人を愛した魔族達《完結》

トキ

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断罪

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「梃子摺っているのか? お前にしては珍しいな」
『クレハ様のご家族を見付けるまでは良かったのですが……五月蝿い猿共のせいで身動きが取れないんです』
「…………」
『何故かは分かりませんが、あの猿、何時も何時も私に付き纏って大声で喚くんです。良い迷惑ですよ。私は早くコノハを攫って存分に甘やかしたいと言うのに……』
「コノハ?」
『はい。容姿も仕草や雰囲気もクレハ様によく似た方です。コノハと言う名もこの世界では珍しい名ですし、クレハとコノハ……名前も似ております』
「暮羽の兄、か」
『クレハ様のお兄様なのですか?』
「あぁ。暮羽から聞いた。歳の離れた兄が居たと。仲が良かったが、突然その兄が行方不明になったらしい」
『………』
「兄の名は琥之羽だと言っていた。間違いなく、その者は暮羽の兄だ」
『………』
「リューイ、さっさと暮羽の兄を奪って戻って来い。暮羽が寂しがっている」
『勿論、最初からそのつもりですよ』



「可哀想に……」

 魔王は珍しく赤の他人である暮羽の兄に同情した。リューイは今まで誰かを好きになった事はない。愛想笑いを浮かべ、一定の距離を保ったまま他人と接する。長年リューイの傍にいたが、彼の口から「甘やかしたい」等と言う言葉が出てくる事自体あり得なかった。どんな手を使ってでも、リューイは暮羽の兄を手に入れて来るだろう。蜘蛛の糸のように罠を張り巡らせ、じわじわと逃げ道を塞ぎ、自らの意思で自分を選ぶように仕向ける。その糸に絡め取られたが最後、暮羽の兄は二度とリューイから逃れる事は出来ない。

「杞憂か」

 魔族は何よりも家族を大切にする。それは魔王もリューイも例外無く当て嵌まる。魔王は暮羽が嫌がる事は一切せず、城の中もある程度自由に行動出来るようにしている。愛する者に尽くしたいと思うのも、守りたいと思うのも、笑顔でいて欲しいと思うのも、魔族に取っては当たり前の感情なのだ。あの城にいる人間達とは違う。私利私欲の為に同族同士で殺し合い、憎しみ合う醜い存在とは違う。

「ま、おう、さま?」

 考え事をしながら歩いていると、魔王の前に暮羽がゆっくりと歩いて来た。優秀な医師の治療と栄養のある食事のお陰で、大分血色が良くなり、身体も丸みを帯びてきた。最初は立つ事すら出来なかったが、リハビリのお陰で少しの距離なら歩けるまでに回復した。しかし、それでも暮羽の体は細く、歩くのも誰かの手を借りなければまともに歩けない状態。にも関わらず、暮羽は誰の力も借りず、魔王の元まで歩いてきた。覚束ない足取りで、ゆっくりと歩こうとするも、足が限界に達し、暮羽は転びそうになる。

「う」
「無茶をするな」

 倒れそうになる暮羽の体を支え、膝裏と背中に腕を回し抱き上げる。暮羽は慌てて「降ろして下さい」と訴えるが、魔王は暮羽を抱いたまま足を進める。自室に戻りベッドに暮羽を降ろすと、魔王は真剣な顔つきで「何故、あの場に?」と問う。魔王の問いに暮羽は頬を赤く染めながら口を開いた。

「まおうさまに、会いたくて……」

 聞いた瞬間、魔王は一瞬思考が停止した。固まったまま動かない魔王に気付く事無く、暮羽は話を進めた。

 兄さんが行方不明になった時の事を、思い出して。一人が急に怖くなったんです。まおうさまが居ない時は、リューイさんが居たから平気だったけど……でも、今はリューイさんは居ないから、この部屋には、俺一人で……一人になった途端、嫌な事ばかり、思い出して……まおうさまに、会いたくなったんです。

 話を聞き、魔王は暮羽の身体を優しく抱き締めた。暮羽は恥ずかしいと思いつつも、抱き締めている腕から逃れようとはしなかった。

「まおうさまにこうされると、すごく、安心します」

  柔らかく微笑 みながら言った暮羽の言葉に、魔王は今まで以上に暮羽への愛おしさが募り、ずっと暮羽を抱き締めたままだった。





「何を、しているのですか?」

 普段の優しい口調では無く、低く怒りを含んだルイスの言葉に、その場に居た者達は慌てて言い訳を述べ始めた。

「僕達、こ、此奴に襲われそうになったんです!」
「ルイス様が鬱陶しがってるから、ルイス様から離れろって言ったら、逆上して」
「せ、正当防衛です!」
「正当防衛、ですか」

