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第二部 天魔界編
壱、籠鳥雲を恋う―其の壱―
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土御門光明が死去し、陰陽寮が崩壊して半年後――――。
キョウの都は魔都と呼ばれるようになり、周辺には妖魔や中級天魔が蔓延りエドとの往来は困難を極めた。精鋭部隊でもあった陰陽師達が力尽き、都には修験僧やそれまで日陰の存在であった拝み屋達が、幕府に我先にと挙手をし、キョウに平安を取り戻す事を誓った。
こうして新たに幕府主導の元、帝をお守りする退魔寮が結成された。だが第六天魔王が扉を開く事によって放たれた強力な天魔や、妖魔を相手にするには、まだまだ彼等は力不足であった。それを補うかの如く、退魔寮のその影で暗躍するのは、安倍晴明―――その人だった。
吉良の話によれば、第六天、天魔界の扉が開かれてから数々の天魔達がこの世界に放たれた事により、妖魔達は結束を強める為に上級妖魔で最も力のある、天狗の鬼一法眼の元へと下ったのだという。個別でバラバラに行動する天魔よりも、今や妖魔の方が人間にとっては厄介で脅威的な存在になっている。
――――あれから、半年が経っても、第六天魔王となった朔の情報と音沙汰は無く。何処を探しても、義弟の存在がこの世界に居るという痕跡は無くなってしまった。若菜は必死に文献を読み漁り、魔王に関する情報を集めたが、器に関する事など、どこにも書いていなかった。それならば、キョウの都の人々の安全を護りながらも、義弟の手掛かりを外で探せないかと考えたが晴明は、若菜にこの屋敷と庭から外には出る事を禁じた。
自分がまだ未熟で足を引っ張ってしまうからなのか、と晴明に問い正したがそうでは無いと言う。
晴明は、若菜がこの屋敷から外出する事を良しとしなかった。彼がどれだけ自分を愛し、心配しているかは痛い程伝わってきたので強く反抗する事が出来ずにいた。晴明は、はっきりとその事を口にする事は無かったが、幾度も詩乃の輪廻転生を見てきた晴明にとって、今世こそ危険な目に合わせたくは無いと言う強い気持ちが理解できたからだ。
由衛も晴明も、人では無くなってしまった朔の事を忘れるようにと若菜に告げた。
第六天魔王になった朔は、もう若菜の知る義弟では無いかも知れない。だが、最愛の人を忘れる事など到底出来はしなかった。必ず朔を見付けて、彼を取り戻すと言う希望はどうしても捨てる事は出来なかった。
3ヶ月後程、若菜は塞ぎ込み、食事も喉を通らず憔悴した。だがやがて、自分が落ち込めば落ち込む程、周りの皆に迷惑を掛け苦しめてしまい、気を遣わせている事に段々と心苦しくなった。なるべく食事はきちんと取り、無理にでも笑顔を作って明るくいようと考えた。式神達や晴明の為にも、一人で泣く時以外は、朔の名前は口にしないと心に決めると普段通りに振る舞う事にする。
「ねぇ、由衛、吉良、晴明様が買ってきてくれたお団子食べよう。今日は私がお茶を点てるからね」
若菜はにこにこと微笑んで、茶道具とお団子の包みを二人に見せた。由衛は尻尾を振ると狐耳を動かして頬を染めるとうっとりと若菜を見つめると、くぐっと若菜に顔を近付けた。
『あぁ、姫じきじきに私にお茶を点てて下さるとは光栄の極みにございます。姫の愛らしいお口に、私が団子を食べさせて上げましょう』
「う、うん……」
相変わらず熱烈な由衛に、若菜はたじたじになりつつ頷いた。吉良と言えばちらりと肩越しに若菜を見ると頷いた。紅雀と離れ離れになってから、やはり狗神の表情にも陰りが見える。
若菜も吉良も彼女が生きていると信じているが、朔と同じく行方不明のまま、情報も、痕跡を辿る事が出来なかった。だが、何より若菜が無理に明るく振る舞っている事を心配しているようで気に掛けていた。当初は晴明に対して、反発的な態度を取っていた吉良も今ではそれなりに馴染んでいる。
