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第二部

断罪イベント3

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 罵詈雑言を浴びせられていた筈なのに、何時の間にかホール内は静かになっていた。まあ、俺が怒ったからなんだろうけど、こんなにシンと静まり返っていると少し気まずい。静寂に包まれている中、カツ、カツ、と靴音が響いて誰かが俺達に近付いてきた。

「あらら、やってしまいましたね。ルグラン伯爵」
「あ、貴方は、アルベール王太子殿下!?」
「お、王太子殿下が、どうして……」
「どうしてって、一つ教えてあげようと思って」
「え?」
「うーん、勿体ないなあ。とっても綺麗な輝きを放っていたのに。主以外の人間が身に付けると真っ黒な石に変わっちゃうんだねえ。流石は生きた宝石、と褒めればいいのかな?」

 にっこりと、満面の笑みを浮かべて殿下が指摘して、俺達も漸く気が付いた。あんなに綺麗だった宝石が、美しい輝きを失って真っ黒な石に変わっている。よく見るとドス黒い煙のようなものまで出ていて、その煙が少しずつ伯爵夫人を覆って全身を包み込んだ瞬間、ブオン! という不吉な音と共にネックレスの宝石が赤黒い光を放った。

「うぐ! な、に、これ……くる、しい。体が、焼け……」
「ニナ!? どうしたんだ!?」
「いやぁああああああああああああっ! 痛い痛い痛い! ダヴィド様! 助け、ぎゃあああああああああああああっ!」

 ルグラン伯爵夫人が急に苦しみ始め、床に倒れてのたうち回る。痛い痛いと叫んで、全身が熱くて苦しいと暴れ回って、悲鳴を上げて、痛みに耐え切れず伯爵夫人は気絶寸前だった。

「ニナ!」
「取って! この宝石、全部取ってぇえええええええええ!」

 痛みの原因がロイヤル・ゼロだと知った伯爵が急いで宝飾品を全て外す。どういうことだ!? と怒鳴り散らし、ネックレスを床に叩きつけようとするが、ネックレスは床にぶつかる前にピタッと停止し、ビュン! ビュン! とルグラン伯爵の周囲を飛んだ後、掴もうとする彼の頬を思いっきり殴り飛ばした。当たったら一番痛いであろう尖っている部分で。

「ぐはあっ!」

 突然ネックレスが動いて周囲の人達も驚いて固まっている。俺も何が起こったのか分からず唖然としていると、リリーちゃんが戻ってきて、俺の首にそっと巻きついて頸からカチッと金具が固定される音が聞こえた。耳飾り、ブレスレット、指輪も自動で戻ってきて、全て俺が身に付けると綺麗な青白い光を放ち、ロイヤル・ゼロは本来の輝きを取り戻した。

「へえ。主が身に付けると輝きを取り戻すのかあ。ロイヤル・ゼロって面白いね」
「笑ってる場合ですか!? ルグラン伯爵夫人は!?」
「痛みに耐え切れず気絶したよ。ロザリー先生とリゼット嬢が診察してる」
「え? な、んですか? あの、不気味な痣は」

 ロザリーさんとリゼットちゃんが診察しているけど、二人の隙間から見えた夫人の手や首には白い肌を覆い尽くす黒い荊のような痣があった。あの痣は恐らく全身に広がっていることは簡単に想像できて、リリーちゃんが何をしたのか知りたいけど怖くて聞けない。

「命に別状はないけれど、この痣は一生残るわね」
「な!? ど、どういうことですか!? 貴方達は医者だろう!? ニナの病気を治せないなんて」
「これは、病気ではありません。呪術の一種です」
「はあ!?」
「あら? 聞こえなかったのかしら? これは病じゃなくて呪い。幾つもの術が複雑に絡み合っていて私達では解呪不可能よ。というより、誰もこの呪いを解くことはできないわ。遥か昔に滅んだ古代呪術だもの」
「この呪いを解けるとしたら、それは呪いをかけた張本人だけです」
「つまり、リリーちゃんにしか解けない、と」

 やり過ぎだよ、リリーちゃん。「やりましたよ! ご主人様!」じゃねえんだわ。なんで喜んでるの? ユベール様達も「ざまあみろ!」って顔やめてください。俺も二人のことは大っ嫌いだし、折角の誕生日パーティーを台無しにされて怒ってるけど、不幸になっちまえ! とまで思う程の憎悪は抱いてない。

