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青年の過去
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『琥之羽! 俺が誘ってるのに、何で俺の誘いを断るんだよ! 親友なんだから俺の言う事はちゃんと聞けよな!』
『琥之羽はそんなんだから友達が一人も作れないんだ。でもこれからは大丈夫だ。俺が親友になってやったんだからな! これで何も心配はいらないぞ!』
『琥之羽は俺がいなきゃ何も出来ない奴だからな! 俺がずっと傍にいてやる! 感謝しろよ!』
『友達を騙す何て最低だ! 生徒会に近付きたくて俺を利用してた何て……今直ぐ謝れよ! 今なら許してやるから!』
これは琥之羽がこの世界へ来る前の出来事。彼は元々この世界の人間ではなかった。雛方暮羽と同じく、日本に生まれ、平穏な日々を過ごしていた。両親に愛され、可愛い弟の面倒を見ながら、彼はありふれた幸せな日々を送っていた。その日常が崩れたのは、琥之羽が全寮制男子校に入学してからだった。金持ちのご子息が入学する学校に入学した為、彼は特待生としてこの学校に入学した。両親や弟の負担にならないように、彼は奨学金が貰える特待生を目指して勉強して入学したのだ。
元々頭が良く、飲み込みも早い方だったので、勉強も寮生活も何事も無く平和に過ごす事が出来ていた。しかし、突然転校して来た転校生のせいで、彼の生活は一変した。季節外れに転校してきた転校生は悪い意味でかなり目立っていた。友達の友達は友達。皆の憧れである生徒会役員全員を虜にし、少しでも自分の思い通りにならなければ子供のように五月蝿く喚き、物に当たる。転校生に夢中な彼等はそんな事は一切気にせず、只管彼を口説き倒していた。当事者にさえならなければ、琥之羽も今迄通り、平穏な日々を過ごしていた筈だった。
不運な事に、琥之羽はその転校生とクラスが同じで隣の席にされてしまった。それが原因で、彼は転校生から一方的に親友扱いされ、無理矢理連れ回され、生徒会にも無理矢理引きずられ続けた。転校生が琥之羽を連れ回し親友発言をした事が原因で、琥之羽は学園一の嫌われ者にされてしまった。生徒会役員達からは「俺達に近付きたくて◯◯と一緒に居るんだろ?」と言うような内容の事を言われて殴られ続け、生徒会役員の親衛隊達からは「これ以上、生徒会に近付かないで」と言われ性的暴行を受け続けた。
痛くて、辛くて、苦しくて、助けて欲しいのに、誰も助けてくれない。殴られ、責め立てられ、罵られ、連れ回され、殺意の籠った視線を向け続けられ、琥之羽はもう耐え切れなかった。こんな日々が続くくらいなら、何時か誰かに殺されるくらいなら、今此所で死んだ方がマシだと。
そして、琥之羽は屋上から飛び降りて自殺した。誰も居ない場所で、誰も気付かない時間に、遺書も書かずに、たった一人、誰にも気付かれずに……
心残りが無いと言えば嘘になる。
家族は悲しんでくれるだろうか。幼い弟は俺を覚えていてくれただろうか。家族に迷惑ばかりかけてしまう愚息でごめん。俺、もう生きるのが辛いんだ。
そんな事を思いながら、彼は自分の命を終わらせた。終わらせた筈だった。
目が覚めたら見知らぬ建物の中だった。彼は其処で老人と出会った。老人は言った。
「黒い髪と目を持つモンはこの世界じゃ生きられん」と。
老人は琥之羽にこの世界について丁寧に説明してくれた。この世界では黒と言う色は不吉の象徴として忌み嫌われている事。この世界には魔法が存在する事。老人がかなり有名な魔法使いである事等。老人は傷だらけの琥之羽を自分の家へ迎え入れ、とても優しく接してくれた。魔法の使い方も一から教えてくれた。「この世界でも生きて行けるようにの」と、優しく頭を撫でてくれた。老人のお陰で琥之羽は魔法の力で自分の髪と目の色を変える事に成功した。他にも様々な魔法を老人から教わった。
老人と過ごす日々は、琥之羽に取ってとても幸福に満ちた時間だった。しかし、幸福な日々は長く続かなかった。琥之羽がこの世界に来て数年後、老人は静かに息を引き取った。寿命だった。例え有名な魔法使いでも、不老不死は不可能だと教えてくれた。命ある者は必ず終わりが訪れると。子供のように泣きじゃくる琥之羽の頬にそっと手を添え、老人は優しい笑みを琥之羽に向けた。