『お前は、本当に甘党だなァ。ちぃとは茶を点てるのも上達したのか?』
吉良は欠伸をすると、起き上がり胡座をかくと、伸ばし始めた整った顎髭を撫でた。一見、伊達者で粋な風貌なのに犬の耳と尻尾が生えている様子は、可愛らしくも思える。|陰陽寮で仕事をしていた時よりも、調べ物をする以外は暇が出来た若菜は気を紛らわせる為に本を読み、試しに茶道なども始めてみた。
「前よりは上手に出来るよ! 由衛に飲んでもらって悪い所は言って貰って直してるから……たぶん」
『姫、文句を言うアホ犬にはお茶を点ててやる必要はありませんよ。姫と私の二人だけで特別なお時間を過ごしましょう』
由衛は、フンと鼻を鳴らすと若菜の腰を抱いて晴明に作って貰った茶道室へと向かった。呆れたように下心まるだしの悪狐と主を追うようにしぶしぶ立ち上がると、吉良は二人を追う。
吉良の心配事は想い人と、弟の様に可愛がっていた朔、あれほど地の底まで心が塞ぎ込み、そのまま衰弱して死んでしまうのでは無いかと思った若菜が、朔を忘れたかのように振る舞っている事。そして、ある一定の境界線を守ってそれなりに人間と共存していた妖魔達が、天狗の下について無意味な殺しを楽しんでいる事だ。
妖魔は人間と敵対するが、その殆どが、生きる為に必要な精気を奪ったり神隠しとしてあやかしの世界に迷い込んだ人間を奴隷にしたりする。だが、下級妖魔以上の知性のある者達が、それ以上に無意味な殺戮を行ってこの世の均衡を崩しているのだ。
噂によると、その中心には法眼の腹心である悪辣で残虐な鬼蝶という美少年天狗が指揮を取っていると言う。
キョウ周辺に自分のシマを待っていた吉良は、いつぞやの天狗の襲撃で多くの仲間を失ってしまった。若菜の式神になりあやかしの縄張り争いから退いたものの、生き延びた友が支配下にいるとなれば、情の厚い親分肌の吉良は黙ってはいられない。だが、若菜の許可が無くては自由に動く事は出来ない。
『全く、どいつもこいつも世話が焼けるぜ』
そう、苦笑すると吉良はため息を付いた。
✤✤✤
断末魔の悲鳴が響き、天魔が目の前で崩れ去ると、晴明は薙刀についた血を振るい落とした。既に夕刻は過ぎ、今日も多くの妖魔と天魔を狩ったた。これほど多くの退魔を行ったのは人と妖魔が、今よりも密接に関わっていた時代以来だ。
殺伐としたあのヘイアンの世を思い出しながら、式神達を引かせる。次から次へと沸く妖魔や天魔を倒す事に疲労感よりも喜びを感じるのは、たとえ隠居しようとも狩る者としての血がそれを欲しているのだろうか。それに、今は愛しい若菜がこの手の内にいると思えば、気力も霊力が漲るように思えた。
『晴明様、そろそろお帰りになられますか』
「今日も良く狩った。若菜が心配せぬように家路に着こう」
式神の問い掛けに、晴明は頷いた。
朔が第六天魔王の器になり、天魔達が住む六欲天と呼ばれる天魔界に向かってから半年が経った。若菜は随分と落ち込んだが最近では無理にでも笑顔を見せるようになってきた。それが痛々しくもあったが、寄り添い支えてやる事が唯一、自分の出来る事だと思っている。
若菜には屋敷から出る事を禁じた。
強い結界に護られた場所にいれば、木花之佐久夜毘売の加護を受け、あの奇跡のような無垢で純度の高く魅惑的な霊力を持つ彼女を隠す事が出来る。妖魔や天魔にとっては彼女は天からの恵みと同じ、喉から手が出るほど欲しい存在だ。
それに何より、ようやくこうして自分と縁が紡がれた若菜を誰の目にも触れさせたく無いと言う思いがある。幾年の時を越えて、愛した詩乃をこの手に抱けるのならば――――。
道満の呪いを解く為に儀式として、夜伽をしてから一度も彼女の体には触れていない。式神達も、塞ぎ込んだ若菜から蜜を貰う事を躊躇い、霊力を温存する為になるべく獣の姿で過ごしていたようだ。
