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神子の思惑
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魔王が城を襲撃した日、愛輝は魔王を一目見て『欲しい』と思った。両親から甘やかされ、周りから愛されて来た愛輝は、「自分が一番」「愛されて当然の存在」だと本気で思っていた。現に、美形な男達は例外無く愛輝に心酔し、誰もが愛輝を求めた。それはトリップしたこの世界でも変わらず、国王、勇者、騎士団長、魔導士等、権力のある美形達を次々と虜にして行った。愛輝はそれが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。心の中では何時も「俺は愛されている」と満足していた。
雛方暮羽を傍に置きたがったのも、親友だからと言うのは口実で、自分より劣る存在を傍に置き、自分が一番愛されていると言う優越感に浸りたかったのが暮羽を傍に置いた本当の理由だ。愛輝が暮羽を気にかければ、周りは暮羽に嫉妬し、理不尽な理由で暮羽を責め立てる。そんな暮羽を愛輝が庇い、「暮羽は俺の親友だから」と笑顔で言えば、周りは「愛輝は本当に優しい」と言ってうっとりとした表情をして愛輝を見詰める。だから愛輝は暮羽を常に傍に置き、周りから虐げられる彼の姿を見ては優越感に浸り、そんな暮羽を「親友だから」と言って親友を庇う自分にも自己陶酔していた。魔王が「花嫁を迎えに来た」と言った時、愛輝は直ぐにその花嫁は自分の事だと思った。
俺は愛されて当然だから。皆に愛されているから、魔王もきっと自分の事を愛してくれると。
しかし、魔王は愛輝には一切目を向けなかった。出会った時から表情1つ変えず、愛輝達を冷えきった目で見るだけ。愛輝はそんな魔王を見て、きっと不器用な奴何だと勝手に結論付けた。いざ花嫁と会って、俺があまりにも綺麗だから、きっと魔王も驚いて動けないだけなのだと……そう結論付け、愛輝は魔王に抱きついて目を輝かせて「花嫁になっても良い」と伝える。愛輝は本気で魔王の花嫁になりたいと思った。こんなにも綺麗で、何もかもを兼ね備えている存在は、この魔王だけだ。
魔王の隣は俺が一番相応しい。
頬をほんのりと赤く染め、愛輝が魔王に口を開こうとした時、国王達が愛輝を魔王から引き離した。邪魔をされた愛輝は国王達をギロリと睨み文句を言おうとするが、第三者の登場で口を開く事は出来なかった。魔王へ視線を向ければ、其処には銀髪蒼眼の眼鏡をかけた知的そうな男が立っていた。彼は何かを大事そうに抱えながら魔王へ話しかけている。
『花嫁を連れて来ました。目的はこれで達成しましたが、あの人間共は如何なさいますか?』
『もう此所には用は無い。去るぞ』
『畏まりました』
魔王は銀髪の男が大事そうに抱えている『誰か』を自分の腕に抱き、2人は一瞬にしてその場から消え去った。去り際、腕に抱いた『誰か』を愛おしそうに見詰める魔王の表情が、愛輝は忘れられなかった。
魔王が去った後、城内を隈無く捜査し、暮羽の姿が何処にも無い事を愛輝は知った。国王達は魔王の襲撃に遭って不運にも殺されてしまったのではないかと噂していたが、愛輝はそう思わなかった。消えたにしてもタイミングが良すぎるのだ。魔王が現れた時間と、暮羽が消えた時間はほぼ同時刻。殺されたと言うのであれば、暮羽の死体か、その残骸が何処かにある筈なのだ。しかし、暮羽だと思わせるような死体も無ければ暮羽と関連付ける物もない。