「これがロイヤル・ゼロの力かあ。流石は生きた宝石だね!」
「生きた宝石っていうより、呪いの宝石では?」
「主である君を貶められて我慢できなかったんだね。主思いの賢くてとっても優しい良い子じゃないか。大切にしてあげなきゃダメだよ! ジャノくん!」
「殿下のその笑顔、すっごく怖いんですけど!? え? もしかして、殿下も内心怒ってました?」
「えー? 僕は怒ってないよ? 全然怒ってなあい。後で秘密裏にどう処理してやろうかなあって考えてただけで、怒ってないよ? うん、怒ってない」
「めちゃくちゃ怒ってるじゃないですか!」

 やっぱり殿下って腹黒……いや、なんでもない。それよりも優先すべきはルグラン伯爵夫人だ。近付いて夫人を観察すると思っていた通り全身に痣が残っていた。指先や顔にまで荊のような黒い痣で覆われていて見ているだけでゾッとする。リリーちゃん曰く「痛みは無くて痣が残るだけの優しい呪い」らしいが、優しい呪いってなに? 呪いって時点で優しくねえよ。本当、優しくないからね? リリーちゃん。





 ルグラン伯爵夫人は直ぐに意識を取り戻したが、自分の両手を見て悲鳴を上げた。指先まで荊のような黒い痣が刻まれている。白い肌を探す方が大変というくらい真っ黒で、見ていて気持ちのいいものではない。

「いや! いやよ! なによ! この痣! 私の肌にこんな! ダヴィド様! この痣を消して! お願いよ! ダヴィド様!」
「ニナ! 大丈夫。必ず消してみせるから、落ち着いて。ね? ニナ」
「ひどいわ! 私にこんな痣を残すなんて! ねえ! 貴女達は立派なお医者様なんでしょう!? 早く治してよ!」

 泣きながら必死に縋り付こうとするルグラン伯爵夫人から離れて、ロザリーさんとリゼットちゃんは俺達の方へ歩いてきた。「自業自得ね」とロザリーさんが小さな声で呟き、リゼットちゃんもコクンと頷く。二人が俺の近くに来たのが気に入らないのか、彼女はまた俺をキッと睨み付けて「貴方の仕業ね!」と大声で叫ぶ。

「ジャノさんは悪くありません。ジャノさんを悪者扱いするのはもう止めてください」
「ユベール様の忠告をきちんと聞かなかった貴方達が悪いわよ。それに、私達だって治療できるならしているわ。どんなに嫌いな相手でもね」
「ルグラン様のその痣は病ではなく呪いです。怪我や病を治すことはできても、呪術は専門外なのでどうすることもできません」
「な、によ。それ……どうして、どうして私が呪われなきゃいけないのよ! 私はただ、私に意地悪をしたジャノさんに罪を償ってほしかっただけなのに!」
「意地悪、ねえ。このバカが付く程のお人好しが他者に意地悪なんてすると思う?」
「そういうのはフェルナンさんの方が得意……いえ! なんでもありません! えっと、ジャノさんは意地悪なんかしません!」
「悪知恵の働くフェルなら兎も角、このおバカさんが悪巧みするなんて無理よ。無理。絶っ対に無理!」
「あの、二人とも、それは俺の親友を褒めてるんですか? それとも貶してるんですか?」
「勿論、褒めてるわよ」
「褒めてます! フェルナンさんも私の命の恩人であり、人生の師であり、素晴らしい方なんですから!」
「あ、そう」

 リゼットちゃん。もう手遅れかもしれないけど言わせて。彼奴を見習うのは止めた方がいいと思う! 綺麗になったのは勿論、とても逞しくなったなあと思ったけど、原因は彼奴か! なるほど理解した。リゼットちゃんが時々文也に見えたのは気のせいではなかったのか。それと、ロザリーさん。俺がバカなのは認めるけど、公の場で「おバカさん」って言わないで。ちょっと傷付くから。

