【R18】月に叢雲、花に風。

蒼琉璃

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玖、あやかしと蜜絞り―其の参―

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 川から土手へと這い昇ってくる餓鬼の群れを凪ぎ払うように、紅雀の紅蓮の炎が放たれる。
 沙絵は鉤爪で餓鬼を切り裂いて、青い炎は幾つ分裂しながら後方から攻撃させている。
 林から現れた蟷螂女を、由衛と吉良が攻撃を交わしながら斬り込んでいった。
 魑魅魍魎を忠徳とで蹴散らせながら、由衛達の攻撃の合間に呪符を投げつける。
 妖魔を弱らせ、忠徳と二人で印を描き呪文を唱えると断末魔の声をあげて息耐えた。しかし魑魅魍魎達は次から次へと沸き上がっていった。

『………この餓鬼達……はぁ、後から後から沸いてくる……』

 沙絵がそう言うと、紅雀は燃やしながらふと何かに気付いたようにその動きを直視した。
 どの餓鬼も若菜を目指して土手を上がろうとしている。それは魑魅魍魎でも同じだった。何度雑魚を薙ぎ倒しても、若菜の霊力に誘われて、目を爛々と輝かせた飢えた魔物が

『アカン! ……こいつら霊力の高い姫を狙ってきよる!』
『おい、若菜! 俺達の側にこい!』

 由衛と吉良が緊迫した声で呼び掛けてくる。
 必死に、餓鬼と魑魅魍魎を退魔していくが、このまま持久戦が続けば、何れ忠徳も、若菜も霊力の限界を超える。
 そうなれば、一心同体である式神達の命も、危険に曝される事になる。

「このままじゃ……だめ……私が引きつける!」

 若菜はそう叫ぶと、踵を返して走り出した。
 案の定、餓鬼と魑魅魍魎達が、若菜を目掛けて追い掛けてくる。式神達の声を遠くに聞きながら、追い縋ってくる下級妖魔を退けていく。下級妖魔を倒すのは造作もないが、如何せん数が多すぎる。
 幾ら倒してもきりがない。
 出来るだけ皆と、都から離れるようにして全速力で走っていたが、やがて呼吸が苦しくなり、一度立ち止まって彼等を睨み付ける。
 都から反対側に逃げてきたのは人々から遠ざけるものだったが、暗くなった土手は足場が悪く、人気の無い場所は更に妖気は濃くなっていった。
 じわじわと躙りよる妖魔に、体勢を整える為に後退した瞬間、泥濘ぬかるんだ土に足を取られて若菜の体がふわりと宙に浮いた。

「――――っ!!」

 そのまま地面に転がり落ちるかと思った瞬間、誰かに、腰を抱かれ背中に人の温もりを感じて若菜は目を見開いた。
 地面から、自分の体は離れて宙を浮いており、遥か下の地上では、餓鬼と魑魅魍魎達が、若菜に向かって唸り声をあげていた。
 ―――由衛だろうか、と若菜は顔をあげた。
 月の光を浴びた銀の短い髪、そして美しい薄青の切れ長の瞳。まるで凛とした神木のような清浄な気を纏った青年からは、檜のような香の薫りが立ち込めていた。
 ――――高貴な白の仮衣は神聖さえ感じる。
 誰とも被る事の無い、その美しい横顔を見た瞬間、全く知らない男性ひとなのに、とても懐かしいような、切ないような心臓が締め付けられるような気になった。胸の鼓動が早い。

「――――無事か」

 若菜の視線を感じたのか、ふと静かに自分を見ると問いかけてくる。声音は低く穏やかで何処か厳格さが感じられるが、優しい眼差しだった。
 我に返った若菜は慌てて、この人は一体誰なんだろうか、と必死に心臓の鼓動を整えながら若菜はあれこれ考えを巡らせた。
 先ほど話していた、噂の土御門に属さぬ陰陽師だろうか。

