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漆、木花之佐久夜毘売―前編―
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最近では随分と暖かくなり、キョウの都にも桜の花弁が儚く舞う季節となっていた。本格的に春になれば、陰陽師の仕事も忙しくなる。所謂退魔師として妖魔を祓うだけで無く、占術や家相、吉方、吉日読みも何時もより増して多くなる。
今日は久方ぶりに、占術と吉方吉日の知らせを届けると言う仕事で公家の屋敷をニ軒ほど梯子した。
『姫、今日のお仕事はこれで終わりですか? あの糞おや…………いえ、花山院様は失礼極まりない言葉で、疑り深く姫に詰め寄っておられましたので、随分とお疲れになった事でしょう。――――あの弛んだ喉元に食らいついてやろうかと考えておりましたよ』
苛々した口調で、背後から苦情を入れる由衛を若菜は肩越しに振り返って苦笑した。通常は簡単な占術の仕事に式神を連れて来る事は無いが、あの長屋での一件以来、離れようとしない由衛に根負けして若菜は同行を許した。
「うん、大丈夫だよ。花山院様は少し気難しい御方だけど悪い人じゃないよ。久苑寺様が行かれる事が多いから、私だと――――不安だったのね」
久苑寺琥太郎、朔と共に側近として光明に仕える彼が懇意にしている公家で、気難しく人見知りをする。若菜が出向けば女で毛色の変わった陰陽師等は信用ならないとくどくどとごねられたが、最終的には占術の技術も若菜の言葉にも納得してくれたようだった。
どうして琥太郎が、自分の代わりに名指しで指名してきた理由は薄々理解はしている。
彼は男色家で光明に想いを寄せており、尚かつ女嫌いで正式な陰陽師に女性が存在している事も、愛弟子として若菜が選ばれた事も快く思っていない。更に言えば、優秀な朔を重宝する事が多く、側近同士でも格差があるようで、敵対心を燃やしている。若年ながらも朔に信頼を寄せる陰陽師達は多いが、彼のやり方に反発する者達は琥太郎の派閥へと下っていた。
そんな訳で、西園寺姉弟とは確執があり、気難しい公家の仕事を敢えて此方に回してきたのも軽い嫌がらせのようなものなのだろう。
しかし、偏屈な依頼人でも真剣に話せば、最後は態度を柔軟させ心を開いてくれた。琥太郎は嫌がらせのつもりだったかもしれないが、誰かと理解し合える瞬間は、陰陽師の仕事をしていて一番楽しいので嫌ではない。だが、随分とお疲れになっていると言う言葉は、由衛の思い過ごしでは無かった。
「でも、由衛の言うとおり今日は疲れちゃったなぁ」
『姫、今日に限らずここ最近、随分と顔色が悪う御座いますよ。……思えばあの朝帰りの日からです』
言葉の節々に棘を感じて、若菜は肩を竦めて小さくなった。光明による義弟との淫らな宴を経験してから体がとても気怠い。激しい快楽に体力を消耗したせいもあるだろうが、まるで精気を吸い取られたような疲労感がある。加えて、霊力を立て続けに由衛や吉良にあげたことも影響しているように思えた。
兎に角、力が抜けていくような倦怠感が酷い。
占術も霊力を使うが、それに加えて先程までの緊張感が解けた反動か、眠気と疲労感が一気に襲って、まるで雲の上を歩くような浮遊感を感じて若菜は不意に糸が切れた人形のように体勢を崩し、そのまま後方に倒れ込んだ。
『――――姫!!』
由衛に叫び声が聞こえ、ふわりとその腕に抱き止められた。
若菜を抱き抱えると、急いで空を駆けて陰陽寮の自室へと愛しい主を運ぶと布団へ寝かせる。あの忌々しい狗神の姿は無く、由衛は彼女の傍らに正座すると、心底心配した表情で暖かく柔らかな頬に指先で優しく、慈しむように触れた。眉根が八の字に下り、額に少し汗が滲んでいる。それを水に濡らした手拭で拭き取ると溜息を漏らした。
