当て馬にされていた不憫な使用人は天才魔導士様に囲われる《第二部完結》

トキ

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第二部

過去の縁は忘れた頃に戻ってくる1

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 ユベール様の誕生日パーティーまで一ヶ月を切って、みんな忙しそうに公爵邸内を行き来している。俺は変わらずダンスと礼儀作法の練習を続けていて、時々クレマン様達と食事を一緒にしたりリリーちゃんについて情報を教えたりして、忙しいけど平穏に過ごせていると思う。疑問に思うことがあるとすれば、ダンスの練習をしている時、控えている人が増えたこと。ユベール様だけでなく、他の人達もリリーちゃんの輝きとドレスの美しさに魅了されたらしい。上品で綺麗だもんねリリーちゃん。

「ふう」
「ステラさん。最近元気がないですね。どうかしたんですか?」
「え? も、申し訳ありません。ジャノ様。さあ、練習を続けましょう」
「あの、練習が終わったら少しお話ししませんか? ステラさんには何時もお世話になっているので」
「ですが……」
「俺も、ステラさんが困っている時は力になりたいんです」
「ジャノ様、ありがとうございます」

 ステラさんと少し話して、俺はまた礼儀作法の練習に集中した。毎日リリーちゃんにお手本の動きを再現してもらっているお陰か、俺の立ち振る舞いは予想以上に上達しているそうだ。良かった。このまま練習を続ければ本番までに形にはなりそう。今日も丁寧に教えてくれたステラさんにお礼を言ってソファに座ってもらい、レイモンさんにお茶菓子を用意してほしいとお願いした。直ぐに用意してくれた。レイモンさんにお礼を言って、一緒にステラさんの話を聞きましょうとお誘いした。レイモンさんは一瞬渋ったものの、ステラさんから「少しくらい休んでも大丈夫ですよ」と言われ、ソファに腰掛ける。テーブルに置かれたフィナンシェを楽しみつつ、俺はステラさんの悩みを聞くことにした。

「それで、最近元気がないのは……」
「ありがとうございます。ジャノ様。実は、ユベール様の誕生日パーティーで振る舞う料理について悩んでいて」
「料理ですか?」
「はい。私の夫はベルトラン公爵家の専属シェフなんです。料理長なんですよ」
「え!? ステラさんの旦那様が、このお家の料理長さん!?」

 俺は驚いて言葉を失った。何時も美味しい料理とお菓子を作ってくれているシェフ達を束ねる料理長。そんな凄い人がステラさんの旦那様だったとは。となると、悩んでいるのはステラさんではなく、料理長さんの方?

「ユベール様の想い人が見付かった特別な年だから、今回の誕生日パーティーは去年よりも力を入れたいと言っていて。みんな一生懸命に料理を作っているんですけど、中々思い通りのものを作れなくて苦戦しているのです」
「苦戦しているんですか? シェフ達が作る料理は何時も美味しいですよ?」
「私も夫にそう言ったんですけど『トウヨウノリュウ』の足元にも及ばないと」
「…………」

 なあんか、聞き覚えのある言葉が出てきた気がするんだけど。トウヨウノリュウって、東洋の龍だよな? それをステラさんの旦那さんが見たってことは、つまり、そういうことだよな?

「最近、ずっと眠らずに料理を作り続けているから心配で」
「そう、ですか。ちなみに、トウヨウノリュウというのは……」
「ある高級レストランで出された食材アートです。今は潰れて別のお店になっていますが。私の夫もずっと『あの店のシェフはプロじゃない。食べる価値などない』って言って否定し続けていたのですが、急にそのお店の評判が上がって、クレマン様達が『あのお店でパーティーを開こうと思っている』と仰って、試しにお二人と私達で下見に行ったんです。一度だけ確認して夫が認めればこのレストランに、認めなければ別のレストランに依頼する予定だったんです」
「…………」
「夫は期待なんてしていなかったんですけど、最初の料理が出された時に目の色を変えたんです。食べるつもりはないって言っていたのに、直ぐに口にして『美味しい』と目を輝かせて言ったんですよ? 見た目も味も完璧だと大絶賛。その後、私達はオーナーを呼んでパーティーの依頼もしました。そして、パーティー当日に作られた料理は芸術作品と言っても過言ではないくらい素晴らしいものだったのです。夫は『トウヨウノリュウ』に一目惚れして、それ以来ずっとあの芸術作品を作り上げたシェフを探し続けていて」
「あの、ステラさん」
「なんでしょう?」
「その時、自分が作ったと名乗りを上げたシェフは居ませんでしたか?」
「確かに居ましたけど、どうしてジャノ様がそれを?」
「あ、いえ。どうしてそのシェフを引き抜かなかったのかなあと、ちょっと疑問に思って」
「あぁ。偽物だったから夫が突っぱねたのよ。後日、引き抜こうと思ってレストランに行ったらしいんですけど、その時には彼は辞めてしまった後で、とても落ち込んで帰って来たのを覚えているわ」
「…………」

 なんて声をかければいいのか分からない。世間って狭いと言えばいいのか、何をしてんだ彼奴と我が親友を責め立てればいいのか。どちらにしても、文也が影響を及ぼしてしまったことに違いはない。さて、どうしたものか。

