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第一部
挨拶は大事(ユベール視点)1
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ジャノに執筆途中の原稿を返し、ステラが両手で持っている箱の中から宝飾品を取り出す。ジャノは顔を引きつらせて「また、付けるんですか? 俺は、このままでもいいんですけど」と少しだけ身を引いた。フェルナンから俺が購入した宝石が全てロイヤルであること、ロイヤルと呼ばれている宝石が桁違いの値段であることを教えてもらったそうだ。俺は値段など気にしないのに。あまりにも高額すぎて身に付けるのが怖いと、ジャノは小さく呟いていた。少し躊躇ってしまうが、やはり宝飾品を身に付けているジャノを見たいので俺は「お願いします」と許しを乞う。するとジャノは「う!」と小さく呻いて「わ、分かりました」と言ってくれるのだ。
彼の肌が傷付かないよう、彼に宝飾品を付けていく。ドレスだけでも美しいが、やはり宝飾品を身に付けることでジャノの美しさがより一層引き立てられる。ジャノが快適に過ごせるよう、最近はずっとワンピースドレスを選んで着てもらっている。色は青から白のグラデーションで、スカートはメインの生地を覆うように繊細な模様のレースが控えめに広がっている。このドレスに合うように選んだ宝飾品は当然サファイアとダイヤモンドだ。あまり豪華なデザインを好まないジャノを気遣って、こちらもシンプルなデザインのものが選ばれている。流石は俺の専属執事だ。レイモンは何時もいい仕事をする。
「ユベール? もう入っても大丈夫かしら?」
「私達もジャノくんに挨拶をしたいんだが……」
扉越しにお父様とお母様の声がして、俺はジャノに今までのことを簡単に説明した。俺の両親がジャノに挨拶をしたいと言っているが、会ってもらってもいいだろうかと質問すると、ジャノは驚いて肩を震わせた。かなり緊張しているのが分かる。嫌なら後日改めて挨拶をと提案したが、彼は「お二人とも忙しいのでしょう? 挨拶できる時にしておきましょう」と言ってくれた。あぁ、本当に。彼は何時もそうだ。他人を思いやれる優しさ。相手の立場を考えて気遣える大人の対応。孤児だ、平民だとジャノは言うが、他の貴族達よりも気品に満ち溢れていて彼の方が貴族に相応しいとさえ思えてしまう。
「初めまして。ジャノさん。ユベールの父、クレマン・ベルトランです」
「初めまして。ユベールの母、ラナ・ベルトランです」
「は、初めまして。ジャノと言います。ユベール様には何時もお世話になっていて」
部屋に設置してあるソファに座り、お互いに簡単な挨拶を済ませる。ジャノはやはり緊張していて、居心地悪そうにしている。両親はジャノの心境を理解していて「そんなに緊張しなくても大丈夫」と優しく声をかけた。
「あ、あの、ユベール様が用意してくれたお部屋を散らかしてしまって、誠に申し訳ありません。本当なら俺が片付けるべきなのに、それも使用人の方達に任せてしまって……」
「ジャノさんが謝る必要はありません。こちらこそ、本当にごめんなさい。ジャノさんはお客様なのに、あんな嫌な思いをさせてしまって」
「荒らしたのはルグラン伯爵夫人とその侍女だ。一部始終をユベールが開発した魔導具で見させてもらったが、君は何も間違ったことをしていない。こちらこそ本当に済まなかった。本来なら私達が接客しなければならなかったのに。それだけでなく、私達の大切な使用人を守ってくれたこと、心から感謝する。ありがとう」
「そんな! お礼を言われることは何も! あの、女の子は大丈夫ですか? 転ばされて怪我をしていないといいのですが、捻挫や打ち身でも放っておくと悪化する可能性もあるので、念の為お医者様に診察してもらった方がいいと思うんです。放っておいたら痛みが引かなかったり、骨にまで影響を及ぼしていたりすることもあります。大袈裟かもしれませんが」
「ジャノさんは、本当に優しい方ですね。分かりました。一度お医者様に診てもらうよう手配します。クレマン様、お願いできますか?」
「あぁ。それで何事もなければ安心できるし、怪我をしていたら治療を受けられる。ステラ、申し訳ないが頼んでもいいだろうか。必要書類は後で用意する」
「かしこまりました」