 ルイスは冷たい視線のまま、周囲をもう一度見回した。涙目で必死に被害者を演じる可愛らしい顔立ちの少年が3人。体格の良い騎士らしき大男が四人。その大男四人に押さえ付けられ、衣服を破かれ恐怖で震えている小柄な青年が一人。何度か殴られたのか、彼の頬は赤く腫れ上がり、額から少しだけ血が流れていた。

「私には、過剰防衛にしか見えませんが。いいえ、防衛と言う言葉を使うのも間違いですね」
 「「「え?」」」
 「一つ、教えておきましょうか。私は彼に付き纏われてはいませんし、私に取り入るような事も致しません。むしろ、私が彼に付き纏っているのが現状なのですが……」

 貴方達の身勝手な思い込みで、下らない嫉妬心で、私の大切な方を傷付けないで下さい。貴方達の存在は極めて不愉快です。

 軽蔑の篭った目をして言うルイスに、少年達は悔しそうに口を歪め「行くよ」と言って涙が溢れるのを耐えながら、その場から去って行った。少年達に続き、体格の良い男達も慌てて青年を解放し、少年の後を追って行った。ルイスは残された青年に近付き、自分が羽織っていた上着を青年に被せ、震える小さな体をそっと抱き締めた。

「済みません。もっと早く駆けつけるべきでした。本当に、済みません」

 分かっていた。何時かこうなる事は予測していた。城に居る者は彼に対して何時も冷たかった。自分が彼に深く関われば、周囲がどんな反応を示すのか分からない程、ルイスは愚かではなかった。だからこそ、ルイスは彼を傍に置いた。彼が一人になる事がないように、彼を護る為に……

 けれど、ルイスがずっと彼の傍にいる事は出来ない。彼が一人になる場合、なるべく部屋から出ないよう忠告をしていた。彼は自分の立場を良く理解していた。ルイスの傍から離れようとはしなかったし、一人になる時は必ず部屋に戻っていた。それでも、やはり周りの敵意全てから、彼を護る事は出来なかった。一人になるタイミングを見計らい、ルイスに気付かれないように彼を人気の無い場所まで連れ去り、理不尽な理由で責め立て、罰だと言って強姦しようとした。

 あの少年達は知らないだろう。無理矢理押さえ付けられる恐怖が。衣服を奪われ、暴力を振るわれる恐怖が。赤の他人同然の輩に、無慈悲に身体を暴かれる恐怖が。

「大丈夫です。もう、大丈夫ですから……」

 彼を安心させたくて、ルイスは彼の頭や背中を何度も撫でる。赤子をあやすような優しい手つきで。暫くすると、体の震えは止まり、その代わり、彼はルイスに身を委ね、気を失ってしまった。気を失った彼を抱き上げ、ルイスは赤く腫れた傷口にそっと触れる。殴られた痕が痛々しい。何故彼がこんなにも傷だらけにならなければならないのか。どうして誰も、彼を助けようとしないのか。

「コノハ……」

  沸々とこみ上げる怒りを抑え、ルイスは傷だらけの琥之羽を抱き上げ、自室へ戻る為、足を進めた。

「お遊びは、終わりにしましょうか」

 小さく呟いた言葉は誰にも聞かれる事なく、空気に溶け込んで消えた。





 愛輝はずっと不機嫌だった。魔王が来る気配は無く、交渉の話も全く無い。更に、暮羽によく似た人物の登場により、愛輝が魔王の元へ向かう事も出来ずにいた。国王達は変わらず愛輝に愛を囁き続けてくれるが、やはり物足りなかった。今迄ずっと自分の思い通りになっていたのに、今は全然上手く行かない。その事実が更に愛輝を苛立たせ、物だけで無く使用人達にも何かにつけて怒鳴り散らすようになった。その度に国王達が駆け付け、事情を聞き、使用人を責め立てる。使用人達は顔を真っ青にして何度も何度も頭を下げ、国王達に許しを請うた。しかし、国王達は一切聞く耳を持たず、愛輝が気に入らない人々を次々と追い出した。

 少しだけ気が紛れた愛輝は城の中を探索した。そして、其処で愛輝はルイスを見つける。整った顔立ちに優しそうな雰囲気を持つルイスを、愛輝は一目見て気に入り、その日からルイスにずっと付き纏った。きっとルイスも直ぐに俺の虜になる、と、愛輝は高を括っていた。しかし、ルイスは愛輝の虜にはならなかった。差し支えの無い返事をするだけで、ルイスは笑顔のまま、やんわりと愛輝の誘いを断り続けた。ルイスの行動に愛輝は苛立ち、使用人や物に更に強く当たった。

