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竜王達の話2※

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 竜王という言葉を使うようになったのは、天竜国が出来てからだった。それまではドラゴンの中で一番強い雄がリーダーとなり、雌の中で一番強く美しいドラゴンが伴侶になるのが普通だった。その名残で、竜王の伴侶に選ばれるのは竜王の次に強い雌のドラゴンだと決められていた。にも関わらず、竜王である赫焉は既に決められた伴侶を押し退けて、人間を伴侶にすると宣った。その報告を受けた女は目尻を吊り上げ、鮮やかな赤い紅に彩られた唇を強く噛みしめた。

「妾を捨て、下劣な人間を伴侶にするじゃと? 強く美しい妾が、人間如きに劣ると言うのか!」

 綺麗に結われていた赤い髪を振り乱し、女は持っていた扇をバキィッ! とへし折った。竜王の次に強く、彼女の美貌は世界一といっても過言ではない。竜王に相応しい伴侶になる為の努力もしてきた彼女にとって、王妃の座を自分よりも劣る人間に掠め取られた事実は耐え難い屈辱だった。

 部下達の話によると、赫焉は人間を連れて帰ってから片時も離れず面倒を見ていると言う。周囲の言葉を一切聞かず、龍玉を取り戻せと言っても完全に無視。人間を伴侶にすると、そればかり。

「も、申し訳ありません。緋炎殿。竜王様にはもう一度きつく言っておきますから、どうか怒りを抑えてください」

 竜王の王妃候補、緋炎に深々と頭を下げ、水陰は何度も何度も謝った。赫焉の伴侶は緋炎にほぼ確定していた。周囲もそのつもりで着々と準備を進めていたというのに、突然の王妃変更。しかも、その相手は人間。緋炎が怒るのも当然だ。彼女は誰よりも自分の強さと美貌に誇りを持っていた。強さだけでなく、知識や教養もある。怒りっぽい性格をしているが、赫焉に比べたら彼女の怒りはまだマシな方だ。

「このような屈辱を受けて怒るのは当然じゃろう! 赫焉め、妾に恥をかかせるなど許せぬ!」
「お、お待ちください! 緋炎殿! 一体どちらに……」
「そんなもの決まっておる! 人間の所じゃ!」
「その者が居るのは竜王様のお部屋です! いくら緋炎殿でも、竜王様の部屋に入ることは禁じられて」
「五月蝿い! 黙れ! 赫焉が人間を手放さぬのなら、手放すような状況を作ってやれば良いのだ!」
「手放すって、どうやって……」
「簡単なことよ」

 此処から逃げ出したくなる程、追い詰めてやればいい。クツリと嗤う緋炎に、水陰はビクリを肩を震わせた。あぁ、完全に怒らせてしまった。彼女は人間を虐めて甚振るつもりだ。王妃候補と言われている彼女は、一体どんな方法で人間を痛め付けるのか。情け容赦なく、魂ごと壊してしまうかもしれない。そう思いはしたものの、水陰は緋炎を止めなかった。赫焉の王妃に相応しいのは緋炎だ。脆弱な人間ではない。人間からさっさと龍玉を取り返して、用済みになったら地上へ捨てたい。それが水陰の本音だ。可哀想だが、これが一番竜王様の為になると、水陰は信じていた。

 さて、どのように嬲ってやろうか。赫焉の部屋へ向かう間、緋炎はどんな方法で人間を痛め付けるか考えていた。何度も何度も叩いてやろうか、部下に命令して毎日鞭で躾けるのも良い。裸にして寒空の下に放置するのも楽しそうだ。次から次へと溢れる加虐心を抑えられず、緋炎は口角を吊り上げ、じゅるりと舌舐めずりをした。

 赫焉の部屋に無断で入り、人間を引き摺り出そうと考えていた緋炎は言葉を失った。漆黒の闇を編んで糸にしたかのような見事な射干玉の髪。折れてしまいそうな程細くしなやかな腕と足。汚れを知らぬ白磁のような白い肌。黒曜石を思わせる美しい瞳。この世界にはない、見事な漆黒を初めて見た緋炎は、あまりの美しさに息を呑んだ。しかし、固まったのは一瞬。人間は美しい髪を束ねて小刀で切り落とそうとした。勿体ない! 緋炎は体が勝手に動き、気付いたら小刀を持っている腕を掴んでいた。そこで初めて緋炎の存在に気付いたらしく、人間はゆっくり顔を上に向ける。