愛しい主は何時だって何も語らず、微笑みを絶やさず気付けば限界まで無理をする。
『お姫さん、えらい霊力を消耗してもうてるな……俺達に霊力を分ける位やったらこんな風にはならへん筈や。あの時の香りは、あの青二才のガキとあの忌々しい光明のもの……』
何が行われたか容易に想像できたが、その姿を妄想すればする程どす黒い嫉妬と怒りで気が狂いそうなる。今すぐにでも朔と入れ替わり光明の体を引き裂いて地獄へと送りたい。由衛は、両手を膝の上に置くと拳を強く握りしめた。由衛の耳がピクリと動いたかと思うと、スッと立ち上がり若菜の部屋の入口まで向かうと障子を開けた。焦ったように廊下を歩いてきたのは、義弟の西園寺朔である。
「由衛か、若菜は……姉さんは無事か? お前が姉さんを抱えて帰ってきたと聞いたが――――怪我は無いのか」
朔に何時もの冷静さは無く焦ったように目前の由衛に問い詰めた。どうやら愛しい主が体調を崩した事は、もう既に陰陽寮で話題に上がっているようだ。狐は、白々しいと心の中で朔を皮肉り、子供のように感情を隠しきれず、冷淡な表情になると事務的に受け答えをした。
『朔殿、大丈夫です。姫は少々お疲れのご様子で………今は誰にもお逢いしたくないそうです』
「――――誰にも逢いたくないだと……? そうか。一目様子を見たかったんだが、俺が来たことを伝えておいてくれ」
『ええ。ぐっすりお休みになっておられますよ。――――私が片時も離れず傍におりますので、朔殿は職務に戻られて下さい」
朔はピクリと眉を釣り上げたが、直ぐに何時もの冷静な表情に戻りし、踵を返した。その去り際、肩越しに朔は振り返ると冷たく目を細め、狐を見つめる。
「――――務めが終わり次第姉を迎えに行く。それまでは頼んだぞ、由衛」
悪狐の小さな嘘に朔が気付いたかどうかは不明だが、若菜の式神として牽制の言葉を放って心がかき乱された様子の朔を見るのは実に愉快だった。どうせ式神の身、彼女を守る時以外は人に害するなと愛しい主に窘められているので、嫌味の一つ位は言ってやりたくなる。
由衛の返事を待つ様子も無く彼は黙々と廊下を歩いて行く。そっと障子を閉めると、由衛の狐目が細くなり三日月のように口角をあげ、含み笑いを漏らしながら愛しい主の褥まで戻った。相変わらず額に汗を浮かべ、寝苦しそうにする若菜の側に、ひらひらと桜の花弁が舞い降りてきた。先程、心地よい春風を部屋に入れる為に開け放った縁側から風に乗ってやってきたのだろう。
何気無く由衛はその美しい桜の花弁に興味を惹かれ、指先で掴もうとした。その刹那、眠ったままの若菜の唇が僅かに動いた。
『神使よ、最近は月に一度の逢瀬も間に合わぬ程に若菜の霊力が著しく消耗し、心配です』
その濡れた桜色の唇から放たれた穏やかで、美しい女性の声音は、明らかに若菜の声では無く、神々しささえ感じられた。
その声に聞き覚えは無くとも、神使だった由衛には、この霊力も口寄せの力もどう言う事なのか直ぐに理解ができた。サッと顔色を変え、由衛は一歩退いて頭を深く垂れた。
『貴方様は、木花之佐久夜毘売様……で御座いましょうか。宇迦之御魂大神様の眷属としてお仕えしておりました。今は姫の使役をしております』
『――――存じておりますよ。これからわたくしは、若菜の魂を直接寵愛致します。邪魔が入らぬよう頼みましたよ』
『御意、何人たりともこの部屋には近付けさせませぬ』
由衛は深々と頭を下げると、寝室の襖を閉じて隣の部屋で静かに待つ事にする。正座をしたまま入口を番犬のように見つめた。
――――神々の寵愛は神事でもある。夢を通じて天界から逢瀬をし、神託を授ける。時には気に入っだ人間を愛で加護を授ける事がある。それが人にとって幸か不幸か解らないが目が醒めれば全て忘れてしまう。
