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初めての………
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碧衣とは放課後の教室で一緒に宿題をやったり、休日にはデートする。あの『RAM』で珈琲を飲みながらお喋りに興じたり……。そんな関係を続けていた。
碧衣は本をよく読むだけのことはあり、話題がとても豊富だ。僕と同じように世界や日本の名作文学はほぼ読破しているからか、その感想をよく語り合う。カフカの不条理の世界観やサルトルの実存主義を理解する傍ら、赤毛のアンも好きだという女の子特有の一面も覗かせる。
忙しい朝も毎日二十分じっくり新聞も読んでいるとかで、政治や社会、国際問題など時事ネタにも通じている。
あらゆる知識が深く、話していると笑ったり涙ぐんだり、くるくると変わる表情は豊かで、それは魅力的すぎる女の子。
音楽や芸術にも本当に造詣が深い。
碧衣と二人で行く美術館やプラネタリウムはとても楽しい。
僕は母や姉の影響で、クラスメートが嵌まっているJ・ポップや洋楽(ロツク)よりはクラシックの方が肌に合う。姉のオケなど演奏会を碧衣と二人で聴きに行くことは特別な楽しみだ。
碧衣はお洒落な女の子だけど、ファストで流行りの服より例えば演奏会に着ていく時のような、黒いリボンブローチをあしらったピンクのツイードワンピースによく磨かれたローファーを履き、小振りのバッグを合わせるなど、上質でトラッドな定番スタイルがよく似合う。そんな品格あるお嬢さまな碧衣の私服姿は同級生よりやや大人びている。けれど、あどけない愛らしさが一級品なことには変わりない。
そんな碧衣とつきあうことができることに僕は有頂天になっていた。
けれど僕は。
碧衣を……。
◇◆◇
「それでね。二つの共有点PとQを持つのは、Xがマイナスルート2からルート2の間なの。だからPとQのX座標を……。佐伯君!」
「え、何?」
「何って、佐伯君。私の説明聞いてないの?」
いつものように教室に残り、机を隣り合わせて、苦手な幾何学の問題を碧衣に教えてもらっている放課後のことだった。
珍しく碧衣がちょっとふくれっ面をする。
そんな碧衣は、それでもやっぱり可愛い。
「聞いてるよ」
「嘘。心ここにあらず、て感じだった」
今更のように碧衣に見とれていたなんて、言えるわけがない。
「ねえ、碧衣」
「何?」
「碧衣は僕のこと、「清志郎」て呼ばないの?」
「え…、え? せ、清志郎……?」
「僕は、君のこと「碧衣」て呼んでるのに、碧衣は僕のこと何で未だに「君呼び」なの?」
「だ、だって……」
碧衣は頬を真っ赤に染めながら横を向いた。
「佐伯君は私にとって「佐伯君」なの」
「そんなのずるいよ」
隣にいる碧衣の肩に僕は自然と肩を寄せた。
碧衣はそっと僕の方にしな垂れてくる。
僕はそんな碧衣の柔らかな頬に触れる。
「佐伯君……?」
碧衣が混じりけのない無垢な瞳で、不思議そうに僕を見つめる。
そんな彼女を目にして僕は、思わず彼女の口唇を奪いそうになった自分を辛うじて抑えた。
ああ、ダメだ……。
僕は絶望的な気分になる。
僕はやはり、完膚なきまでに『男』だ。
碧衣の黒い豊かな髪に、細いしなやかな指に、白魚のように白くきめの整った柔らかい肌に触れたい。
僕の目の前に、僕の隣にいる可愛い碧衣。
碧衣を完全に僕のものにしてしまいたい。
そういう欲求が抑えられない。
ひとたび彼女に触れれば、僕はどこまでも何もかも、彼女を求めてしまうだろう。
そんな自分は酷く自己中心的で、女の子の碧衣の気持ちを、躰のことを考えていない。
僕はそんな自分に自己嫌悪し、そして碧衣を求める自分の本能に恐怖するようになり始めていた。
◇◆◇
碧衣とつきあうようになって三ヶ月目。華やかなクリスマス・ホリデーシーズンを迎えた。
その日は朝からちらちらと、今年初めての雪が舞っていた。
「佐伯君……。今日も一緒に帰れないの?」
「あ……。母に用事を言いつけられていて。ごめん」