「は、はい……大丈夫です」

 男性は頷くと空中に浮いたまま目線の先を餓鬼と魑魅魍魎達に向けると、唇の前に人差し指と中指を寄せてスッと目を細める。

「急急如意令」

 そう呟いた瞬間五芒星が地面から浮き上がり、その場にいた餓鬼が一瞬にして消し飛ばされると、ゆっくりと地面に降り立つ。
 魑魅魍魎達は、僅かに警戒し、突如現れた陰陽師に、恐れ戦いている。
 若菜の腰から手を離した陰陽師は、歩みを進めつつ五芒星を指で描くと、目を見開いた。
 強い光に包まれると魑魅魍魎達は蒸発するように消えていく。魔物達がその場から消え去ると、白夜の月のような銀髪の髪は漆黒に変わり、振り向いた瞳は同じく黒い。
 涼しげな無表情で、此方への敵意は全く感じられない。若菜は、探るように蜜色の瞳でじっと彼を見上げた。
 まるで木漏れ日のように優しい眼差しは、若菜の心をかき乱した。

「怪我はないか? お主の仲間も、私の式神に加勢をさせたので問題はない」
「え、あっ……はい、ありがとう……ございます」 

 若菜はようやく我に帰ると、慌てて頭を深く下げる。それと同時に前方から、若菜を追い掛けるように慌てた様子で由衛と吉良、そして忠徳と紅雀、沙絵と走り寄ってくる。

『姫! ご無事でしたか!! お怪我はございませ……っ、せい……!』

 若菜の隣にいる陰陽師の姿を見た瞬間、由衛は言葉を詰まらせた。思わずその名を口にしようとした瞬間、晴明が制するようにスッと目を細めたので由衛は、思わず言葉を飲み込んだ。
 それとは対象的に、吉良は側に立っていた陰陽師を警戒するように唸り声をあげながら刀を構えた。

『てめェ……誰だ? 若菜から離れろ』
「吉良……ま、待って! ち、違うのこの人に助けて貰ったの!」

 若菜が慌てて取り繕って前に出るが、晴明は一切動じる事もなく吉良を見ると、ふと笑みを溢した。

「――――良い主のようだな。吉良よ」
『なんで……俺の名前を』

 唸るように吉良が呟いた。その言葉に僅かな違和感を感じて眉を潜めた。男は全く意に解する事無く、彼等の間をすり抜けて立ち去ろうとしたので、若菜は慌てて追い掛けて、思わず彼の袖を握った。

「ま、待って! あの、お礼を……お名前もまだ聞いてません」
  「礼には及ばぬ。この辺りはまだ魔の気配が強い。私は此処を浄化せねばならぬ。お主は皆と共に帰るが良い」

 若菜の手を、優しく握るとそっと自分の袖から離した。思わず触れてしまった無礼を謝ると、振り返りもせず去って行く陰陽師の背中を見守った。

『何、あの色男。土御門の陰陽師じゃ無いようだねェ。あんな霊力がバカ強いなら、私が知らない筈ないし』
『……もしかして、忠徳様が……仰っていた方……?』
「そうかもしれない。あの服は土御門一門のものではないし、あれだけいた魑魅魍魎も、餓鬼も短時間で浄化するとは……それに鬼の式神は、あの男のものだろう」
『気味の悪い奴だ……信用ならねェな』

 口々に感想を述べる彼等に、珍しく由衛は咳払いする。
  
『ともかく、またあんな雑魚集団相手するのは後免やさかい、陰陽寮に帰るで。疲れたわ……さ、姫様も行きましょう』

 由衛の言葉に、珍しく現実に引き戻された各々は頷いた。下級妖魔とはいえ連続で何度も戦えば体は疲労し霊力も消耗する。あの陰陽師の真意は解らないが、一先ずあの男に任せようと言う事になった。
 若菜は、由衛に肩を抱かれながら踵を返し、
 この胸のざわめきが、一体何かのかと何度も自分に問いただした。嫌な予感や、恐怖ではない。とても大事な事を忘れているような、そんなもどかしいざわめきだ。

