当て馬にされていた不憫な使用人は天才魔導士様に囲われる《第二部完結》

トキ

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第二部

喧嘩を売る相手を間違えると自滅する-2-

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 先輩と再会できて満面の笑みを浮かべる文也とは裏腹に、先輩の顔は真っ青だ。最初は睨み付けて怒鳴り散らそうとしていたけど、ユベール様が淡々と調査資料を読み上げていく内に顔色が悪くなった。ルグラン伯爵家について徹底的に調べると、俺だけでなく文也も被害に遭っていたことが判明した。

「え? あの時先輩の料理ぶちまけて踏み潰したのってこの人達だったの?」
「え?」
「はあ!? あれはお前が作った料理だろう! 見た目も味も最悪で、あんな料理を出されたら誰だって怒るに決まっている!」
「なあ、フェルナン。本当にお前の料理をぶちまけて踏み潰したのか?」
「悪い悪い。俺も言われるまで訂正してなかったわ。あの料理を作ったの、実は先輩なんだ。あまりにも料理の出来がアレだったから俺が作ったことにされてたんだよ。つまり、この二人は『平民が作った料理など喰えるか!』と言いつつ俺が作った料理を『貴方の作る料理は最高だ』って絶賛して、先輩が作った料理を踏み潰していたんだ。あの時は必死に笑うのを我慢してたなあ」
「お前が作った料理は全部食べてたってこと? 無駄にされてねえの?」
「いいや。床にぶちまけられて踏み潰されたことがあるのも事実だ。レシピを盗んだだの、シェフとして恥ずかしくないのかだの言われて今がチャンス! と思って『だったら辞めてやるよ! こんな店!』と叫んで辞めたんだよな。いやあ、あの時俺をボロカスに罵ってくれて助かったわあ。俺、ずっとあの店を辞めたくて辞めたくて、でも辞めさせてもらえなくて困ってたからさあ。だから、あのクソみたいな店を辞める口実を作ってくれた先輩と貴方達には、心から感謝してるんですよ! ありがとうございます! 先輩達!」

 此奴の話を聞いているとどっちが悪役か分からなくなる。いや、文也が被害者なんだけどさ。此奴は先輩達の悪意さえも利用して自分の思い通りの結果になるよう誘導していたってことだろう? 策士だなあ。しかも、此奴、遠回しにルグラン伯爵夫妻のことも貶めているし。此奴の料理を盗んだ先輩が悪いのは分かっているんだけどさ。この二人はシェフの実力も誰が作ったのかも見極められない無能だと言っちゃってるようなものなんだよなあ。貴族として本物を見極められないのはかなりの痛手じゃないか? そうなると分かっていて敢えて口にしたのだろうか。

「貴様、ずっと俺達を騙していたのか!?」
「私達は貴方がプロのシェフだと思って雇ったのに! ひどいわ! 私達を騙していたなんて!」
「そ、そんな! 騙してなんかいません! そこの平民が嘘を吐いているんです! 俺の実力に嫉妬して!」
「そうですねー。俺も先輩の作る芸術的な料理の数々には心を奪われました。あの時は偶々調子が悪くてアレな仕上がりになってしまっただけなんですよね!? 先輩が本気を出したら鳳凰なんて簡単に作れます! でも、先輩ったら何時まで経っても鳳凰も風神雷神も狛犬もお稲荷様も作ってくれないから、とっても寂しかったんですよ? どうして作ってくれないんですか? 先輩が作ってくれないから、フランソワさんと一緒に作っちゃいました! どうですか!? この鳳凰! 素晴らしい完成度でしょう!」
「ぐ!」
「でも、やっぱり先輩の作品には勝てなくて。俺、もっともっとお客様を喜ばせる料理を作りたいんです! 先輩から見たらこの鳳凰も『まだまだ手を抜いている!』って思うのでしょうね。ということで先輩! 今後の参考にしたいので、この鳳凰のどこがダメなのか、どこを改善すればもっと迫力のある美しい鳳凰になるのか、ご教授願います! 先輩!」
「はあ!?」
「おお! それはいい! 私も初めて作ったのですが、皆様に満足していただけたか不安で。フェルナンさんが尊敬するシェフなら、我々が見付けられなかった拙い部分や手を抜いてしまった部分にもお気付きの筈。私ももっともっと上達したいと思っていますので、何処がダメだったのか教えてください」
「いや、あの、その……わ、悪いところなんて、ない」
「先輩! 遠慮しなくていいんですよ! ベルトラン公爵家の料理長であるフランソワ様も知りたいと仰っているのですから、どんどんダメだったところを指摘してください! さあ! さあ!」
「悪いところがあれば言ってください。ほらほら、遠慮せずに。ねえ?」
「…………」

 ま、魔王だ。先輩を褒めてるように見せかけて全く褒めていないし、どんどん追い込んでいる。何故かフランソワさんまで便乗していて先輩は顔面蒼白だ。文也だけならまだしも、フランソワさんにダメ出しなんて出来る訳ないよな? 彼も一流のシェフなんだから。

