当て馬にされていた不憫な使用人は天才魔導士様に囲われる《第二部完結》

トキ

文字の大きさ
上 下
53 / 69
第二部

断罪イベント1

しおりを挟む
 ルグラン伯爵夫妻が騒ぎ出したせいで一瞬で注目の的になってしまった。伯爵は責任を取れと怒鳴り散らし、俺が伯爵夫人に手を出した最低な男であること、更には他の家でも同じように令嬢や夫人達を襲おうとした犯罪者だと断言する。

「どこまでも卑しい男め! どうせ今回も卑怯な手を使ってユベール様を誑かしたんだろう! 魅了の魔導具でも使ったんじゃないのか? そうでなければお前のような犯罪者をユベール様やジルベール様達が味方をする理由が思い付かないもんなあ! 皆さんもそう思いませんか? この卑しい平民の噂はとても有名ですし、コレの被害に遭った方もこの場に居るかもしれません。私の愛する妻も、コレに襲われそうになりました!」
「言いがかりは止めてください。噂は全て嘘だと分かっています。彼は犯罪者ではありません。被害者です」
「ユベール様」
「ユベール様! 正気に戻ってください! 貴方は今、魅了の魔導具で惑わされているだけだ!」
「俺は正気だ。魅了系の魔導具対策はちゃんとしているし耐性もある。何故か分かるか?」
「え!?」
「お前達のような私利私欲に塗れた連中が、魅了の魔導具を俺に使ってベルトラン公爵家に無理矢理取り入ろうと企んでいたからだ」
「…………」
「ジャノが魅了系の魔導具を使ったと言うが、彼はずっとベルトラン公爵家で過ごしていた。長年仕えてきたステラや、俺の専属執事であるレイモンが傍についている状況で、どうやってジャノが魔導具を手に入れるんだ?」
「ベ、ベルトラン公爵家へ行く前に、手に入れていたんです! それをユベール様に使って」
「俺がジャノを保護した時、彼はシャツとズボンというラフな格好をしていたが? 所持品もなかったし、魔導具なんて一つも持っていなかった。そもそも、労働に対する対価すら支払われていなかった彼が、何処でどうやって魔導具を購入するんだ?」
「か、身体でも売って金を手に入れていたんだろ! 此奴は何時も屋敷を抜け出して朝帰りしていたからな!」
「それはお前達がジャノを追い出したからだろう? 夫人に手を出した罰だなんだと騒いで食事も寝床も与えなかった。だから彼は親友の店を訪れて食事や寝床を用意してもらっていた」
「ユベール様は黙っていてください! 悪いのは全てこの卑しい平民だ! コレのせいで、ニナはリゼット様達から仲間外れにされていじめられたんですよ! 今だってそうだ! 俺の愛するニナに態とぶつかって、彼女が愛用していたネックレスを壊した! 高価な宝石だったのに!」
「そうよ! ジャノさん! 謝ってください! ジャノさんは私に沢山嫌がらせをして、仲間外れにして、ユベール様やジルベール様達も騙していたんですから! その責任を取ってください! ジャノさんが身に付けている宝飾品を全て譲ってくれるなら、今迄の罪は全て許してあげるわ」
「貴方達は! 自分が何を言っているのか分かっているのか!? ジャノが身に付けている宝石はロイヤル・ゼロだぞ!?」
「それも嘘なんじゃないのか? こんな奴がロイヤル・ゼロを目覚めさせるなんてあり得ない。偽物なんだろう? ただのロイヤルをロイヤル・ゼロだと吹聴してベルトラン公爵様達を騙しているに違いない!」
「貴族を騙した罪は重いわよ? ジャノさん。今の内に自分の罪を認めて私達に謝罪して出て行ってください」
「ジャノ。貴方が出て行く必要はありません。大丈夫です。怖がる必要はありません」
「ユベール様……」
「こんなに震えて、涙が出るほど辛かったんですね」

 ブルブルと小刻みに震える身体をそっと抱き締められる。ユベール様の体温を感じて、少しだけ心が落ち着いた気がする。ゆっくり深呼吸をして、俺はユベール様の目をしっかりと見て震えていた理由を小声で説明した。





 ルグラン伯爵夫妻とユベール様が言い争っている間、俺は何も言えなかった。というか、彼らの会話を全く聞いていなかった。何やら叫んでいるなあ、くらいの感覚。俺が怖くて怯えていたのは本当だけど、その理由はルグラン伯爵夫妻が俺を貶め、周囲の貴族達からも怒声罵声を浴びせられたからじゃない。リリーちゃんが激怒したからだ。ルグラン伯爵夫人がぶつかってきた後から、乱れた文字が次々と表れては消え、その内容は全て伯爵夫妻達に対する怒りと敵意と憎悪に塗れていた。

