上 下
68 / 75

鏡花水月 花言葉の導③ー1

しおりを挟む
 
   少し外が暗くなってきただろうか。街の街頭に明かりが灯り始める。
   時刻は夕方の四時半を過ぎた頃だ。茜色に空が染まり、烏が鳴きながら山に帰っていく。



「ねえ、そろそろさ、華舞かぶうたげの時間じゃない?準備出来た?」

   そう言って、ガチャ、と部屋の扉を開けて入ってきたのはオルメカだ。その姿は先程までの服装と違い、金魚柄の浴衣姿へと変わっている。それに髪を結い上げ花飾りをつけている。
   この花祭の時期は観光客向けにどの宿泊施設でも浴衣の貸し出しをしていると聞いたので、華舞の宴を見に行く際にせっかくなら、と着替えて行くことにしたのだ。

   着替え終わったオルメカが部屋に戻って顔を出す。ソロモン達も着替え終わっているようだった。

「おおー!美男子の浴衣は目の保養ですな!!」

   オルメカは携帯のカメラで写真を撮りまくる。ソロモンが着ている浴衣は、紺の麻の葉柄だ。アリスはと言うと、朝顔柄の浴衣だ。二人とも髪型を変えているのでとても新鮮である。
   そうして嬉々として写真を撮っていると、ソロモンがじっ、とこちらを見てくるので、バツが悪くなったオルメカは恐る恐る訊ねる。

「あの…何か?」

   思い返せば、今、写真を取るのはまずかったかもしれない。昼間にやらかしたばっかだ。また、怒られるかなぁ、と思ったが、返って来た言葉は思ったものと違った。

「あ、いや。…新鮮だなと思ってな。オルが髪を結い上げているのも、金魚柄の浴衣もな。…うん。よく似合っている」

   努めて大真面目にそう言うので、オルメカはどういう反応をしていいのか判らなかった。しかも、とても柔らかい微笑みを向けながらオルメカの頬に手を添えて言ってくるので、質が悪い。さらに、アリスまでも便乗する。

「お姉さん…浴衣姿が、すごく可愛いです!綺麗です…。髪型がいつもと違うんですね。いつもの髪型も好きですが、今の髪型もすごく好きです…!」

   純真無垢な眼差しで見つめられ、居たたまれなくなってくる。なんだろう、こう、美男子は無自覚でこういうワードを言ってくるもんなんだろうか。
   まぁ、確かにこれが乙女ゲームなら浴衣イベントはそう言ったセリフのオンパレードだろうよと。
   だがしかし、ここは現実だ。オルメカもそういったゲームをしたことはあるが、所詮、ゲームの中の出来事はゲームの中の事。褒められるのも可愛がられるのも告られるのもすべてデフォルトキャラクターのことであってプレイヤー自身ではない。それが判っているからゲームの展開を楽しめる訳だが、それが現実になると言うなら話は別だ。
   実際に、乙女ゲームのようなイベントが起きたとしても、到底楽しめるものではないのだ。

…違うんですよ!?私は空気!空気なのよ!?誉めても何も出ませんよ!?誉める相手を間違えてます!!
 
   そんな事を心の中で叫んだ。
   とにかく、このままこの話題を続けるのは心臓に悪いので、二人を連れて部屋を後にした。






   三人は、街の中心の方へ向かう。花祭最大のイベントである華舞の宴は広場の方で行われるものらしい。パンフレットによれば、やぐらを中心に華を飾る美男美女が舞を披露するものとある。
   中心の櫓の周りには二段ほど高く底上げされた円形ステージが用意されている。観光客や見物客はこの円形ステージの周りに集まっていた。

「おおーっ!人が集まってるね!」

   オルメカはウキウキと舞がよく見えそうな場所を探す。だが、来るのがギリギリだったため、そう簡単にはいかないようだった。

「むーっ。当然ながら来るのが遅かったな…。どっかないかなー」

   うろうろとしながらステージの周りを歩くオルメカの後ろで、黄色い声が聞こえた。キャーキャーと騒がしく、思わず声の方を振り向いてみると、たくさんの女性に囲まれている二人組がいる。
   その二人組をはっきりとの認識した時、オルメカの目は大きく見開かれた。

「いや、あの、そこを通してくれないか?」

「ふぁっ!?あの、頭、勝手に撫でないで…っ!」

   ソロモンとアリス、その二人が綺麗に着飾った女性達に揉みくちゃにされている。頭を撫でられたり腕を組まれたり、髪を触られたりともう滅茶苦茶だ。やんわりとしか断っていないからだろうが、このモテっぷりには正直納得がいく。

「お兄さん、お姉さん達と回らない?」

「貴方みたいな子を連れて歩くのって夢だったのよね」

「坊や可愛いわねぇ!連れて帰りたーい」

「ねーぇ?うちの子にならない?」

「貴方みたいな綺麗な子の前じゃ、私達、霞んじゃうわね」

   など、節々に聞こえてくる。とってもモテモテである。そのうち何処かに連れていかれそうな気もする。

「ねぇ?あの女の子は一緒じゃないの?」

「私も見たわ。随分と子猫ちゃんだったわよねー。貴方のような美人さんには不釣り合いな子だったわ」

   二人の容姿を誉める話題から、切り替わる。

「こーんなイケメンを独り占めなんて、野暮な子よねぇ」

「ていうか、大分痛いわよね、あの子。だって随分なぶりっ子でしょう?」

「まぁ、そこそこは可愛いのかもしれないけれど、貴方達の隣に立つほどじゃないわよねぇ」

「あの子性格ブスじゃない?その気がないフリしてホントは貴方達のこと食べる気なのよ」

「ねーえ、あんな子やめて、私達と一緒に行きましょうよ」

   女性達は口々に不満を漏らし始める。どうやら、彼女達はオルメカ達が街に入ってきたところを見ていたようだ。その時からソロモンとアリスは目を付けられていたのだろう。

…う、わーっ。御姉様方、みんな美人なのに性格わっるっ!普通、一緒にいた仲間とか友達とかの悪口聞かせないでしょ?

