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鏡花水月 花言葉の導③ー1

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   少し外が暗くなってきただろうか。街の街頭に明かりが灯り始める。
   時刻は夕方の四時半を過ぎた頃だ。茜色に空が染まり、烏が鳴きながら山に帰っていく。



「ねえ、そろそろさ、華舞かぶうたげの時間じゃない?準備出来た?」

   そう言って、ガチャ、と部屋の扉を開けて入ってきたのはオルメカだ。その姿は先程までの服装と違い、金魚柄の浴衣姿へと変わっている。それに髪を結い上げ花飾りをつけている。
   この花祭の時期は観光客向けにどの宿泊施設でも浴衣の貸し出しをしていると聞いたので、華舞の宴を見に行く際にせっかくなら、と着替えて行くことにしたのだ。

   着替え終わったオルメカが部屋に戻って顔を出す。ソロモン達も着替え終わっているようだった。

「おおー!美男子の浴衣は目の保養ですな!!」

   オルメカは携帯のカメラで写真を撮りまくる。ソロモンが着ている浴衣は、紺の麻の葉柄だ。アリスはと言うと、朝顔柄の浴衣だ。二人とも髪型を変えているのでとても新鮮である。
   そうして嬉々として写真を撮っていると、ソロモンがじっ、とこちらを見てくるので、バツが悪くなったオルメカは恐る恐る訊ねる。

「あの…何か?」

   思い返せば、今、写真を取るのはまずかったかもしれない。昼間にやらかしたばっかだ。また、怒られるかなぁ、と思ったが、返って来た言葉は思ったものと違った。

「あ、いや。…新鮮だなと思ってな。オルが髪を結い上げているのも、金魚柄の浴衣もな。…うん。よく似合っている」

   努めて大真面目にそう言うので、オルメカはどういう反応をしていいのか判らなかった。しかも、とても柔らかい微笑みを向けながらオルメカの頬に手を添えて言ってくるので、質が悪い。さらに、アリスまでも便乗する。

「お姉さん…浴衣姿が、すごく可愛いです!綺麗です…。髪型がいつもと違うんですね。いつもの髪型も好きですが、今の髪型もすごく好きです…!」

   純真無垢な眼差しで見つめられ、居たたまれなくなってくる。なんだろう、こう、美男子は無自覚でこういうワードを言ってくるもんなんだろうか。
   まぁ、確かにこれが乙女ゲームなら浴衣イベントはそう言ったセリフのオンパレードだろうよと。
   だがしかし、ここは現実だ。オルメカもそういったゲームをしたことはあるが、所詮、ゲームの中の出来事はゲームの中の事。褒められるのも可愛がられるのも告られるのもすべてデフォルトキャラクターのことであってプレイヤー自身ではない。それが判っているからゲームの展開を楽しめる訳だが、それが現実になると言うなら話は別だ。
   実際に、乙女ゲームのようなイベントが起きたとしても、到底楽しめるものではないのだ。

…違うんですよ!?私は空気!空気なのよ!?誉めても何も出ませんよ!?誉める相手を間違えてます!!
 
   そんな事を心の中で叫んだ。
   とにかく、このままこの話題を続けるのは心臓に悪いので、二人を連れて部屋を後にした。






   三人は、街の中心の方へ向かう。花祭最大のイベントである華舞の宴は広場の方で行われるものらしい。パンフレットによれば、やぐらを中心に華を飾る美男美女が舞を披露するものとある。
   中心の櫓の周りには二段ほど高く底上げされた円形ステージが用意されている。観光客や見物客はこの円形ステージの周りに集まっていた。

「おおーっ!人が集まってるね!」

   オルメカはウキウキと舞がよく見えそうな場所を探す。だが、来るのがギリギリだったため、そう簡単にはいかないようだった。

「むーっ。当然ながら来るのが遅かったな…。どっかないかなー」

   うろうろとしながらステージの周りを歩くオルメカの後ろで、黄色い声が聞こえた。キャーキャーと騒がしく、思わず声の方を振り向いてみると、たくさんの女性に囲まれている二人組がいる。
   その二人組をはっきりとの認識した時、オルメカの目は大きく見開かれた。

「いや、あの、そこを通してくれないか?」

「ふぁっ!?あの、頭、勝手に撫でないで…っ!」

   ソロモンとアリス、その二人が綺麗に着飾った女性達に揉みくちゃにされている。頭を撫でられたり腕を組まれたり、髪を触られたりともう滅茶苦茶だ。やんわりとしか断っていないからだろうが、このモテっぷりには正直納得がいく。