どんなに信仰していてもそんな奇跡は起こるものでは無いが、若菜は特別なようだった。
✤✤✤✤✤✤
ふと気が付くと若菜は大きな桜の木の下に佇んでいた。
懐かしい生家の桜の花だ。ただ、子供の頃よりも遥かに大きくなっており屋敷を覆わんばかりだ。その屋敷も子供の頃の感じていた暗く窮屈なものではなく、とても落ち着く空気の澄み切った美しい場所だった。
生家なのに生家ではない、異空間にも思える。これは、恐らく夢だろう―――。自分はこの夢の場所に何度も来ているのだと、漠然と理解している。
『――――若菜』
落ち着いた美しい声で名前を呼ばれて、若菜は振り向く。そこには人間離れした美しく愛らしい華奢な女性が立っていた。
漆黒の流れるような美しい長い髪、桜色の唇、愁いを秘めた黒い瞳に透き通る肌に、可憐な古風な服装。ぼんやりと、薄く白い光を放っている。此方を振り向いた若菜を見ると、優しく微笑んだ。
「木花之佐久夜毘売様……!」
夢の中では、何故か彼女が誰かをきちんと理解しており、美しい指先で手招きされると、若菜はまるで幼子のように嬉しそうに駆け寄る。実の姉や、母に久し振りに逢えたようなそんな喜びを心から感じる。
『久し振りですね、若菜……。息災でありましたか?』
「はい、木花之佐久夜毘売様もお変わり無く、若菜は嬉しゅう御座います」
側に駆け寄った若菜の頬を優しく撫でると、安心したように微笑み頷いた。やんわりと華奢な少女の手を握ると、木花之佐久夜毘売はゆるゆると手を引き縁側から部屋に入り襖を開ける。その先は、自室ではなく桜が咲き誇る山々が広がり、見たことの無い鳥達が囀り翼が生えた天女、天人が空を舞い、虹の掛かる天からはこの上なく上品で良い香りのする花弁がふわふわと降って豪華絢爛の建物がいくつか見えた。
――――ここはまるで極楽浄土だ。
『ふふふ、貴方は此処へ来ると、何時もそのような顔をしますね』
「はい、とても綺麗で、何時訪れても心地のよい夢のような場所です」
木花之佐久夜毘売はクスクスと笑うと、桜並木の先にある大きな屋敷へと若菜を手を引き導いた。
今日は久方ぶりに、占術と吉方吉日の知らせを届けると言う仕事で公家の屋敷をニ軒ほど梯子した。
『姫、今日のお仕事はこれで終わりですか? あの糞おや…………いえ、花山院様は失礼極まりない言葉で、疑り深く姫に詰め寄っておられましたので、随分とお疲れになった事でしょう。――――あの弛んだ喉元に食らいついてやろうかと考えておりましたよ』
苛々した口調で、背後から苦情を入れる由衛を若菜は肩越しに振り返って苦笑した。通常は簡単な占術の仕事に式神を連れて来る事は無いが、あの長屋での一件以来、離れようとしない由衛に根負けして若菜は同行を許した。
「うん、大丈夫だよ。花山院様は少し気難しい御方だけど悪い人じゃないよ。久苑寺様が行かれる事が多いから、私だと――――不安だったのね」
久苑寺琥太郎、朔と共に側近として光明に仕える彼が懇意にしている公家で、気難しく人見知りをする。若菜が出向けば女で毛色の変わった陰陽師等は信用ならないとくどくどとごねられたが、最終的には占術の技術も若菜の言葉にも納得してくれたようだった。
どうして琥太郎が、自分の代わりに名指しで指名してきた理由は薄々理解はしている。
彼は男色家で光明に想いを寄せており、尚かつ女嫌いで正式な陰陽師に女性が存在している事も、愛弟子として若菜が選ばれた事も快く思っていない。更に言えば、優秀な朔を重宝する事が多く、側近同士でも格差があるようで、敵対心を燃やしている。若年ながらも朔に信頼を寄せる陰陽師達は多いが、彼のやり方に反発する者達は琥太郎の派閥へと下っていた。
そんな訳で、西園寺姉弟とは確執があり、気難しい公家の仕事を敢えて此方に回してきたのも軽い嫌がらせのようなものなのだろう。