『花嫁を迎えに来た』
魔王はそう言った。花嫁。花嫁は愛輝ではなかった。本当の花嫁は暮羽の事だったのではないか。一瞬、愛輝はそう思うが、直ぐに掻き消した。
きっと魔王は花嫁を間違えたんだ、と。
魔王の本当の花嫁は愛輝で、暮羽は人質として連れ去ったのだと。そうでなければ、自分の引き立て役でしかない暮羽を態々攫う筈がない。きっと暮羽を人質に、愛輝を花嫁として寄越せと言って来るに違いない、と。愛輝は本気でそう思っていた。
愛輝に取って、暮羽は愛輝の良さを引き立てるだけの存在でしかない。愛輝は暮羽を良いように利用していたのだ。愛輝は暮羽が生徒会や親衛隊達から迫害にも近い苛めに遭っている事を知っていた。毎日怪我をしている事にも気付いていた。この儘いけば、暮羽が死に至る事も、最初から知った上で、それでも暮羽を傍に置いた。暮羽を助ける気等愛輝には最初から無かった。ただ、自分を引き立ててくれるから暮羽を傍に置いただけだった為、例え暮羽が死んだとしても、それは全て、皆から嫌われる暮羽が悪いと、本気で思っているのだ。
だから、この世界に来ても愛輝は暮羽を助けようとはしなかった。『親友』だと言っておきながら、暮羽が牢屋に入れられる時も、愛輝は国王達を止めようとはしなかった。誰もが愛輝を愛し、誰もが暮羽を嫌う。それが正しいのだ。それが正しい世界なのだ。暮羽は必要の無い存在。誰からも必要とされない存在。愛輝の傍に居る事でしか生きられない、自分よりも劣る存在だと、愛輝は常に暮羽を見下していた。
だからこそ、許せない。自分の許可も無く勝手に自分から離れた暮羽を。魔王の寵愛を受ける暮羽を。愛輝は認めたくなかった。いいや、認めようとせず、全ては魔王が愛輝を手に入れる為に暮羽を利用しようとしている、と、そう脳内で書き換えた。そう思わなければ、納得出来なかったのだ。そう思いはするものの、苛立ちは消えず、日に日に増して行くばかり。
「何で魔王は俺を迎えに来ないんだよ! 俺が花嫁の筈だろ! なのに何で!」
魔王襲撃から数週間経っても、魔族側からの奇襲は一切無く、手紙も来る事はなかった。その現状が愛輝の苛立ちを増幅させる。国王達は『愛輝が無事で良かった』『あの忌み子も消え去った』『これで安心して愛輝と過ごせる』と口々に言うが、愛輝は国王達の言葉を聞いても満足しなかった。
今、愛輝が欲しいのは魔王。愛輝が望むものは魔王の愛なのだ。魔王だって俺の事を愛している筈だ、だから俺を花嫁として選んだんだ。暮羽を人質にして迄……俺が親友を見捨てられない事を知っていて……
「暮羽を……暮羽を、助けに行く」
ふと、そんな言葉が出て来た。そうだ、魔王が迎えに来ないのなら、自分から魔王の元へ訪れれば良いんだと。暮羽は魔王に連れ去られた。人質として。大事な親友の暮羽を助ける為に、魔王の元へ行く。都合の良い口実を作り上げ、愛輝は目を輝かせる。
「あの時、魔王は暮羽を連れて行ったんだ! 暮羽を人質にして、俺を花嫁にする為に! このままじゃ、暮羽が危ない! 早く、早く暮羽を助けに行かないと! 魔王の所に行かないと!」
国王達は目を見開き、愛輝を見詰める。国王は愛輝の肩を掴み「危険だ!」と言う。魔導士は「貴方があんな忌み子の為に其処迄する必要は有りません!」と必死に止めようとする。勇者は「幾ら神子である愛輝でも、相手はあの魔王だ……力の差が有りすぎる!」と言い聞かせる。騎士団長は「魔王の力は絶大だ。俺達全員で立ち向かっても、勝てるかどうか……」と言葉を濁す。