情けないが、久方ぶりに若菜を抱いて肌の感触を思い出すと、どうしようもない愛しさと欲望に火が着いてしまった。
毎夜、彼女の事を強く想っていた。昼も夜も溶け合う程交わりたい、朔を忘れ去ってしまう位に愛したいと心が震えていた。毎夜、若菜が快楽に蜜色の瞳を濡らせ愛らしい声をあげ、何度も何度も自分の名を呼んで欲しいなどと邪な考えを抱いていた。
「私はもう、我慢が出来ぬようだ……若菜」
晴明は、自嘲気味に笑った。若菜を傷付けるつもりなど毛頭無いのに、どうしようもなく狂おしい程彼女を愛してる。身勝手な独占欲に狩られ、若菜を誰かに奪われる事を恐れているのだ。
ふと、止めどなく溢れる思考を遮るかのように、天空に何かの気配を感じて晴明は木陰に隠れた。
夕闇の空に淡く輝く白い羽根を持つ者が天高く舞っていた。キョウの都の人々が見れば恐らくあれを天魔や妖魔の類だと見間違える事だろう。だが、半神妖の晴明には見覚えがあった。
「――――あれは、天界人か。魔王が復活すれば、普段は外界に無関心な天界も黙ってはおらぬと言う訳だな」
恐らくは天界人の監視兵、第六天魔王が復活を果たした事で、外界の様子を偵察しに来たのだろう。実は天界人に見つかる事は、半妖神にとっては厄介な事だった。
神の血を引く者が下界に降りたままでは、彼等にとって都合が悪いのか、何度か天界に戻るようにと要請を受けていた。詩乃の魂を護る為に、外界に留まっていた晴明だが、元より古今東西の様々な神が住まう天界は安住の地として魅力的な場所では無い。
葛の葉が晴明を置いて天界に向う時、隙間から垣間見たそこは、夢のように美しくそして悲しかった。自分を捨てた母が、天界に居るのだと思うと気持ちが落ち着かず、母を強く慕い思う気持ちと、人の世に捨て去られた恨みが胸中で交差するからだ。
『童子丸……』
幼名を呼ぶ、母の面影を思い出すと晴明は目を閉じた。そして天界人が去るのを確認すると、晴明は足早に若菜の待つ屋敷へと戻る。美しく凛としたその面差しの奥に秘めた欲望を抑えながら。
キョウの都は魔都と呼ばれるようになり、周辺には妖魔や中級天魔が蔓延りエドとの往来は困難を極めた。精鋭部隊でもあった陰陽師達が力尽き、都には修験僧やそれまで日陰の存在であった拝み屋達が、幕府に我先にと挙手をし、キョウに平安を取り戻す事を誓った。
こうして新たに幕府主導の元、帝をお守りする退魔寮が結成された。だが第六天魔王が扉を開く事によって放たれた強力な天魔や、妖魔を相手にするには、まだまだ彼等は力不足であった。それを補うかの如く、退魔寮のその影で暗躍するのは、安倍晴明―――その人だった。
吉良の話によれば、第六天、天魔界の扉が開かれてから数々の天魔達がこの世界に放たれた事により、妖魔達は結束を強める為に上級妖魔で最も力のある、天狗の鬼一法眼の元へと下ったのだという。個別でバラバラに行動する天魔よりも、今や妖魔の方が人間にとっては厄介で脅威的な存在になっている。
――――あれから、半年が経っても、第六天魔王となった朔の情報と音沙汰は無く。何処を探しても、義弟の存在がこの世界に居るという痕跡は無くなってしまった。若菜は必死に文献を読み漁り、魔王に関する情報を集めたが、器に関する事など、どこにも書いていなかった。それならば、キョウの都の人々の安全を護りながらも、義弟の手掛かりを外で探せないかと考えたが晴明は、若菜にこの屋敷と庭から外には出る事を禁じた。
自分がまだ未熟で足を引っ張ってしまうからなのか、と晴明に問い正したがそうでは無いと言う。
晴明は、若菜がこの屋敷から外出する事を良しとしなかった。彼がどれだけ自分を愛し、心配しているかは痛い程伝わってきたので強く反抗する事が出来ずにいた。晴明は、はっきりとその事を口にする事は無かったが、幾度も詩乃の輪廻転生を見てきた晴明にとって、今世こそ危険な目に合わせたくは無いと言う強い気持ちが理解できたからだ。
