【R18】月に叢雲、花に風。

蒼琉璃

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第二部 天魔界編

壱、籠鳥雲を恋う―其の四―

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 晴明と朝まで激しく体を求められ、そのまま昏睡こんすいするように眠ってしまっていた。日が昇り初めた頃、優しく口付けられ、また退魔の仕事に戻ると耳元で囁かれた。夢見心地で晴明の言葉に頷くと若菜は太陽が空高く上がるまで深い眠りに落ちていた。

「ん……」

 久方ぶりの淫らな愛撫と絶頂に気怠げに蜜色の瞳を開けた。詩乃である魂の半分は兄様の晴明に愛される喜びに震え、若菜である心は逢えない義弟の朔を想って、頬に熱い雫が流れた。まるでこの体は一つなのに、二人の魂が宿っているようで、愛する二人の男性ひとに恋い焦がれていた。晴明はこれ以上無いくらいに優しく深く情熱的に若菜を溺愛してくれた。幸せな想いに満たされる感覚と、離れ離れになった最愛の義弟へ切なく、苦しい想いが複雑に絡まり合っていた。
 
 ――――朔は生きている。朔に逢いたい。例え第六天魔王の器になっていたとしても、彼を愛してる。

 若菜は涙を拭うと、肌襦袢はだじゅばんを身に着け着物を着込んだ。汗ばんだ体を綺麗にしたい、昨日の事を思い出して頬を染めた若菜は、晴明の部屋から出た。夜伽をしたのが久しぶりで、昼間まで自分の部屋に戻らなかった事を不審に思われるのではと思った若菜は、足早に自室に戻って湯浴みをしようと考えていた。
 ――――その瞬間。

『若菜……様……ようやく……貴女にお逢い出来ました』

 廊下に出ようと壁代かべしろを捲りあげると、そこには日本人形のような白髪のおかっぱ頭の白子の美少年が立っていた。雪のように白い肌だが、黒目がちの瞳の下にはクマが出来ている。少年陰陽師の服装は、今では懐かしい土御門家のものだった。
 若菜は思わず固まって蜜色の瞳を見開いた。どうして彼が結界を超えて、ここにいるのだろう。もしかして光明は死んでないのだろうか、と怖くなったが、朔によって首をはねられた事は今でも目に焼き付いているし、芦屋道満あしやどうまんが生きているならば、晴明も彼を討伐とうばつする為に動いている筈だと思い直した。何より、ほとんど接点が無かった白露しらつゆが、若菜に逢いたかったと言う事の方が不可思議だった。

「しら……つゆ? どうして……」
『光明様が死去し、白霞しらかすみも死にましたが、僕は……何故か消滅しませんでした。ずっと貴女を追い掛けて、キョウの都を探し続けていたのですが、異人の血を引く陰陽師も、例の事件で陰陽寮内で死亡したという噂しかなく。
 霊気を辿っても一切感じられませんでしたので、本当に亡くなったのではとさえ思いました。ですが、僕はキョウの都を巡り、僅かに若菜様の気が漏れる区域に気付いたのです』

 美しい式神だった妖魔の少年は、陰陽寮で最後に見た時よりもやつれている様子だった。主から離れた式神を見るのは生まれて初めてで、彼が、どんな状況かもわからない。紅雀は吉良と付き合う前は時々、キョウの都で男の精気を少し頂戴していたと聞いたが、白露は一体どうなのだろう。

「で、でも、ここは晴明様の結界が張られてるの、それなのにどうして入ってこれたの? それに、何だかとてもやつれているけど……大丈夫なの?」
『昨日、安倍晴明がこの神社に消えるのを見ました。僕は隙間から侵入し、式神達に気付かれないように身を潜めていたのです。お優しいですね、若菜様……はぁ』

 自分よりも背丈の低い美少年は、恍惚こうこつとした表情で若菜を見上げると、まるで蜜に引き寄せられるフラフラと近寄る。そして不意に若菜に抱きついた。
 華奢な体であるのに、抱きしめる力は大人の男性と同じくらい強い。まるで探し求めていた姉や母に縋るように顔を埋める少年に戸惑い、耳まで紅くなった。光明の式神でないならば彼は主不在の妖魔だ。人に危害を加えるような殺気は無いが、こんな事は初めてで若菜はどう対応して良いのかわからなかった。

「きやっ!! ま、待って、あのっ……」
『若菜様……、霊感の強い人間の男に春を売って精気を得て来ましたが限界です。あの日……光明様から蜜頂いてから、忘れられず、他の霊気を口にしても満たされなくて、吐き出してしまいます。どうか貴女の蜜を……僕を式神にして下さい」

 熱っぽい黒糖のような瞳がまるで男娼のように潤み、唇を近付けようとして慌てて顔を背ける。そして落ち着かせるように肩に両手を置いて顔を背けながら言った。

「だ、だめっ! 私はもう二人も式神がいるんだよ。その、無理なの……!」
『若菜様の為に、僕は何でもいたします。妖魔だって、法眼の指揮の元貴女を血眼になって探しているのですから……ここも、何時までも無事でいられる保証はありません』

 朔と自分を拐かそうとした、あの鞍馬天狗が血眼で自分を探しているという事実に困惑し青褪めた。天狗を良く知る吉良からは、間違っても上級妖魔の天狗には心を許すな、騙されるなと、全て敵だと思えと教えられていた。彼らは元人間であったり、他の妖魔よりも知性が高く残忍な性質なのだという。
 半年ほど、由衛や吉良に蜜を与えていないが、それが白露までになると体が持ちそうにないという事を、やんわりと濁す若菜の首筋に唇を押し当てられると、敏感に体が震えた。