それでも、愛輝は彼等の忠告を一切聞かず、「暮羽をこの儘にしておいて良いのかよ!」と国王達を責め立てる。渋る国王達に痺れを切らし、愛輝は「もう良い! 俺一人で行く!」と言って城から出て行こうとした。国王達はそんな愛輝を必死に止めようとするも、愛輝は彼等の言葉を一切聞かず、本気で一人で魔王の元へ行こうとした。その時……
「やめておけ」
見知らぬ声がし、愛輝も国王達もピタリと静まり返り、声のした方へ一斉に視線を向けた。
暮羽が魔王の元に来て数週間が過ぎた。魔王の城へ来て、暮羽の生活は180度変わった。怪我の治療をされ、温かい食事を与えられ、暮羽は少しずつ、ゆっくりと体が回復して行くのを感じていた。此所に暮羽を傷付ける者はいない。何時も魔王か彼の従者であるリューイが暮羽の傍に居る為、常に安全な環境で、安心して日々を過ごせている。
「肌の色が良くなったな」
「……っ……」
そっと、頬に手を添えられ、暮羽は顔を赤くして恥ずかしそうに俯く。しかし、下を向く事を許さないとでも言うように、頬に添えていた手を顎に移動させクイッと暮羽の顔を上へ向けさせる。
至近距離で見詰めて来る魔王に、暮羽は恥ずかしさのあまり目を閉じてしまう。魔王は誰が見ても「綺麗」と言う程に容姿端麗。それは、生徒会役員達やこの国の国王達よりも整っていて、あまりにも愛おしそうに見詰めて来るので、暮羽は恥ずかしくて仕方無かった。目を閉じていると、頭上からクスクスと笑い声が聞こえて来る。
「林檎のように顔が赤くなった」
「……か、からかわ、ないで、ください」
「からかって等いない。愛おしいと思っただけだ」
また赤くなったな。クス、クス、嬉しそうな笑い声。暮羽の頬や頭を優しく撫でる手。驚いて見開いた目には、愛おしそうに自分を見詰める魔王の顔。暮羽は恥ずかし過ぎて涙目になる。悲しい訳ではない。辛い訳でもない。あまりにも幸福過ぎて、困り果てる。今迄ずっと虐げられて来た。ずっと独りで我慢して、ずっと独りで耐えて来た。味方なんて誰1人存在しない世界で、誰も助けてくれない世界を独りで……
誰からも必要とされていないと、暮羽は本気で思っていた。嫌われる事が当たり前になり過ぎて、優しくされるとどうすれば良いのか分からなくなっていた。ぎこちなく御礼を言いはするものの、それが本当に正しい行動なのか、暮羽には分からない。
「済まない。苛め過ぎてしまったようだな。泣かせたかった訳ではないんだ」
そう言って魔王は涙を流す暮羽の目尻にキスを落とす。相変わらず、頭を撫でる手つきは優しく、もう片方の手が背中に回されたかと思ったら、優しく抱き寄せられる。
「暮羽……」
愛おしそうに、優しい声で魔王は暮羽の名を呼ぶ。恥ずかしいのに嬉しい。枯れた大地を雨が潤すように、心が少しずつ満たされて行く。顔を真っ赤にしながら、暮羽はゆっくりと両手を魔王の背に回し、恐る恐る抱き返した。
暮羽は小さく何かを呟いて、疲れ果てたのか眠ってしまった。魔王は暮羽の言葉に多少驚きつつも、暮羽の体を支え、抱き上げると、優しくベッドに寝かせ、布団を優しく被せた。
「手放せないな」
最初から手放す気等更々無いが……
まさか此所迄のめり込むとは魔王も思っていなかった。確かに魔王は暮羽に惹かれてはいた。あの笑顔を見た時から、初めて暮羽と出会った時から、魔王は暮羽が欲しくて欲しくてたまらなかった。傷だらけで、体も痩せて、何時死んでも可笑しく無い状況なのに、会いに行く時は何時も笑顔で迎えてくれた。食べ物を与えてくれた。とても心優しい人間なのだろうと魔王は思った。だからこそ、魔王は彼を『助けたい』と思った。此所から連れ出して、自分の城へ迎え入れ、其処でドロドロに甘やかして、これでもかと言う程愛情を注いで……彼の心が俺で満たされれば良い、と。
