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閑話休題 束の間の休息②

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「私が知ってるソロモンって、ほんの一部だと思う。ソロモンはずっと独りで生きてきたから、その間のこともその前のことも私は良く知らない。でもさ、出逢ってからのソロモンなら知ってる。ステンドグラスの前に立ったら天使が舞い降りたかと思うほど綺麗だし、浴衣姿も女神かと思うほどだし…」

  さらさらと髪が風になびく。その表情は晴れ晴れとしたものだったが…。
  だんだん、話の内容が明後日の方向に向いていく。黙って聞いていたシャアムとソロモンは苦笑いをし始める。

「…ソロモンは、何の理由もなく国を捨てるような人じゃないよ。絶対に」

   「絶対に」と言う最後の台詞には力が篭っていた。
   シャアムにはどうしてそう言い切れるのかがわからなかったが、それでも、オルメカがソロモンを信じていることは伝わった。

「はぁ。わかった。もう何も言わへんよ」

   観念したように両手を上げて白旗を振った。

「…話はついたのかしら?」

   物陰からタイミングを計った様にメイジーが現れる。

「…何やねん。べティまで盗み聞きしとったん?」

「偶然よ、偶然」

「ホンマかいな」

   特に怒った風でもなく、シャアムは腰に手を当てて溜息をついた。

「まぁ、良かったわ。ギルド内で乱闘されちゃ堪らないもの」

「…俺のせいだな。迷惑をかけてすまない」

   ソロモンが頭を下げる。

「…良いわよ、別に。迷惑を掛けたのはこっちだもの。悪かったわね」

   ソロモンは首を横に振る。

「いや…」

   そんな二人の会話を他所に、オルメカはシャアムに話し掛ける。くいっとシャアムの服を引っ張る。

「そーだ、言い忘れてた」

「ん?何や?」

「…あのね、人間ってね、ぜーんぶ引っくるめてその人って話!」

   パチンとウインクしてみせる。

「……」

   シャアムは少しウインクされたことに拍子抜けをして何も言えなかった。
   それだけ言うと、オルメカはソロモンの腕に抱きつきに行く。

ガバッ!

「…!?…なんだ?どうした?」

   声はいたって冷静だが、頬は少し赤くなっている。

「いーやー?ちょーっと美男子パワーを充電しようかなと」

   ぎゅーっとソロモンの腕に抱きつき、ご満悦のようだ。嬉しそうにしている。

「…なんだ、それ」

   ほんのり頬を染めながら微笑ましそうにオルメカを見ている。
   そんな二人のやり取りを見ていたメイジーが言った。

「…話はついたのよね?そろそろあの少年を迎えにいったらどう?アラヌス達が相手をしていると思うけれど」

   メイジーがそう促し、オルメカとソロモンはシャアム達に案内されてアラヌス達の部屋へ向かった。





「お姉さん!」

   部屋の扉をノックすると、中から嬉しそうな笑顔でアリスが出迎えた。
   ガバッとオルメカに抱きつく。オルメカも嬉しそうにアリスを抱きしめ返す。
   二人の間にハートが飛んでいる。

「アリス~!」

…はあああああこの天使っぷりは癒されるーーー!
   入り口で抱き締め合っているので中に入れないソロモン達は、部屋の中にいるアラヌス達と遠巻きに話すことになった。