「僕も気になる! 僕から見ても『ホウオウ』は完璧に見えるんだけど、君は違うんだよね? 僕も知りたあーい! ねえねえ、教えて! どこがダメなの? どうしたら完璧な作品になるの? 教えて! 教えて!」
「俺も知りたいな」
「私も知りたいです!」
「俺も知りたいので教えてほしいですね」
「わ、私も!」
「俺も」
「全く、こういう時だけ団結力が強いんだから。でも、私も気になるわね」
「…………」

 ナニコレ? フランソワさんだけでなく殿下やユベール様達まで便乗し始めちゃった。リゼットちゃんもジルベール様も満面の笑みを浮かべているけど目が全く笑っていない。ジョエルちゃんとニコラくんも参戦してくれてるけど、無理しなくていいからね? あ、先輩が気絶した。そりゃあこれだけ凄い人達に囲まれて迫られたら怖いよね。本当、どっちが悪役か分からないな。自業自得なのは分かっているが、やっぱり先輩可哀想。




 気絶した先輩は騎士達によって休憩室に運ばれた。一応ロザリーさんが診察してくれたけど、特に問題はなく精神的に追い詰められて気を失っただけだという。まあ、この国のトップ達に囲まれて迫られたら誰でも気絶するよな。文也とフランソワさんは何事もなかったかのようにユベール様に「鳳凰を下げてサラダにしても?」と聞いた。ユベール様も美しい笑顔を讃えて「おいしいサラダを作ってください」と告げる。すると四人のシェフが現れて専用のカートに鳳凰をゆっくりと移動させ、ホールから退場した。文也とフランソワさんもみんなに一礼してホールを後にする。去り際、俺に親指を立てていたがそれが何を意味するのかは敢えて聞かないからな? なに? その「やってやったぜ!」っていう顔。本当、逞しいよな。彼奴。

「さて、こっちも早々に終わらせるとしよう」

 ユベール様は再び真面目な顔をして書類をめくりながら読み上げていった。ルグラン伯爵達が俺にどんな仕打ちをしてきたのか、誰から何を強奪したのか、何処の店でどんな問題を起こしたのか、など。あんなに威張り散らしてたルグラン伯爵の表情が顔面蒼白になっている。やっと自分達がかなりやばい状況であることを悟ったらしい伯爵夫人も彼に縋って「ダヴィト様」と弱々しく名前を呼んでいる。

「ジャノだけでなく、有名店の料理やスイーツを盗んだのは悪手だったな。レイモンが被害に遭ったレストランやスイーツ店の店主やオーナーに説明したら全員憤慨して被害届を提出したそうだ」
「なんだと!?」
「わ、私達は盗んでなんかいないわ! 全部、全部あのシェフがやったことよ!」
「じゃあなんで今まで見逃してたの? これって立派な犯罪だよね?」
「ジャ、ジャノさんに脅されて仕方なくやったのよ! 彼はそう言っていたわ!」
「嘘ですね。俺もユベール様達のお力になりたくて協力したのですが、被害に遭ったお店の人達はジャノさんにとても感謝していましたよ?」
「え? そうなんですか? 感謝されるようなことはしてませんよ?」
「ジャノ。貴方はよくシェフ達に命令されて有名店のスイーツを買っていましたよね?」
「はい。確かに、買っていましたけど」

 それだけで感謝される訳ないよな? 俺の噂も知っていた筈だし。身なりは小綺麗にしていたけど、平民だと分かる見た目だったし。なんでお店の人達まで感謝するんだ?

「みんな口を揃えてこう言っていましたよ。『危うく新作のデザインを奪われるところだった。事前に教えてくれた彼にはとても感謝している』とね」
「あっ!」

 ジルベール様に言われてやっと思い出した。確かに訪れるスイーツ店やレストランの従業員さんや店主さんに言ったわ。何処の家かは告げなかったけど「貴方達が考えた新作メニューやスイーツのデザインを盗作しようとしているシェフがいるから気を付けてください」って伝えていたんだよな。あの頃は信じてくれないだろうとダメ元で言ってたけど、信じてくれたんだ。ということは、被害はそんなに大きくないのか? でも被害届は提出しているとユベール様が言っていたからゼロではないんだろう。これは、何をしても逃げられないだろうなあ。相手の物を盗むなんて完全に犯罪だし。強奪もしてる訳だろ? 他にも余罪がありそう。

「色々と問題ばかり起こしているが、特に酷いのはジャノへの仕打ちだ」
「ジャノくんが貴族の令嬢や夫人達を襲う最低な使用人って噂されるようになった原因て、これだよね?」

 何時の間に取り出したのだろう? というか、殿下はその本を何処から取り出したの? 物凄く見覚えのあるタイトルを見て、俺は首を傾げた。その本と俺が当て馬に仕立て上げられたことになんの繋がりが?

「これは言葉で説明するより実際に見てもらった方が集まってくださった方達も納得するでしょう」
「僕も賛成! にしても、ユベールは凄いね。記憶を映像化する魔導具を開発しちゃうなんて!」

 ユベール様が持っているのは小さなキューブ型の魔導具。この魔導具は他者の記憶を映像化できる魔導具らしい。まだまだ改善の余地はあるけど、証拠としては十分だと二人は語る。魔導具を見た瞬間、伯爵夫人とサンドラと呼ばれた侍女が暴れたが騎士達に取り押さえられる。そんな二人を冷ややかに見下し、ユベール様はキューブ型の魔導具を発動させた。
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