『ありがとう、ござい……ます……俺を、選んでくれて』
頬を赤く染め、恥ずかしそうに小さくそう呟いて、弱々しく抱き返してくる暮羽。愛おしくて仕方ない。暮羽の全てが愛おしい。魔王は暮羽の髪をそっと撫で、彼のおでこに優しくキスをした。
「やめておけ」
静かになった広間に、その声はよく響き渡った。今迄大きな声を発していた愛輝も黙り込み、声のした方へ視線を向ける。其処には、黒い髪に黒い目をした、雛方暮羽によく似た人物が静かに佇んでいた。
「暮羽? お前、魔王に攫われたんじゃなかったのか!?」
いち早く復活した愛輝は暮羽にそっくりな人物に飛びつき、興奮したように質問する。彼は表情を崩さず、「俺は暮羽じゃない」と告げた。しかし、愛輝達は納得せず、目の前の人物を雛方暮羽だと決めつけ、口々に彼を罵った。
見え透いた嘘を吐くな!
不幸を齎す忌み子風情が。
とうとう魔王に迄媚を売ったか!
穢らわしい……
彼等は口々に暮羽に似た男を罵り続けた。そんな中、愛輝が何時ものように「暮羽の事を悪く言う何て最低だ! 友達は大切にしないと駄目なんだぞ!」と綺麗事じみた事を言う。国王達はうっとりとした表情をして愛輝を褒め讃える。
何て優しいんだ。
貴方はやはり私達の神子です。
流石、愛輝だな。こんな忌み子に迄優しくする何て……等々。
彼等はだらしない顔をした儘愛輝を褒め倒し、愛輝はそんな彼等の態度に心底満足しているような表情をしている。暮羽に似た人物の存在は無視して……暮羽に良く似た人物は表情1つ変えず目の前で繰り広げられる愛情劇を傍観し続けていた。
「下らない」
彼は誰にも聞こえない程小さな声で呟いた。冷め切った蔑むような視線を愛輝達に向けたまま……
雛方暮羽を傍に置きたがったのも、親友だからと言うのは口実で、自分より劣る存在を傍に置き、自分が一番愛されていると言う優越感に浸りたかったのが暮羽を傍に置いた本当の理由だ。愛輝が暮羽を気にかければ、周りは暮羽に嫉妬し、理不尽な理由で暮羽を責め立てる。そんな暮羽を愛輝が庇い、「暮羽は俺の親友だから」と笑顔で言えば、周りは「愛輝は本当に優しい」と言ってうっとりとした表情をして愛輝を見詰める。だから愛輝は暮羽を常に傍に置き、周りから虐げられる彼の姿を見ては優越感に浸り、そんな暮羽を「親友だから」と言って親友を庇う自分にも自己陶酔していた。魔王が「花嫁を迎えに来た」と言った時、愛輝は直ぐにその花嫁は自分の事だと思った。
俺は愛されて当然だから。皆に愛されているから、魔王もきっと自分の事を愛してくれると。
しかし、魔王は愛輝には一切目を向けなかった。出会った時から表情1つ変えず、愛輝達を冷えきった目で見るだけ。愛輝はそんな魔王を見て、きっと不器用な奴何だと勝手に結論付けた。いざ花嫁と会って、俺があまりにも綺麗だから、きっと魔王も驚いて動けないだけなのだと……そう結論付け、愛輝は魔王に抱きついて目を輝かせて「花嫁になっても良い」と伝える。愛輝は本気で魔王の花嫁になりたいと思った。こんなにも綺麗で、何もかもを兼ね備えている存在は、この魔王だけだ。
魔王の隣は俺が一番相応しい。
頬をほんのりと赤く染め、愛輝が魔王に口を開こうとした時、国王達が愛輝を魔王から引き離した。邪魔をされた愛輝は国王達をギロリと睨み文句を言おうとするが、第三者の登場で口を開く事は出来なかった。魔王へ視線を向ければ、其処には銀髪蒼眼の眼鏡をかけた知的そうな男が立っていた。彼は何かを大事そうに抱えながら魔王へ話しかけている。