ジャノは二人にお礼を言って「これであの子も安心ですね」と柔らかく微笑んだ。その笑顔を見るだけで本当に心が癒される。お父様とお母様も、実際にジャノと話をしてとても気に入ったようだ。というより、俺に「ユベール、分かっているな?」と視線だけで圧力をかけてくるのだが。伯爵夫人達とのやりとりを見て、こうして直接会ってジャノの人柄の良さを目の当たりにして、二人が思うことはただ一つ。
ジャノさんを絶対に逃がしてはいけない! である。勿論、俺だってジャノを逃がすつもりはないし、必ず彼の全てを手に入れる為に日々努力している。彼の嫌がることは絶対にしたくない。ドレスと宝飾品に関しては我慢してもらっているが、それはそれ、これはこれ、だ。
「少しお話しして疲れたでしょう? 有名なスイーツ店でシュークリームを買ってきたの! ジャノさん、甘いものはお好きですか?」
「え? はい、大好きです。何時も美味しいお菓子を用意していただいて、とても感謝しています。でも、今日は色々と無理難題を押し付けてしまって、後でシェフ達にも謝罪しないと」
「ジャノさん。さっきも言ったが、謝るべきなのはルグラン伯爵夫人と侍女であって君じゃない」
「ステラとユベールからジャノさんのことは聞いていたけれど、本当に優しい方なのね。シェフ達もきっと大喜びするわ」
「そんな!」
実際、シェフ達もジャノの為ならと張り切って料理を作っている。あの二人がシェフ達を侮辱する度に、彼は笑顔を貼り付けつつも怒りが滲み出ていた。申し訳なさそうにステラに依頼するジャノを見て、誰が責め立てられるというのか。彼がそうしなければ、あの二人はもっと付け上がってシェフ達を侮辱していたに違いない。
「彼女があんなにも無知だとは知らなかったな」
「えぇ。社交界では何時も礼儀正しかった筈なのに、あんな酷い性格をしていたなんて」
「あぁ」
それは分厚い猫の皮を被っていただけ。
ジャノの小さな呟きを俺は聞き逃さなかった。貴族社会では本音を隠すのが当然であり、誰もが猫を被る。必要のない争いを避ける為だ。しかし、伯爵家ではやりたい放題。ジャノを当て馬に仕立て上げるのは勿論、我儘ばかり言って問題を起こしてその尻拭いをさせられていた、と。社交界では良い子ちゃんを演じていたのに、今になってその分厚い猫の皮が剥がれたのは嫉妬心が原因だろうと彼は言った。
俺も両親も気になってジャノに聞くと、彼は暫く悩んだ後「言ってもいいか」と呟いて伯爵家の内情について話してくれた。
「あの家のシェフ達、何時もサボっていたんですよね。伯爵夫人に出されるお茶菓子は全部商店街の人気スイーツ店で買ったものです。予め彼女が食べたいスイーツを聞いて、それを俺に『買ってこい』とお金を渡してきて。すると、その日に出されるスイーツは俺が買ってきたスイーツで、何時も『ダヴィド様が雇ったシェフは本当に一流だわ』と褒め称えていたんです。そういうことが何度もあって『あぁ、彼奴らシェフとして失格だな』と思いましたね。お店で買ったものならそう言って出せばいいのに、自分が作ったと言って出していたんでしょう。だから、直ぐには作れないって教えた時、彼女達は『此処のシェフは無能だ』と罵れたんだと思います」
「…………」
「…………」
「……上が上なら、下も下だな」
「あくまで憶測なんですけどね。親友が料理人なんで、俺は料理を作る大変さや、一つのお菓子を作り上げる為には幾つもの工程があることを知っていたんです。だから伯爵夫人の言葉を聞いて驚いたんですよね。よくそんな無神経なことを言えるな、と」
ジャノの言っていることは真実だと思ってしまう。俺達も彼女達の態度や言動をこの目で見て「此奴らは何も知らないのか!」と怒りを覚えたのだから。普通、他所様の家でアレもコレと注文なんてしないし、時間がかかるものだと分かる筈だ。それなのに、あの二人はそのことを全く理解していなかった。知る必要なんてないとまで断言していたな。それも、伯爵家に雇われていたシェフ達の態度が原因だとすれば納得だ。プロのパティシエが努力して味や品質やデザインも考慮して一から作り上げた傑作を、ただ皿に乗せて出しただけで自分の手柄にするなどシェフとして失格だ。むしろ、そんな奴にシェフを名乗ってほしくない。
「何時もはこんなに暴走しないのに、よほど悔しかったんでしょうね。俺が、その、ユベール様に大切にされていることが」
「ジャノを大切にするのは当然です! 貴方は俺の命の恩人なのだから!」
あぁ、もう! そんな風に頬を赤く染めて俺を見ないでください! 可愛すぎて俺の本能が暴走してしまいます! そんな表情をされたら勘違いしてしまうじゃないですか! ジャノも俺と同じ気持ちなんだと! 俺のことを少しは意識してくれているのだと!