 晴明はふと立ち止まると、見えなくなりつつある若菜の背中を振り返って見つめた。
 二度と触れる事など叶わぬ、と思っていた詩乃に触れてしまった。
 指先の温もりを思い出すように、手を握りしめると、溜息を付いて苦し気に目を閉じた。
 幾つもの時代を越えても、遠くから見守り、永遠の愛を誓った最愛の人の温もりは、冷えきった心を溶かすには充分だった。


 ✤✤✤✤

 陰陽寮に帰ると疲れきった体を湯殿で綺麗にして、若菜は自室へ戻った。
 今宵は、忙しい朔も自室で休養を取り、どうやら光明もここ数日の公務に追われているようで、夜伽の呼び出しも掛からず安堵の溜息を付いた。今日は、沢山の事が一度に起こってしまい、まだ頭が整理できずにいる。
 ふと、縁側に面した部屋の行灯が、ゆらゆら明かりを灯しているのに気が付き、障子を開けた。

「吉良……? 今日は紅雀の所には行かないの?」
  
 そこには由衛の姿はなく、吉良が膝を立てながら、行灯の光にゆらゆらと彩られていた。傷跡になっている腕を、濡れた手拭いで拭いている。それを見ると若菜は慌てて駆け寄り、心配そうに腕の様子を見た。

「吉良、腕を怪我したの? 大丈夫……?」
「なんてことねェよ。明日の朝には治る。
 流石に今日は紅雀も疲れたに違いねェから遠慮してる。由衛は、野暮用で出掛るとよ」

 若菜は手拭いを受けとると、桶の水に浸して絞り吉良の腕に当て傷跡を優しく撫でるとパタパタと部屋に戻り薬草と包帯を持ってきた。

「由衛も、怪我してないか心配だな……。大丈夫かな。あ、少し染みるかもしれないけど、ごめんね」
「俺がそんなやわに見えるってェのか?」

 若菜は吉良の言葉に笑うと、傷口に薬草を優しく塗った。
 そして薬を固定すると包帯を巻き付ける。その様子に、吉良は少し照れ臭そうに目を反らした。この主は、忌み嫌われる狗神の自分をまるで人間のように、家族のように扱う。
 この娘は自分が今まで抱いていた、信念や心を掻き乱す厄介な人間だった。
 包帯を巻き終わると、吉良は腕をさすりながら珍しく素直に礼を言う。

「ありがとな。なぁ……若菜。明日1日暇を貰いてェんだが、良いか?」
「勿論いいよ、怪我もしてるし、お部屋で1日お休みして」

 にっこりと笑う若菜に吉良は少々ばつが悪そうにしながら言う。

「いやなァ。ちょっと今日の妖魔騒ぎが気になってな。古巣でちょっくら情報収集しようかと思ってな」
 吉良がそう言うと、若菜は僅かに目を見開いた
 今回の妖魔騒ぎは、今までとは比べ物にならないくらいの規模だ。自分も思うところがあったので思い切って彼に訪ねた。

「吉良、一人でいくの? 私も気になるから調査の為にも行きたい」 
「お前なァ……。陰陽師で霊力の高いお前が行ったら、えれェ目に合うに決まってんだろ、駄目だ」
「でも、吉良一人じゃ心配だよ。一人で行くなら、絶対許しません」

 珍しく若菜が強気に言うので、吉良は大き溜め息をついた。意外に、このふわふわてして頼りない小娘は頑固である。若菜の額にデコピンをすると、小さく抗議して額を抑える若菜に顔を近づける。
「仕方あるめェ…、だがあやかしの世界に入ったら、俺の言う事には従って貰う。それが条件だ」

 若菜は真剣な眼差しで頷いたが、一体自分の存在がどれだけ、妖魔にとって魅力的な存在なのか、理解しているのだろうか。
 だれもが、その上質な霊力で空腹を満たして、己の力にしたいと思っているだろう。
 朔に殺されそうだ、と吉良は心の中でぼやいた。

