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第二部 天魔界編
四、天華に恋い焦がれて―其の壱―
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行為の後、眠っていた所を強引に起こされ、天狗の女達に隅々まで体を綺麗に洗われた。
それから、可愛らしい西洋人形のようなレースの服に着替えさせられると、若菜は力尽きたようにベッドの上で眠っていた。
法眼と鬼蝶に何度も抱かれ、体が泥のように重たい。
『……さま、……若菜様』
「ん……っ……んん……?」
若菜は蜜色の瞳を薄っすらと開けて声のする方を見た。格子ごしに、白露が話し掛けて来るのが見えて、若菜は慌てて体を起こすと窓辺まで走り寄った。
「し、白露……! どうやってここまで上がってこれたの?」
『しっ、若菜様、お静かに。僕は蛇なので壁を登れる事が可能なのですが、天狗に気付かれる前にこの牢獄に入ります』
「どうやって入るの……? それにここは結界が張られていて霊力が使えないから危険なの」
椅子に乗った若菜は、鉄格子を掴んで小声で心配そうに話した。だが、白露がここにいるという事は晴明や式神達が助けに来てくれたのだろうか、と若菜は安堵する。
『それなら、好都合です。そちらに参りますね』
白露は若菜を安堵させるように微笑むと、小さな白蛇の姿に変わり鉄格子から部屋に侵入した。彼を落とさないように優しく両手に乗せると若菜はゆっくりと椅子から降りる。
「白露、晴明様が助けに来てくれたの?」
『ええ……と言うより、もう直ぐここに辿り着いてしまうのです。晴明様の怒りが頂点に達していて、このままだとご自分の力を制御できずに破壊し尽くしてしまいます。
――――そうなる前に脱出しましょう』
若菜は青ざめた。
天狗は今のところ、天魔の影響で理性を失ってしまう下級妖魔や中級妖魔を、高い霊力で統括していると聞くし、彼らが死滅したり力を失えばキョウの都はどうなるのだろう。
随分と彼等に酷い目に合わされてしまったけれど、それよりこれ以上関係の無いキョウの都の人々が苦しむのは見たくなかった。
それにここには、まだ天狗になっていない人間達も投獄されている。
「うんっ、早く晴明様と合流しなくちゃ。でもこの独房は外から鍵がかけられていて開けられないの。食事の時でもないと抜け出すのは難しいと思うよ……どうするの?」
扉は頑丈に鍵がかけられ、法眼や鬼蝶、身の回りの世話をする女性の天狗が来ない限りは開けられない。ましてや、ここは結界が張られていて術では天狗を制圧する事はできない。
小さな白蛇は首をもたげると、小声で話し始めた。
『若菜様、僕をあの扉のすき間まで連れて行って下さいませんか。独房の外に出られれば僕も若菜様も霊力が戻ります。僕は光明様の密偵として長年仕えておりました。
――――ですから、鍵開けは得意なのです』
「分かったよ、くれぐれも気を付けてね」
若菜は白蛇の眷属をそっと扉の下で下ろすとちょうど小さな蛇が通り抜けるほどの隙間をくぐって外に出た。
小さな白蛇は舌をチロチロと出しながら周りの様子を見渡す。晴明がこちらに向かっているせいか、独房の人々がすでに法眼へ忠誠を誓っている為か、見張りの天狗が見当たらない。
白露は人の姿に戻ると、袖口から取り出した錠前破りの道具を取り出すと鍵穴に差し込んだ。
暫くして、カチリと言う音がすると扉が開いた。
「白露、ありがとう」
『若菜様、こちらへ……由衛様や吉良様も直ぐに駆けつけて下さるでしょう』
若菜は慣れない靴のまま、姿勢を低くすると息を殺し、他の人々に気付かれないように廊下を歩いた。この先の構造がどうなっているかは分からないが、晴明がこちらに来ているのならば警備が手薄になっている可能性は高い。
長細い石の廊下を足音を立てないように歩き、角を曲がる寸前に、二人は座り込んで壁越しに様子を伺った。
そこには見張りが一人背を向けて立っているのが見えた。
「ここは私に任せて。青龍・白虎・朱雀・玄武、悪鬼を祓え、急急如律令」