『花嫁を連れて来ました。目的はこれで達成しましたが、あの人間共は如何なさいますか?』
『もう此所には用は無い。去るぞ』
『畏まりました』
魔王は銀髪の男が大事そうに抱えている『誰か』を自分の腕に抱き、2人は一瞬にしてその場から消え去った。去り際、腕に抱いた『誰か』を愛おしそうに見詰める魔王の表情が、愛輝は忘れられなかった。
魔王が去った後、城内を隈無く捜査し、暮羽の姿が何処にも無い事を愛輝は知った。国王達は魔王の襲撃に遭って不運にも殺されてしまったのではないかと噂していたが、愛輝はそう思わなかった。消えたにしてもタイミングが良すぎるのだ。魔王が現れた時間と、暮羽が消えた時間はほぼ同時刻。殺されたと言うのであれば、暮羽の死体か、その残骸が何処かにある筈なのだ。しかし、暮羽だと思わせるような死体も無ければ暮羽と関連付ける物もない。
『花嫁を迎えに来た』
魔王はそう言った。花嫁。花嫁は愛輝ではなかった。本当の花嫁は暮羽の事だったのではないか。一瞬、愛輝はそう思うが、直ぐに掻き消した。
きっと魔王は花嫁を間違えたんだ、と。
魔王の本当の花嫁は愛輝で、暮羽は人質として連れ去ったのだと。そうでなければ、自分の引き立て役でしかない暮羽を態々攫う筈がない。きっと暮羽を人質に、愛輝を花嫁として寄越せと言って来るに違いない、と。愛輝は本気でそう思っていた。
愛輝に取って、暮羽は愛輝の良さを引き立てるだけの存在でしかない。愛輝は暮羽を良いように利用していたのだ。愛輝は暮羽が生徒会や親衛隊達から迫害にも近い苛めに遭っている事を知っていた。毎日怪我をしている事にも気付いていた。この儘いけば、暮羽が死に至る事も、最初から知った上で、それでも暮羽を傍に置いた。暮羽を助ける気等愛輝には最初から無かった。ただ、自分を引き立ててくれるから暮羽を傍に置いただけだった為、例え暮羽が死んだとしても、それは全て、皆から嫌われる暮羽が悪いと、本気で思っているのだ。
だから、この世界に来ても愛輝は暮羽を助けようとはしなかった。『親友』だと言っておきながら、暮羽が牢屋に入れられる時も、愛輝は国王達を止めようとはしなかった。誰もが愛輝を愛し、誰もが暮羽を嫌う。それが正しいのだ。それが正しい世界なのだ。暮羽は必要の無い存在。誰からも必要とされない存在。愛輝の傍に居る事でしか生きられない、自分よりも劣る存在だと、愛輝は常に暮羽を見下していた。
だからこそ、許せない。自分の許可も無く勝手に自分から離れた暮羽を。魔王の寵愛を受ける暮羽を。愛輝は認めたくなかった。いいや、認めようとせず、全ては魔王が愛輝を手に入れる為に暮羽を利用しようとしている、と、そう脳内で書き換えた。そう思わなければ、納得出来なかったのだ。そう思いはするものの、苛立ちは消えず、日に日に増して行くばかり。
「何で魔王は俺を迎えに来ないんだよ! 俺が花嫁の筈だろ! なのに何で!」
魔王襲撃から数週間経っても、魔族側からの奇襲は一切無く、手紙も来る事はなかった。その現状が愛輝の苛立ちを増幅させる。国王達は『愛輝が無事で良かった』『あの忌み子も消え去った』『これで安心して愛輝と過ごせる』と口々に言うが、愛輝は国王達の言葉を聞いても満足しなかった。
今、愛輝が欲しいのは魔王。愛輝が望むものは魔王の愛なのだ。魔王だって俺の事を愛している筈だ、だから俺を花嫁として選んだんだ。暮羽を人質にして迄……俺が親友を見捨てられない事を知っていて……
