僕は平気です。若菜様は本当にお優しいですね……。キョウの都に良い薬師がいるのを知っています、僕が買いに行きましょう』
『せやったら、俺が姫の着物を買ってくるわ。お前らに任せたら、ろくなもん買ってけぇへんさかいな』
白露が申し出ると、由衛が賛同する。吉良は若菜の隣に座り込むと二人を見上げて笑った。
『酒も一緒に買ってこい、由衛。晴明がたどり着くまで体が温まるってェもんよ』
『なんで俺がお前の為にせなあかんねん。いい加減にしいや』
由衛がイライラした様子でいつものように毒付くと、明らかに疲労を隠せない吉良を見ながら言った。フン、と鼻を鳴らすと戸口まで向かい言う。
『姫を頼んだで、吉良。さっきの話忘れてへんやろうな。腹立つけど姫にきちんと話すんや。足手まといはいらへん。ほな、行ってくる』
苦笑する吉良を若菜は不思議そうに見つめた。
あの懐かしい寝殿造は、晴明の実家そのままで、前世の記憶はなくとも乳兄妹の詩乃にとっても懐かしい安住の地だろう。そこから性懲りも無く天狗共は若菜を浚ったのだ。
この鞍馬山の天狗を跡形も無く滅しても許されない。
襲いかかる天狗を蹴散らし、鞍馬山の棟梁鬼一法眼と激しく霊力をぶつけあい、地響きが鳴り響いていた。
法眼は珍しく息を乱して着地すると怒り狂う安倍晴明を見た。
「――――法眼!! 貴様、あの時の私の言葉を忘れたとは言わせぬぞ……若菜に構うなと忠告したであろう、それを破れば息の根を止めると言ったはずだ」
「――――ああ、そうだった。そんな事をいっておったのう。それにしてもさすがは晴明、半神の力は伊達じゃない、やれやれ儂の息も久々にあがったぞ!」
天狗達の亡骸が転がり、法眼は鷲のように鋭い眼光で晴明を睨みつけながら、眉間にシワを寄せると不敵に笑みを浮かべた。
軽快な様子の鞍馬天狗だが、全身から殺意のこもった怒りの波動が感じられる。
「まさか、天界の監視を無視してここまで来るとは思わなかったぞ、安倍晴明。よほどあの小鳥が大事なようだな……前世の縁で現世を縛り付け、小鳥を独占したつもりでいるのか?」
「天界などどうでもいい、私と若菜の事は貴様には関係なかろう!」
薙刀と刀が激しくぶつかり合い、重い金属音と共にじりじりと刃が擦れる音が響く。法眼の天狗火が刀に宿って燃え盛ると、白銀に輝く晴明の霊力のこもった薙刀が、一歩も互いに引くことのない攻防で、せめぎ合い次第に、二人の髪はふわりと宙に浮かんだ。
「そうはいかん。あれは俺の唯一無二の小鳥だ……誰にも渡さん。晴明よ、あの愛らしい小鳥は今朝がたまで俺の下で愛らしく囀っていたぞ。もう、許してくださいご主人様とな!」
「きっ、さまぁ!!」
晴明の瞳がカッと見開かれると、怒りに任せて内側から神の力が波動のように溢れだし、法眼の体を玩具のように跳ね飛ばした。
空中で停止する事もままならず、石の壁にしたたかに背中を打って転がり落ちた法眼は咳き込み、吐血した。
間髪入れず、晴明が左手で何かを招き寄せるような仕草をしたかと思うと、命が尽きた天狗の刀を宙に浮かせた。まるでそれらは意思を持ち、法眼を的にするかのように、襲いかかってくる。
体を起こした法眼が、刀で刃を撃ち落とし器用に体を翻して避けていたが、肩を折れた刀の刃が貫通してバランスを崩した。
「――――ッ! ぐっ、はぁっ……、俺を、殺せば、はぁっ、この地上の、妖魔どもは、っ、はぁ、容赦、なく……人間を襲うぞ……はぁ」
「いまさら命乞いでもしようというのか、法眼よ……だが遅い。私の若菜を穢した罪は重い……八つ裂きにしても足りぬ程よ!」
肩を抑えながら、避ける法眼の脇腹を刀が斬りつけると激痛に歯を食いしばった。地面に膝をつく法眼の首を、斬り落とすべく薙刀を構えてゆっくりと鞍馬天狗に近付く。
だが、薙刀を振るう直前に何者かの黒い影が飛び込み刃を弾いた。
右半分の顔を血で真っ赤に染めた魔少年、鬼蝶が不意打ちで、晴明の攻撃を流すと濁った黒玉に憎しみの色を灯して睨みつけた。
「っ、安倍晴明……! 法眼様は殺させないよ!」