道満から習った陰陽術ではなく、晴明から習った五芒星を指で描きながら術を唱えると、天狗のうなじに、五芒星が刻まれた。呻きながら見張りは崩れ落ちる。
若菜と白露はそのまま足早に廊下を走ると、不意打ちで背中を取られて気絶した見張りを跨ぎ、階段を登って外へと出た。
そこは 板張りの床でおおわれた広間だった。一見すると陰陽寮に設けられていた、祈祷の間の試験場に似ている。もしかするとここは天狗達の修業の場所かも知れない。
二人が一歩踏み出した瞬間、鈍い大きな音と共にぐらりと建物が揺れ二人はバランスを崩した。
「きやっ……!」
『若菜様、急ぎましょう……!』
よろめく若菜を支えた白露だったが、次の瞬間表情を強張らせて息を呑んだ。真紅の鈴懸をまとった美少年が壁に寄りかかって腕を組むと、可愛らしく微笑んでいる。
「囚われの蝶の元に、ネズミ……じゃない、蛇が迷い込んだみたいだねぇ。
まだ飛べたんだ若菜。あははっ、いいよ~~また追いかけっこでもする? 捕まえて泣き叫ぶ若菜を犯すのはさぞ楽しいだろうなぁ!」
魔少年はそう言うと、キュッと瞳孔を猫のように細め口が裂けるほど笑った。その表情に若菜は背筋が寒くなって体が無意識に震えるのを感じた。どうしてもあの時の恐怖が体を支配する。
それに気づいた白露は肩越しに若菜に声をかける。
『若菜様、ここは僕にお任せください。貴女に指一本触れさせません』
「おやおや、いつから光明の下僕から若菜に乗り換えたんだ白露~~、久しぶりだねぇ。だけどお前は、死んだ妹の白霞比べて武術は劣っていただろう。僕に勝てると思ってるわけ?」
確かに光明の密偵として戦いに特化していたのは双子の妹の白霞だ。白露はどちらかといえば情報収集を得意としていた式神なのは、若菜も良く知っている。
白露は唇を噛み締めながらも、鬼蝶を睨みつけていた。
✤✤✤
時は少し遡る――――。
烏天狗に襲われたこの区域が、完全に鎮火するまで一日以上かかった。
日付を跨ぎ夜もふけると天界人を退け、住人を避難させて、焼け落ちた屋敷を氷の眼差しで見上げていた安倍晴明の元に、由衛と吉良がかけつける。
話によれば、竹林の先の廃寺で若菜が身に着けていた、晴明の霊力が籠められた勾玉のお守りが床に転がっていたと言う。この勾玉の存在を感じていたからこそ、晴明は彼女の身の安全を信じていた。
若菜を追いかけた鬼蝶が、鬼一法眼の所まで彼女を強引に連れて行ったのだろう、無言のままそれを受け取ると、晴明は言った。
「――――愚か者どもめ。私に殺されたいようだな。もう容赦はせぬぞ、法眼」
晴明の押し殺すような怒りの声と共に、淡い光が膜を貼るように晴明の体を包み込んだ。みるみるうちにその銀髪は腰まで伸びていく。驚いたように由衛が目を見開いた。
晴明のこんな姿は生まれて始めてみたが、その力の陰陽術ではなく、生まれ持った本来の神という属性の力だと言う事は理解した。
『せ、晴明様……! どうか落ち着いて下さい、神通力を開放されては、多くの天界人が晴明様を探しにきます』
『おい、てめェらしくねェぞ晴明。お前が冷静さを失い暴走しちまったら、若菜も巻き込む』
晴明は勾玉の首飾りで髪を結うと、冷たい眼差しで二人の式神を一瞥した。
その耳は狐のように尖り、青い瞳は半神であることを示すように片方の瞳が金に輝いていた。
「――――天界など構わぬ。私は冷静だ、若菜を救う手助けをしないのならばお主らは失せるが良い。私は汚らわしい妖魔どもから、彼女を取り戻す」
そう言うと、ふわりと宙に浮いた。由衛と吉良も慌てて彼を追うように白狐と大きな黒い狼となって宙をかけ上がった。
『全くどいつもこいつも、血の気の多い奴らで困ったもんだぜ。こりゃあやかしの世界が大騒ぎになっちまうねェ』
『まぁ、天狗に痛いめぇあわせんのは楽しいやろうけどな、お呼びでない天界人がしゃしゃり出てくるのは勘弁して欲しいところや』
光を纒って宙を駆ける晴明を追いかけるように、二匹は言葉を交わした。天狗はあやかしの中でも上位に君臨し、陰陽師でさえまともに相手にならないような者達だ。
それが束になっている本拠地で、愛しい主を命懸けで救出に向かうのだから由衛と吉良の血は煮えたぎり、力が湧いてくる。