「お兄さん、お姉さん達と回らない?」

「貴方みたいな子を連れて歩くのって夢だったのよね」

「坊や可愛いわねぇ!連れて帰りたーい」

「ねーぇ?うちの子にならない?」

「貴方みたいな綺麗な子の前じゃ、私達、霞んじゃうわね」

   など、節々に聞こえてくる。とってもモテモテである。そのうち何処かに連れていかれそうな気もする。

「ねぇ?あの女の子は一緒じゃないの?」

「私も見たわ。随分と子猫ちゃんだったわよねー。貴方のような美人さんには不釣り合いな子だったわ」

   二人の容姿を誉める話題から、切り替わる。

「こーんなイケメンを独り占めなんて、野暮な子よねぇ」

「ていうか、大分痛いわよね、あの子。だって随分なぶりっ子でしょう?」

「まぁ、そこそこは可愛いのかもしれないけれど、貴方達の隣に立つほどじゃないわよねぇ」

「あの子性格ブスじゃない?その気がないフリしてホントは貴方達のこと食べる気なのよ」

「ねーえ、あんな子やめて、私達と一緒に行きましょうよ」

   女性達は口々に不満を漏らし始める。どうやら、彼女達はオルメカ達が街に入ってきたところを見ていたようだ。その時からソロモンとアリスは目を付けられていたのだろう。

…う、わーっ。御姉様方、みんな美人なのに性格わっるっ!普通、一緒にいた仲間とか友達とかの悪口聞かせないでしょ?

   程よく離れたところで会話を聞いていたオルメカは心の中でそう突っ込んだ。
   彼女達もソロモン達も、人混みの少し向こう、探せば見つけられる位置までオルメカが近くに来ている事に気付いていなかった。

…私だって仲間の悪口言う人なんて嫌いだもんなー。好かれたい相手にわざわざ嫌われようとするとか、何て言うか…馬鹿っぽいなぁ…。残念な美人さん、だことで…。

   オルメカは呆れたように乾いた笑いが零れていた。特に傷付いたとかそういうことは美男子愛好家としては無いのだが、そんな風に見られていたのかと思うと、少しだけ沸々としたものが込み上げた。

   そして、それはオルメカだけではなかった。揉みくちゃにされている間は、愛想笑いで過ごしていたソロモンの顔が、話題が切り替わった辺りからあからさまに不機嫌になったのだ。それはアリスも同様で、抱き締めたままのハート型のパズルから軋む音がした。

「…あらやだ、もしかして怒ってる?」

「あら?もしかして大事な子だったの?…まさかねぇ?」

「坊やもお姉さん達のような姉の方が良いわよね」

   未だにそのようなことを言い続けている。明らかに不機嫌な顔をしているのに、その自信は大したものだと感心すらしてしまう。まさか、これであの二人が落ちるとでも思っているのだろうか。

   どれだけ他人の足を引っ張ったところで、自身の高さは変わらないと言うに。オルメカは零れ聞こえてくる会話を聞いて、ほとほと呆れてしまった。いっそここで「話は聞かせてもらったぜ!」と乗り込んで顔面蒼白になるだろう女性達を見るのも一興だとは思うが…。
   そんな事を心の中で考えていると、これまで黙っていたソロモンが口を開いた。

「…確かに彼女は美人とは言わないのでしょう。…貴女方の基準であるならば」

   低い、怒りを含んだ声。
   その場でケラケラと笑っていた女性達が身を竦める。

「美人というのが貴女方のような人を指すのであれば、俺は、彼女は美人でなくていいとすら思いますね」

   身を竦めた女性達に向かい、不敵な笑みを見せた。

「どうやら、美人という皮を被るのは、自らの内面の穢さを隠すためのもの、のようですから…」

   牽制するようにそう言った。この発言には女性達もカッ!となる。

「なっ…!」

「さ、さいってー!失礼にも程があるんじゃないかしら!」

「何よ!ちょっとイケメンだからって調子に乗るんじゃないわよ!!」

   バンッ!っと一人の女性がソロモンを突き飛ばす。これに驚いたアリスは、

「ひ、ひどいです!突き飛ばすなんて…!!そんな乱暴なあなた達の方がお兄さんには不釣り合いです…!」

   と、精一杯叫んだ。

…あーあ。あの普段は大人しくて天使なアリスにまであんなことを言わせて…。

   祭囃子が会場に響き渡り、歓声が聞こえた。どうやら、華舞の宴が始まったようだ。観客は皆、見物の輪に加わっていく。
   そんな彼らを他所に、ソロモン達と女性達の間の空気は冷え込んでいく。
   見兼ねたオルメカが割って入ろうかと思った時、体の周りをぐるりと風が駆け抜けていく。





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