「暮羽を……暮羽を、助けに行く」
ふと、そんな言葉が出て来た。そうだ、魔王が迎えに来ないのなら、自分から魔王の元へ訪れれば良いんだと。暮羽は魔王に連れ去られた。人質として。大事な親友の暮羽を助ける為に、魔王の元へ行く。都合の良い口実を作り上げ、愛輝は目を輝かせる。
「あの時、魔王は暮羽を連れて行ったんだ! 暮羽を人質にして、俺を花嫁にする為に! このままじゃ、暮羽が危ない! 早く、早く暮羽を助けに行かないと! 魔王の所に行かないと!」
国王達は目を見開き、愛輝を見詰める。国王は愛輝の肩を掴み「危険だ!」と言う。魔導士は「貴方があんな忌み子の為に其処迄する必要は有りません!」と必死に止めようとする。勇者は「幾ら神子である愛輝でも、相手はあの魔王だ……力の差が有りすぎる!」と言い聞かせる。騎士団長は「魔王の力は絶大だ。俺達全員で立ち向かっても、勝てるかどうか……」と言葉を濁す。
それでも、愛輝は彼等の忠告を一切聞かず、「暮羽をこの儘にしておいて良いのかよ!」と国王達を責め立てる。渋る国王達に痺れを切らし、愛輝は「もう良い! 俺一人で行く!」と言って城から出て行こうとした。国王達はそんな愛輝を必死に止めようとするも、愛輝は彼等の言葉を一切聞かず、本気で一人で魔王の元へ行こうとした。その時……
「やめておけ」
見知らぬ声がし、愛輝も国王達もピタリと静まり返り、声のした方へ一斉に視線を向けた。
暮羽が魔王の元に来て数週間が過ぎた。魔王の城へ来て、暮羽の生活は180度変わった。怪我の治療をされ、温かい食事を与えられ、暮羽は少しずつ、ゆっくりと体が回復して行くのを感じていた。此所に暮羽を傷付ける者はいない。何時も魔王か彼の従者であるリューイが暮羽の傍に居る為、常に安全な環境で、安心して日々を過ごせている。
「肌の色が良くなったな」
「……っ……」
そっと、頬に手を添えられ、暮羽は顔を赤くして恥ずかしそうに俯く。しかし、下を向く事を許さないとでも言うように、頬に添えていた手を顎に移動させクイッと暮羽の顔を上へ向けさせる。
至近距離で見詰めて来る魔王に、暮羽は恥ずかしさのあまり目を閉じてしまう。魔王は誰が見ても「綺麗」と言う程に容姿端麗。それは、生徒会役員達やこの国の国王達よりも整っていて、あまりにも愛おしそうに見詰めて来るので、暮羽は恥ずかしくて仕方無かった。目を閉じていると、頭上からクスクスと笑い声が聞こえて来る。
「林檎のように顔が赤くなった」
「……か、からかわ、ないで、ください」
「からかって等いない。愛おしいと思っただけだ」
また赤くなったな。クス、クス、嬉しそうな笑い声。暮羽の頬や頭を優しく撫でる手。驚いて見開いた目には、愛おしそうに自分を見詰める魔王の顔。暮羽は恥ずかし過ぎて涙目になる。悲しい訳ではない。辛い訳でもない。あまりにも幸福過ぎて、困り果てる。今迄ずっと虐げられて来た。ずっと独りで我慢して、ずっと独りで耐えて来た。味方なんて誰1人存在しない世界で、誰も助けてくれない世界を独りで……
誰からも必要とされていないと、暮羽は本気で思っていた。嫌われる事が当たり前になり過ぎて、優しくされるとどうすれば良いのか分からなくなっていた。ぎこちなく御礼を言いはするものの、それが本当に正しい行動なのか、暮羽には分からない。
「済まない。苛め過ぎてしまったようだな。泣かせたかった訳ではないんだ」
そう言って魔王は涙を流す暮羽の目尻にキスを落とす。相変わらず、頭を撫でる手つきは優しく、もう片方の手が背中に回されたかと思ったら、優しく抱き寄せられる。