すげない返事を返す。自分自身の熱い想いとは裏腹に。
碧衣が悲しそうに僕の背中を見つめているのはわかっている。それは切なそうに、何か言いたげに。
でも、何も言わずに一人じっと黙って耐えている。
碧衣はそんないじらしい女の子だ。
ダメだ……。
僕の中で何かがパチンと弾け、崩れ落ちた。
僕は踵を返し、碧衣のもとへ近寄った。
俯いている碧衣を見下ろす。
「そんな瞳をしないで。悲しそうな君の顔を見るのは僕には耐え難い」
「さ、佐伯君のせいよ……。このところずっと私を避けてる。私のこと、もう嫌いになったの……」
碧衣は泣き虫だ。
小さな肩を落として、必死に涙を堪えている。
「泣かないで。碧衣」
「佐伯君……」
潤んだ瞳で上目遣いに僕を見つめる。美しい碧衣。
僕はとうとう彼女の小さな頬を両手で包み、紅い口唇に口唇を、重ねた。
温かく、しっとりと潤っている碧衣の口唇。
ずっと、ずっと。
触れたくて堪らなかったその柔らかい口唇……。
その愛しい口唇を啄みながら、彼女の背中に手を回し、彼女を抱き締める。
僕の胸にすっぽりと収まる小さな碧衣……。
それは長くて短い、僕の心に染み入る本当に至福のひとときだった。
僕の理性がたがを外すほんの一瞬前に、僕達はお互いの身を離した。
俯いている碧衣。
泣いている碧衣……。
僕が碧衣を泣かせた。
その事実に僕は動揺し、狼狽える。
「ごめ、んなさい……。泣いてばっかり……。でも……」
彼女の形の良い口唇が信じられない言葉を紡ぎ出す。
「嬉しかったのよ。私の初めての口づけが……佐伯君で……」
ああ、碧衣。
可愛い碧衣。
君は僕の天使だ……。
外は十二月の寒風が吹きすさんでいる。
暖房のない放課後の教室は冷えている。
でも、僕の心は、躰は熱く燃えていた。
碧衣。
いつか君をこれ以上、求めても良いだろうか。
そんな日は果たして来るのだろうか。
僕は君に相応しい人間に、男になりたい。
まっさらな白い絹のように無垢で純真な心の持ち主の君に相応しい人間に……。
僕の前で美しい一筋の涙を流している碧衣。
その涙を僕はそっと指ではらう。
そんな僕の仕草に益々涙を溢れさせるいじらしい彼女を、僕は再び強く抱き締めた。
碧衣は本をよく読むだけのことはあり、話題がとても豊富だ。僕と同じように世界や日本の名作文学はほぼ読破しているからか、その感想をよく語り合う。カフカの不条理の世界観やサルトルの実存主義を理解する傍ら、赤毛のアンも好きだという女の子特有の一面も覗かせる。
忙しい朝も毎日二十分じっくり新聞も読んでいるとかで、政治や社会、国際問題など時事ネタにも通じている。
あらゆる知識が深く、話していると笑ったり涙ぐんだり、くるくると変わる表情は豊かで、それは魅力的すぎる女の子。
音楽や芸術にも本当に造詣が深い。
碧衣と二人で行く美術館やプラネタリウムはとても楽しい。
僕は母や姉の影響で、クラスメートが嵌まっているJ・ポップや洋楽(ロツク)よりはクラシックの方が肌に合う。姉のオケなど演奏会を碧衣と二人で聴きに行くことは特別な楽しみだ。
碧衣はお洒落な女の子だけど、ファストで流行りの服より例えば演奏会に着ていく時のような、黒いリボンブローチをあしらったピンクのツイードワンピースによく磨かれたローファーを履き、小振りのバッグを合わせるなど、上質でトラッドな定番スタイルがよく似合う。そんな品格あるお嬢さまな碧衣の私服姿は同級生よりやや大人びている。けれど、あどけない愛らしさが一級品なことには変わりない。
そんな碧衣とつきあうことができることに僕は有頂天になっていた。
けれど僕は。
碧衣を……。
◇◆◇
「それでね。二つの共有点PとQを持つのは、Xがマイナスルート2からルート2の間なの。だからPとQのX座標を……。佐伯君!」
「え、何?」
「何って、佐伯君。私の説明聞いてないの?」
いつものように教室に残り、机を隣り合わせて、苦手な幾何学の問題を碧衣に教えてもらっている放課後のことだった。
珍しく碧衣がちょっとふくれっ面をする。
そんな碧衣は、それでもやっぱり可愛い。
「聞いてるよ」
