【R18】月に叢雲、花に風。

蒼琉璃

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拾、傾国の華―其の四―

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 予想通りの反応だったが、煩わしい気持ちで一杯だった。下らない茶番に時間を取られる事にいい加減うんざりとしていた光明はため息を付いた。

「……琥太郎、これはお前の教養と信頼、そして能力を買っての任命ですよ。エドに居る門下も多忙で、手が回らないと……嘆きの文を私によこす位なのですから」

 そう言うと自分の髪を櫛でとかせていた白露しらつゆの手を止めさせ、白霞しらかすみと同様に、脇に控えさせた。
 目の前に居るのは、怒りと絶望に体を震わせ、拳を、太ももの上できゅっと握りしめている琥太郎だった。
 ――――話は簡単なものだ。
 妖魔討伐で命を落とした陰陽師の後任として、エドに着任するという事だ。
 都に武士が居るように、幕府にも少人数だが陰陽師を派遣している。互いを見張る為でもあり、互いに恩を売っておけば表向き帝と幕府の関係は良好と言えるようなものになる。

「ですが、貴方に……光明様のお側に使える事が私の生きる意味……。光明のお役に立てるのは…西園寺姉弟でも……あの陰間でもありません」

 声を詰まらせながら、琥太郎は強い口調で抗議した。この異動は、はっきりと言ってしまえば、無能な部下を左遷する為の口実である。
 と言うのも、琥太郎の家柄は申し分は無いが、
 側近としての優秀さで言えば朔の方が上で、側近補佐の愛弟子である若菜の方が、内務も依頼も実績がある。そして、夕霧が陰陽寮に来た今では愛人としての役目御免と言う所だ。
 二日後の試験で、次の直弟子を決める。
 短時間で、めきめきと能力を開花させ、式神にする事すら難しい烏天狗を、従わせた夕霧が問題なく合格するだろう。
 彼が愛弟子となり、そして若菜が琥太郎の変わりに側近になる。
 つまり、若菜を正式に右腕にし愛人にするのだ。更にはあの美しい朔を、自分の『永代の器』とした暁には若菜を正妻にし、夕霧を側近にすれば良いと考えていた。

 晴明の愛する娘を妻にし、あの男を捕らえ、あの男の目の前で処女を奪われ、仕込まれたあの美しく、愛らしい、肉体を貪り鳴かして、あの男に絶望を味合わせてやりたかった。
 それを考えただけでも光明は背筋にぞくぞくてした快感を感じる。

「――――聞き分けがない子ですねぇ、私も年に一度エドに出向くのは良く知っているでしょう。その時にお前とも逢えますよ。そしてお前も、私に逢いに正月にでも帰郷すれば良いでしょう」

 光明の言葉に唇を噛み締め、渋々、承諾するように返事をした。そして不意に彼が顔を上げると問い掛けた。

「……私の後を継ぐ側近は……?」
「勿論、朔の義姉である若菜ですよ。あの娘はああ見えて優秀な娘ですからね。姉弟で私の片腕になって貰います。三日後には、お前の部屋をあてがいます」

 琥太郎は頭が殴られたような気がした。あの、異国の血が混じった穢らわしい娘が自分の変わりに側近になり、自室を好きなように使うのだ。女嫌いで、異国嫌いの琥太郎にとって、あの陰間上がりの夕霧が側近になった方がましだ。

「…………そうで……、御座いますか……。あの毛唐の娘が……。部屋は、明日中に明け渡します」

 先程まで駄々をこねていた琥太郎が、以外にもすんなりと了承したので、光明は僅かに眉をひそめた。この男の、神経質で気位の高い性格なら金切り声をあげても可笑しくは無い。

「ええ。エドの住まいには前任者が残した家具がそのままあるので、御使いなさい。お前の家具は売れば小遣いにはなるでしょう。
 そうそう、エドの陰間も上方と違い元気があって良いものですよ。さぁ、お行きなさい」

 琥太郎はゆらりと立ち上がると頭を下げ、部屋を出ていった。
 その後ろ姿を、光明は氷のような目で見つめていた。これ以上駄々を捏ねるようなら、幕府行きよりももっと過酷な命を出すべきか、と思っていた。その結果、琥太郎の命が散っても構いはしなかった。
 光明は、用済みになった人間に何の感情も抱く事はなく、情も掛ける事はない。
 例え自分に忠誠を誓い愛を捧げていてもだ。
 琥太郎の愛は、光明を唯一人独占したいと言うもので頑固で融通が効かない。火遊びにしか過ぎない関係に、彼の想いは窮屈きゅつくつすぎる。
 だが、あの妙な冷静さが引っ掛かった。