「か、可愛い! ではなく、貴様! こんなに美しい髪を切るとは一体何を考えておるのだ! 折角伸ばした髪を妾の許可なく切ることは許さぬ! 分かったなら返事をせぬか!」

 言語が違うのか、人間は円らな瞳で緋炎を見上げるだけだった。何を言われているのか分かっていないらしい。少し怯えながら小首を傾げる人間を見て、緋炎は急に胸が苦しくなった。なんじゃ、なんなのじゃ。この愛くるしい生きものは! 甚振ろうと思っていた筈なのに、緋炎は人間を見た瞬間、そういった感情が完全に消え失せてしまった。代わりに芽生えたのは、目の前の漆黒を自分の手で磨いて更に美しく輝かせたいという欲求。

 見た目はキツそうな美女に見えるが、彼女は可愛いものや美しいものに弱く、とことん愛でたい性分でもあった。見事な漆黒を持つ目の前の人間は、緋炎が愛でたいと思う程美しく可愛らしかった。

「五月蝿い。我の部屋で喚くでな……」

 緋炎の叫び声に起こされた赫焉がむくりと起き上がる。頭に手を置いて何度か瞬きをした後、彼は人間が目を覚ましていることに気付いて言葉を失った。目を覚ましてくれて嬉しいが、その人間が小刀を持っているのを見て彼は直ぐにそれを奪い取り、乱暴に投げ捨てた。

「あのような危険な物に触れて怪我でもしたらどうする! 龍玉を埋め込んでいるとはいえ、そなたはか弱い人間なのだぞ! 分かっているのか!」

 ガシッと人間の両肩を掴んで叫ぶが、やはり反応が薄い。ぼんやりとした顔で、黙って赫焉を眺めるだけ。人間は何も話さなかった。言葉が通じていないのだろうか。何故、こんなにも反応が薄いのか。赫焉が必死に考えていると、緋炎が「嫌われておるのだろう」と呟いた。

「勝手に人外にされ、勝手に連れ去られ、勝手に伴侶にされたのじゃから、話したくないと思っておるのではないか?」
「何だと?」
「そうでなければ、このように一言も話さぬことはなかろう? 赫焉はこの者に嫌われておるのじゃ」

 可哀想になあ。怖かったじゃろう? 労わる言葉を囁いて、緋炎は人間を抱き寄せて優しく頭を撫でた。最愛の人を奪われた赫焉は怒りを隠す事なく曝け出し、緋炎から人間を奪い返してギャアギャアと喚き散らした。





 赫焉と緋炎が言い争いをしている間に水陰はちゃっかり人間の隣に座り、温かなスープを飲ませていた。彼は何度か自分で食べようとスープの入った器とスプーンを掴もうとしたが、水陰はそれを許さなかった。「熱いから気を付けてくださいね」と優しく微笑んで、スープを冷やし、適温になったそれを人間の小さな口元へ運ぶ。閉じていた口を渋々開けてゆっくり咀嚼すると、彼はコクンとスープを飲んだ。羞恥で頬が紅潮し、黒曜石のような瞳が涙に濡れてきらきらと光を反射する。その姿はとても可愛らしく細く小柄なのも相まって水陰の庇護欲を刺激した。

「美味しいですか? さあ、もっと食べてください。ゆっくりで良いですからね」

 前日まで「龍玉を取り出せ」だの「人間を伴侶にするのは諦めろ」だの言っていた姿は何処へやら。水陰は目覚めた人間に食事を与えることに喜びを覚えた。スープを口にする度にほんの少しだけ目を輝かせ、控えめに微笑む顔を見て、水陰は「ゔ!」と悲鳴にならない悲鳴を上げた。

「水陰。貴様、何をしておるのだ?」
「狡いではないか! 妾もその人間に食べさせたい!」
「黙れ! 緋炎! それは夫である我の役目だ! 水陰、その器を寄越せ」
「え? 嫌ですよ。これは私の仕事です」