   程よく離れたところで会話を聞いていたオルメカは心の中でそう突っ込んだ。
   彼女達もソロモン達も、人混みの少し向こう、探せば見つけられる位置までオルメカが近くに来ている事に気付いていなかった。

…私だって仲間の悪口言う人なんて嫌いだもんなー。好かれたい相手にわざわざ嫌われようとするとか、何て言うか…馬鹿っぽいなぁ…。残念な美人さん、だことで…。

   オルメカは呆れたように乾いた笑いが零れていた。特に傷付いたとかそういうことは美男子愛好家としては無いのだが、そんな風に見られていたのかと思うと、少しだけ沸々としたものが込み上げた。

   そして、それはオルメカだけではなかった。揉みくちゃにされている間は、愛想笑いで過ごしていたソロモンの顔が、話題が切り替わった辺りからあからさまに不機嫌になったのだ。それはアリスも同様で、抱き締めたままのハート型のパズルから軋む音がした。

「…あらやだ、もしかして怒ってる?」

「あら?もしかして大事な子だったの?…まさかねぇ?」

「坊やもお姉さん達のような姉の方が良いわよね」

   未だにそのようなことを言い続けている。明らかに不機嫌な顔をしているのに、その自信は大したものだと感心すらしてしまう。まさか、これであの二人が落ちるとでも思っているのだろうか。

   どれだけ他人の足を引っ張ったところで、自身の高さは変わらないと言うに。オルメカは零れ聞こえてくる会話を聞いて、ほとほと呆れてしまった。いっそここで「話は聞かせてもらったぜ!」と乗り込んで顔面蒼白になるだろう女性達を見るのも一興だとは思うが…。
   そんな事を心の中で考えていると、これまで黙っていたソロモンが口を開いた。

「…確かに彼女は美人とは言わないのでしょう。…貴女方の基準であるならば」

   低い、怒りを含んだ声。
   その場でケラケラと笑っていた女性達が身を竦める。

「美人というのが貴女方のような人を指すのであれば、俺は、彼女は美人でなくていいとすら思いますね」

   身を竦めた女性達に向かい、不敵な笑みを見せた。

「どうやら、美人という皮を被るのは、自らの内面の穢さを隠すためのもの、のようですから…」

   牽制するようにそう言った。この発言には女性達もカッ!となる。

「なっ…!」

「さ、さいってー!失礼にも程があるんじゃないかしら!」

「何よ!ちょっとイケメンだからって調子に乗るんじゃないわよ!!」

   バンッ!っと一人の女性がソロモンを突き飛ばす。これに驚いたアリスは、

「ひ、ひどいです!突き飛ばすなんて…!!そんな乱暴なあなた達の方がお兄さんには不釣り合いです…!」

   と、精一杯叫んだ。

…あーあ。あの普段は大人しくて天使なアリスにまであんなことを言わせて…。

   祭囃子が会場に響き渡り、歓声が聞こえた。どうやら、華舞の宴が始まったようだ。観客は皆、見物の輪に加わっていく。
   そんな彼らを他所に、ソロモン達と女性達の間の空気は冷え込んでいく。
   見兼ねたオルメカが割って入ろうかと思った時、体の周りをぐるりと風が駆け抜けていく。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

男娼館ハルピュイアの若き主人は、大陸最強の女魔道士

クナリ
ファンタジー
地球で高校生だった江藤瑠璃は、異世界であるベルリ大陸へ転移する。 その後の修業を経て大陸最強クラスの魔道士となった瑠璃は、ルリエル・エルトロンドと名乗り、すっかりベルリでの生活になじんでいた。 そんなルリエルが営んでいるのが、男娼館「ハルピュイア」である。 女性の地位がおしなべて低いベルリ大陸において、女性を癒し、励ますために作ったこの男娼館は、勤めている男子が六人と少ないものの、その良質なサービスで大人気となった。 ルリエルにはもう一つの顔があり、それは夜な夜な出没する近隣のならず者を魔法で排除する、治安安定化と個人的な趣味を兼ねた義賊のようなものだった。 特に、なにかしらの悩みを抱えていることが多いハルピュイアのお客の女性には、肩入れしてしまうのが常である。 ルリエルを信頼する六人の男子は、それを知った上で毎日の女性奉仕に精を出している。 元北国の騎士団長、キーランド。 元素手格闘(パンクラティオン)の王者だった、筋骨たくましいダンテ。 草花に詳しく、内気ながら人好きのするトリスタン。 美少女と見まがうばかりの金髪の美形、カルス、などなど。 彼らと共に目の前の女性たちのために尽くそうとするルリエルだったが、彼女の持つ力ゆえに、時には大陸の人類全体の敵である「六つの悪魔」を相手取ることもある。 大陸人類最強クラスの者に与えられる称号である「七つの封印」の一人であるルリエルは、今日も彼女なりに、精一杯生きている。

迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~

飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。 彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。 独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。 この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。 ※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

勇者無双~魔王と神を倒して美女と過ごす日々~

 ・
ファンタジー
異世界に行った主人公 俺はトラックにはねられ死亡☆気付けば異世界に。 やれやれ軽くチートで無双していくか

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

処理中です...