 ふと、光明は白霞を呼ぶように顎を上げるとスッと隣に現れた。白子の美しい少女は首を傾げて、横から抱き付くように覗き込む。

『なんですの、光明様』
「――――琥太郎の様子が気になるので、暫く見張っておきなさい。今回は報告だけで良いですよ」

 報告だけで、と言う言葉に少し不満そうに口を尖らせるが苦笑しつつ彼女を見上げた。

「……ちゃんと、お前の為に獲物を用意してあるので楽しみにしていなさい」
『きゃあ! やったぁ~、光明様だぁいすき! 可愛いおなごが良いけど、豚みたいな悲鳴をあげる男でもいいですの、楽しみ……ウフフフ』

 無邪気にはしゃぐ白霞の口が、大きく裂けるほどつり上がり、美しい顔には似つかわしくない程の毒々しく、禍々しい笑みを浮かべた。
 白霞は、囚人を拷問して殺す事が一番の楽しみとしており、光明に批判的な者、裏切り者、密偵等の獲物を時々こうしてご褒美に頂く。楽しげに光明の頬に口付けると、感情を無くしたように無表情になり、空間が歪んだかと思うと姿を消した。

「さて………白露、例のものは出来ましたか?」
『はい、光明様。先刻、職人より譲り受けました』

 妹に変わって、兄の白露が彼の前に姿を表すと頷き恭しく漆の箱を手渡した。
 それを取ると光明はゆっくりと箱を開ける。
 珊瑚の首飾りに、深紅の勾玉が付いてある。満足そうに笑みを浮かべると目を細めた。

「――――やはり、良い腕を持っていますねぇ。あの娘の白い肌に良く似合う美しい珊瑚です。あの男、晴明の勾玉は、粉々に砕け散ってしまって、ただのガラクタになり下がりましたからねぇ………クックックック。若菜を守る為に私が術をかけておきましょう」

 そして、若菜の為に作らせた側近の服は、清楚でそれでいて、華やかな巫女服を改良した陰陽師の服になっていた。

「此方の方も明後日の式に間に合いましたね……私好みの清楚で華やかで愛らしいものです」

 若菜の稲穂の髪が良く似合うように仕立てた。
 無論、朔が側近になった時も、更には琥太郎の時も与えてやったが今回はそれ以上に上質で美しく高価なものだった。
 愛弟子から側近になれば、更に躾をしなくてはならないと口角を吊り上げて笑みを浮かべた。
 自分の好む服で着飾り、意のままに操りそして永遠の愛と忠誠を誓わせる事だ。
 そしてあの男、安倍晴明の前で絶望を味合わせる。
 詩乃の時は叶わなかった安倍晴明を生き地獄に落とす、と言う願いを今生こそは成就させる。
 晴明は不老不死の半妖神だ、幾らでも長い時間拷問を楽しめる。憎々しい晴明が苦しむ姿を考えただけで、心の中に自虐的な仄暗い喜びで一杯になった。

『ええ、若菜様に良くお似合いになられると思います』

 白露の言葉に、光明は妖艶に微笑むと彼の頬を撫でた。
「この正装を若菜に届けなさい。勾玉は私が直接、若菜に着けてやりましょう」

 白露は表情を変えぬまま、静かに部屋を去っていった。着々と、次世代への準備は出来上がって来ている。
 朔を永遠の器にし、第六天魔王を崇め不老不死になり帝と幕府を手中に収める。
 何れ、この日本中の人間が自分に跪き、富を名声と権力を永劫に手に入れる。
 そして、気に入った美しい者だけを自分の元に集め自分だけの酒池肉林の地上の楽園を作り上げる。
 己の欲望の為なら全て利用し、踏み付けるのが彼の本性だった。