しかし、偏屈な依頼人でも真剣に話せば、最後は態度を柔軟させ心を開いてくれた。琥太郎は嫌がらせのつもりだったかもしれないが、誰かと理解し合える瞬間は、陰陽師の仕事をしていて一番楽しいので嫌ではない。だが、随分とお疲れになっていると言う言葉は、由衛の思い過ごしでは無かった。
「でも、由衛の言うとおり今日は疲れちゃったなぁ」
『姫、今日に限らずここ最近、随分と顔色が悪う御座いますよ。……思えばあの朝帰りの日からです』
言葉の節々に棘を感じて、若菜は肩を竦めて小さくなった。光明による義弟との淫らな宴を経験してから体がとても気怠い。激しい快楽に体力を消耗したせいもあるだろうが、まるで精気を吸い取られたような疲労感がある。加えて、霊力を立て続けに由衛や吉良にあげたことも影響しているように思えた。
兎に角、力が抜けていくような倦怠感が酷い。
占術も霊力を使うが、それに加えて先程までの緊張感が解けた反動か、眠気と疲労感が一気に襲って、まるで雲の上を歩くような浮遊感を感じて若菜は不意に糸が切れた人形のように体勢を崩し、そのまま後方に倒れ込んだ。
『――――姫!!』
由衛に叫び声が聞こえ、ふわりとその腕に抱き止められた。
若菜を抱き抱えると、急いで空を駆けて陰陽寮の自室へと愛しい主を運ぶと布団へ寝かせる。あの忌々しい狗神の姿は無く、由衛は彼女の傍らに正座すると、心底心配した表情で暖かく柔らかな頬に指先で優しく、慈しむように触れた。眉根が八の字に下り、額に少し汗が滲んでいる。それを水に濡らした手拭で拭き取ると溜息を漏らした。
愛しい主は何時だって何も語らず、微笑みを絶やさず気付けば限界まで無理をする。
『お姫さん、えらい霊力を消耗してもうてるな……俺達に霊力を分ける位やったらこんな風にはならへん筈や。あの時の香りは、あの青二才のガキとあの忌々しい光明のもの……』
何が行われたか容易に想像できたが、その姿を妄想すればする程どす黒い嫉妬と怒りで気が狂いそうなる。今すぐにでも朔と入れ替わり光明の体を引き裂いて地獄へと送りたい。由衛は、両手を膝の上に置くと拳を強く握りしめた。由衛の耳がピクリと動いたかと思うと、スッと立ち上がり若菜の部屋の入口まで向かうと障子を開けた。焦ったように廊下を歩いてきたのは、義弟の西園寺朔である。
「由衛か、若菜は……姉さんは無事か? お前が姉さんを抱えて帰ってきたと聞いたが――――怪我は無いのか」
朔に何時もの冷静さは無く焦ったように目前の由衛に問い詰めた。どうやら愛しい主が体調を崩した事は、もう既に陰陽寮で話題に上がっているようだ。狐は、白々しいと心の中で朔を皮肉り、子供のように感情を隠しきれず、冷淡な表情になると事務的に受け答えをした。
『朔殿、大丈夫です。姫は少々お疲れのご様子で………今は誰にもお逢いしたくないそうです』
「――――誰にも逢いたくないだと……? そうか。一目様子を見たかったんだが、俺が来たことを伝えておいてくれ」
『ええ。ぐっすりお休みになっておられますよ。――――私が片時も離れず傍におりますので、朔殿は職務に戻られて下さい」
朔はピクリと眉を釣り上げたが、直ぐに何時もの冷静な表情に戻りし、踵を返した。その去り際、肩越しに朔は振り返ると冷たく目を細め、狐を見つめる。
「――――務めが終わり次第姉を迎えに行く。それまでは頼んだぞ、由衛」
悪狐の小さな嘘に朔が気付いたかどうかは不明だが、若菜の式神として牽制の言葉を放って心がかき乱された様子の朔を見るのは実に愉快だった。どうせ式神の身、彼女を守る時以外は人に害するなと愛しい主に窘められているので、嫌味の一つ位は言ってやりたくなる。