 漸く水陰の行動に気付いた赫焉と緋炎は、二人同時に彼を責め立てた。しかし、水陰は気にした様子もなく人間にスープを飲ませる行為を止めない。食欲はあるようで、時間はかかったものの彼は水陰が用意したスープを完食した。やっと恥ずかしい状況から解放された人間はほっと胸を撫で下ろし、安堵の息を零した。三人はピシリと固まった。

 さらりと垂れる漆黒の髪。その隙間から覗く涙で揺れる黒い瞳。赤く染まった頬。熟れた果実のような光沢のある唇。無垢であどけなさの中に漂う色香に、赫焉達はくらりと目眩がした。

「のう、赫焉。此奴、危険ではないか? こんな、こんな愛くるしい姿を他の者が見たら、脆弱な此奴など一瞬でペロリと喰われてしまうぞ! 無自覚に雄を誘う術を知っておるとは……あぁ、心配じゃ心配じゃ! 赫焉! 早く何とかせい!」

「分かった。今から抱く。そうすれば誰もこの者に手を出さぬだろう。元々此奴は我の伴侶にする為に連れて来たのだ。夫婦の営みをするのは当然のこと。故に、貴様らは出て行け」
「まだ早過ぎるわ! 何の説明もせずに抱くとか何考えてやがんだ! この変態! 人間は脆いんですよ! 私達がちょっと力を入れただけで、この子なんてポキ! ですよ! 手加減を知らないアンタが抱いたらこの子が壊れてしまいます!」
「龍玉で何とかなる。痛みは絶対に与えぬ」
「……っ……ひ、ゅ……」

 ベッドに座っている人間を抱き寄せ、赫焉は口を耳元に寄せ低く甘い声で囁いた。頭を撫で、頬を伝い、首筋、肩、鎖骨をゆっくり撫で、きゅっと胸の飾りを摘んだ。ビクリ、と人間の体が跳ねる。突然触られて驚いたらしい。触れられるのが怖いのか、彼はブルブルと体を小刻みに震わせていた。

「怖がらなくていい。大丈夫だ。大丈夫」
「な訳あるかぁああああああ! 私達が居る前で堂々と抱こうとしないでください! 嫌がってるじゃないですか! 顔色も悪いです! 我慢しなさい! 目覚めて早々襲うんじゃありません! 先ずは彼に説明を……」
「水陰の言う通りじゃ! 赫焉! 貴様、いくらなんでもそれはやり過ぎじゃ! 其奴の気持ちも確認せずに襲うのは許せぬ!」
「五月蝿い。出て行け。此奴は我のものだ。龍玉を受け入れたのだから、此奴の全ては我の為に存在するといっても過言ではない」
「な! 竜王様!」
「こら! 赫焉! 何をするつもりじゃ! 此処を開けぬか! 赫焉!」

 未だにギャアギャア騒ぐ二人を部屋から追い出した赫焉は自分の腕に抱いた人間をそっとベッドに押し倒した。後ろでドンドンと扉を叩く音が響くが、彼は気にした様子もなく怯える人間にそっと口付けた。最初は触れるだけのキス。少しずつ口を開け、唇を舐め、歯列をなぞり、逃げようとする舌を絡め取る。

「そなたは我のものだ。身も心も全て」

 抵抗して逃げようとする人間の両手を拘束し、恐怖で震える彼にそっとキスを落とす。髪、額、頬、首筋、そして胸。腰紐を解き、ゆっくりと着物を脱がせた後、赫焉は胸の飾りに舌を這わせた。片方は舌で優しく転がして強弱を付けて吸い、もう片方は指でくに、くにと捏ねるように揉む。小刻みに震えていた身体は少しずつ快楽を拾うようになり、甘く苦しい吐息が漏れ始める。声を我慢していて空気が抜ける音しか聞こえないが、それがより一層赫焉を煽り、欲情させた。

「優しくする。そなたはただ、我が与える快楽を享受すればいい」

 胸から口を離して人間の唇に自分のそれを重ねると、赫焉は再び彼の口内を堪能した。クチ、クチュ、と二人の唾液が混ざり合う音を聴きながら、彼の下半身へと手を伸ばす。

「初めてだからな。我が一から教えてやろう」

 落ちてくる前髪を搔きあげ、赫焉は無垢な人間の身体を優しく暴き、快楽に溺れさせ、自分が満足するまで堪能した。
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