「明日は妖魔の調査ということで外出届を提出しておくから、大丈夫だよ。吉良、朔ちゃんには内緒にしてね、心配かけたくないから……二人だけの秘密にして。由衛にも着いてきて貰おうよ」

 今日の妖魔事件でさえ、義弟は仕事をほっぽりだして心配して部屋まできた朔だ、そんな事が分かれば外出禁止まで強行しそうだ。
 吉良は仕方ないなと溜め息をつくと言う。

「あいつは駄目だ、もう妖魔達に、式神になったとバレてるからなァ。明日の為に、お前ェの服を用意しておくからもう寝ろ」

 そう言われた若菜は頷くと寝室に戻っていく。


 ✤✤✤✤

 ――――――翌日。
 案の定、由衛は不服そうに自分も若菜に付き従うと詰め寄ったが、過去に式神としてあやかしの世界で大暴れした事案で妖魔に警戒され、恨まれていると言えば、渋々引き下がった。
 もう由衛の顔は知れ渡っている。
 エドの縄張りなら兎も角、キョウの縄張りは下手に近付けないだろう。
 その代わり、若菜に指一本でも怪我させたらただではすまないと毛を逆立てていた。
 何とか二人で説き伏せると、若菜は吉良の用意した服を着る。

 少し暗めの濃い紅の着物は膝上までと短く、桜の花のような模様に黒の帯。そして白の羽織に柔らかな金穂の髪には蝶の髪飾りがついている。そして首には首輪のようなものがついていた。由衛は苦虫を噛み潰したような表情で見つめ、ジト目で吉良を見る。
 吉良といえば、髪は漆黒のままだが初めて会った時のような派手で伊達な着物を着崩していた。

『おい……、お前の趣味か? 姫の太股が見えとるやないか。俺なら役にはもっと清楚で愛らしいものを用意するわ。
 姫、とてもお似合いで愛らしいですが、私は心配です』
『はァ? 俺の見立てに文句つけんじゃねェよ。チラチラ若菜の太股見やがって、を身に付けてるし、滅多な事じゃバレねェよ』

 そう言いながら由衛は若菜をぎゅっと抱き締めると、頭を撫でながら心配そうに目を潤ませた。彼の胸の中で顔をあげると、若菜は少し慌てながら胸板を押した。

「だ、大丈夫だよ……。神隠しに合った人間は妖魔の奴隷になって、楔を首に着けるんだよね。そして吉良の事は、吉良様か御主人様で呼……」
『狗神!! 風情が!! うらや………ゲフッ、姫にそのような事を言わせるとは……辛抱なりませんね!!』

 一瞬、その光景を自分に当てはめあれやこれや淫らな事まで思い浮かべた由衛は絶叫する。
 この立場が逆なら、他の男には触れさせず自分の名前だけ口にさせて……毎夜、朝まで淫らな契りを交わしている。
 吉良と若菜は両手で同じように指で耳を塞いだ。

『うるせェなァ、てめぇは。俺はお前みたいに欲求不満の好色じゃねェよ。てめぇだって妖魔界隈の掟は知ってんだろ』

 ぐっと由衛は声をつまらせた。若菜はオロオロしつつ、取り繕った。

「あの、吉良の側に居たら大丈夫だよ、うん! 由衛……お留守番お願いね? なるべく早く帰ってくるから……機嫌直して、ね?」

『はい、姫。お早いお帰りを、お待ちしております故……、お気を付けていってらっしゃいませ』

 抱き締めてくる由衛の背中をポンポンと安心させるようにすると、甘い溜め息をついて尻尾をバタバタと降りぎゅーっと抱き締めた。
 吉良は腕を組ながら、ヤレヤレと肩を竦めボソッと悪態をついた。

