人を愛した魔族達《完結》

トキ

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新しい上司

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「今日から貴方達の指導を任されました、ルイスと申します。宜しくお願いします」

 国王達に忠告をした日から数日後、琥之羽達の元に新しい上司が訪れた。

 肩位の長さの淡い青い髪。宝石かと見間違う程綺麗に澄んだ青い瞳。身に付けている眼鏡を上げる些細な仕草でも見惚れてしまう程、新しい上司は驚く程顔が整っていた。ルイスが優しく微笑むと、周りの人達は一斉に顔を赤くした。

綺麗、格好良い、素敵、等々……

 誰もが新しい上司に見とれる中、琥之羽だけは無表情のまま新しい上司となる人物を静かに眺めていた。

 ルイスの第一印象は腹黒そう。次に琥之羽が思ったのは絶対に関わりたくない。

 今迄の経験上、こう言う人種は大抵が腹黒くえげつない性格をしている。生徒会副会長然り、魔導師然り……顔だけは綺麗なのに、何故彼等は此所迄性格が歪んでしまったのかと疑問には思うが、その理由を知りたいと思う程興味は無かった。これだけ端正な顔立ちをしているなら、神子が黙ってないだろうな、と場違いな事を琥之羽が考えている時だった。突然、目の前に影が差し、琥之羽は疑問に思い視線を上に向ける。

「貴方は私を見ても表情が変わらないのですね。驚きました」

 視線の先には淡い青い髪。次に視界が捕らえたのは青く澄み渡る瞳。ルイスが琥之羽に至近距離で顔を近付けていると琥之羽が理解して咄嗟に逃げようとした時、突然腕が腰に回され、もう片方の手で顎を掴まれクイッと上を向けさせられてしまった。至近距離で見るルイスの顔はやはり何処迄も整っていて、優しく微笑む姿も当然美麗なものだった。あぁ、この笑顔に皆騙されるのかと、琥之羽は表情を崩す事なく、客観的にそう思った。

「もし宜しければ、この城内を案内して頂けませんか?」

 ルイスが琥之羽にそう伝えた瞬間、周囲の人達は一斉に琥之羽を睨みつけるような視線を向けた。

「ルイス様、案内なら僕が……」
「こんな何を考えているかも分からない冴えない奴に頼まなくても……案内役なら他にも……」

「僕が案内しますよ? コイツと一緒にいてもつまらないだけですよ。表情一つ変えない気持ち悪い奴なんですから」

 周囲の敵意の籠った言動や視線を浴びても、琥之羽は表情一つ変えない。自分が傷付いているのか、悲しいのか、辛いのか、そんな当たり前の感情の出し方すら、琥之羽は忘れてしまった。嬉しいと思う事もなければ、悲しいと思う事もない。琥之羽が感情を表に出すのは、大事な弟が関わる出来事だけ。それ以外で琥之羽は感情を一切表に出さない。元々、此所に居る人達からあまり好印象に思われてはいなかった。

 けれど、陰口を叩かれるくらいで、苛めに遭う事もなければ、暴力を振るわれる事もない。多少面倒な雑用を押し付けられる事はあるが、前の世界で味わった苦痛を思えば、今の方が余程恵まれた環境だと琥之羽は思っている。

「皆さん、有難う御座います。ですが、私は彼に案内して頂きたいんです」

 花が綻ぶような笑顔を周囲に向けると、皆が皆頬を染め、うっとりとした表情をルイスへ向ける。しかし、彼を至近距離で見ていた琥之羽だけは気付いていた。今向けている笑顔が、心からそう思って向けている笑顔ではないと言う事を。顔は笑っているものの、まるで親の敵でも見るような蔑んだ目を、ルイスがしている事を。





「無理を言ってしまって申し訳有りません」
「…………」

 申し訳なく思うのなら、態々俺を案内役にしないでほしい。琥之羽は心の中でそう愚痴った。言葉と笑顔で上手い事周囲を丸め込み、ルイスは琥之羽を案内役に選ぶ事が出来た。心の中では嫌だと思いながら、琥之羽は渋々ルイスを案内する。練習場、医務室、執務室、王室、食堂、一通り案内を終えた頃には既に日が暮れかけていた。人気の無い庭園をルイスと二人歩いている時、琥之羽はふと夕日を見る。オレンジ色に淡く染まる世界。昼が夜に変わる時。夕日を見る度に、琥之羽は暮羽を思い出す。温かいオレンジの光。ゆらゆらと揺れる夕日。淡く温かい光なのに、どこか切ない気持ちにさせる時間。

 この時間が、琥之羽は昔から大好きだった。この時だけは、ちゃんと暮羽の事を思い出す事が出来るから。家族を思い出す事が出来るから。戻る事は叶わなくても、会う事は叶わなくても、思い出す事だけは出来るから。一番幸せだった時を思い出して、琥之羽はルイスが居る事も忘れ、夕日を眺め続け、そして優しく静かに微笑んだ。