「おい! 俺達を無視して話し込んでんじゃねえ! ニナの痣をどうにかしろ!」
「リリーちゃん! 俺はこんなこと望んでないから彼女の痣を全部消して!」
「な!? 何を言ってるんですか!? ジャノさん!」
「アンタねえ! いくらなんでもお人好しにも程があるわよ! この女が罰を受けるのは当然でしょう!?」
「この二人はずっとジャノさんに濡れ衣を着せて苦しめていた元凶なんですよ!? この痣を消したら、また同じことを繰り返すに決まっています!」
「二人の言う通りです。ジャノ、貴方は優しすぎる」
「僕も反対かなあ。これだけ騒ぎを大きくしておいて『お咎めなし』にはできないからねえ」
「そ、そんな! 殿下も、その平民の味方なんですか!? どうして!」
「殿下! 私はジャノさんに嵌められたんです! こうなると分かっていて、ジャノさんは私に宝飾品を……」
「いやいやいやいや。それは無理があるよ。彼が予め知っていたら絶対に渡さなかった筈だよ? そうだよね? ジャノくん」
「当たり前でしょう! 確かに大っ嫌いですけど、関わりたくないだけで不幸になってほしい訳ではありません」
「甘いね。君は甘すぎる。この二人が犯した罪は重い。ユベールの誕生日パーティーを台無しにしたこと。平民だと見下して君を罠に嵌めて公の場で貶めたこと。この世界に二つしかないロイヤル・ゼロを壊そうとしたこと。他にも余罪はありそうだけど、ロイヤル・ゼロを壊そうとしたのは見過ごせないな」
「それは俺も分かっています。でも、これはやり過ぎです。女性にとって肌に傷や痣が残ることは死を意味します。俺はそれを望みません。それに、痣を消しても二人はそれ相応の罰を受けるんですよね?」
「…………」
「だったら、彼女に刻まれた『呪い』を消しても問題はないでしょう?」

 案の定、リリーちゃんから「ご主人様は優しすぎます! 私は反対です! 絶対に消しません!」とプンスカ怒られてしまった。「本当なら一生ナイフで刺されるような痛みと火で炙られ続ける痛みも伴う呪いなのに!」と、知りたくなかった情報も教えてくれた。それは俺が望まないから痣だけ残るかなりマイルドな呪いにした、と。呪いにマイルドって言葉使うの止めてほしい。

 むううううう! 分かりました! ご主人様がお望みならばリリーはご主人様の言う通りにします!

 おお! ありがとう! リリーちゃん! ユベール様達からは「本当にいいんですか?」と心配されたけど、俺は満面の笑みを浮かべて「大丈夫です!」と答えた。

 俺が近付くとルグラン伯爵夫人に睨まれたけど気にしない。「今から痣を消すのでじっとしていてください」と忠告して、リリーちゃんの指示通り彼女の胸の前に手を翳す。俺の掌から綺麗な緑色の光が放たれ、伯爵夫人を包み込む。すると緑色の光を浴びた場所から毒々しい荊の痣がスゥッと消えていった。「解呪完了です」という文字が浮かんで、俺は翳していた手を引っ込めて立ち上がる。あぁ、よかった。ちゃんと痣が消え……

「あのー、リリーちゃん? まだ痣が残ってるんだけど?」

 よく見るとルグラン伯爵夫人の首と両手首、両足首にはまだ黒い荊の痣が残っていた。二重に巻きつく痣はまるで罪人に嵌められる枷のようにも見える。

「おい! まだ痣が残っているじゃないか!? 全部消すんじゃなかったのか!?」
「そうよ! どうして全部消してくれないの!?」
「俺も消したかったんですが、リリーちゃんが『これ以上は譲歩できません!』と痣を消すのを断固拒否してまして」
「はあ!? 何を言ってるんだ!? お前は! 大体、俺は初めて会った時からお前が気に入らなかったんだよ! ユベール様の命の恩人だかなんだか知らないが、冴えない男がドレスなんて着るんじゃねえ! 全然似合ってねえんだよ! ドレスも宝飾品も!」
「その意見には全力で同意する!」
「ジャノ」
「ジャノくん」
「ジャノさん」
「ジャノ様」

 ずっと気にしないようにはしていたけど、やっぱり変だと思うんだ。平凡な男が豪華なドレスや宝飾品で着飾っても違和感しかないでしょ? 男だから女装はダメ! とか、気持ち悪い! なんて思わないけどさ。好きな人は自分の好きな衣装を着て楽しめばいいと思うよ。うん。

 まさかルグラン伯爵と意見が一致するとは。嬉しいような、嬉しくないような。ユベール様達の視線が痛いけど、共感してくれる人って大事だよ? 二人のことは大っ嫌いだけど。
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