『……気持ちわりィ奴だなほんとに』


 あやかしの世界の入り口は妖魔によっても違うようで、由衛は廃神社の鳥居を潜り抜けて向かったが吉良の場合は、都の四辻だ。
 人の行き交う昼間に目立たぬよう入るには、空中から地中を潜るしかない。
 若菜を抱きながら空を翔んでいた。

『さて、行くぞ。久し振りの妖かしの世界だ。俺の縄張りがどうなってんのか楽しみだな』

 四辻に到着すると、若菜を抱き抱えたまま急降下して、異空間を通り抜ける。
 その瞬間、青赤黄色の提灯が辺りに浮かび上がり人の世界は明るい筈だが夜になっていた。
 十字路の先は夜の繁華街になってる。
 若菜はゆっくりと下ろされると、月明かりを探すように天空を見上げた。
 煌々と、輝くそれは人間の世界の月よりも大きな月が蒼白く周囲を薄暗く照らしていた。

『――――此処からは俺が主人でお前が奴隷だ。分かったな若菜』
「は、はい。御主人様」

 前方で、腕を組ながら此方をチラリと見ると、若菜は返事をして吉良の背後についた。
 若菜の首輪は蒼白く光り、模様のようなものが浮かび上がった。
 自分には読み取れないが、どうやらこれが所謂所有する者の名前であるそうだ。
 陰陽師が妖魔を捕らえ、または調伏し式神に変え使役するように、妖魔もまた人間を所謂神隠しとして捕らえ、死ぬまで働かせる。
 または、霊力が強ければ精気を提供するエサにされる。この首輪がなければ、例えば偶然迷い込んでしまった人間などは、所有する者の居ない奴隷となり最悪連れ去られてしまうのだと言う。
 たまに、掟を無視して他の妖魔の奴隷を奪う輩もいるが、反したものは殺されるか、妖魔の世界から永久に追放される。
 下級の妖魔は、知能が低い為に、奴隷にする間もなく食い殺したり、憑り殺したりする無法者なので、こういった社会性のある場所には集まらないという。

 吉良の斜め後ろを付き従いながら、チラチラと町並みを見ていた。
 何処か、異国を思わせるような建築で、大陸の本を読んだ時みたような建造物が建ち並んでいた。鮮やかな緋色に細かく模様があり、屋根の四隅が天に向かって伸びている。かなり派手な外観だ。
 行き交う人は人型の妖魔で、魚の顔をした恰幅の良い妖魔も居れば、沙絵と同じ猫又の男性もいる。綺麗な鬼の女性もおり、大抵は陰陽寮で見掛けた事のある種族だ。
 背後には人間らしき老若男女を連れており、服装も様々でボロ切れを着せられてる者もいれば、着飾られている者も居る。
 中には片目を奪われ、片手や片耳がない者もいる。主人に奪われたのだろうか。

『なんだ、この趣味の悪いド派手な建物は。雅さの欠片もねェな……若菜、あんまりキョロキョロするんじゃねェ』
「は、はい」

 稲穂の髪のは珍しいのかジロジロと見られる。そして、ハッとしたように吉良を見て背を正した。

『おい! ……吉良、吉良じゃないの?』

 突然、前方から真っ赤に燃えるような緩やかな髪を靡かせた浅黒い肌の勝ち気か美女という風体の鬼女が笑顔で寄ってきた。
 隣には大きな体の狸腹の中年男性のような妖魔がいる。尻尾から見て狸の物の怪だろうか。
 鬼女には大人しく地味な田舎の人間の少女が良い着物を着せられ侍女のように荷物を持っている。だが片目がない。主人にやられたのだろうか。
 狸の妖魔の側にいるのは男女の小さな童児で稚児衣装を着せられているおり、片耳が無い。

『彩芽じゃねェか、久し振りだなァ。田貫の先生も一緒かい?』
『一体何処ほっつき歩いてたのよ! 心配したじゃん』

 彩芽と言われた鬼女はパンッと、背中を叩いた。いてぇなと笑いながら答えた。  

『無事で良かったわい、陰陽師に殺られたとか、式神になったなんて噂も出てたんじゃぞ。お前さんえらくイキイキしとるし、良い着物も着ておるな』
 田貫の先生と言われた妖魔もガハガハと笑っている。彼等は友人だったのだろうか。  

