当て馬にされていた不憫な使用人は天才魔導士様に囲われる《第二部完結》

トキ

文字の大きさ
上 下
59 / 69
第二部

王の片鱗(ユベール視点)

しおりを挟む
 疲れ果てて眠るジャノをベッドで休ませ、俺も少し休憩しようかと思っていると部屋をノックする音が聞こえた。ノックしたのは殿下で、俺に話があるという。

「殿下。俺に話とは?」
「君には知ってもらいたいことがあってね。少しだけ僕に付き合ってくれる?」
「…………」
「ジャノくんと離れたくない気持ちは分かるけど、これは彼の為でもあるんだよ?」
「……分かりました。ステラ、レイモン、ジャノを頼む」

 こうなることも分かっていて殿下は二人を連れて来たのだろうか。楽しそうに、無邪気な子どものように笑っているが、その笑顔の裏で何を考えているのかは相変わらず読めない。殿下は「直ぐに終わるから」と二人に伝え、スタスタと歩き出した。

「それで、話というのは?」
「行けば分かるよ」
「今話すことはできないのですか?」
「誰に聞かれるか分からないからね。身内の恥はなるべく隠しておきたいもん」
「身内?」
「着いたよ」
「此処は、殿下の為に用意した客室では?」
「理由は部屋に入ってから話すよ」
「…………」

 ガチャ、と扉を開け、殿下が部屋に入る。俺も殿下に続いて部屋に入り扉を閉める。明かりを灯し、カツカツと足を進めながら殿下は話を続けた。

「さっきの騒動のことなんだけど、君はおかしいとは思わなかった?」
「おかしい、とは? あの二人が問題を起こすことは想定済みです。おかしいことは何も……」
「それにしてはベルトラン公爵家の嫡男である君に対して随分と偉そうな態度だったよねえ。向こうは伯爵なのに」
「あの二人の非常識さは熟知しています。今更驚きはしませんよ」

 殿下が何を言いたいのか分からない。ルグラン伯爵夫妻の非常識さは夫人と侍女が公爵邸を訪れた時に知っている。突然押しかけて来て、勝手にジャノの部屋に入り、我が物顔で無理な注文やお願いをして、使用人を転ばせて責任を取れと騒いで……あぁ、思い出すだけでも腹が立つ。

「非常識で片付けられないから君を呼んだんだよ。性格に問題があろうとも、あの二人は貴族だ。貴族社会のルールやマナーは当然身に付いている筈だよ? 伯爵家が公爵家に喧嘩を売るなんて自殺行為でしかないのに、どうしてあの二人はあんな無謀なことができたと思う?」
「……あの二人を手引きした者が居る、と?」
「ふふふ。正解。理解が早くて助かるよ。ユベール。僕はさっき、君になんて言ったか覚えてるかい?」
「さっきって、移動している時のことですか? 確か『身内の恥は隠しておきたい』と」

 殿下が言った言葉を思い出して、俺はハッとする。真実に気付いた俺の顔を見て、殿下はにっこりと笑いカツ、カツ、と足を進める。殿下が進む先には人影が見えた。俺と殿下だけだと思っていたが、もう一人この部屋には居たようだ。

「あの二人が君に喧嘩を売れたのは、王家という後ろ盾があったからなんだ。そんなに嫌だったのかい? ジャノくんがユベールの婚約者になることが。それとも、古代魔導具とロイヤル・ゼロを自分のものにできなかったからかな?」

 カツ、カツ、と人影に近く殿下の姿は、まるで獲物を狙う肉食獣のようにも見える。人影はブルブルと震え、かなり怯えているのが分かる。カツン、と靴音が一際大きく部屋に響いて殿下は人影の前で足を止めた。

「ねえ? ルシー・ミシェル」

 殿下が名前を呼んだ瞬間、部屋の中が更に明るくなり、人影の正体が明らかになる。金色の髪、碧色の瞳。ピンクのドレスを纏った小柄な少女。ルシー・ミシェル王女殿下。明かりに照らされた彼女の顔は、恐怖と憎悪に彩られていた。





 ルグラン伯爵達を裏で操っていたのはルシー・ミシェル王女殿下。彼女はどんな手を使ってでもジャノを追い出したかった。俺も古代魔導具もロイヤル・ゼロも、全て自分のものになる筈だったのに、ジャノに奪われたのが気に入らなかった。だからルグラン伯爵に近付いて言葉巧みに誘導し、ジャノを追い出す為にあの騒動をパーティーで起こさせた。ジャノに不満を抱いている貴族は多く、彼は平民で少し脅せば諦めると思い込んでいたようだ。それでも言うことを聞かないなら、適当に罪をでっち上げて牢獄に入れるなり処刑するなりすればいい、と。

