当て馬にされていた不憫な使用人は天才魔導士様に囲われる《第二部完結》

トキ

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第二部

パーティー前日1

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 慌ただしく時間が過ぎ去り、気付くともうユベール様の誕生日パーティー前日になっていた。約一ヶ月という短い期間ではあったけど、できることはやったと思う。沢山の人に助けてもらいながら貴族として必要な知識や教養、マナーを覚えることができた。ステラさん達に最終チェックをしてもらったら「完璧です!」と「安心してください!」と褒めてもらえた。リリーちゃんのお陰だ。

 時々殿下がやって来て文也を口説く姿を何度か見たことがあって、公爵邸の人達も最初はギョッとしてた。殿下、何時も神出鬼没でノリも軽いからびっくりするんだよなあ。大体俺の部屋に現れることがほとんどだけど。毎回高級なお土産を持って来るから俺もユベール様もどう対応したらいいのか分からなくなる時がある。「はい! これ! この前お昼をご馳走になった時のお礼だよ!」と言われて渡されたのは幻のワインと呼ばれている高級品で、その次に来た時は新鮮な野菜や果物。数量限定のスイーツ、希少な調味料、ジャムや蜂蜜などなど。

 食べ物が圧倒的に多いのはほとんどが文也への貢ぎ物だからだ。「この食材を使って美味しい料理を作って!」と目を輝かせてお願いして、文也も嫌なら断ればいいのに毎回その食材を使って料理を作るから殿下はそれに味を占めてしまった。

「いよいよ明日ですね! ジャノさん!」
「私も、ジャノ様を応援してます!」
「ありがとう。リゼットちゃん、ジョエルちゃん。二人のお陰でユベール様の誕生日プレゼントも完成したよ」

 文也のアドバイスを受けて、俺は早速ジョエルちゃんに手紙を出した。ユベール様の誕生日プレゼントを作る手伝いをしてほしい、と。ジョエルちゃんは直ぐに返事をくれて、押し花の作り方を丁寧に教えてくれた。初めてで上手くできるか不安だった俺の為に、ジョエルちゃんが趣味で作った押し花も持って来てくれて本当に助かったんだよなあ。

「予定よりも早く公爵邸に滞在することになって、本当に良かったのかしら?」
「ジルベール様とニコラも一緒に来ることになって、ご迷惑だったんじゃ……」
「クレマン様とラナ様が許可を出してくれたから大丈夫。ユベール様にも話は通してあったから」

 むしろ大歓迎だった。ジルベール様とニコラくんが挨拶と謝罪をすると、二人は「謝らなくていいよ」と言って客室に案内した。ベルトラン公爵家に文也も滞在していると知ったら、二人とも目を輝かせて「フェルナンさんの料理、食べられるんですか?」と聞いていた。文也はこういう反応に弱いんだよなあ。案の定、全員分の料理を用意していた。其処に殿下も現れてその後はまあ色々と大変だったな。うん。

「フェルナンさんも協力してくれるなんて凄いですね。ジル達が『是非とも専属のシェフに』って頼んでも断っていたのに……」
「あー、うん。今回も期間限定だよ。ユベール様の誕生日パーティーまでの約束なんだ」
「フェルナン様は、高級レストランで働いていたんですよね?」
「昔ね。労働環境が最悪だったから自分から辞めたんだ」
「もう少し続けていたらベルトラン公爵家のシェフになっていたかもしれないんですよね? なんだか勿体ない気がするなあ」
「俺も彼奴もあの時の『大事なお客様』がベルトラン公爵家だと思わなかったんだよ。それに、彼奴は元々辞めること前提で働いていたからな」
「え!? そうなんですか!?」
「こ、高級レストランなのに、ですか!?」
「うん。そう」

 日本で生きていた時もそうだった。彼奴の夢は自分の店を持つことだったから、高級レストランで働くのは経験を積む為と、職場がどんな雰囲気なのか参考として知っておきたかったから。だから長期間働くつもりはなかったし、この世界の高級レストランでも長くて一年程度働いて辞めるつもりだった。職場環境が最悪だったから半年で辞めようと思っていたって彼奴が言っていたな。でも、人気になりすぎて辞められない状況になっていた、と。

「ふぅん。そうなんだ。急に居なくなっちゃったから寂しかったなあ」
「うわ!」
「ア、アルベール王太子殿下!?」
「び、びっくりしました」

 パーティー前日でも関係なしだな。この人。本当、何時も何時も突然現れて心臓に悪い。俺達の反応なんて全く気にせず、殿下は俺に「フェルのこと教えて!」と目を輝かせて訴えてくる。俺に聞くより直接文也に聞いた方が分かりやすいと思うんだけど、俺が彼奴の過去を詳しく話してもいいのか? 本人の許可なく話すべきではないと思うんだけどなあ。




 タイミングがいいのか悪いのか、殿下が現れた直後に文也が「お昼できたぞー」と俺達を呼びに来てくれた。俺とリゼットちゃんは文也にお世話になった仲だからこの距離感が普通なんだけど、他の人達はちょっとだけ驚いていたな。俺が文也とは親友だからと説明したら納得してくれたけど。まあ、ユベール様達には礼儀正しく接してるから問題はないと思う。

「ねえねえフェル? どうして高級レストランを辞めたの? 僕、知りたいなあ」
「職場環境が最悪だったから。以上!」
「それは聞いてるよ! もっと詳しく教えて!」
「…………」
「えっと、俺が話そうか?」
「いや、いいよ。みんな知りたいって顔してるし、別に知られても困ることじゃねえしな」
「お前にとっては、だろ?」
「教えてくれるんですか!?」
「そんな面白い話じゃないぞ?」
「面白いっつーか、先輩が可哀想としか思えなかったな。自業自得なんだけど」