「お、揃ったみたいだな」

「おー、坊を見ててくれてさんきゅーやで」

「ふふっ。構わないわよ。それで?話はまとまったの?」

「ええ、とりあえずは…」

「うむ。…なら報告しておこうか。…例の被害者達はみな、無事に自我を取り戻しておるぞ。傀儡の魔法も術者が死ねば無効となる。依頼は無事に完了したとこいうことぞ」

  しっぽがくるりと回る。
  その会話を聞いたソロモンが聞く。

「被害者…?それはまさか…俺の代わりに誘拐された、という人々のことか?」

   そうなら申し訳ない、と沈んだ様子だった。

「…この者達に聞いたが、お主も被害者であろう。過去にどんな因縁があったかは知らぬが…それでも、今回の術者がやったことは赦さざることぞ」

「それは、そうなんだろうが…」

   困ったような浮かない顔をしているソロモンにラグノアーサーが言う。

「…申し訳ない、と思うのであれば、次は手離さぬことぞ。アリス、と言ったか…その子供に話は聞いたが、術者はお主の嫁であったと聞くな」

「…ああ…。かつての、妻だ」

   その場にいる全員が軽口を叩くでもなく、黙ってラグノアーサーの話を聞いている。
   ただ一人、ルーエイは興味なさそうにしかめっ面をして椅子に腰掛けているが。


「…余に、事の経緯は判らぬが、主が悪魔と契約をしていること、それに付随するものが今回の騒動の発端と考える。違うか?」

「…よく、判るな。恐らく、そうなんだろうと、思っている」

   ソロモンは困った様に笑ったが、オルメカやシャアムは目を見開いていた。

「悪魔との契約に代償は付き物だ。大方、貴様は寿命でもくれてやったんだろう。…ふん。年老いていかないもんで、化け物呼ばわりでもされたか」

   鼻で笑うようにルーエイが言う。そのルーエイの言葉にソロモンはピクリと反応し、服を握り締める。

「…図星、か。相変わらず人間は小さきことに拘るな」

   吐き捨てる様にルーエイが言った。
   横でオルメカがハラハラしたようにそのやり取りを見ている。

「そうなのか?」

   アラヌスが聞き返す。それに対して面倒くさそうに眉に皺を寄せたルーエイだったが、

「いつの時代、世界でもそうだ。自分以外の世界を考えやしない。結果それが最悪の事態を引き起こす。何度、危機を迎えようと繰り返す。いづれもその他の世界を受け入れない結果だ」

「…人によっては余やルーエイのことを拒絶するものはいる。所詮はその様なものぞ。だが、お主達のように受け入れ合える者も存在するのだ。それはある意味で奇跡と呼べようぞ」

「…そうかもな。だってさ、ラグノアーサーは古代の人だし、ルーエイはドラゴンだろ?そんでもってソロモンは悪魔を召喚できる…こんなすごい存在が一同に会するって奇跡だよな!」

   人ならざる存在である二人の話を聞いたアラヌスが笑う。
   わくわくしたようなキラキラと輝く目をしている。
   その姿を見たルチーナは呆れ顔だ。やれやれといった風に頭を横に振っている。

「奇跡…それはそうかもしれない…」

   オルメカがポツリとこぼす。それから、ガッ!とルーエイの手を両手で握る。
   この突飛な行動に誰もが驚いたし、ルーエイ自身もぎょっとしたような表情を見せる。だが、反対にオルメカの表情はキラキラと輝いている。

「奇跡だよね…だって、こんな美男子に会えたんだもん!!!!」

   幸せに満ちた顔でルーエイに迫っている。

「ここで会えたのも何かの縁…是非とも!私と召喚契約を…!!!」

   勢いのままルーエイを押し倒しそうになっている。当のルーエイはこの初めての出来事に一瞬、硬直していた。声も出ないようだった。だが、このままでは本人の承諾なく契約に踏み込みそうな勢いだったため、ソロモンがパチンと指を鳴らす。
   パッとオルメカの頭上にたらいが出現し、落下する。
   ゴン、と音立てて、それは彼女の頭に見事命中し、目を回してバタリと倒れた。

「…見境が無さすぎるだろう…」

   呆れたような身内の恥のような何とも言えない表情でソロモンが言った。
   最早、彼女の守備範囲がわからない。

「ーっ!!な、なんなんだ!!この小娘は!!」

   はぁはぁと息を切らし、ルーエイがようやく声を上げた。今まで聞いたことがない動揺した声。

「あ、頭の中がお花畑なのか!!!貴様と一緒か!!」

「えー?オレと一緒にすんなよ!流石にこれはしたことないぞ!!」

「似たようなもんじゃない?遺跡に食い付くときって」

「は!?ルチーナ!何だよその言い方は!」

「何よ!本当のことでしょう?!」

   アラヌスとルチーナが言い合いを始めた。その横で、未だに心臓がバクバクいっているのかルーエイは胸を押さえている。
   正直、ここまで動揺したルーエイを見たのは初めてだとラグノアーサーは思う。実に面白いものが見れた。

「…なんとも個性の強い女子おなごだな」

   ふよふよと宙を漂いながらラグノアーサーは言った。これにはソロモンとアリスも苦笑いで返した。

パンパン!

