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エピローグ ~そして始まる物語
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それがいつの頃からだったかは、はっきりとは覚えていない。
僕は、店の常連客らしいある人物がなんとなく気になるようになり始めていた。
かつての碧衣のように、一人読書に耽り、本の世界に身を置いている女性。
年はそう若くはない。三十四歳の僕と同じくらいの、けれどとても品の良い美しい女性。
彼女は紅茶が好きらしく、いつもプレーンのホットの紅茶かアイスレモンティーを飲んでいた。
僕は、彼女の手元の本のタイトルをさりげなく盗み見るようになった。彼女は様々なジャンルの本の中でも特に恋愛小説が好きなようで、そしてなんと『白石雄』の愛読者であるらしかった。
僕の著書をよく読んでいて、中でも『いつの日かのアラベスク』……ヒロインに碧衣をイメージして書いたその物語を繰り返し、それは熱心に読んでいた。
天気のぐずつく梅雨明け直前の蒸し暑い午後。
僕は彼女のいつもの席の隣に座って、ホットのラテを一人飲んでいた。
彼女は僕の本……『いつの日かのアラベスク』を読み耽っている。切りの良いところまで読み終えたのだろうか。彼女がほおっと軽く溜息を吐いた。
そして、彼女が席を立とうとしたその時。
不意に本を床に落とした。
「落ちましたよ」
僕は、本を拾おうとした彼女の手の下に自分の右の掌を滑り込ませ、僕の書いたその本を拾って言った。
びっくりしたような大きな瞳で僕を見つめる。
かつての碧衣のようにセミロングのボブカットをした可愛らしい女性。
そしてそれは、新たな『アラベスク』を奏で始めるきっかけとなった碧衣とは違う恋物語のプロローグ……。
了
僕は、店の常連客らしいある人物がなんとなく気になるようになり始めていた。
かつての碧衣のように、一人読書に耽り、本の世界に身を置いている女性。
年はそう若くはない。三十四歳の僕と同じくらいの、けれどとても品の良い美しい女性。
彼女は紅茶が好きらしく、いつもプレーンのホットの紅茶かアイスレモンティーを飲んでいた。
僕は、彼女の手元の本のタイトルをさりげなく盗み見るようになった。彼女は様々なジャンルの本の中でも特に恋愛小説が好きなようで、そしてなんと『白石雄』の愛読者であるらしかった。
僕の著書をよく読んでいて、中でも『いつの日かのアラベスク』……ヒロインに碧衣をイメージして書いたその物語を繰り返し、それは熱心に読んでいた。
天気のぐずつく梅雨明け直前の蒸し暑い午後。
僕は彼女のいつもの席の隣に座って、ホットのラテを一人飲んでいた。
彼女は僕の本……『いつの日かのアラベスク』を読み耽っている。切りの良いところまで読み終えたのだろうか。彼女がほおっと軽く溜息を吐いた。
そして、彼女が席を立とうとしたその時。
不意に本を床に落とした。
「落ちましたよ」
僕は、本を拾おうとした彼女の手の下に自分の右の掌を滑り込ませ、僕の書いたその本を拾って言った。
びっくりしたような大きな瞳で僕を見つめる。
かつての碧衣のようにセミロングのボブカットをした可愛らしい女性。
そしてそれは、新たな『アラベスク』を奏で始めるきっかけとなった碧衣とは違う恋物語のプロローグ……。
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