『――――晴明様にああ言うたけど、天狗どもは血祭りにしてやらな俺の気が済まんわ』
『それだけはてめぇと同意見だな。なんてェ噂話をすりゃ、鞍馬山から天狗どもが降りてきたじゃねェか。警戒心の強い法眼らしい』
鞍馬山周辺に近付くと、森の中から猛禽類が飛び立つように烏天狗達が上昇してきた。恐らく見張りについていた者達だろう。
晴明の手には白銀に光輝く霊力の塊が現れ天狗達に向って放たれる。
「――――私の邪魔をするな! 残らず焼き尽くしてやろう」
抵抗する間もなく、光に飲み込まれた天狗達が跡形も無く消え去る。そしてその手に握られた薙刀を操ると、バッサリと天狗達の体を引き裂いた。
晴明の手から漏れた烏天狗達を、由衛は狐火で攻撃する。吉良は背中から伸びた黒い触手達を槍のように尖らせると刀で襲いかかる天狗達に応戦した。
『さすがに本拠地守ってるだけの事はあるわぁ、攻撃が天狗らしく卑劣でいやらしい。
せやかて俺は姫の霊力を体に入れとるんやで、そこらへんの白狐と一緒にしてもろうたら、困るで!』
そう言い放ち、人間の姿になった由衛は刀を振り落とした。光の筋が波紋のように平がり三人の烏天狗の胸元を引き裂いて堕としていく。
同じく人間の姿に変わった吉良だったが、劣勢の様子を見かねて由衛が助太刀する。
『すまねェな。てめェも少しは義理人情ってェのがあるんだな』
『はっ、助けてもろて憎まれ口叩くな! 姫から霊力をもろおてないさかい、足を引っ張る事になるんや。姫を救出したら変な意地はっとらんと霊力補充しろ。式神が主を守られへんかったら、意味あらへんで』
吐き捨てるように由衛は言うと、吉良は苦笑する。ともかく、若菜を救出しなければ霊力を補充出来ず、いずれ二人の式神も消滅してしまう。
空中で激しく刃がぶつかるような音が繰り広げられ、烏天狗に囲まれた晴明が薙刀を振り回して円を描くと眩しい光の筋に一瞬、真昼のように明るくなり燃え尽きた天狗達が地面に落下していった。
「見張り兵の天狗は、これでおおかた片付いたであろう。お主らもご苦労だったな……このまま法眼の要塞に突撃する。死ぬ覚悟はあるか?」
いつの間にか晴明の背後には彼が作り出した式神達が浮いている。二人は迷うことなく深く頷いた。
『愛しい姫のためならばいつでも命を捧げるつもりです、晴明様』
『もちろんだ。泣き虫の嬢ちゃんはだれかが迎えにいってやらねぇとな』
三人は頷くと白み始めた空を飛行した。
それから、可愛らしい西洋人形のようなレースの服に着替えさせられると、若菜は力尽きたようにベッドの上で眠っていた。
法眼と鬼蝶に何度も抱かれ、体が泥のように重たい。
『……さま、……若菜様』
「ん……っ……んん……?」
若菜は蜜色の瞳を薄っすらと開けて声のする方を見た。格子ごしに、白露が話し掛けて来るのが見えて、若菜は慌てて体を起こすと窓辺まで走り寄った。
「し、白露……! どうやってここまで上がってこれたの?」
『しっ、若菜様、お静かに。僕は蛇なので壁を登れる事が可能なのですが、天狗に気付かれる前にこの牢獄に入ります』
「どうやって入るの……? それにここは結界が張られていて霊力が使えないから危険なの」
椅子に乗った若菜は、鉄格子を掴んで小声で心配そうに話した。だが、白露がここにいるという事は晴明や式神達が助けに来てくれたのだろうか、と若菜は安堵する。
『それなら、好都合です。そちらに参りますね』
白露は若菜を安堵させるように微笑むと、小さな白蛇の姿に変わり鉄格子から部屋に侵入した。彼を落とさないように優しく両手に乗せると若菜はゆっくりと椅子から降りる。
「白露、晴明様が助けに来てくれたの?」
『ええ……と言うより、もう直ぐここに辿り着いてしまうのです。晴明様の怒りが頂点に達していて、このままだとご自分の力を制御できずに破壊し尽くしてしまいます。
――――そうなる前に脱出しましょう』
若菜は青ざめた。
天狗は今のところ、天魔の影響で理性を失ってしまう下級妖魔や中級妖魔を、高い霊力で統括していると聞くし、彼らが死滅したり力を失えばキョウの都はどうなるのだろう。
随分と彼等に酷い目に合わされてしまったけれど、それよりこれ以上関係の無いキョウの都の人々が苦しむのは見たくなかった。