 テメエ巫山戯んじゃねえぞ! ご主人様を犯罪者扱いしやがって何様のつもりだ!? テメエらのような腐った連中がご主人様を侮辱するんじゃねえ! テメエらとご主人様とでは雲泥の差なんだよ! ご主人様が凛と咲く高嶺の花ならテメエなんてピー! 以下略。

 そんなピー! な存在が私を欲しがるんじゃねえ! テメエらなんてピー! で十分だ! ピー! 付けて満足しやがれ! こんのピー! ピー! ピー!

 色々とヤバい言葉が飛び交っていてリリーちゃんが怖い。公の場では絶対に言えない禁止用語と汚い言葉で罵りまくってる。口調も乱暴だし、言葉の暴力ってこういうことかあ。激怒しているから字体が乱れていて色も赤だからホラー映画を見ているような感覚だ。最後の方なんて全部ピー! で隠さないとヤバい言葉ばっかりだし。

 もう我慢の限界です! ご主人様! ピー! どもの言う通りにしてください!

「え!?」
「ジャノ?」
「あ、ごめんなさい。リリーちゃんが、急にあの人達の言う通りにしてと言ったので驚いて……」
「リリーが?」
「はい」
「何か考えがあるということですか?」

 ユベール様の質問に対し、リリーちゃんは自信満々に「勿論です!」と断言する。俺がリリーちゃんの返事を伝えるとユベール様は暫く考え込んだ後「分かりました。言う通りにしましょう」と告げてレイモンさんとステラさんを呼んできてほしいと近くにいた執事さんに指示を出した。

「さっきからコソコソと何を話しているんだ? またユベール様に魅了をかけたのか?」
「魅了を使わないとユベール様に見向きもされないなんて、やっぱりジャノさんは可哀想ね。他の方達も私達に同意してくれているわ」

 確かにホール内の空気は最悪だ。魅了の魔導具を使っている、と言っただけで俺を認めてくれていた人達も敵意を向けるようになったのだから。ロイヤル・ゼロも偽物でユベール様達を騙していると周囲の人達は思い込んでいるようだ。それに加えて例の噂。ユベール様を助けたことすら俺が仕組んだことなんじゃないのか? と疑われる始末。クレマン様とラナ様は他の貴族達から「危険ですからあの男に近付かないように」と足止めされている。リゼットちゃん達も同じ状況だ。みんな違うって必死に叫んでいるけど、俺を罵る言葉ばかりが大きくなり彼女達の声は誰にも届かない。

「皆さん、冷静になって考えてみてください。公爵家の嫡男であるユベール様の婚約者に、魅了の魔導具を使う卑しい平民は相応しいか、相応しくないか。答えは勿論『相応しくない』だ!」
「此処でジャノさんを止めなければ、彼はまた罪を犯します! 私達でユベール様達の呪いを解き、多くの人を騙して襲おうとした悪魔を倒しましょう!」

 このパーティーの主役は何時からルグラン伯爵夫妻になったんだろう。周囲の人達も口々に「最低!」やら「さっさと出て行け!」やら騒いでいて完全に断罪イベントだ。ユベール様の誕生日パーティーなのに、本当なら多くの人達から祝福されて「とても楽しい時間だった」と満足してもらえる筈だったのに。

 最高の誕生日を最悪な誕生日に変えてしまった二人に罪悪感はないのだろうか。このパーティーを成功させる為に多くの人達が関わって、数ヶ月前から少しずつ準備を進めて、何度も打ち合わせをして、みんなが楽しみにしていた大切なパーティーなのに。そう思うと沸々と怒りが込み上げてきた。

「無様だなあ? 平民如きが高望みするからこういうことになるんだよ」
「思い通りにならなくて残念ね。ジャノさん」

 二人からの嫌味は聞き慣れているから今更心が傷付くことはない。勝ち誇った笑みを浮かべる姿に腹が立つ。ユベール様の誕生日を台無しにしておいて、彼に言うことはないのか! と怒りたいが、俺が二人に怒鳴ったらそれこそ奴らの思う壺。やっぱり平民は野蛮だとか教養がないとか野生の獣だとか言われるに違いない。こんな危険な人間がユベール様の婚約者になるなんて考えるだけでもおぞましい! と。そうなると分かっているから、俺はグッと耐えて拳を握りしめた。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

処理中です...