 偶然にも見てしまったのだ。ルイスが誰かと一緒に居る場面を。その相手を愛おしそうに見詰める姿を。その相手が、暮羽によく似た人物だと言う事に気付き、愛輝は今迄に無い怒りを感じた。今迄欲しい物は全て与えられてきた。誰からも愛され、大切にされてきた。皆、愛輝の虜になった。皆、愛輝の思い通りに動いてくれた。それなのに、魔王は愛輝の虜にはならなかった。ルイスも愛輝を愛してはくれなかった。苛立ちは日に日に膨れ上がり、その感情は何時しか憎しみに変わった。

 ルイスが俺を愛さないのは暮羽に似たあの男のせいだ。魔王が俺を愛さないのは暮羽のせいだ。

 そう考えるようになり、愛輝は二人を排除しようと企んだ。まずは身近に居る暮羽によく似た人物を消し去ろうとした。利用出来るものは全て利用した。国王達に「彼奴が俺を苛めるんだ」と泣きながら言えば、彼等は直ぐに暮羽に似た男を消し去ろうと動いてくれた。自分達の手は汚さず、彼に不満を持つ部下を集め「制裁しろ」と言えば、部下達は嬉々として国王達の命令に従った。これで彼奴は終わりだ。そう思っていたのに、彼等の制裁は失敗に終わった。「ルイスがあの男を庇い、手を出す事が出来なくなってしまった」と。部下達の話を聞き、愛輝は怒鳴り散らし、国王達は「役立たず」と言って、彼等全員城から追い出してしまった。

「何で彼奴を追い出す事も出来ないんだ!」

 苛立ちは消えず、愛輝は近くにあった花瓶を持ち上げ乱暴に床へ叩きつけた。国王達はそんな愛輝をなだめる為に愛を囁き続ける。それでも愛輝の気持ちは収まらず、大きく叫ぼうとした。

「やっすい愛ですね」

 誰かの呆れと軽蔑が含まれたような声を聞き、愛輝達は一斉に声のした方へ視線を向けた。視線の先に居たのはルイスだった。暮羽によく似た人物を大切に抱き抱え、ルイスは笑顔のまま愛輝達を眺めている。

「ルイス! 何でそんな奴を抱き抱えてるんだよ!」
「貴方に答える義理はありません。私は王に用があって此処に来たんです」

 愛輝の言葉には一切耳を傾けず、ルイスは冷たい目で国王を見据え、口を開いた。

「貴方方が此処まで無能で愚かな人間だとは思いませんでした。私は此処を出て行きます。短い間でしたが、お世話になりました。この子も一緒に連れて行きます。此処に居ては危険ですからね」

 早口で一方的に伝えると、ルイスは国王達に背を向け、一瞬にしてその場から消えてしまった。武器を構える暇もなく、ルイスに真意を問い詰める間もなく、一瞬で。国王達は言葉を発する事が出来ず、暫く動く事が出来なかった。ルイスが去った直後、王室の扉が乱暴に開き、武器を手にした兵士達が国王達を取り囲んだ。次から次へと起こる事態に国王達は頭が付いて行かず、戸惑いと焦りばかりが心を支配した。愛輝が兵士達を睨みつけ大声で何かを言っているが、国王達は愛輝を庇う余裕すら無くなっていた。

「お前達には失望した」

 兵士達を掻き分けて国王達の前に現れたのは、隣国の国王だった。隣国の国王とは歳が近く、幼い頃は良く剣術や勉学で勝負をした記憶がある。どちらが立派な国王になるか、どちらが国民に慕われる国王になるのか、幼い頃は良く言い争っていた。どちらも一歩も引かず、お互いに張り合って、最後には笑い合う。お互いに「お前に良い国だと絶対に言わせてやる」と約束した。二人は良きライバルで、良き友でもあった。国王になると言う同じ立場で、歳も近く、お互いに「誰もが笑顔になる国を作ろう」と。

 かつて笑い合った友は、隣国の国王となった男は、国王達に剣を向け、冷め切った目で彼等を見下していた。

「民を守る立場の者達が民を苦しめる等言語道断。その理由がたった一人の子供の我儘ならば尚更だ。貴様等の色恋沙汰に口を挟むつもりはないが、公私混同する様な愚か者に、国王の資格は無い」

 貴様等にはそれ相応の罰を与える。覚悟して置け。

 国王達は抵抗する事無く、兵士達に拘束された。愛輝は未だに叫び続けているが、国王達は誰も愛輝を助けようとはしなかった。

 放せよ! 俺は何もしてないだろ! 全部こいつ等がやったんだ! 俺は何も悪くない! 俺は愛されるべき存在なんだ! それなのに何で! 俺がこんなに苦しんでるのに、何で助けてくれないんだよ! 最低だ! お前等何か、俺を愛さないお前等何か、死んじゃえば良いんだ!

 兵士に押さえ付けられ、叫び続ける愛輝を、この場にいた全員が軽蔑の篭った目をして眺めていた。身勝手で、我儘で、何もかもを誰かのせいにする愛輝を、助けたいと思う者は、一人も居なかった。
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