 今日のお昼は天ぷらだ。さつまいも、かぼちゃ、茄子、きのこ、大きな海老。かき揚げもあって、俺は天ぷらを口にしつつ文也の話を聞いた。つゆも塩も美味しいんだよなあ。久しぶりの天ぷら、じっくり味を堪能しよう。ちなみに、今回は全員お箸に挑戦している。難しいならナイフとフォークでもいいよ? と言ったんだけど、みんな文也からお箸の使い方を教えてもらって使えるようになっていた。クレマン様とラナ様も綺麗にお箸を使っている。

「サクサクしてて美味しいですね!」
「本当! とっても美味しいわ!」
「初めて食べたが、これは病みつきになるなあ」

 ユベール様達も天ぷらを気に入ったようだ。衣はサクサクで中はホクホクだったりぷっりぷりだったり。フランソワさん達も練習しているみたいだけど、中々文也みたいに上手く揚げられないって言ってたなあ。油の温度とか、衣の作り方とか、量とか、タイミングとか。俺も、天ぷらを作るのは難しいイメージだわ。

「んぐ。つまり、もぐ、フェルは、今のお店を、かぼちゃおいひい! 持つ為の修行で、ごくん、高級レストランで働いていたんだね!」
「食うか喋るかどっちかにしろ!」
「だって美味しいんだもん! これ、テンプラだっけ? すっごく美味しい!」
「フェルナンさんは何処でこの料理を覚えたんですか?」
「そう言えば気になるな。この国では初めて見る料理ばっか作ってたし」
「祖国とだけ言っておく」
「確かに祖国だな」
「えー!? 教えてくれないんですか!?」
「フェルの祖国! 一度はこの目で見なければ!」
「ジャノが生まれ育った国でもあるんですよね! その時は俺も一緒に行きます!」
「…………」
「…………」
「ジャノさん? どうしたんですか?」
「フェルナンもどうしたんだよ? 急に黙って」
「この世界には存在しねえから無理だ」
「無理だね」

 だって此処は異世界で日本は存在しない。俺も文也も日本人だった頃の記憶があって、と言って信じてくれるだろうか。俺は明日ユベール様に本当のことを話すつもりだけど、文也はまだ隠しておきたいよな。みんなが疑問に思っているのも分かるから、文也は「そう言えば、先輩ってどうしてるんだろうな?」と無理矢理話題を変えた。先輩。先輩、なあ。

「先輩?」
「フェルナンの料理を盗んでいたシェフのことです。東洋の龍を作ったって言ったのも先輩だったんだよな?」
「というより、俺が態とそう思われるように仕向けたんだけどな」
「先輩達、絶対心の中で『やりすぎだ!』って思っただろうな」
「いやあ、あの顔は傑作だったぜ! 奴らのバカ丸出しの顔を見れてスッキリした!」
「楽しんでたよな? 絶対楽しんでただろ? お前」

 オーナーや先輩達に扱き使われていたのは本当だ。客の態度も悪かった。それすらも此奴は利用してたんだよなあ。早くレストランを辞めたかった此奴は、辞める理由をずっと探し続けていた。運良く態度の悪い客に「お前のような平民など辞めてしまえ!」と怒鳴り散らされて文也は「だったら辞めてやるよ! こんな店!」と断言して辞めるつもりだった。文也が辞めて困るのはオーナー達だ。奴らは「辞めるならレシピを全て書いてから辞めろ」と言って文也を狭い部屋に閉じ込め、徹夜明けには「大事なお客様が来るからメインの料理を作っておけ!」と命令した。

 こんなことをされたら文也じゃなくてもブチギレるわ。それで立体の東洋の龍を作り上げてしまう此奴も此奴なんだけど。此奴、先輩が説明できないと分かっていて態と「どうしたんですか? 先輩。これ、先輩が作ったんですよね? 早く説明してくださいよ。ねえ? せんぱあい」と煽りに煽りまくったのだ。何も話せない先輩に此奴は「みんな待ってますよお? どうしたんですかあ? 説明、してくださいよお」と続けて「仕方ないですね。緊張して話せない先輩に代わって俺が説明してあげますよ。可愛くて優秀な後輩が居て良かったですね! 先輩!」と言ったそうだ。しかも、スラスラと東洋の龍について説明を終えた後、此奴は奴らが絶対に作れないと分かっていて態と大きな声で「次は何を作ってくれるんですか? 鳳凰ですか? 風神雷神ですか? 狛犬ですか? お稲荷様ですか? とっても楽しみです! ね! 皆さん!」と無理難題を振ってレストランを辞めたのだ。先輩可哀想。

「あの時が一番悪ふざけができて楽しかった気がする」
「悪ふざけで東洋の龍作るなよ。いろんな人に影響を及ぼしてるんだぞ?」
「反省はしていない、だから後悔もしていない」
「正しくは『反省はしている、だが後悔はしていない』だな。というか、変な迷言作るの止めてくれません? 文也さん」

 時々変なことを言うんだよなあ、此奴。名言っぽく言ってるけど、時と場合によっては暴論になるって気付いてくれ。殿下とリゼットちゃんは何故か目を輝かせて「かっこいい」って呟いているし、クレマン様とラナ様も影響受けちゃってるし、ジルベール様とユベール様は文也に嫉妬してるし、ニコラくんは「やっぱコイツ悪魔だ」と言いつつジョエルちゃんの耳を塞いであげているし。君達は天使かい? こんな時でも本当に可愛いなあ。唯一の癒しだわ。
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