由衛の返事を待つ様子も無く彼は黙々と廊下を歩いて行く。そっと障子を閉めると、由衛の狐目が細くなり三日月のように口角をあげ、含み笑いを漏らしながら愛しい主の褥まで戻った。相変わらず額に汗を浮かべ、寝苦しそうにする若菜の側に、ひらひらと桜の花弁が舞い降りてきた。先程、心地よい春風を部屋に入れる為に開け放った縁側から風に乗ってやってきたのだろう。
何気無く由衛はその美しい桜の花弁に興味を惹かれ、指先で掴もうとした。その刹那、眠ったままの若菜の唇が僅かに動いた。
『神使よ、最近は月に一度の逢瀬も間に合わぬ程に若菜の霊力が著しく消耗し、心配です』
その濡れた桜色の唇から放たれた穏やかで、美しい女性の声音は、明らかに若菜の声では無く、神々しささえ感じられた。
その声に聞き覚えは無くとも、神使だった由衛には、この霊力も口寄せの力もどう言う事なのか直ぐに理解ができた。サッと顔色を変え、由衛は一歩退いて頭を深く垂れた。
『貴方様は、木花之佐久夜毘売様……で御座いましょうか。宇迦之御魂大神様の眷属としてお仕えしておりました。今は姫の使役をしております』
『――――存じておりますよ。これからわたくしは、若菜の魂を直接寵愛致します。邪魔が入らぬよう頼みましたよ』
『御意、何人たりともこの部屋には近付けさせませぬ』
由衛は深々と頭を下げると、寝室の襖を閉じて隣の部屋で静かに待つ事にする。正座をしたまま入口を番犬のように見つめた。
――――神々の寵愛は神事でもある。夢を通じて天界から逢瀬をし、神託を授ける。時には気に入っだ人間を愛で加護を授ける事がある。それが人にとって幸か不幸か解らないが目が醒めれば全て忘れてしまう。
どんなに信仰していてもそんな奇跡は起こるものでは無いが、若菜は特別なようだった。
✤✤✤✤✤✤
ふと気が付くと若菜は大きな桜の木の下に佇んでいた。
懐かしい生家の桜の花だ。ただ、子供の頃よりも遥かに大きくなっており屋敷を覆わんばかりだ。その屋敷も子供の頃の感じていた暗く窮屈なものではなく、とても落ち着く空気の澄み切った美しい場所だった。
生家なのに生家ではない、異空間にも思える。これは、恐らく夢だろう―――。自分はこの夢の場所に何度も来ているのだと、漠然と理解している。
『――――若菜』
落ち着いた美しい声で名前を呼ばれて、若菜は振り向く。そこには人間離れした美しく愛らしい華奢な女性が立っていた。
漆黒の流れるような美しい長い髪、桜色の唇、愁いを秘めた黒い瞳に透き通る肌に、可憐な古風な服装。ぼんやりと、薄く白い光を放っている。此方を振り向いた若菜を見ると、優しく微笑んだ。
「木花之佐久夜毘売様……!」
夢の中では、何故か彼女が誰かをきちんと理解しており、美しい指先で手招きされると、若菜はまるで幼子のように嬉しそうに駆け寄る。実の姉や、母に久し振りに逢えたようなそんな喜びを心から感じる。
『久し振りですね、若菜……。息災でありましたか?』
「はい、木花之佐久夜毘売様もお変わり無く、若菜は嬉しゅう御座います」
側に駆け寄った若菜の頬を優しく撫でると、安心したように微笑み頷いた。やんわりと華奢な少女の手を握ると、木花之佐久夜毘売はゆるゆると手を引き縁側から部屋に入り襖を開ける。その先は、自室ではなく桜が咲き誇る山々が広がり、見たことの無い鳥達が囀り翼が生えた天女、天人が空を舞い、虹の掛かる天からはこの上なく上品で良い香りのする花弁がふわふわと降って豪華絢爛の建物がいくつか見えた。
――――ここはまるで極楽浄土だ。
『ふふふ、貴方は此処へ来ると、何時もそのような顔をしますね』
「はい、とても綺麗で、何時訪れても心地のよい夢のような場所です」
木花之佐久夜毘売はクスクスと笑うと、桜並木の先にある大きな屋敷へと若菜を手を引き導いた。
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