神子のオマケは竜王様に溺愛される《完結》

トキ

文字の大きさ
上 下
15 / 15

番外編「髪を切りたい」

しおりを挟む
 転移後のごたごたも落ち着き、各国への挨拶や結婚式も終わり、天竜国も落ち着き始めた。今日も変わらず将は赫焉に溺愛されている。過保護だと思うが、初めて出会った時将が瀕死だったこと、ずっと耳が聞こえず声も出せなかったこと、王子達が将を奪い去ろうとしたことが原因で、常に赫焉が傍に居る状態だ。それは緋炎と水陰も同様に将に対して過保護だ。

「竜王、さま」
「ショウ」
「赫焉さん。あの……」
「ん? どうしたのだ? 我に何か言いたいことでもあるのか?」

 赫焉の自室で、昨日も沢山愛を注がれ、ベッドの上で将を抱きしめて長い髪を撫でられて、恥ずかしくて顔が真っ赤になる。甘く蕩けるような瞳で見詰められ、優しくて低い声で囁かれると続きを言えなくなってしまう。それでも、将は勇気を振り絞って赫焉に告げた。

「髪を」
「髪?」
「はい。髪を、切りた『駄目だ』え?」
「こんなにも美しい黒髪なのだ。切ってはならぬ」
「でも、手入れが大変で……」
「緋炎の楽しみを奪う気か?」
「髪を手入れする道具や、髪飾りの費用が多いから」
「必要な出費だ。それに、国政で使用する財産とは分けておる。何も心配することはない」
「毎日髪を結う時間が」
「あぁ。何時も期待している。どんな髪型でも、ショウは可愛くて美しい。自慢の伴侶だ」
「…………」

 この美しい髪を切らせてなるものか! 赫焉は将の長い黒髪を特に大切にしている。触れるとサラツヤで指通りが良く、風に靡く姿や、垂れた髪を耳に引っ掛ける動作は何度見ても飽きることはない。短くしてしまえば、そんな愛らしい仕草を見れなくなってしまう。そんなの絶対に嫌だ。たかが髪くらいでと思うかもしれないが、天竜国では将は絶大な人気を誇っているのだ。そんな彼の体の一部である髪を欲しいと思う輩は意外にも多い。中には将の長い髪を一本だけで良いから手に入れて舐め回したいと言う特殊な性癖? を持つ者も存在する。赫焉は将の髪一本でも渡したくないのだ。独占欲が強いだの心が狭いだの言われても絶対に譲らない。本当は将の髪に触れるのは自分だけで良いと思うが、髪の手入れや髪型については緋炎と明の方が詳しい。その為、この二人と序でに水陰だけには特別に触れることを許しているのだ。

 髪を切ることを許されなかった将は、赫焉が仕事で部屋を留守にしている間に親友である明にも「髪を切りたい」と相談した。

「ダメだよ! 将! すっごく綺麗なのに! 切るなんて勿体ないよ!」
「でも、この国に来る前までは短かったし、こんなに長いと邪魔で……」
「ダメダメダメ! 絶対ダメ! 切るの反対!」
「駄目、なのか?」
「う! ダメ! 勝手に切ったら怒られちゃうよ? 竜王様だけじゃなくて、緋炎さんや水陰さんもショックを受けて泣いちゃうから切らないで。みんな悲しむよ?」
「髪を切るだけなのに?」
「それがダメなの! 毛先を揃えるくらいなら許してくれるかもだけど、短く切るのは絶対に止めた方がいいよ」
「……短い方が楽なのに」

 明にも反対され、将は落ち込んだ。髪を切りたいだけなのに、どうして切らせてくれないのか。髪が長いと手入れが大変だし、髪飾りだって値段は聞いていないが高級品に違いない。本当は着物だってもっとシンプルで地味なものでいいのに、何時も大輪の花が咲き乱れる鮮やかなものや、繊細で優美な刺繍が施されたものを用意される。絶対に高い。怖くて値段が聞けない。将の為だけに使われている費用の総額など知りたくない。知ったら気絶するかもしれない。