『白蛇のガキが、何しとるんや。姫の式神を申し出るなんて、思い上がりもええとこやなぁ。ネズミの気配がするさかい、なんや思うてたら……、光明の死にぞこないの小間使いやとはな』
「あっ……ゆ、由衛?」

 不意に背後から腰を抱かれて引き剥がされると、背の高い白狐を見上げた。口端を釣り上げ金色の瞳がギラギラと輝いている。その表情は今にも白露をくびり殺しそうな勢いだった。その証拠に、若菜を抱きながら、腰元に携えていた刀の鞘に手を伸ばしている。
 白露はぐっと唇を噛み締めながら、拳を握りしめた。襲いかかってくるものかと思ったが目を伏せたまま項垂れると額を床につけて座り込んだ。

『式神にして欲しい等との身勝手さは百も承知です。どうか、お助け下さい若菜様……! このままでは……僕は消滅します』
『知ったこっちゃないわ。白蛇いうからにはお前、元々弁財天べんざいてんの使役やろ。それが堕ちて妖魔になったんやろうからなぁ。不可抗力で式神になったと言うても、主人が死ねば死ぬいう、心構えは出来とったはずや』

 確かに由衛の言う事は最もだが、頭を付けて震えながら死を恐れる、白露を見ると胸が傷んだ。いくら自分よりも永い時間を生きる式神とはいえ、自分よりも幼く見える少年だ。
 妖魔が自ら式神に志願すると言う事は、本来無いに等しい。その命を捧げ生死を共にするという究極の主従は、本来、陰陽師の方から無理矢理関係を結んでいるようなものだ。それを自ら望まなければならない状況というのは、よほど切羽がつまっている。式神とて真綿まわたで首を絞められるように死んで行くのは耐え難い事だろう。

「――――うん……でも、由衛。私はやっぱり見殺しに出来ないよ」
『姫……! 何を仰るのですか。本当にこのガ……この者を、式神に迎えるのですか!?』
「ううん、えっと……。また式神として縛り付けるのは可哀想だから、本当に辛い時だけ霊力をあげようかなって……それなら出来るよ? その、もちろん、しなくて、少しだけなら」

 式神としてではなく、自由にしてもらって本当に限界がくれば蜜を与えると言う事なら、白露を救ってあげる事ができるのでは無いだろうかと思った。相変わらず甘い考えの愛しい主人を溜息まじりに見つめた。相手に頼られれば、男女問わず無碍むげに出来ない性格の若菜なら引き受けてしまう。今までも、それで損な役回りもこなしてきたとう事は由衛も良く知っていた。

『若菜様……例え、貴女の式神にして頂けなくとも、僕は若菜様の為に働きます。僕はこう見えても、光明様の式神として密偵や情報収集を得意としていました。お役に立てる事もあると思います』
『人に危害を加えないって約束できる? それなら大丈夫だよ。晴明様にも私から言うから』
『もちろんです。僕は退魔師に目を付けられても厄介なので……、お客になった人間から少しずつ霊力を貰いました』

 白露は元が神の使役である白蛇である為、他の妖魔よりも理性的に考えているようで、若菜は少し安堵した。由衛はそんな二人を冷たく見ていたが、金の瞳をキュッと細めた。
 昼まで晴明の部屋で過ごしていた若菜に、何があったのかはおおよその想像は付く。ようやくあの魔王となった青二才を忘れる事が出来たのだろうか、と由衛は口端に笑みを浮かべた。
 晴明は詩乃と同じく育ての親であるので、婚姻する事は賛成だ。だが、愛する主人を思うと心の中で嫉妬と興奮が渦巻いていた。
 ――――愛する主人の蜜が欲しい。悪狐の悪い癖がむくむくと顔をもたげると言った。

『姫は本当にお優しいですね……。見た所この白蛇は随分と飢えているようです。姫が蜜を与えると言うならば、私がお手伝い致しましょう。姫のお部屋には今は吉良はおりませんから、その者を連れて……私も随分と空腹で力が入りませんから』
「う、うん……。由衛が手伝うの? わかった。でも、あの……体を綺麗にしてからでいい?」

 愛しい主の表情は、頬が羞恥で赤くなり目を泳がせていた。久方ぶりの儀式に恥ずかしそうにしている様子が堪らなく愛しく、由衛は金色の瞳を細めた。そして稲穂色の髪を愛しそうに撫でながら微笑む。

『大丈夫ですよ、姫。儀式をすればそのお身体は汗にまみれてしまいますからね。私がすみずみまで全部穢れをとって差し上げましょう』
『若菜様、嬉しいです……ようやく、貴女の清浄な霊力を吸収できます。でも、あの……僕は女性の方とは、あまりした事が無くて。戯れる時は女性主導にして頂くのです。ですから、若菜様ののです』

 二人の言葉に若菜は真っ赤になった。もう半年も儀式をしていないのだから、そろそろと言う当然の流れになる。由衛にも随分とひもじい思いをさせたが、何時まで経ってもこの淫らな儀式を割り切る事が出来ない。この穏やかで柔らかな日差しの中で、淫らで淫蕩いんとうな出来事が起こりそうで心臓が早鐘のように、脈打った。
 そんな若菜の手を由衛は握りしめると、三人は若菜の部屋へと向かった。
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