「国王に仕官しなさい。お主を大事にしてくれる者が必ず現れる。じゃから、そんなに悲まんでえぇ」
そう言って、老人は命の終わりを迎えた。和やかな終わりだった。静かにその命を終わらせた老人の表情は、最後迄とても安らかで、まるで眠っているようだった。
やっと平穏な日々を過ごせると思ったのに。
やっと、あの辛い思いをしなくて済むと思ったのに。
大切な人は直ぐにいなくなってしまう。大事にしてくれた。本当の家族のように接してくれた老人。傷だらけで、生きる希望さえ持っていなかった琥之羽に再び生きる喜びと、誰かに必要とされる嬉しさを教えてくれた。やっと昔のように笑えるようになった矢先に老人は琥之羽を置いて旅立ってしまった。老人が亡くなって数週間は琥之羽は毎日泣いていた。また一人だと言う孤独感と、これからどうすれば良いのかと言う不安。たった一人で大丈夫だろうか。不安と恐怖で頭が可笑しくなりそうだった。
しかし、時が経つに連れ、心も段々落ち着きを取り戻し、琥之羽は老人に言われた通り、国王に仕官する事を決めた。そして、琥之羽は下っ端ながら、国王の元で働ける事を許可された。最初こそ緊張し不安ばかりだった琥之羽も、数ヶ月もすれば王国の環境にも慣れ、平穏な日々が続いた。しかし、琥之羽の心の傷は癒える事なく、他人との接し方も分からない侭、今迄生きてきた。
老人が亡くなってから、琥之羽は感情を表に出した事がない。常に無表情で口数も少なく、他人との関わりを仕事以外で持とうとは思わなかった。嫌、思えなかった。この世界に来る前の出来事が今でも忘れられず、琥之羽は極度の対人恐怖症に陥り、人間不信になってしまった。外見を偽り、感情を殺し、何を糧に生きれば良いのかも分からず、ずっと生きて来た。
「お主を大事にしてくれる人が必ず現れる」と言う、老人の言葉だけを信じて……
信じた結果、琥之羽の前で思いもよらぬ出来事が起きた。琥之羽が生きていた世界の人間が2人、神官達の手によって召喚された。古より伝わる伝説に基づいて、この世界に危機が訪れた時には異世界から神子を召喚すると言う有り触れた言い伝えだ。神子は世界の危機を救い、この世界に幸福を招いてくれると、本当かどうかも分からない話を良く其処迄信じられるものだ、と琥之羽は召喚の術を唱える神官達を心の中で罵った。
召喚の儀式は見事成功した。しかし、神殿に現れたのは2人の少年。一人は金髪の青い目をした綺麗とも可愛いとも取れる顔立ちの少年。もう一人は黒髪黒目の体に多くの傷を負った今にも息絶えてしまいそうな少年。その少年を見た瞬間、琥之羽は驚き目を見開いた。
何故、どうして……お前が……
『忌み子め』
『何故、この神聖な地に忌み子が……』
黒髪の少年を罵る言葉を聞いて、琥之羽は我に返り国王達を見る。金髪の愛輝と呼ばれた少年を神子様と褒め讃える国王達。少年は言葉では否定しつつも、心の中では当然と思ってるのだろう。少年の表情はとても満足している様子だった。
逆に、黒髪の少年に対しては皆蔑むような視線を向け、口々に好き勝手に罵った。彼が神子の親友だと知った後は更に理不尽な理由で傷だらけで今にも息絶えようとしている少年を罵り、仕舞いには牢屋へ放り込んで置けと言う命令を下した。その光景を目の当たりにし、琥之羽は幻滅した。元々心の底から仕えたいとは思ってはいなかったが、此所迄身勝手な行動を国王達が取るとは思っていなかったのだ。
多少なりクセのある人達ばかりだが、自分のやるべき仕事や役目はきちんと果たしていた。国の為、民の為と、神子が現れる前迄は国王達は本当に立派な人達だった。神子が現れた瞬間に国王達の人格が変わった様子は、前の世界に居た時と全く同じで、琥之羽は早々に此所から出て行かなければと思った。
本当は逃げたい。あんな奴等と関わりたくない。もう二度と、あんな思いは絶対にしたくない。したくないのに……
黒髪の少年を置き去りに、自分だけ逃げる事は琥之羽には出来なかった。
俺があんな事になってから、そっちは何年経ったんだ?