由衛も晴明も、人では無くなってしまった朔の事を忘れるようにと若菜に告げた。
第六天魔王になった朔は、もう若菜の知る義弟では無いかも知れない。だが、最愛の人を忘れる事など到底出来はしなかった。必ず朔を見付けて、彼を取り戻すと言う希望はどうしても捨てる事は出来なかった。
3ヶ月後程、若菜は塞ぎ込み、食事も喉を通らず憔悴した。だがやがて、自分が落ち込めば落ち込む程、周りの皆に迷惑を掛け苦しめてしまい、気を遣わせている事に段々と心苦しくなった。なるべく食事はきちんと取り、無理にでも笑顔を作って明るくいようと考えた。式神達や晴明の為にも、一人で泣く時以外は、朔の名前は口にしないと心に決めると普段通りに振る舞う事にする。
「ねぇ、由衛、吉良、晴明様が買ってきてくれたお団子食べよう。今日は私がお茶を点てるからね」
若菜はにこにこと微笑んで、茶道具とお団子の包みを二人に見せた。由衛は尻尾を振ると狐耳を動かして頬を染めるとうっとりと若菜を見つめると、くぐっと若菜に顔を近付けた。
『あぁ、姫じきじきに私にお茶を点てて下さるとは光栄の極みにございます。姫の愛らしいお口に、私が団子を食べさせて上げましょう』
「う、うん……」
相変わらず熱烈な由衛に、若菜はたじたじになりつつ頷いた。吉良と言えばちらりと肩越しに若菜を見ると頷いた。紅雀と離れ離れになってから、やはり狗神の表情にも陰りが見える。
若菜も吉良も彼女が生きていると信じているが、朔と同じく行方不明のまま、情報も、痕跡を辿る事が出来なかった。だが、何より若菜が無理に明るく振る舞っている事を心配しているようで気に掛けていた。当初は晴明に対して、反発的な態度を取っていた吉良も今ではそれなりに馴染んでいる。
『お前は、本当に甘党だなァ。ちぃとは茶を点てるのも上達したのか?』
吉良は欠伸をすると、起き上がり胡座をかくと、伸ばし始めた整った顎髭を撫でた。一見、伊達者で粋な風貌なのに犬の耳と尻尾が生えている様子は、可愛らしくも思える。|陰陽寮で仕事をしていた時よりも、調べ物をする以外は暇が出来た若菜は気を紛らわせる為に本を読み、試しに茶道なども始めてみた。
「前よりは上手に出来るよ! 由衛に飲んでもらって悪い所は言って貰って直してるから……たぶん」
『姫、文句を言うアホ犬にはお茶を点ててやる必要はありませんよ。姫と私の二人だけで特別なお時間を過ごしましょう』
由衛は、フンと鼻を鳴らすと若菜の腰を抱いて晴明に作って貰った茶道室へと向かった。呆れたように下心まるだしの悪狐と主を追うようにしぶしぶ立ち上がると、吉良は二人を追う。
吉良の心配事は想い人と、弟の様に可愛がっていた朔、あれほど地の底まで心が塞ぎ込み、そのまま衰弱して死んでしまうのでは無いかと思った若菜が、朔を忘れたかのように振る舞っている事。そして、ある一定の境界線を守ってそれなりに人間と共存していた妖魔達が、天狗の下について無意味な殺しを楽しんでいる事だ。
妖魔は人間と敵対するが、その殆どが、生きる為に必要な精気を奪ったり神隠しとしてあやかしの世界に迷い込んだ人間を奴隷にしたりする。だが、下級妖魔以上の知性のある者達が、それ以上に無意味な殺戮を行ってこの世の均衡を崩しているのだ。
噂によると、その中心には法眼の腹心である悪辣で残虐な鬼蝶という美少年天狗が指揮を取っていると言う。
キョウ周辺に自分のシマを待っていた吉良は、いつぞやの天狗の襲撃で多くの仲間を失ってしまった。若菜の式神になりあやかしの縄張り争いから退いたものの、生き延びた友が支配下にいるとなれば、情の厚い親分肌の吉良は黙ってはいられない。だが、若菜の許可が無くては自由に動く事は出来ない。
『全く、どいつもこいつも世話が焼けるぜ』
そう、苦笑すると吉良はため息を付いた。
✤✤✤