それにここには、まだ天狗になっていない人間達も投獄されている。
「うんっ、早く晴明様と合流しなくちゃ。でもこの独房は外から鍵がかけられていて開けられないの。食事の時でもないと抜け出すのは難しいと思うよ……どうするの?」
扉は頑丈に鍵がかけられ、法眼や鬼蝶、身の回りの世話をする女性の天狗が来ない限りは開けられない。ましてや、ここは結界が張られていて術では天狗を制圧する事はできない。
小さな白蛇は首をもたげると、小声で話し始めた。
『若菜様、僕をあの扉のすき間まで連れて行って下さいませんか。独房の外に出られれば僕も若菜様も霊力が戻ります。僕は光明様の密偵として長年仕えておりました。
――――ですから、鍵開けは得意なのです』
「分かったよ、くれぐれも気を付けてね」
若菜は白蛇の眷属をそっと扉の下で下ろすとちょうど小さな蛇が通り抜けるほどの隙間をくぐって外に出た。
小さな白蛇は舌をチロチロと出しながら周りの様子を見渡す。晴明がこちらに向かっているせいか、独房の人々がすでに法眼へ忠誠を誓っている為か、見張りの天狗が見当たらない。
白露は人の姿に戻ると、袖口から取り出した錠前破りの道具を取り出すと鍵穴に差し込んだ。
暫くして、カチリと言う音がすると扉が開いた。
「白露、ありがとう」
『若菜様、こちらへ……由衛様や吉良様も直ぐに駆けつけて下さるでしょう』
若菜は慣れない靴のまま、姿勢を低くすると息を殺し、他の人々に気付かれないように廊下を歩いた。この先の構造がどうなっているかは分からないが、晴明がこちらに来ているのならば警備が手薄になっている可能性は高い。
長細い石の廊下を足音を立てないように歩き、角を曲がる寸前に、二人は座り込んで壁越しに様子を伺った。
そこには見張りが一人背を向けて立っているのが見えた。
「ここは私に任せて。青龍・白虎・朱雀・玄武、悪鬼を祓え、急急如律令」
道満から習った陰陽術ではなく、晴明から習った五芒星を指で描きながら術を唱えると、天狗のうなじに、五芒星が刻まれた。呻きながら見張りは崩れ落ちる。
若菜と白露はそのまま足早に廊下を走ると、不意打ちで背中を取られて気絶した見張りを跨ぎ、階段を登って外へと出た。
そこは 板張りの床でおおわれた広間だった。一見すると陰陽寮に設けられていた、祈祷の間の試験場に似ている。もしかするとここは天狗達の修業の場所かも知れない。
二人が一歩踏み出した瞬間、鈍い大きな音と共にぐらりと建物が揺れ二人はバランスを崩した。
「きやっ……!」
『若菜様、急ぎましょう……!』
よろめく若菜を支えた白露だったが、次の瞬間表情を強張らせて息を呑んだ。真紅の鈴懸をまとった美少年が壁に寄りかかって腕を組むと、可愛らしく微笑んでいる。
「囚われの蝶の元に、ネズミ……じゃない、蛇が迷い込んだみたいだねぇ。
まだ飛べたんだ若菜。あははっ、いいよ~~また追いかけっこでもする? 捕まえて泣き叫ぶ若菜を犯すのはさぞ楽しいだろうなぁ!」
魔少年はそう言うと、キュッと瞳孔を猫のように細め口が裂けるほど笑った。その表情に若菜は背筋が寒くなって体が無意識に震えるのを感じた。どうしてもあの時の恐怖が体を支配する。
それに気づいた白露は肩越しに若菜に声をかける。
『若菜様、ここは僕にお任せください。貴女に指一本触れさせません』
「おやおや、いつから光明の下僕から若菜に乗り換えたんだ白露~~、久しぶりだねぇ。だけどお前は、死んだ妹の白霞比べて武術は劣っていただろう。僕に勝てると思ってるわけ?」
確かに光明の密偵として戦いに特化していたのは双子の妹の白霞だ。白露はどちらかといえば情報収集を得意としていた式神なのは、若菜も良く知っている。
白露は唇を噛み締めながらも、鬼蝶を睨みつけていた。
✤✤✤
時は少し遡る――――。
烏天狗に襲われたこの区域が、完全に鎮火するまで一日以上かかった。
日付を跨ぎ夜もふけると天界人を退け、住人を避難させて、焼け落ちた屋敷を氷の眼差しで見上げていた安倍晴明の元に、由衛と吉良がかけつける。
話によれば、竹林の先の廃寺で若菜が身に着けていた、晴明の霊力が籠められた勾玉のお守りが床に転がっていたと言う。この勾玉の存在を感じていたからこそ、晴明は彼女の身の安全を信じていた。
