【R18】月に叢雲、花に風。

蒼琉璃

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第二部 天魔界編

参、愛らしき小鳥の矯声―其の弐―

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 石畳の壁に、赤紫の炎の影がゆらゆらと揺れている。大理石の大浴場には、女を三十人呼んでもまだ余裕があるように思えるほど広い。
 虚無の空間に封印される前は、ここで女をはべらせ欲望の赴くままに、淫らな遊びを楽しんでいた朔も今は、彼女達を相手にする事を億劫に感じていた。
 不老不死の第六天魔王以外の天魔の寿命は、人間よりも遥かに長く、天界人と同じ、気が遠くなるほど生きるので朔の器で戻った時も彼女達は熱烈に歓迎した。
 天魔の世界で、魔王に寵愛される事はどの上級天魔の女にとっても末代まで名誉な事であり、万が一子を授かれば一族にとってもその恩恵をあやかる事ができる。
 永遠に出られないとされていた、あの虚無の檻から生還したサクは、天魔達にとって、奇跡の存在であり救世主のようなもので、魔王に対する期待と熱は日に日に膨れ上がっていた。

 天界ではなく、この天魔の世界がこの宇宙の理となる事を。その王座に座るのは第六天魔王になると。
 
 再び寵愛される事を切実に願っていた彼女達は、自分達にお声がかからない事を、藍雅あいかを溺愛しているせいだと宮殿では噂されていた。
 だが、そうではない。
 一人になる時間が今は、この上なく朔にとって心地良く感じられた。

「ふぅ…………」
 
 朔は、血のように赤い湯から左手を出すと漆黒の髪をかきあげた吐息を付いた。暫く目を閉じていたが、不意に頭の中で声が響いた。


『貴様は、義姉さんを助けると約束したはずだ。彼女を悲しませるような事をするな。そして永遠に唯一無二の愛を捧げると約束した』
「――――うるせぇな、朔。道満からあの女を助けてやったろうが」
『光明だけじゃない、全ての者からだ』
「しつこいぞ、安倍晴明に任せとけよ。結界の中にいりゃ天寿てんじゅを全うするまでなんの不自由なく生きれるだろ」


 サクは頭の中に響くさくの声を疎ましげにしながら首を掲げ、溶岩の瞳をうっすらと開けた。
 湯気を立てる暖かな赤い湯に波紋が広がるとそこには、ぼんやりと朔の義姉の姿が映った。
 白の西洋ドレスに長い稲穂の髪には髪飾りをつけられ、首元にはチョーカーを付けている。明らかに見慣れない部屋に動揺しているような蜜色の瞳は、不安に揺れていた。
 ベッドの上で辺りを見渡している様子を見ると朔は溜息をついて、ばしゃばしゃと苛立ったように湯をかき混ぜ、ゆっくりと浴槽から立ち上がり、全裸のまま入口付近まで歩くと腹心からタオルを受け取った。

 
「今宵はいつにも増して、独り言が激しいようだが……………どうされた?」
「――――相変わらずの地獄耳かよ、霧雨きりさめ。少々面倒な事になったんでお前に頼みがある。
 朔の女……義姉の、若菜だっけ? あいつの様子を見てこい。んで、やべー感じなら逃げる手伝いをしてやれよ」


 霧雨は、一瞬目を見開いてポカンとしたが、鍛えられたしなやかな肉体に流れ落ちる水滴を拭き取り、漆黒のローブを着こむ背中を見ながらフッと口元で笑った。


「――――そんなにあの娘が心配なら、ご自分で行けばよろしかろう?」
「あ? 勘違いするな、霧雨。頭の中のさくがあの女を助けろってうるせぇんだよ。まさか融合した俺に話し掛けてくるとはな。ったくめんどくせぇ」


 愚痴を零しながら、自室に戻っていく様子の魔王に霧雨は仏頂面であるものの、やんわりと口に笑みを浮かべた。とうの昔に、主君の変化には薄々気付いていた霧雨だが今この瞬間、はっきりとそれを確信する事ができた。
 当然それを危惧きぐするのが配下の努めだが、女にだらしがない所が直るならば、ある意味腹心としては安心でもある。欲望は天魔の主食である。
 だが、天魔界の女達の欲望の背後には手ぐすねを引いて待っている厄介な者達がいるからだ。