「暮羽……」
愛おしそうに、優しい声で魔王は暮羽の名を呼ぶ。恥ずかしいのに嬉しい。枯れた大地を雨が潤すように、心が少しずつ満たされて行く。顔を真っ赤にしながら、暮羽はゆっくりと両手を魔王の背に回し、恐る恐る抱き返した。
暮羽は小さく何かを呟いて、疲れ果てたのか眠ってしまった。魔王は暮羽の言葉に多少驚きつつも、暮羽の体を支え、抱き上げると、優しくベッドに寝かせ、布団を優しく被せた。
「手放せないな」
最初から手放す気等更々無いが……
まさか此所迄のめり込むとは魔王も思っていなかった。確かに魔王は暮羽に惹かれてはいた。あの笑顔を見た時から、初めて暮羽と出会った時から、魔王は暮羽が欲しくて欲しくてたまらなかった。傷だらけで、体も痩せて、何時死んでも可笑しく無い状況なのに、会いに行く時は何時も笑顔で迎えてくれた。食べ物を与えてくれた。とても心優しい人間なのだろうと魔王は思った。だからこそ、魔王は彼を『助けたい』と思った。此所から連れ出して、自分の城へ迎え入れ、其処でドロドロに甘やかして、これでもかと言う程愛情を注いで……彼の心が俺で満たされれば良い、と。
『ありがとう、ござい……ます……俺を、選んでくれて』
頬を赤く染め、恥ずかしそうに小さくそう呟いて、弱々しく抱き返してくる暮羽。愛おしくて仕方ない。暮羽の全てが愛おしい。魔王は暮羽の髪をそっと撫で、彼のおでこに優しくキスをした。
「やめておけ」
静かになった広間に、その声はよく響き渡った。今迄大きな声を発していた愛輝も黙り込み、声のした方へ視線を向ける。其処には、黒い髪に黒い目をした、雛方暮羽によく似た人物が静かに佇んでいた。
「暮羽? お前、魔王に攫われたんじゃなかったのか!?」
いち早く復活した愛輝は暮羽にそっくりな人物に飛びつき、興奮したように質問する。彼は表情を崩さず、「俺は暮羽じゃない」と告げた。しかし、愛輝達は納得せず、目の前の人物を雛方暮羽だと決めつけ、口々に彼を罵った。
見え透いた嘘を吐くな!
不幸を齎す忌み子風情が。
とうとう魔王に迄媚を売ったか!
穢らわしい……
彼等は口々に暮羽に似た男を罵り続けた。そんな中、愛輝が何時ものように「暮羽の事を悪く言う何て最低だ! 友達は大切にしないと駄目なんだぞ!」と綺麗事じみた事を言う。国王達はうっとりとした表情をして愛輝を褒め讃える。
何て優しいんだ。
貴方はやはり私達の神子です。
流石、愛輝だな。こんな忌み子に迄優しくする何て……等々。
彼等はだらしない顔をした儘愛輝を褒め倒し、愛輝はそんな彼等の態度に心底満足しているような表情をしている。暮羽に似た人物の存在は無視して……暮羽に良く似た人物は表情1つ変えず目の前で繰り広げられる愛情劇を傍観し続けていた。
「下らない」
彼は誰にも聞こえない程小さな声で呟いた。冷め切った蔑むような視線を愛輝達に向けたまま……
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そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。
そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、
ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。
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