「気にしないでください。夫はプロのシェフです。きっと、自分の力で何とかしますよ」
「そのことなんですけど、ステラさん。少し息抜きしてみませんか?」
「え?」

 また親友に丸投げする形になってしまうが、決断するのは彼奴だ。協力するか、しないかは文也に決めてもらおう。そう思って、俺はステラさんにあることを提案した。





 それから数日後、ステラさんが満面の笑みを浮かべて俺にお礼の言葉を述べた。ステラさんの隣にはマロンクリームのような薄茶色の髪にアイスグリーンの瞳をした男性。彼はステラさんの旦那さんであり、ベルトラン公爵家の料理長さんでもある。名前はフランソワさん。

「ジャノ様。本当に、本当にありがとうございます!」
「いえ。喜んでもらえてよかったです。協力してくれることになったんですよね?」
「はい! ジャノ様の手紙のお陰で。あぁ、まだ夢の中にいるみたいだ。ずっと憧れていたシェフと再び会える日が来るなんて! 彼と共に料理を作れる日が、今から待ち遠しくて仕方ない!」
「大袈裟ね。フェルナン様が此処に来るのは三日後よ?」
「私にとっては三日でも長いんだ!」
「ユベール様と同じことを言って。本当に困った方だわ」

 嬉しそうに語るフランソワさんを呆れたような表情で見るステラさん。喜んでいる二人を見ると、こっちまで嬉しくなってしまう。俺はステラさんとフランソワさんに文也の店でリフレッシュしてみたらどうかと提案しただけなんだけど。息抜きは必要だと説得して、ステラさんはフランソワさんと一緒に文也の店を訪れた。その時に俺はステラさんに手紙を渡した。内容はステラさん達が困っていることと、フランソワさんが文也が作った東洋の龍に惚れ込んでいること、誕生日パーティーに出す料理に悩んでいるようだから可能であれば協力してほしいこと。もし嫌なら断ってくれてもいいとも手紙には書いたんだが、三日後に文也が来るってことは、フランソワさん達には真実を伝えたってことだ。

 文也が協力してくれることになって、俺は少しだけ安堵した。彼奴、高級レストランで働いて以降、貴族を徹底的に避けていたからな。だからと言って全ての貴族を避けていた訳じゃない。身分を気にせず、文也の店を利用する人やリゼットちゃん達には快く料理を作っているからな。いい貴族もいれば悪い貴族もいる。彼奴はそのこともちゃんと理解している。文也が協力するって言ったなら、フランソワさんは大丈夫だと判断したんだろう。俺も文也に会えるってことで今から少しだけワクワクしている。

「本当に驚きました。あの時のシェフが、ジャノ様の親友だったなんて」
「俺も驚きました。あの時の『大切なお客様』がベルトラン公爵様達だったなんて」
「この人ったら、フェルナン様の料理を見てから、ずっと彼を追いかけ続けていたんですよ? 私も以前ジョエル様とニコラ様に出された白鳥の形をしたケーキを見て『似ている』とは思ったんですけど、本人だとは思わなくて」
「あー、彼奴にも色々と事情がありまして。申し訳ありません。俺も最初から知ってたんですけど、また厄介な貴族に絡まれて彼奴が苦労する姿は見たくなかったので、協力するかしないかは彼奴の判断に任せたんです」

 高級レストランで働いていた頃、文也は本当に都合のいいように使われ続けていた。ストレス発散の為に飾り切りを作っていたとはいえ、精神的にも肉体的にもきつかった筈だ。自分を奴隷のように扱うオーナーや先輩に、面倒なお客様への対応。貴族の中には平民を見下している人も多く存在し、平民が作った料理というだけで食べもせず床にぶちまけて踏み躙った者もいたと文也から聞いた。文也は平気そうにしていたけど、文也が作った料理を台無しにした貴族に関しては俺も許していない。だって、文也がいなかったら俺は生きていられなかったから。文也が作る料理はどれもあったかくて美味しくて、美味しいご飯を食べられるから、俺も使用人を続けられていたと思う。

「知っています。後日、私があのレストランへ行った時、彼はもう辞めてしまった後でした。それなのに、図々しく他のシェフ達が『あの料理は俺が作ったんです』と平気な顔で言ってきて本当に腹が立ちました。私はベルトラン公爵家の料理長を任されているプロのシェフです。長年料理を作り続け、多くのシェフを育て続けていれば、その人の手を見れば一目瞭然」
「手ですか?」
「はい。説明しろと言われると難しいのですが、嘘を吐いた方のシェフの手は綺麗すぎたんです。料理を作ったことなど一度もないというほどに。それに、自分で作った『トウヨウノリュウ』について、全く説明できないのもおかしい。リュウの存在すら知らなかったようですから」
「確かに」

 料理を作り続けているのに、手が綺麗すぎるのはおかしい。みんな騙されていると思っていたけど、やっぱり見る人が見たら嘘だってバレるんだな。文也もそれが分かっていたから協力するって言ったのかも。或いは、フランソワさんが本物のプロだから協力したくなったか。彼奴も彼奴で困っている人は放っておけない優しい奴だからなあ。そんな文也が親友で本当によかったと思うのと同時に、とても誇らしい。

 我が親友は最高だ!
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