「でも残念。君もあの光景を見ただろう? 彼女の主はジャノくんだ。ジャノくん以外の者がロイヤル・ゼロを身に付けても意味がない。本来の輝きを失うだけならまだマシだけど、彼に敵意を向けていると判断された場合、君も彼女のように呪いを受けるかもしれない。それは嫌だろう?」
「な、んで……なんで邪魔をするのですか!? お兄様! ユベール様は私の婚約者なのですよ!? 古代魔導具もロイヤル・ゼロも私のものなのに! あんな、あんな無価値な男が手に入れるなんて!」
「口を慎め。お前はこのパーティーで何を見ていた? ユベール達の話をきちんと聞いていなかったのか?」
「お、にい、さま?」
「ジャノくんがユベールを助けてくれたから、この国は豊かになったんだ。彼がリゼット嬢を助けたから、様々な病気の正しい治療法が確立され、難病に苦しむ人々が救われたんだ。将来有望な騎士になると噂されているニコラを救い、モラン侯爵令息のジルベールを救い、デュボア男爵家のジョエル嬢をも救った彼は国の宝なんだ。彼にその自覚はないけれど、僕達がこうして強い繋がりを持てたのは彼のお陰だ。もし彼が居なかったら、この国がこんなに発展することはなかった。彼一人存在しないだけで、一体どれだけの損失が出て、どれだけの命が失われていたか、考えたことはあるか?」
「…………」
「きちんと調べもしないで身分だけで人を判断するな。彼は無価値な人間じゃない」
「で、ですがお兄様! 貴族と平民は結婚できませんわ! それに、男同士では子どもだって」
「それも対策済みだ。お前が心配するようなことはないから安心しなさい」
「な!」
「ユベールのことは諦めなさい。彼に相応しいのはジャノくんだ。今回は忠告だけで終わらせるが、次はないと思いなさい」
「そ、んな。ユベール様は! それでいいんですか!? 私よりも、あんな冴えない平民の方がいいんですか!?」
「俺は最初からそう言ってますよ。ルシー王女殿下。俺の想い人が見付かるまでという約束でしたので、俺が貴女のパートナーになることは二度とありません」

 殿下の話を聞いて何故俺がルシー様を選ぶと思うのか。ルグラン伯爵達が何か仕掛けてくることは想定していたが、裏で手引きしているのが彼女だったことには気付けなかった。ジャノへ敵意を向けていたが、殿下に注意されて問題を起こさなかったから完全に見落としていた。殿下は、何時からルシー様が黒幕であると気付いていたのだろう?

「さて、話は終わりだよ。でも、これだけは覚えておきなさい。次に問題を起こしたら容赦なく排除するからね。王家の顔に泥を塗るような恥晒しは必要ない」
「お兄様……」
「君はお利口さんだから、これ以上問題は起こさないよね? だって君は、半分血の繋がった、僕の可愛い妹だもの。信じているよ。ルシー。君は、ミシェル家の名に恥じぬ、立派な人間であることを……」

 ルシー様の頬を撫でる手は優しいが、声は冷たく聞いているだけで震えてしまいそうになる。殿下との付き合いは長いが、彼のこんな姿を見るのは初めてだ。普段は抜けていてポアポアしていて何を考えているのか分からない方だが、やはり彼はこの国の頂点に立つ男なのだと思い知らされる。

「はい! 真面目な話はおしまい! ルシー、君は帰りなさい」
「え?」
「帰りなさい」

 恐怖で震えるルシー様を無理矢理立たせ、殿下は彼女の腕を掴んでスタスタと歩いていく。バン! と勢いよく扉を開け「ごめんね! ユベール! 長くなっちゃった! ジャノくんのところに戻っていいよ!」と早口に告げると、嫌がるルシー様を引っ張って去って行った。「あ、僕は後で戻るからね!」と付け足す殿下は何時も見慣れている姿で、先ほどまでの冷酷な顔をする殿下と同一人物なのだろうかと疑問に思う。

「急いでジャノのところへ戻らなければ」

 ステラとレイモンに待機してもらっているが、やはりジャノが心配だ。一度考え出したら止まらなくなり、俺は急いでジャノの部屋へ向かった。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

処理中です...