「っ」

 夕日を眺め静かに微笑む琥之羽を見、ルイスは息を呑んだ。今迄一度も表情を見せた事が無かった琥之羽が、初めて表情を見せたからと言うのもある。しかし、ルイスが一番動揺したのは、静かに微笑む琥之羽があまりにも美しかったから。とても温かく優しい表情なのに、どこか諦めと悲しみが入り交じった切なさを含む表情に、ルイスは咄嗟に琥之羽の腕を掴み、自分の方へ引き寄せて強く抱き締めた。

「え?」

 突然の事で、琥之羽は自分の身に何が起こったのか理解する事が出来なかった。夕日を眺めていた時、突然腕を引かれ、何か温かいものに包まれている感覚がして、気が付いた時にはルイスに強く抱き締められている状態だった。急に抱き締められ、琥之羽は困惑した。こう言う状況に陥った場合、どうすれば良いのか分からない。誰かに抱き締められた事何て、今迄家族以外では無かったし、そう言った行動を取られる事は今迄無かった。嫌われる事が当然で、邪魔者扱いされる事が当然で、味方なんて誰もいないと思っていた。琥之羽は今でもそう思っている。自分を守れるのは自分だけ。信じられるのも自分だけ。

『お主を大事にしてくれる人が必ず現れる』

 不意に老人に言われた言葉が琥之羽の脳裏を過り、直ぐさまそれを否定する。

 そんな事ある訳ない。
 そんな都合の良い話が有る訳ない。
 この人だってきっと、何か考えが有って近付いているに違いない。
 何かを探る為か、利用する為か。

 今迄琥之羽に近付いて来た人物は必ず何か裏が有って近付いて来た。何時も何時も邪魔者扱いされ、理不尽な理由で責め立てられ、助けを求めても味方等誰もいなくて、嫌な事ばかりだった。弟を護る事さえ出来ないのに、存在して良いのかと思う程に、琥之羽は他人よりも自分自身を嫌悪し、忌み嫌っていた。

 ルイスから距離を取りたくて、逃げようとする琥之羽の腕を掴み、ルイスは琥之羽の唇に自分のものを押し当てた。





 ハハハッ、コイツ、とんだ淫乱だぜ? 男に此所迄滅茶苦茶にされて感じてんだからよぉ。
 琥之羽ちゃんは本当に変態だよねぇ? 俺達のコレが欲しくて欲しくて仕方無いんでしょ?
 素直になった方が良いよ? そしたらもっと気持ち良い事してあげるからさぁ。
 男なら誰でも良いんでしょ? この淫乱雌豚、これに懲りたらもう二度とあの方達に近付かないで頂戴。
 フフッ、いい気味。もう普通の生活出来ないんじゃ無い? いっそ男娼にでもなって気持ち悪いオタク共の性欲処理の玩具になったらどう?
 こんな平凡でも抱いてくれるオヤジは幾らでもいるでしょ? どう? 良かったら良い店紹介してあげるよ?




 ルイスにキスされていると気付いた瞬間、琥之羽は前の世界で受けた仕打ちを思い出した。制裁と言う名の性的暴行を受けた時の事を。嫌だと言っても誰も助けてくれず、無数の手に押さえつけられ、無理矢理体を好き勝手に扱われる恐怖を。嫌なのに誰も止めようとはせず、ただ笑って琥之羽を罵るだけ罵っていた。いい気味だと、これは罰だと、そう言って嫌がる琥之羽を押さえつけ、無理矢理体に快楽を教え込まされ、言いたくない言葉を言わされ続けた。その時の出来事が一気にフラッシュバックし、琥之羽は思いっきりルイスを突飛ばし、頭を抱え「いやだ」と子供のように繰り返す。

「コノハ?」

 何かに怯えてるような琥之羽にそっと触れようとするも、その手は強く払いのけられ、「来ないで」「触らないで」と言われ距離を取られてしまう。何故急に琥之羽が怯え出したのかルイスには分からない。無理矢理彼にキスをした事が原因なのは分かる。しかし、彼が何をそんなに怯えているのか、ルイスには分からなかった。分からないけれど、何かに怯える琥之羽を安心させたくて、ルイスは怯えて小さく蹲る琥之羽にそっと手を伸ばし、優しく抱き締めようとするが、やはり拒絶されてしまう。半ば無理矢理琥之羽の腕を掴み、強く強く抱き締める。

いやだ はなせ!

 そう泣きながら繰り返す琥之羽の頭と背を優しく撫で、ルイスは彼に眠りの魔法をかけた。魔法をかけた瞬間、琥之羽はルイスに身を預け静かに眠ってしまう。眠りについた琥之羽を優しく抱き上げ、ルイスはゆっくりと立ち上がり、庭園を後にした。

「やはり、人間共は潰した方が良さそうですね」

 静かにそう呟いたルイスの表情は、何処迄も冷たく、憎悪に満ちていた。
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