『そんなヤワじゃねェぞ、ちょいと人間界で商売してたんだ……羽振りが良くてな』

 不意に鬼女が若菜に気が付いたようで、驚いたように目を丸くする。
 彩芽は腕を組ながら物色するように若菜を見た。
『この人間はキョウのヤツじゃないね。この人間、凄く上質な霊力のいい香りがする……、それにしてもあんたが人間を殺さずに側に置くなんて珍しいじゃん』
『あぁ、こいつは霊力が高くて重宝してる』

 いぶかしむように言う彩芽に、吉良は面倒臭そうに頭を掻き、若菜を抱き寄せ短い着物の中に手を忍ばせ太股を撫で口付ける。
 急に舌先が入ってきて、若菜は切なく眉をしかめぎゅっと彼の着物を握りしめながら。

「んっ……っ……んっ……っ……」

 ちゅぷっと唇を離すと、若菜は息を乱しながら彼に持たれ掛かる。若菜の腰を抱き寄せ、吉良が太股の付け根を撫でられるとビクビクと体を震わせ必死に唇を噛んで甘い声を殺した。そんな若菜を見つめ、笑みを口端で浮かべる。

『それに、コイツの観音様が人間にしては中々の名器でなァ…殺すには惜しい』
『ちょっと、こんな所でおっぱじめる気?』

 彩芽と田貫は慌てて周りを見ながら止めに入る。周りの妖魔達も興味津々で此方を見ている。
 ふと、吉良が太股から手を離してくれて頬を染めながら安心したように息を付いた。
 安堵したように二人は胸を撫で下ろすと、ふと田貫がチラリと後方を見て声を潜める。

『ふむ、取り敢えず此処から離れよう、厄介な天狗がきたわ。彼方で丁度寄り合いやってるから吉良も来い。あいつらにお前が見付かると面倒な事になりそうじゃ』
『ぁぁ? 天狗が……?鞍馬の奴か? なんで彼奴らが』

 そう言うと、吉良の背中をグイグイ押し小路に入り、広場に出ると、目立たない奥の屋敷へと人間妖魔共に押し込められた。
 引き戸を開けると、様々な妖魔達が囲碁将棋をして酒を飲んだり賭博をしつつ騒いだり、おおよそ人間には気持ちの悪い目玉や舌の料理が並んでる。
 妖魔達はすべて人型で、様々な種類がおり男女混合で、人間の奴隷を連れている者も多い。

『吉良の兄貴! 生きてたんですか!』

 吉良に気が付くとざわめき、わっと駆け寄ってくる。そう言えば吉良はあやかしの世界、この繁華街を取り仕切っていた。
 この妖魔達は、弟分妹分のようで自分の事も目に入らない位に吉良を囲んで喜んでいる。

『おい、お前ら暑苦しいぞ。俺がそんなやわな訳ねェ……。俺を誰だと思ってやがる。都で唯一の狗神の吉良だ』

 男妖魔達の間で歓声があがると、宴の準備だと女妖魔共に酒やらつまみやらを集め、吉良を上座に円になって宴会が始まる。若菜は彼の側の少し後ろで席を設けられた。
 とはいえ、先程の人間の目玉の味噌汁や、耳の唐揚げ等は遠慮したので、人間が食べれるような饅頭が置かれていた。

『しっかし……。兄貴が生きてたなんて…噂じゃ、陰陽師に殺されたとか、式神にされたとか散々でやんしたぜ、今まで一体何処に居たんです?』

 妖魔達は、吉良を歓迎しつつも何処か疑心暗鬼になっているような口振りだった。
 彼等は一見吉良を大将として信頼しているものの、動物のように力の強い者が権力を握る世界なので一度現場を退けば信頼も弱まるというものだ。
 吉良は動じる様子もなく、酒を煽りながら笑みを浮かべた。