「嘘。心ここにあらず、て感じだった」
今更のように碧衣に見とれていたなんて、言えるわけがない。
「ねえ、碧衣」
「何?」
「碧衣は僕のこと、「清志郎」て呼ばないの?」
「え…、え? せ、清志郎……?」
「僕は、君のこと「碧衣」て呼んでるのに、碧衣は僕のこと何で未だに「君呼び」なの?」
「だ、だって……」
碧衣は頬を真っ赤に染めながら横を向いた。
「佐伯君は私にとって「佐伯君」なの」
「そんなのずるいよ」
隣にいる碧衣の肩に僕は自然と肩を寄せた。
碧衣はそっと僕の方にしな垂れてくる。
僕はそんな碧衣の柔らかな頬に触れる。
「佐伯君……?」
碧衣が混じりけのない無垢な瞳で、不思議そうに僕を見つめる。
そんな彼女を目にして僕は、思わず彼女の口唇を奪いそうになった自分を辛うじて抑えた。
ああ、ダメだ……。
僕は絶望的な気分になる。
僕はやはり、完膚なきまでに『男』だ。
碧衣の黒い豊かな髪に、細いしなやかな指に、白魚のように白くきめの整った柔らかい肌に触れたい。
僕の目の前に、僕の隣にいる可愛い碧衣。
碧衣を完全に僕のものにしてしまいたい。
そういう欲求が抑えられない。
ひとたび彼女に触れれば、僕はどこまでも何もかも、彼女を求めてしまうだろう。
そんな自分は酷く自己中心的で、女の子の碧衣の気持ちを、躰のことを考えていない。
僕はそんな自分に自己嫌悪し、そして碧衣を求める自分の本能に恐怖するようになり始めていた。
◇◆◇
碧衣とつきあうようになって三ヶ月目。華やかなクリスマス・ホリデーシーズンを迎えた。
その日は朝からちらちらと、今年初めての雪が舞っていた。
「佐伯君……。今日も一緒に帰れないの?」
「あ……。母に用事を言いつけられていて。ごめん」
すげない返事を返す。自分自身の熱い想いとは裏腹に。
碧衣が悲しそうに僕の背中を見つめているのはわかっている。それは切なそうに、何か言いたげに。
でも、何も言わずに一人じっと黙って耐えている。
碧衣はそんないじらしい女の子だ。
ダメだ……。
僕の中で何かがパチンと弾け、崩れ落ちた。
僕は踵を返し、碧衣のもとへ近寄った。
俯いている碧衣を見下ろす。
「そんな瞳をしないで。悲しそうな君の顔を見るのは僕には耐え難い」
「さ、佐伯君のせいよ……。このところずっと私を避けてる。私のこと、もう嫌いになったの……」
碧衣は泣き虫だ。
小さな肩を落として、必死に涙を堪えている。
「泣かないで。碧衣」
「佐伯君……」
潤んだ瞳で上目遣いに僕を見つめる。美しい碧衣。
僕はとうとう彼女の小さな頬を両手で包み、紅い口唇に口唇を、重ねた。
温かく、しっとりと潤っている碧衣の口唇。
ずっと、ずっと。
触れたくて堪らなかったその柔らかい口唇……。
その愛しい口唇を啄みながら、彼女の背中に手を回し、彼女を抱き締める。
僕の胸にすっぽりと収まる小さな碧衣……。
それは長くて短い、僕の心に染み入る本当に至福のひとときだった。
僕の理性がたがを外すほんの一瞬前に、僕達はお互いの身を離した。
俯いている碧衣。
泣いている碧衣……。
僕が碧衣を泣かせた。
その事実に僕は動揺し、狼狽える。
「ごめ、んなさい……。泣いてばっかり……。でも……」
彼女の形の良い口唇が信じられない言葉を紡ぎ出す。
「嬉しかったのよ。私の初めての口づけが……佐伯君で……」
ああ、碧衣。
可愛い碧衣。
君は僕の天使だ……。
外は十二月の寒風が吹きすさんでいる。
暖房のない放課後の教室は冷えている。
でも、僕の心は、躰は熱く燃えていた。
碧衣。
いつか君をこれ以上、求めても良いだろうか。
そんな日は果たして来るのだろうか。
僕は君に相応しい人間に、男になりたい。
まっさらな白い絹のように無垢で純真な心の持ち主の君に相応しい人間に……。
僕の前で美しい一筋の涙を流している碧衣。
その涙を僕はそっと指ではらう。
そんな僕の仕草に益々涙を溢れさせるいじらしい彼女を、僕は再び強く抱き締めた。
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