御意ぎょい。気づかれぬように我が助太刀いたそう」

 そう言うと、霧雨は静かにを宮殿を後にした。


✤✤✤

 若菜は、ベッドの上で足元さえふらつくような強い媚薬の感覚に、呼吸を乱しながら瞳を潤ませていた。どれくらいの時が経ったのだろうか、薄暗くなり始めた部屋の燭台に、自然と灯火がともった。
 天狗の巣に連れて来られてから、長い時間眠っていたのか、法眼が去ってから二時間もしない間に日が暮れていた。


「はぁ……はぁ、誰か……んん……」


 自分で慰める事さえ出来ない放置に、貞操具がから溢れるくらいに濡れているのを感じた。天上の華が花開くように無垢な清浄の霊力が部屋に充満し、この鳥籠はまるで魔物達にとって極楽浄土のような空間になる。
 甘い蜜色の瞳から涙がこぼれ落ち、激しい喉の乾きを覚えてシーツを握りしめていると、廊下から軽やかな足取りで、鼻歌交じりに誰かがやってきた。
 若菜の監禁されている場所は、ちょうど角部屋にあたりだ。世話役の烏がこの監獄を見回りに来ているのかと思ったが、鍵が外される音がして、薄っすらと目を開けると真紅の修験僧の格好をした美少年が、この上なく人懐っこい笑みを浮かべて首を傾げていた。


「……き、鬼蝶きちょう……」
「ようこそ、鞍馬山へ! 愛らしい蝶を捕まえる事が出来て、僕も法眼様も最高に気分がいいよ! 歓迎するよセ・ン・パ・イ」


 若菜の顔は涙に濡れながら青褪あおざめベッドの上で怯えるように体を小さくしてベッドの端へと逃げると、その様子に鬼蝶はニィッと口端に残忍な笑みを浮かべた。
 良く似合う愛らしい西洋人形のような白いレースの服に首輪のようなチョーカー、そしてまるで自分の事を、得体の知れない怖ろしい化け物を見るかのような怯えた目で見る様子に、ぞくぞくと興奮したように体を震わせた。

 この籠にいる女も男も、法眼の腹心と言うだけで媚びへつらい、鬼蝶の美貌に惑わされて足を開く者が多いが、若菜は違う。
 男しか知らなかった鬼蝶が、流れに任せて無理矢理彼女で童貞を捨て、陰陽寮で強姦してから、自分には絶対的な恐怖を感じていた。
 その怯える小ウサギのような表情と、愛らしい格好を見ると、愛らしい蝶の羽を毟りとるかのように密室の中で何度も犯したくなる。
 恐怖と快楽で泣き叫ぶ姿を想像するとそれだけで興奮した。

「あぁ……その顔、アハハ、その顔だよ! 僕が怖くて仕方無いって顔が堪らなく……可愛い。こらこらぁ、逃げられないってば」


 おぼつかない足取りで、鬼蝶から逃げようと、ベットから降りた瞬間、絨毯の上に座り込んだ若菜の腕を取って軽々と抱き上げると、西洋人形のように座らせ、跪いた。

「………はぁ……なにを、はぁ、する気、なの?」
「何って、もう直ぐ法眼様がこちらに来られるんだよ。それまでは暇でしょ? それに喉乾いたんじゃ無いかって思ってさ」


 美少年はベッドに手を付くと、濁った黒玉のような瞳で若菜を見つめて屈託の無い笑みを浮かべる。若菜から放たれる濃厚な澄んだ花の香りに、鼻孔から頭の先まで痺れるような快感を感じた。
 部屋には水が置かれていたが、すでにそれは空になっていて、鬼蝶が腰元に付けていた「ひょうたん」に目がいく。媚薬のせいなのか喉が異常な程に渇いて、今すぐにでも鬼蝶から奪い取って、飲んでしまいたい程だ。
 視線に気付いた鬼蝶は、クスクスと笑い若菜の髪の香りを嗅ぐように埋められ、耳朶に歯を立てられると媚薬のせいで普段よりも敏感になった体が、ビクンと大きく打ち震えた。


「やぁっ……んっ、さ、さわ、らない、でっ!」
「弱々しい抵抗だなぁ、若菜。さっきからさ、すっごい君の蜜の香りがするんだよねぇ。耳を噛んだだけで、砂糖みたいな声を出しちゃってさ。貞操具の下で、法眼様に愛撫されるのを待っている濡れ濡れの君の真処まんこからじゃない?」