ちゃんと父さんと母さんの言う事を聞いているのか?
幸せな日々を送っているのか?
俺がいなくなってから、辛い思いをしていないか?
言いたい事は沢山ある。伝えたい事も沢山ある。頭の中では次々と疑問や心配事が浮かぶのに、声に出して言葉にする事は出来なかった。その代わり、傷だらけの少年を強く抱き締め、琥之羽は泣きながら謝り続けた。
「……めん……ご、めん……な……守って、やれ、なくて……頼りない兄ちゃんで、ごめんな」
暮羽……
黒髪の少年は、琥之羽の弟だった。何故弟がこんな酷い仕打ちを受けているのか、どうして誰も怪我の手当すらしようとしないのか……寒い不衛生な地下牢に閉じ込めて、神子と国王達は好き勝手に罵って……
大事な弟に理不尽な仕打ちをする国王達に怒りが湧いた。親友と言いながら、全く弟を助けようとせず、心配すらしない神子に憎しみが湧いた。それに何より、大事な弟が今にも死にそうになっていると言うのに、何も出来ず、ただ見守る事しか出来ない無力な自分の存在が一番許せなかった。弟を、たった一人の家族さえも守る事が出来ない。自分に出来るのは、誰も居なくなった夜にひっそりと弟の怪我の手当をする事位。そんな自分が情けなくて、「誰でも良いから弟を助けてくれ」と他力本願しか出来ない自分がどうしようもなく駄目な人間な気がして、弟と対面する事すら恐ろしくて……
それでも弟を助けたくて、これ以上傷付いて欲しくなくて、琥之羽は弟に魔法をかけた。昔から使われているありふれた魔法を。魔法自体はありふれているが、使い手によってはとても強大な力になる魔法を……
神子がこの世界へ来て一ヶ月経った頃、突然魔王が国王の城を襲撃した。氷のように冷たい視線を向け「花嫁を迎えに来た」と国王達に静かに告げる。最初は神子の事を言ってると思った。あぁ、魔王さえも、この存在の虜になるのか、と。しかし、魔王は表情一つ変えず、神子に絡まれると少しだけ顔を歪め、嫌悪感を見せた。
国王達が戦闘態勢に入ろうとした時、魔王の従者らしき人物が何かを大事そうに抱き抱えた儘現れた。彼等の会話から腕の中にいる「誰か」が魔王の言う「本当の花嫁」なのだろう。それが弟ならどんなに良いだろう。あんなにも柔らかく優しい表情を向けられている「誰か」が弟だったなら、きっともう辛い思いはしないだろう。魔王が必ず守ってくれる。きっと幸せにしてくれる。
そう願っていると、魔王の腕の中の「誰か」を一瞬だけ見る事が出来た。全てを見る事は出来なかったが、魔王の腕の中の誰かの頭らしき部分が見え、髪の色が黒かったのを見て、琥之羽は心の底から魔王に感謝した。
魔王が暮羽を連れ去ってから暫く経つと、再び神子が喚き出し「暮羽を助けに行く」と言い出した。国王達は口々に暮羽を悪く言い、必死に神子を止めようとするが、神子は言う事を聞かず、「助けに行く」と騒ぎ続ける。その様子を軽蔑し切った目で眺め、琥之羽は自分にかけている魔法を解き、本来の姿で神子達の前に出る。
「やめておけ」
琥之羽は静かに告げた。突然の事で国王達は目を見開き、次には琥之羽を罵った。琥之羽と暮羽は外見も内面もとても良く似た兄弟だった。内気な所も、妙な所で頑固な所も、本当は寂しがり屋で泣き虫な所も、とても優しい所も……琥之羽は暮羽が大好きで、暮羽も琥之羽が大好きだった。一緒に住んでいた時は何時も2人は一緒だった。とは言え、暮羽はまだ幼かった為、暮羽が琥之羽の事を覚えているかは分からない。暮羽に取っては、琥之羽の存在を忘れたまま生きている方が幸せかもしれないと思いつつ、愛情劇を繰り広げる国王達に視線を向け口を開く。
「これは忠告だ。もう二度と、雛方暮羽に手を出すな」