 琥太郎は、廊下をミシミシと踏みしめながら項垂れていた。重苦しい気持ちで自室に入り、見慣れた部屋を見渡すと沸々と抱いていた想いが強い形になる。
 あの毛唐の穢れた血を引く娘を、この陰陽寮に置いてはならない。
 間違いなく、あの娘は光明様にとって害をなすものだ。朔もろとも、葬り去る事が出来れば、また自分が、愛する師匠の元に戻る他ないと考えていた。だからこそ、慎重に機会を伺わねばなるまい。
 あの姉弟が陰陽寮から離れ、二人きりになった時を狙わねば。
 ふと、琥太郎は脳裏にある男達が浮かんだ。酒と女、賭博が過ぎて陰陽寮を破門された陰陽師達だ。
 梅澤うめざわという男で、家柄は良かったが半ば勘当されるように陰陽寮に押し付けられた。下手に霊力がある為、光明も大目に見ていたが、度重なる狼藉ろうぜきで、朔の助言に従い破門した。
 梅澤と、その取り巻きの居場所は既にわかっている。
 梅澤は問答無用で破門され、朔を逆恨みしていた。小判鮫のように付き従う彼等もまた小悪党たが、陰陽師としての腕は確かだ。更に自分も加われば朔に手こずっても、若菜を確実に殺す事は出来るだろう。

「ーー礼華れいか、今から文を書くので、少し使いに出てくれないか」

 部屋に行灯の光を灯すと同時に、蜥蜴とかげの式神が姿を表した。青白い顔の美丈夫は無表情で頷いた。

 ✤✤✤
 ーーーそして、黄昏れ時には、陰陽寮から破門され本家からも勘当され小さな屋敷と数人の女中を宛行われた梅澤の所に、礼華は居た。

 そこには、金魚のフンのように付いて回る三人の男達の姿もある。
 そこいらに、ひょうたんが転がり酒臭い匂いと、男と女がまぐわった香りがする。
 上半身裸体を晒した最下級の私娼の総嫁そうかだろうか、女達が着物をたぐり寄せ金を受け取ると、式神を気にするようにしながら、そそくさとその場を後にした。

「なんだよ、もう帰るのかよ! 全く愛想のねェ女どもだ……で、今更琥太郎様の用ってのは一体なんなんですかねェ……本人がこねぇで、式神をよこすとは俺も甘く見られたもんよ」

 総嫁達が出ていった戸口に罵声を浴びせつつ、嫌味を言う梅澤の姿は、無精髭ぶしょうひげで落ちぶれた浪人のようだ。
 着ている服も、陰陽寮にいた時とは比べ物にならない位に質素なものになっている。同じく取り巻き連中もチンピラような出で立ちで、式神を見て鼻で笑った。

『琥太郎様からの文を預かっている。読んで返事をくれ』

 訝しむように梅澤は式神から手紙を受け取ると、一通り目を通して口角を吊り上げ取り巻き達に手紙を放り投げた。それに群がるように男達は顔を近付ける。

「ハッハッハ、これは面白い依頼じゃねぇか!銭も弾むようだし受けてやる……!」
「梅澤さん、こりゃ……最高の遊びになりそうですね!」
「梅澤さんと俺達が本気出せば簡単ですぜ!」

 興奮するように口々に梅澤を持ち上げる彼等を落ち着かせるように、酒を煽って両手で制すると、胡座をかきながら挑むように青白い顔の式神を見上げた。

「朔は、俺達で始末して良いんだな? 煮るなり焼くなり好きにして良いなら、身ぐるみはがして、あの綺麗な顔をボコボコにしてやりてぇな! 姉の方はどうするか、朔の目の前で犯して殺すのも良いが、郭か何処ぞの物好きな富豪にでも売り飛ばしてもいい……金になりそうだ。それか……そうだ……俺達が、毎晩この部屋で気が触れるまで犯して壊してやるのもいいな、南蛮の血の入った女は初めてだから、味見しねぇとな」

 その言葉に賛同するように悪党達は大笑いした。
 ギラギラと梅澤の目は復讐の憎悪で鈍く光り、取り巻き達の薄笑いが部屋に気味悪く響く。
 無表情でそれを見ていた礼華だが、ふと声を掛けた。

『……お前たちの返事を、今伝えた所…琥太郎様はそれで良いと仰られた。交渉は成立だな。
 琥太郎様が指示をするので、その合図で動いてくれ。実行する刻はそう遠くはない……近日になる、それまでどんな方法でも良い、策を練り力を付けてくれとの事だ』

「了解……お前の主人に宜しくと伝えて置いてくれよ!」

 梅澤の言葉も聞く間もなく、式神は一方的に告げると、礼華はするりと障子の隙間から煙のように抜け出した。
 今迄騒いでいた男達は声を潜め、悪知恵を働かせるように蝋燭の火に灯された互いの赤黒い顔を見つめ合い、悪人の面構えでヒソヒソと話し合っていた。
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