 聞き慣れない言葉だった隠語も、鬼蝶のお陰で知識を得て、若菜は真っ赤になって項垂れた。震える肩と強く目を瞑る様子に魔少年は喉を鳴らして、耳元で囁いた。


「喉が乾いたでしょ? ほら……」
「……あっ……おねがい、水を……あっ」


 差し出されたひょうたんを取ろうとすると、魔少年は笑いながらそれを引っ込めた。困惑した様子の若菜の濡れた瞳を見つめながら、鬼蝶は片手で、蓋を開け、自らの口に含み若菜を引き寄せて口移した。
 強引に顎を開けさせ、流しこむと冷たい水が溢れて、口端から顎を伝い首筋に流れ込む。弱々しい指先で押しのけようとする若菜の口腔内に無理矢理舌を挿入し、犯すように舐られると快楽でぞわぞわと体が震えてくる。
 彼の胸板を叩いても、力は入らず華奢な両手首を片手で掴まれ、呼吸のリズムも無視して若菜の口腔内を犯した。


「んっ! んんぅっ! げほっ……んん、いや、やめっ」
「んん……はぁ、鞍馬山の水は美味しいでしょ? 僕に飲ませて貰って……はぁ、ありがとうございますは? 鬼蝶様、美味しいお水を飲ませて頂いてありがとうございます、って言ってごらんよ、ねぇ。言わないとさぁ……また犯しちゃうよ?」


 唾液を奪い取りながら舌を離し、口端から溢れ落ちた水を辿るように顎から首筋を舐められると若菜の震えた声が響いた。


「ゃっ、はぁっ、やだぁっ、き、きちょうさま、おいしい、おみずを、飲ませて頂いて、ありがと……うございっ、いやぁ!」

 熱い吐息を吐きながら、若菜の柔らかな首筋に分厚い舌先が這うと若菜の泣きそうな甘い声が部屋に響いた。


「のう、鬼蝶。その辺にしておけ。儂の楽しみが無くなるじゃろ」


 聞き慣れた声がして、美少年はハッと顔をあげると若菜から体を離した。そして鞍馬天狗の総大将である鬼一法眼きいちほうげんに、まるで蝶のように駆け寄ると抱きついた。心酔するように目を輝かせ、悪戯っぽく微笑んだ。


「ごめんなさい、法眼様。あんまり若菜が可愛いから意地悪したくなったんですよ。法眼様の楽しみを奪うなんてそんな事、僕がするわけないでしょ?」
「ああ、そうだな。大事な小鳥わかなは丁寧に扱わねばならんぞ。俺が呼ぶまで自室で待っていろ」
「ふふ、楽しみにしていますね!」


 二人の関係は、若菜にはとても奇妙に思えた。主従関係と言うより愛人、依存関係にある親子のようでもあるし、鬼蝶はまるで全能なる神を崇めるように法眼に心酔しているようにも見えた。
 法眼に口付けると、まるでひらひらと舞う蝶のように、部屋から飛び出していった。若菜はベッドの上で緊張したように、息を乱しながら法眼を見上げると、昼間の事など何事も無かったかのように人の良い笑顔を浮かべた。


「すまんのう、待たせてもうたな。ほら、喉が乾いたろう山の湧き水じゃ」


 警戒する気持ちもあるものの、喉の乾きに耐えられず、びいどろのグラスに入った水を飲み干しだ。隣にぴったりと座った法眼が飲み干したグラスを受け取ると、鍵を取り出しスカートを捲りあげて貞操具を外した。
 そして、若菜の肩を抱き寄せて腕に触れ、優しく頭を撫でてやった。その行為さえも、焦らされ体が熱くてなっていた若菜にとっては砂漠に一粒の水滴が落ちたように敏感に反応した。これが、法眼のやり口なのだろうか。

「んっ……ぁ、はぁ……」
「すまぬなぁ、貞操具は辛かったろう。じゃが儂が勤めをしている間に、良いころあいになったようだな。無垢で清浄な霊気が部屋に漂っている。小鳥は風切り羽根を切らねば、飛んでいってしまうからなぁ……さぁ、慰めてやろう」

 法眼は優しく髪に口付けると、立ち上がり跪いて若菜の両足を取ってベットに倒れこませた。そしてスッと表情を変えた。

「きゃっ……」
「鞍馬山で、お前に再会した時……俺は専用の鳥籠で鳴かせてやりたいと思っていた。時間はかかってしまったが、終わりよけれは全て良し。幼き日に俺に見初められた時から、逃れられぬ運命よ」

 両足の隙間からこちらを覗く鷹のような眼光は艶やかで野生的だ。レースの下に見えた茂みのない西洋人形ヴィスクドールのような、濡れた薄桃色の亀裂をじっくりと見つめた。
 
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