そう言って琥之羽は魔法で国王達の視線を遮り、その間に外見を変え、その場から立ち去った。
『琥之羽はそんなんだから友達が一人も作れないんだ。でもこれからは大丈夫だ。俺が親友になってやったんだからな! これで何も心配はいらないぞ!』
『琥之羽は俺がいなきゃ何も出来ない奴だからな! 俺がずっと傍にいてやる! 感謝しろよ!』
『友達を騙す何て最低だ! 生徒会に近付きたくて俺を利用してた何て……今直ぐ謝れよ! 今なら許してやるから!』
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元々頭が良く、飲み込みも早い方だったので、勉強も寮生活も何事も無く平和に過ごす事が出来ていた。しかし、突然転校して来た転校生のせいで、彼の生活は一変した。季節外れに転校してきた転校生は悪い意味でかなり目立っていた。友達の友達は友達。皆の憧れである生徒会役員全員を虜にし、少しでも自分の思い通りにならなければ子供のように五月蝿く喚き、物に当たる。転校生に夢中な彼等はそんな事は一切気にせず、只管彼を口説き倒していた。当事者にさえならなければ、琥之羽も今迄通り、平穏な日々を過ごしていた筈だった。
不運な事に、琥之羽はその転校生とクラスが同じで隣の席にされてしまった。それが原因で、彼は転校生から一方的に親友扱いされ、無理矢理連れ回され、生徒会にも無理矢理引きずられ続けた。転校生が琥之羽を連れ回し親友発言をした事が原因で、琥之羽は学園一の嫌われ者にされてしまった。生徒会役員達からは「俺達に近付きたくて◯◯と一緒に居るんだろ?」と言うような内容の事を言われて殴られ続け、生徒会役員の親衛隊達からは「これ以上、生徒会に近付かないで」と言われ性的暴行を受け続けた。
痛くて、辛くて、苦しくて、助けて欲しいのに、誰も助けてくれない。殴られ、責め立てられ、罵られ、連れ回され、殺意の籠った視線を向け続けられ、琥之羽はもう耐え切れなかった。こんな日々が続くくらいなら、何時か誰かに殺されるくらいなら、今此所で死んだ方がマシだと。
そして、琥之羽は屋上から飛び降りて自殺した。誰も居ない場所で、誰も気付かない時間に、遺書も書かずに、たった一人、誰にも気付かれずに……
心残りが無いと言えば嘘になる。
家族は悲しんでくれるだろうか。幼い弟は俺を覚えていてくれただろうか。家族に迷惑ばかりかけてしまう愚息でごめん。俺、もう生きるのが辛いんだ。
そんな事を思いながら、彼は自分の命を終わらせた。終わらせた筈だった。
目が覚めたら見知らぬ建物の中だった。彼は其処で老人と出会った。老人は言った。
「黒い髪と目を持つモンはこの世界じゃ生きられん」と。
老人は琥之羽にこの世界について丁寧に説明してくれた。この世界では黒と言う色は不吉の象徴として忌み嫌われている事。この世界には魔法が存在する事。老人がかなり有名な魔法使いである事等。老人は傷だらけの琥之羽を自分の家へ迎え入れ、とても優しく接してくれた。魔法の使い方も一から教えてくれた。「この世界でも生きて行けるようにの」と、優しく頭を撫でてくれた。老人のお陰で琥之羽は魔法の力で自分の髪と目の色を変える事に成功した。他にも様々な魔法を老人から教わった。
老人と過ごす日々は、琥之羽に取ってとても幸福に満ちた時間だった。しかし、幸福な日々は長く続かなかった。琥之羽がこの世界に来て数年後、老人は静かに息を引き取った。寿命だった。例え有名な魔法使いでも、不老不死は不可能だと教えてくれた。命ある者は必ず終わりが訪れると。子供のように泣きじゃくる琥之羽の頬にそっと手を添え、老人は優しい笑みを琥之羽に向けた。