「貴様は……若菜を攫った男か。主君共々ここで果てるがよい」
晴明の目は氷のように冷たく、殺気を漂わせながら、薙刀で二人を切り捨てようとした瞬間に天からいくつもの光の柱が降りてくる。
それに気を取られた晴明の隙を見計らって、生き残った天狗の精鋭部隊と鬼蝶が重症を負った法眼を連れて命からがら、空へと飛び立った。
光の柱から現れた白い翼の天界人は先日の者達とは違い甲冑姿の無骨な男達だった。
晴明は唇を噛みしめ、彼らを見つめた。法眼との激しい戦闘で、神の力を開放した晴明には分かり切った結果だ。
『晴明公、もう逃げられません。すみやかに天界にお戻り下さい』
『これ以上、地上の秩序を乱しませぬよう』
『天帝様と、葛の葉がお待ちです』
『指示に従って頂けないようなら、天界への反逆としてみなします』
男達がそれぞれ淡々と口にすると剣を向けた。晴明は溜息をついて人の姿に戻り、薙刀を手放した。これ以上抵抗すれば、若菜の身にも危険が迫る可能性がある。
ともかく天帝に謁見し話を聞いて若菜を守護する方法を考えねばならない。
「天帝に背くつもりはない。天界に出向こう……ただ、最愛の娘と三日間、過ごさせてはくれぬか。それが終われば迎えに来てくれ」
天界の屈強な戦士達は互いに顔を見合わせ、突然、同時に顔をあげると道を開くように両サイドに分かれた。
屈強な戦士の間から現れたのは、輝く白金の癖毛の髪、小さな赤い角、そして荘厳な装飾が施された軽鎧を身に纏った、しなやかな双子の美青年が歩み寄ってきた。
純白の翼は夢のように消え、晴明をみると双子の一人が言う。
「どう思う、羅刹。天界から逃げ回っている晴明を信用していいと思うか?」
「――――確かに、とっても妖しいと思うけど、最愛の人と過ごしたいなんて、素敵だと思うよ、羅漢兄さん」
兄を羅漢、弟を羅刹と呼ぶ天界人の双子は晴明からみてもただの兵士で無いことは良く分かった。
――――鬼の角を生やした彼らは、天鬼。主に仏や神を信仰する者を守護する善鬼で、神々の直属の眷属である。
「阿修羅様は、天帝からこいつを捕らえろと命令される度にうんざりしておられるぜ」
「だからこそ僕達が来たんじゃない。それにもう、この半神は観念しているみたいだし、それなら少しだけ儚い夢を見させてあげてもいいんじゃないかな」
羅刹がふわりと艶やかに笑うと、羅漢が小馬鹿にするように鼻で笑った。晴明は押し黙ったまま、二人の男を無感情に見ていた。
暫く双子の天鬼と晴明が探るように視線をぶつかり合わせた。
「ならば三日後、お前を迎えにくる。どこにいても、俺達二人にはすぐわかるぜ」
「僕たちとの約束を破ったら、最愛の人も追われる事になるからね」
「――――良かろう」
晴明は深く頷いた。
その瞬間、天界人と天鬼は光の粒と共に消え去った。
今は大人しく天界に従い、最愛の少女と再会を果たす。重症を追わせた鞍馬天狗もあの臣下も、これほど多くの仲間を失い痛手を負えば、自分の帝国を復活させるのに多くの時間が掛かる。
若菜を傷付けた罪を償うには、まだ足りない位だが、晴明が本気だと言う事は伝わっただろう。
――――人であれ、妖魔であれ若菜を傷付ける者どもには、我を失って全てを滅ぼしそうになるほど彼女を深く愛している。
「若菜……」
✤✤✤
由衛は若菜を抱きしめながら走っていた。
こんな緊迫した状況にも関わらず、胸は踊っていた。
光明が死亡し、朔が第六天魔王となり天魔の世界へと向かって離れ離れになり、晴明が若菜を護る為に戦っている。
今この瞬間、愛しい主をこのまま連れ去って遠く誰にも探し出せない場所に逃亡し自分のものだけにする、そんな事が脳裏に過ぎったからだ。
誰にも手の届かない二人だけの場所へ逃げ、誰の目にも触れさせず、自分だけを見ていてほしい。稲荷山にでも籠もって、朔も晴明も忘れ自分に堕ちて欲しいと願わずにはおられず、そう思うと自然と口元が悪辣に緩んだ。
「由衛、どこに向かってるの?」