「銀嶺さん。俺の髪を切ってください」
「は?」

 赫焉は駄目。明も駄目。きっと緋炎と水陰に相談しても反対されると思った将は、天竜国でも名医として名高い銀嶺に「髪を切ってくれ」とお願いした。突然訳の分からないお願いをされて銀嶺は言葉を失う。

「竜王様も、明も『切っちゃダメ』と言うので……」
「それはそうじゃろう。王妃殿下の御髪は我が国の宝と言っても過言ではないからのう」
「宝?」
「気付いておらんかったのか? 皆口を揃えて言っておるぞ? 王妃殿下の黒髪は見惚れる程美しいとな。その髪を切るとなると、皆悲しむことになるのう。申し訳ないが、王妃殿下の願いを聞くことは出来ん。許しておくれ」
「そう、ですか」

 結局、将は髪を切れなかった。本当は赫焉の部屋に戻った時、引き出しの中から鋏を取り出して切ろうとしたのだが、みんなから駄目だと、みんなが悲しむと言われ、将は鋏を元の場所へ戻した。

「シ、シシ、ショウ! な、何だ!? その髪型は!?」
「えっと、ポニーテール?」

 将は長い黒髪を一つに束ねて後頭部の高い位置で括っていた。本当はお団子にして頸が見えるようにしたかったのだが、髪が傷んだらまた色々と言われそうだと思い、ポニーテールで我慢した。これなら邪魔にならないし、暑い日も少しは涼しくなる。しかし、赫焉は険しい表情をしてわなわなと手を震わせている。

「だ、ダメだ! その髪型は刺激が強すぎる! 変な虫が更に付いてしまう故、その髪型は我の部屋以外では禁止する!」
「ぇえ!?」

 長い髪の隙間からチラチラと覗く頸。歩く度に左右に揺れて見え隠れする頸は、多くの者を魅了する。全て見えるより、普段は隠れており見えそうで見えないのが至高、というのはこの世界でも通じるらしい。何故ポニーテールがダメなのか赫焉に聞いても理由は答えてくれず、将は不満そうに彼を見上げるが、不貞腐れる顔もやっぱり可愛い。赫焉は将に優しく口付けた後、後ろから将を抱き込んで彼の頸にも口付けた。

 後日、赫焉の忠告を無視して長い髪を後頭部で括って城内を歩く将の姿を見た者達が彼の見えそうで見えない、しかし時々見える頸に釘付けになったとか、そうでないとか……









ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
「神子のオマケは竜王様に溺愛される」はこれで完結です。
しおりを挟む
感想 9

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(9件)

いちこ
2024.06.02 いちこ

また読んだ。
続きも読みたいです。
面白かったですー!!!

トキ
2024.06.03 トキ

いちこ様

感想ありがとうございます。
また読んでくれてとても嬉しいです。
続きも完結まで書けたら投稿したいと思います。まだ未定ですが、その時はまた読みに来てください!

解除
snow
2024.05.31 snow

夜霧×明のお話希望です。大人バージョンでどうなって行くのか楽しみになります。

トキ
2024.05.31 トキ

snow様

感想ありがとうございます。夜霧と明の話(続編)も考えていますが、投稿するかは未定です。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

解除
おもち
2024.05.27 おもち

ありがとうございます!!!素敵なお話でした!!

トキ
2024.05.28 トキ

おもち様

感想ありがとうございます。こちらこそ、最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

解除

あなたにおすすめの小説

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

悪役令息物語~呪われた悪役令息は、追放先でスパダリたちに愛欲を注がれる~

トモモト ヨシユキ
BL
魔法を使い魔力が少なくなると発情しちゃう呪いをかけられた僕は、聖者を誘惑した罪で婚約破棄されたうえ辺境へ追放される。 しかし、もと婚約者である王女の企みによって山賊に襲われる。 貞操の危機を救ってくれたのは、若き辺境伯だった。 虚弱体質の呪われた深窓の令息をめぐり対立する聖者と辺境伯。 そこに呪いをかけた邪神も加わり恋の鞘当てが繰り広げられる? エブリスタにも掲載しています。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。