『ちょいと、人間界で暴れまくってたんでな…お前らも知ってるだろ、下級妖魔もざわついてやがるし。俺が離れてから一体どうなっちまってんだ?』

 妖魔達はお互いを見合わせた。そして鳥顔の男が頷く。それとなく探りを入れた吉良の発言はうまくいったようだ。だが、妖魔達は何とも言えないような表情だった。若菜はお饅頭を食べながら彼らを見守る。
 人間の自分には発言権はなく、他の奴隷達もただ静かに、この寄合を見守ったり酒盛りの手伝いにコキ使われている。

『下級妖魔がざわついてるのは知ってます。えいつら、ここ半年で異常なくらい血気盛んになって……普段大人しい奴等も気が立ってる』

 鳥顔の男がそう呟いた。それに同意するように彩芽が助け船を出すかのように、溜め息混じりに酒を煽りながら言う。

『中には中級妖魔も、理性失って掟破って暴れてんの。特に京の都の中心にいる奴等とか。私達も手を焼いて困ってんのよ。誰彼構わず人間を殺すから陰陽師が総出でくるし』

 吉良は自分の顎を掴むと、耳を動かし尻尾を考えるように狗の尻尾をぱたつかせている。
 強面な彼だがやはり犬の習性は残ったままで不謹慎ながら可愛らしい。撫でたい衝動を抑えつつ、彼等妖魔達の話を要約すると、普段大人しい下級妖魔も中級妖魔も理性を失い暴れ、妖かしの世界も秩序が取れなくなっていると言うこと。
 そしてそれが京の都を中心に巻き起こっていると言うことだ。

『今、此処を取り仕切ってる奴ァは誰だ』

 その台詞に妖魔達は気まずい様子で口ごもった。吉良を恐れてか、はたまた新しい縄張りの主を恐れてか沈黙を守る彼等に痺れを切らして彩芽が言った。

『鞍馬山の天狗だよ。ここら辺の建物も彼奴の趣味で派手な清国風になっちゃって。それに、あいつの部下の烏天狗が、ウロウロ憲兵みたいに見張ってんのよ居心地悪いったらないわ』 

 鞍馬山の天狗、と聞いて露骨に吉良は嫌な顔をした。天狗の事はあまりよく知らない若菜だったが、吉良にとっては、随分と苦手な相手なのかも知れない。

『天狗は大陸から流れてきたからな。あいつなら妖魔が暴れるのも面白がるってェもんだ』

 あの鞍馬の天狗なら、下級妖魔を陽動している可能性もあるなと吉良は腕を組んだ。天狗は混沌を好む厄介な存在だ。狗神のように呪術で特定の人間を殺す存在とは違う。
 秩序を破壊して無意味に人を殺し、弱い妖魔を犠牲にする。人と妖魔は敵対関係にあるが、妖魔にとって人が必要以上に減る事は、己の命を削ることになる。
 平安の時代から、その均衡を保ちつつ人を摂取してきた。

 ふと、突然奥の席から人間に似ているが蛙顔の妖魔が立ち上がると、訝しむように若菜をまじまじと見つめた。

『所で吉良の兄貴ィ、その奴隷はなんです? 兄貴は人間嫌いで捕まえても、直ぐに殺してたでしょ、側に置いておくなんて一体全体どういう風の吹き回しです?』

 あからさまに刺のある言葉で突っかかる妖魔にザワザワと周りが小声で話し始め、若菜の体に緊張が走った。

『式神になったって噂もあるし』 
『由衛と話してたって話もあるよな……』 

 ヒソヒソと話し始める彼等を鋭く射ぬくように睨み付けるとドスの効いた声でいう。

『てめェらの目は節穴か? この狭い部屋でも十分すぎるくれェ薫るだろ。この娘は木花之佐久夜毘売の加護を受けた人間だぜ』
 そう言うと、隣に居た若菜の腕を引っ張り自分の胡座の上に抱き寄せると、短い着物の裾を捲し上げ、綺麗な薄桃色の亀裂を見せる。