『――――姫、天を飛べば天狗に見つかる恐れがありますゆえ、このまま山を降りましょう。しっかり私に捕まっていてください』
法眼の要塞を走る由衛に、不安そうにしながら若菜が無垢な蜜色の瞳で悪狐を見つめる。由衛は現実に戻るように、愛しい主を見つめると狐の目をキュッと細めた。
言われたとおり、若菜は由衛の首元に抱きつく。
先導する白露、吉良が狗神の触手と刀で残党を蹴散らしていった。そして塀を乗り越えると、白露が壁を蛇のように蛇行しながら駆け下りていく。
吉良は大きな黒犬の姿になって地面に向かって急降下した。
「きゃっ……!!」
由衛は、若菜を抱きしめながら森に向かって急降下する。思わず悲鳴を上げる若菜に衝撃が来ないように、由衛は地面にゆっくりと着地すると、三人は互いの顔を見合わせ頷いた。
『このまま、キョウの都に向かうのは危険ですね。若菜様の今のお姿は、あまりに目立ってしまいます』
『そうだなァ、南蛮の格好じゃ目立っちまう。この辺りに神社があるってぇ話は聞いたことがある。神域じゃ、天狗も追って来ねぇだろ。参拝者用の休憩場でもありゃいいが』
『せやな、晴明様も神域にさえおれば探しやすいさかい。それに姫のおみ足の手当もせなあかん』
三人が話しているのを見ると、若菜は安心したように涙が溢れてきた。あのまま小さな鳥籠で淫らな調教を受けていたらどうなっていたかわからない。
「みんな、助けに来てくれてありがとう、危ない目にばかり合わせてしまってごめんね。もっと私が強くならなくちゃ……みんなの事守れないよ」
『――――姫。私達の役目は姫を御守りすることです。それが私達の生き甲斐でもあり、存在理由なのです。必要とされなくなってしまったら我々はどこに行けばいいのでしょう? 生きる道も見失ってしまいます。だから、護らせて下さい。――――その使命を果たさせて下さい』
不甲斐なさに、落ち込む若菜の柔らかな稲穂の髪を撫でると由衛は儚く微笑んだ。式神としての主人を護るという使命を無くしてしまうと、彼らの生きる意味も生きる場所も無くしてしまう事になる。
他の二人を見ると、彼らも同じく優しい笑みを浮かべていた。
「みんな……」
『嬢ちゃんはなんにも心配することはねぇよ。良い運動になった。ともかくどこか落ち着ける場所に避難しようぜ、俺はちぃっとばかり疲れた』
心無しか、吉良の顔に疲労が見えていた。由衛と違い主からの霊力を補充していなかった分体力の消耗が激しいのだろう。
四人は鞍馬山の近くにある、唯一の神域に逃げこむ事にする。麓から神社を目指す事にした。
龍神を祀る神社を通って流れる清らかな川の近くに小さな山小屋はあり、どうやらここが参拝者や猟師の為の避難所になっているようだ。
キョウの都に妖魔が現れるようになってから、参る人も少なくなったのか利用しているような人間は今のところ見当たらず、猟師が立ち寄ったであろう痕跡しかない。
質素で、畳六畳分ほどの広さのその場所に若菜を座らせ、白露が足の裏の傷口を水で濡らした。
「ありがとう、白露。怪我はない?」
『僕は平気です。若菜様は本当にお優しいですね……。キョウの都に良い薬師がいるのを知っています、僕が買いに行きましょう』
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白露が申し出ると、由衛が賛同する。吉良は若菜の隣に座り込むと二人を見上げて笑った。
『酒も一緒に買ってこい、由衛。晴明がたどり着くまで体が温まるってェもんよ』
『なんで俺がお前の為にせなあかんねん。いい加減にしいや』
由衛がイライラした様子でいつものように毒付くと、明らかに疲労を隠せない吉良を見ながら言った。フン、と鼻を鳴らすと戸口まで向かい言う。
『姫を頼んだで、吉良。さっきの話忘れてへんやろうな。腹立つけど姫にきちんと話すんや。足手まといはいらへん。ほな、行ってくる』
苦笑する吉良を若菜は不思議そうに見つめた。
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