「国王に仕官しなさい。お主を大事にしてくれる者が必ず現れる。じゃから、そんなに悲まんでえぇ」
そう言って、老人は命の終わりを迎えた。和やかな終わりだった。静かにその命を終わらせた老人の表情は、最後迄とても安らかで、まるで眠っているようだった。
やっと平穏な日々を過ごせると思ったのに。
やっと、あの辛い思いをしなくて済むと思ったのに。
大切な人は直ぐにいなくなってしまう。大事にしてくれた。本当の家族のように接してくれた老人。傷だらけで、生きる希望さえ持っていなかった琥之羽に再び生きる喜びと、誰かに必要とされる嬉しさを教えてくれた。やっと昔のように笑えるようになった矢先に老人は琥之羽を置いて旅立ってしまった。老人が亡くなって数週間は琥之羽は毎日泣いていた。また一人だと言う孤独感と、これからどうすれば良いのかと言う不安。たった一人で大丈夫だろうか。不安と恐怖で頭が可笑しくなりそうだった。
しかし、時が経つに連れ、心も段々落ち着きを取り戻し、琥之羽は老人に言われた通り、国王に仕官する事を決めた。そして、琥之羽は下っ端ながら、国王の元で働ける事を許可された。最初こそ緊張し不安ばかりだった琥之羽も、数ヶ月もすれば王国の環境にも慣れ、平穏な日々が続いた。しかし、琥之羽の心の傷は癒える事なく、他人との接し方も分からない侭、今迄生きてきた。
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「お主を大事にしてくれる人が必ず現れる」と言う、老人の言葉だけを信じて……
信じた結果、琥之羽の前で思いもよらぬ出来事が起きた。琥之羽が生きていた世界の人間が2人、神官達の手によって召喚された。古より伝わる伝説に基づいて、この世界に危機が訪れた時には異世界から神子を召喚すると言う有り触れた言い伝えだ。神子は世界の危機を救い、この世界に幸福を招いてくれると、本当かどうかも分からない話を良く其処迄信じられるものだ、と琥之羽は召喚の術を唱える神官達を心の中で罵った。
召喚の儀式は見事成功した。しかし、神殿に現れたのは2人の少年。一人は金髪の青い目をした綺麗とも可愛いとも取れる顔立ちの少年。もう一人は黒髪黒目の体に多くの傷を負った今にも息絶えてしまいそうな少年。その少年を見た瞬間、琥之羽は驚き目を見開いた。
何故、どうして……お前が……
『忌み子め』
『何故、この神聖な地に忌み子が……』
黒髪の少年を罵る言葉を聞いて、琥之羽は我に返り国王達を見る。金髪の愛輝と呼ばれた少年を神子様と褒め讃える国王達。少年は言葉では否定しつつも、心の中では当然と思ってるのだろう。少年の表情はとても満足している様子だった。
逆に、黒髪の少年に対しては皆蔑むような視線を向け、口々に好き勝手に罵った。彼が神子の親友だと知った後は更に理不尽な理由で傷だらけで今にも息絶えようとしている少年を罵り、仕舞いには牢屋へ放り込んで置けと言う命令を下した。その光景を目の当たりにし、琥之羽は幻滅した。元々心の底から仕えたいとは思ってはいなかったが、此所迄身勝手な行動を国王達が取るとは思っていなかったのだ。
多少なりクセのある人達ばかりだが、自分のやるべき仕事や役目はきちんと果たしていた。国の為、民の為と、神子が現れる前迄は国王達は本当に立派な人達だった。神子が現れた瞬間に国王達の人格が変わった様子は、前の世界に居た時と全く同じで、琥之羽は早々に此所から出て行かなければと思った。
本当は逃げたい。あんな奴等と関わりたくない。もう二度と、あんな思いは絶対にしたくない。したくないのに……
黒髪の少年を置き去りに、自分だけ逃げる事は琥之羽には出来なかった。
俺があんな事になってから、そっちは何年経ったんだ?