「きゃっ……! 吉良……っさま……ゃっ」

 若菜は真っ赤になったが、仮初めの奴隷という立場に居る以上は抵抗できず真っ赤になって胸に両手を寄せて震えている。
 妖魔達が息を止め生唾を飲むのがわかった。
 着物をたくしあげると、桜花の上品な薫りが漂う。愛液が溢れていないのに敏感に感じとるのは彼等が妖魔だからだろう。

『先程から薫る桜の香りはこの人間の娘からか……腹が減る』
『なんて良い薫りなのかしら……女神の加護を受けた人間の霊力なんて珍しい……きっと……美しくなれるわね』
『それになんて可愛い女陰なんだ…ヒッヒッヒッ……しゃぶりつきたいねェ』

 口々にいう妖魔の言葉に若菜が目を閉じ羞恥に震えていると吉良は着物の裾を降ろして脚を閉じさせると安心させるように膝の上で抱く。

『わかったろ。こいつは利用価値があるから殺さず餌にしてるってェ訳だ』

 妖魔達は納得したように頷いた。
 だが、蛙男はニヤニヤとしながら薄笑いを浮かべる。

『兄貴ィ……もっと艶っぺえ女が好みじゃ無かったんですかい? そんな小娘なんぞ相手にして居なかったでしょう。
 その小娘が陰陽師じゃないってんならその娘の蜜を味あわせて下さいよ……俺は……ヘヘッ、人間の娘の蜜を舌先でほじくりだして舐めるのが上手くてねェ……いい声で鳴かせてやりますよ』

 いやらしい表情を浮かべながら蛙の舌先が唾液を含んで長く伸びて垂れると若菜は青褪め、ぎゅっと吉良の着物を握り締め顔を埋めた。

『ぁん? この小娘が陰陽師だと?この俺がこんな小娘に従うわけねェだろうが。
 俺を誰だと思ってる……舐めてんのか?
 てめェら揃いも揃って上質な霊力に飢えてるなァ……しゃあねェ、昔のよしみでお前らに分けてやる。
 だがな、この娘は俺のもんだ……密絞りは俺がする。俺のモンに手ェ出すヤツがどうなってきたか……てめェら、知らねェとは言わせねぇぞ』

 鋭くそうドスの効いた声で言うと、妖魔達は震え上がった。吉良から放たれる殺気はうねりこれ以上逆鱗に触れると命を落とすかもしれないという、本能的な恐怖を感じさせた。
 面倒見の良い大将だが、吉良は一度怒らせると死屍累々の山を築くのを知っていたからだ。彩芽がその場を取り繕うように言う。

『弥助止めなよ。他人の奴隷には手を出さない、それが私達の掟じゃん。  
 吉良が急に居なくなって、私達不安だったの。
 あんたがこの縄張り離れてもそれはあんたの勝手だし、それでも私達はあんたの事が好きだよ。
 ――――だからこそ、その子の蜜が欲しい。それがケジメにもなると思うから』

 彩芽は薄々式神になったのを感じているのかもしれないが、他の者達の代弁のようでもあった。
 沈黙を守っていた田貫も腕を組ながら頷いた。

 この縄張りを吉良が離れ、鞍馬天狗が新しいリーダーになってしまっている現実と、多くの妖魔に慕われていた彼が、突然自分達を捨て、居なくなり、恐らくもう此処には戻らない事も肌で感じ取っていた者達の、気持ちの整理の為でもあるだろう。

『――――わかってる』

 殺気を消すとそう静かに返答し、若菜を抱上げ立ち上がった。若菜は彼の首に慌てて腕を伸ばすと抱きつき妖魔達を見た。

『流石にここで、蜜絞りするってェのは俺の趣味じゃねェ。部屋と盃を用意してくれ』
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