   誰かの手を叩く音で我に還る。

「さぁ、世間話はここまでよ」

   手を叩いたのはメイジーだったようだ。手を重ねている。

「後処理はこっちでやっておくわ。…貴方達は彼女の旅に付き合うのでしょう?」

「あ、ああ。…そのつもりだ」

「はい。一緒に行きます」

   そう答えるソロモンとアリスに対してシャアムは、

「…ま、せーぜー気張りや?いたいけな女の子を危険にさらすんわー…男として情けない話、やからなぁ?」

   と、牽制するような言い方をする。

「え、あの…」

   そのような態度取られて驚いたアリスあったが、ソロモンはその言葉が自分に向けられているものだと気付いていた。

「ああ、肝に命じておくさ」

   そう言ってソロモンはそこで伸びているオルメカをお姫様抱っこで持ち上げる。

「…準備はいいのかしら?帰る手段はあるの?」

「あ、それなら大丈夫です!お姉さんがここに来る前に魔法で出口を作ってたです!」

「ああ、そうなのか?じゃあ、とっとと起こすか」

   アリスがそう言ったので、ソロモンはオルメカの頬をペチペチペチペチと叩いて目を覚まさせる。
   いきなり、頬を叩かれ、オルメカは目を覚ました。

「いたいっ!!痛いです!!ソロモンさん!!」

「お、目を覚ましたか」

   パッと手を離す。オルメカは自身の頬を擦る。

「うー…」

「帰り道、用意してあるんだろう?」

「ん?うん…あるけど…」

   涙目になりながらオルメカは転送魔法陣を展開する。

ブォン…!

   展開した魔法陣を三人が囲む様に立つ。その周りをアラヌス達が見送るために囲む。
   元いた世界に帰ろうとするオルメカの腕を掴み、シャアムが引き留める。

「ん?何?」

「…なぁ、姫ええの?このままで」

   二人が話しているのをちらりとソロモンが横目に見ている。

「何が?」

「…あいつのことや…。散々迷惑掛けといて…たらいとか女の子の頭に落とすやん?…めっちゃ酷い男やんか」

   心配そうな顔でシャアムが言う。その表情を見て、オルメカはふふっと笑う。

「良いんだよー。あれで。ソロモンは突っ込み役なんだから」

   ふりふりと手を振る。

「…突っ込み役…?」

「うん!そう!」

   怪訝そうなシャアムに笑顔でそう言い、魔法陣に向かう。

「…これも何かの縁ね。用があれば連絡をちょうだい」

   メイジーが連絡先を書いた紙をオルメカに渡す。それを受け取る。

「ありがとう。こっちも何かあったら協力するね!あ、その時は美男子増えてるかもだから紹介するね!」

「それは結構よ」

   ズバッと切り捨てられてしょんぼりするオルメカ。その彼女の頭をポンポンとソロモンが撫でる。

「…帰るか」

「はい!帰りましょう!」

「…うん」

   一歩踏み出して魔法陣の上へ。
   振り返ってオルメカはメイジー達に手を振った。

「じゃあ、またね」

キンッ!

   音が鳴り、転送魔法陣が放つ光が三人を包み込み、そのまま消えていった。
   三人を見送ったメイジー達はバラバラとその場を解散する。

「…納得していないって顔ね」

   部屋に戻る廊下でそう言った。

「…せやなぁ。あいつ、嫌いやもん。のうのうと生きてるなんて納得できへん」

「…それでも、彼女は責めたりしていないわ。だから、何も言えない、そうでしょう?」

   そう言ってメイジーはすたすたと歩いていく。
   その後ろ姿をシャアムは腰に手を当てながら眺める。その姿が見えなくなってからポツリと呟いた。

「…せやねぇ。そーいうもんかもしれへんなぁ」



   飛空艇はブォンブォンと鈍い音を鳴らしながら空を駆けていったー…。
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