若菜を追いかけた鬼蝶が、鬼一法眼の所まで彼女を強引に連れて行ったのだろう、無言のままそれを受け取ると、晴明は言った。
「――――愚か者どもめ。私に殺されたいようだな。もう容赦はせぬぞ、法眼」
晴明の押し殺すような怒りの声と共に、淡い光が膜を貼るように晴明の体を包み込んだ。みるみるうちにその銀髪は腰まで伸びていく。驚いたように由衛が目を見開いた。
晴明のこんな姿は生まれて始めてみたが、その力の陰陽術ではなく、生まれ持った本来の神という属性の力だと言う事は理解した。
『せ、晴明様……! どうか落ち着いて下さい、神通力を開放されては、多くの天界人が晴明様を探しにきます』
『おい、てめェらしくねェぞ晴明。お前が冷静さを失い暴走しちまったら、若菜も巻き込む』
晴明は勾玉の首飾りで髪を結うと、冷たい眼差しで二人の式神を一瞥した。
その耳は狐のように尖り、青い瞳は半神であることを示すように片方の瞳が金に輝いていた。
「――――天界など構わぬ。私は冷静だ、若菜を救う手助けをしないのならばお主らは失せるが良い。私は汚らわしい妖魔どもから、彼女を取り戻す」
そう言うと、ふわりと宙に浮いた。由衛と吉良も慌てて彼を追うように白狐と大きな黒い狼となって宙をかけ上がった。
『全くどいつもこいつも、血の気の多い奴らで困ったもんだぜ。こりゃあやかしの世界が大騒ぎになっちまうねェ』
『まぁ、天狗に痛いめぇあわせんのは楽しいやろうけどな、お呼びでない天界人がしゃしゃり出てくるのは勘弁して欲しいところや』
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『――――晴明様にああ言うたけど、天狗どもは血祭りにしてやらな俺の気が済まんわ』
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鞍馬山周辺に近付くと、森の中から猛禽類が飛び立つように烏天狗達が上昇してきた。恐らく見張りについていた者達だろう。
晴明の手には白銀に光輝く霊力の塊が現れ天狗達に向って放たれる。
「――――私の邪魔をするな! 残らず焼き尽くしてやろう」
抵抗する間もなく、光に飲み込まれた天狗達が跡形も無く消え去る。そしてその手に握られた薙刀を操ると、バッサリと天狗達の体を引き裂いた。
晴明の手から漏れた烏天狗達を、由衛は狐火で攻撃する。吉良は背中から伸びた黒い触手達を槍のように尖らせると刀で襲いかかる天狗達に応戦した。
『さすがに本拠地守ってるだけの事はあるわぁ、攻撃が天狗らしく卑劣でいやらしい。
せやかて俺は姫の霊力を体に入れとるんやで、そこらへんの白狐と一緒にしてもろうたら、困るで!』
そう言い放ち、人間の姿になった由衛は刀を振り落とした。光の筋が波紋のように平がり三人の烏天狗の胸元を引き裂いて堕としていく。
同じく人間の姿に変わった吉良だったが、劣勢の様子を見かねて由衛が助太刀する。
『すまねェな。てめェも少しは義理人情ってェのがあるんだな』
『はっ、助けてもろて憎まれ口叩くな! 姫から霊力をもろおてないさかい、足を引っ張る事になるんや。姫を救出したら変な意地はっとらんと霊力補充しろ。式神が主を守られへんかったら、意味あらへんで』
吐き捨てるように由衛は言うと、吉良は苦笑する。ともかく、若菜を救出しなければ霊力を補充出来ず、いずれ二人の式神も消滅してしまう。
空中で激しく刃がぶつかるような音が繰り広げられ、烏天狗に囲まれた晴明が薙刀を振り回して円を描くと眩しい光の筋に一瞬、真昼のように明るくなり燃え尽きた天狗達が地面に落下していった。
「見張り兵の天狗は、これでおおかた片付いたであろう。お主らもご苦労だったな……このまま法眼の要塞に突撃する。死ぬ覚悟はあるか?」
いつの間にか晴明の背後には彼が作り出した式神達が浮いている。二人は迷うことなく深く頷いた。
『愛しい姫のためならばいつでも命を捧げるつもりです、晴明様』
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