断末魔の悲鳴が響き、天魔が目の前で崩れ去ると、晴明は薙刀についた血を振るい落とした。既に夕刻は過ぎ、今日も多くの妖魔と天魔を狩ったた。これほど多くの退魔を行ったのは人と妖魔が、今よりも密接に関わっていた時代以来だ。
殺伐としたあのヘイアンの世を思い出しながら、式神達を引かせる。次から次へと沸く妖魔や天魔を倒す事に疲労感よりも喜びを感じるのは、たとえ隠居しようとも狩る者としての血がそれを欲しているのだろうか。それに、今は愛しい若菜がこの手の内にいると思えば、気力も霊力が漲るように思えた。
『晴明様、そろそろお帰りになられますか』
「今日も良く狩った。若菜が心配せぬように家路に着こう」
式神の問い掛けに、晴明は頷いた。
朔が第六天魔王の器になり、天魔達が住む六欲天と呼ばれる天魔界に向かってから半年が経った。若菜は随分と落ち込んだが最近では無理にでも笑顔を見せるようになってきた。それが痛々しくもあったが、寄り添い支えてやる事が唯一、自分の出来る事だと思っている。
若菜には屋敷から出る事を禁じた。
強い結界に護られた場所にいれば、木花之佐久夜毘売の加護を受け、あの奇跡のような無垢で純度の高く魅惑的な霊力を持つ彼女を隠す事が出来る。妖魔や天魔にとっては彼女は天からの恵みと同じ、喉から手が出るほど欲しい存在だ。
それに何より、ようやくこうして自分と縁が紡がれた若菜を誰の目にも触れさせたく無いと言う思いがある。幾年の時を越えて、愛した詩乃をこの手に抱けるのならば――――。
道満の呪いを解く為に儀式として、夜伽をしてから一度も彼女の体には触れていない。式神達も、塞ぎ込んだ若菜から蜜を貰う事を躊躇い、霊力を温存する為になるべく獣の姿で過ごしていたようだ。
情けないが、久方ぶりに若菜を抱いて肌の感触を思い出すと、どうしようもない愛しさと欲望に火が着いてしまった。
毎夜、彼女の事を強く想っていた。昼も夜も溶け合う程交わりたい、朔を忘れ去ってしまう位に愛したいと心が震えていた。毎夜、若菜が快楽に蜜色の瞳を濡らせ愛らしい声をあげ、何度も何度も自分の名を呼んで欲しいなどと邪な考えを抱いていた。
「私はもう、我慢が出来ぬようだ……若菜」
晴明は、自嘲気味に笑った。若菜を傷付けるつもりなど毛頭無いのに、どうしようもなく狂おしい程彼女を愛してる。身勝手な独占欲に狩られ、若菜を誰かに奪われる事を恐れているのだ。
ふと、止めどなく溢れる思考を遮るかのように、天空に何かの気配を感じて晴明は木陰に隠れた。
夕闇の空に淡く輝く白い羽根を持つ者が天高く舞っていた。キョウの都の人々が見れば恐らくあれを天魔や妖魔の類だと見間違える事だろう。だが、半神妖の晴明には見覚えがあった。
「――――あれは、天界人か。魔王が復活すれば、普段は外界に無関心な天界も黙ってはおらぬと言う訳だな」
恐らくは天界人の監視兵、第六天魔王が復活を果たした事で、外界の様子を偵察しに来たのだろう。実は天界人に見つかる事は、半妖神にとっては厄介な事だった。
神の血を引く者が下界に降りたままでは、彼等にとって都合が悪いのか、何度か天界に戻るようにと要請を受けていた。詩乃の魂を護る為に、外界に留まっていた晴明だが、元より古今東西の様々な神が住まう天界は安住の地として魅力的な場所では無い。
葛の葉が晴明を置いて天界に向う時、隙間から垣間見たそこは、夢のように美しくそして悲しかった。自分を捨てた母が、天界に居るのだと思うと気持ちが落ち着かず、母を強く慕い思う気持ちと、人の世に捨て去られた恨みが胸中で交差するからだ。
『童子丸……』
幼名を呼ぶ、母の面影を思い出すと晴明は目を閉じた。そして天界人が去るのを確認すると、晴明は足早に若菜の待つ屋敷へと戻る。美しく凛としたその面差しの奥に秘めた欲望を抑えながら。
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