ちゃんと父さんと母さんの言う事を聞いているのか?
幸せな日々を送っているのか?
俺がいなくなってから、辛い思いをしていないか?
言いたい事は沢山ある。伝えたい事も沢山ある。頭の中では次々と疑問や心配事が浮かぶのに、声に出して言葉にする事は出来なかった。その代わり、傷だらけの少年を強く抱き締め、琥之羽は泣きながら謝り続けた。
「……めん……ご、めん……な……守って、やれ、なくて……頼りない兄ちゃんで、ごめんな」
暮羽……
黒髪の少年は、琥之羽の弟だった。何故弟がこんな酷い仕打ちを受けているのか、どうして誰も怪我の手当すらしようとしないのか……寒い不衛生な地下牢に閉じ込めて、神子と国王達は好き勝手に罵って……
大事な弟に理不尽な仕打ちをする国王達に怒りが湧いた。親友と言いながら、全く弟を助けようとせず、心配すらしない神子に憎しみが湧いた。それに何より、大事な弟が今にも死にそうになっていると言うのに、何も出来ず、ただ見守る事しか出来ない無力な自分の存在が一番許せなかった。弟を、たった一人の家族さえも守る事が出来ない。自分に出来るのは、誰も居なくなった夜にひっそりと弟の怪我の手当をする事位。そんな自分が情けなくて、「誰でも良いから弟を助けてくれ」と他力本願しか出来ない自分がどうしようもなく駄目な人間な気がして、弟と対面する事すら恐ろしくて……
それでも弟を助けたくて、これ以上傷付いて欲しくなくて、琥之羽は弟に魔法をかけた。昔から使われているありふれた魔法を。魔法自体はありふれているが、使い手によってはとても強大な力になる魔法を……
神子がこの世界へ来て一ヶ月経った頃、突然魔王が国王の城を襲撃した。氷のように冷たい視線を向け「花嫁を迎えに来た」と国王達に静かに告げる。最初は神子の事を言ってると思った。あぁ、魔王さえも、この存在の虜になるのか、と。しかし、魔王は表情一つ変えず、神子に絡まれると少しだけ顔を歪め、嫌悪感を見せた。
国王達が戦闘態勢に入ろうとした時、魔王の従者らしき人物が何かを大事そうに抱き抱えた儘現れた。彼等の会話から腕の中にいる「誰か」が魔王の言う「本当の花嫁」なのだろう。それが弟ならどんなに良いだろう。あんなにも柔らかく優しい表情を向けられている「誰か」が弟だったなら、きっともう辛い思いはしないだろう。魔王が必ず守ってくれる。きっと幸せにしてくれる。
そう願っていると、魔王の腕の中の「誰か」を一瞬だけ見る事が出来た。全てを見る事は出来なかったが、魔王の腕の中の誰かの頭らしき部分が見え、髪の色が黒かったのを見て、琥之羽は心の底から魔王に感謝した。
魔王が暮羽を連れ去ってから暫く経つと、再び神子が喚き出し「暮羽を助けに行く」と言い出した。国王達は口々に暮羽を悪く言い、必死に神子を止めようとするが、神子は言う事を聞かず、「助けに行く」と騒ぎ続ける。その様子を軽蔑し切った目で眺め、琥之羽は自分にかけている魔法を解き、本来の姿で神子達の前に出る。
「やめておけ」
琥之羽は静かに告げた。突然の事で国王達は目を見開き、次には琥之羽を罵った。琥之羽と暮羽は外見も内面もとても良く似た兄弟だった。内気な所も、妙な所で頑固な所も、本当は寂しがり屋で泣き虫な所も、とても優しい所も……琥之羽は暮羽が大好きで、暮羽も琥之羽が大好きだった。一緒に住んでいた時は何時も2人は一緒だった。とは言え、暮羽はまだ幼かった為、暮羽が琥之羽の事を覚えているかは分からない。暮羽に取っては、琥之羽の存在を忘れたまま生きている方が幸せかもしれないと思いつつ、愛情劇を繰り広げる国王達に視線を向け口を開く。
「これは忠告だ。もう二度と、雛方暮羽に手を出すな」
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