「命の恩人は大袈裟だと思うんですけど。えっと、多分、相手が俺じゃなかったら彼女達もあそこまで暴走しなかったと思います。何時も見下して踏み台にしていた俺が、突然ユベール様の想い人だと分かって色々と感情が爆発したんでしょう。孤児で平民の俺が、自分よりも高価なドレスと宝石を身に付けて、旦那様よりも上の立場であるユベール様に、その、あ、愛されて、我慢できなかった。そんな俺が邪魔で邪魔で仕方なかった。俺がユベール様に愛されるなら、自分でもいいじゃないか! って。相手が俺だったから、あんな酷い態度だったんじゃないかなあ、と。あの人、俺に会う度に『平民の』とか『平民が』とか、口癖のように言っていましたから」
確かに、ルグラン伯爵夫妻はジャノを見て「平民如きが」と常に彼を見下していた。貴族に対してその態度はどうかと思うとあの女が文句を言っていたが、俺達からしてみればあの女達の態度の方がどうなんだ? と言いたい。俺も薄々気付いてはいたが、ルグラン伯爵夫妻は平民を見下して差別している傾向がある。というか確実に自分の方が上だと思い込んでいる。
「本当に、ごめんなさい。ジャノさん。同じ貴族として、心からお詫び申し上げます」
「今後、ルグラン伯爵家とは距離を置いた方が良さそうだな。夫人を溺愛することで有名な方ではあるが、二人してジャノさんを差別していたとは……本当に、嘆かわしいことだ」
「貴族社会のことは本当によく分かっていませんが、あの二人に関わるのは必要最低限にした方がいいと思います」
お父様とお母様はまた頭に手を置いて深いため息を吐いた。あんな酷い態度を見た後で今後とも仲良く、なんて出来る訳がない。あの二人は、自分の欲を満たす為だけにジャノを陥れてこの家から追い出そうとしたのだ。シェフや使用人達をも侮辱して、悪者に仕立て上げて大騒ぎして、更にはジャノの為に用意していたドレスや宝飾品まで強奪しようと企んでいたのだ。そんな品格のない卑しい存在と今後取引なんて考えただけでも気分が悪くなる。
「今後の対応は私達に任せてください。ジャノさん。改めて、私達の大切な人を守ってくれてありがとう」
「身分は気にしないでください。ユベールが認めた人なら、私達は誰でも大歓迎だと公言している。まさか、こんなにもいい人だったなんて思わなかったよ」
「あ、ありがとうございます」
ルグラン伯爵夫妻のことはお父様とお母様が対応することで、この話は終わった。一度話が落ち着いた為、お母様がステラに「シュークリームとお茶をお願いしてもいいかしら?」と依頼する。ステラは「勿論です。直ぐにご用意いたします」と言って一度俺の部屋から退室した。
彼の肌が傷付かないよう、彼に宝飾品を付けていく。ドレスだけでも美しいが、やはり宝飾品を身に付けることでジャノの美しさがより一層引き立てられる。ジャノが快適に過ごせるよう、最近はずっとワンピースドレスを選んで着てもらっている。色は青から白のグラデーションで、スカートはメインの生地を覆うように繊細な模様のレースが控えめに広がっている。このドレスに合うように選んだ宝飾品は当然サファイアとダイヤモンドだ。あまり豪華なデザインを好まないジャノを気遣って、こちらもシンプルなデザインのものが選ばれている。流石は俺の専属執事だ。レイモンは何時もいい仕事をする。
「ユベール? もう入っても大丈夫かしら?」
「私達もジャノくんに挨拶をしたいんだが……」
扉越しにお父様とお母様の声がして、俺はジャノに今までのことを簡単に説明した。俺の両親がジャノに挨拶をしたいと言っているが、会ってもらってもいいだろうかと質問すると、ジャノは驚いて肩を震わせた。かなり緊張しているのが分かる。嫌なら後日改めて挨拶をと提案したが、彼は「お二人とも忙しいのでしょう? 挨拶できる時にしておきましょう」と言ってくれた。あぁ、本当に。彼は何時もそうだ。他人を思いやれる優しさ。相手の立場を考えて気遣える大人の対応。孤児だ、平民だとジャノは言うが、他の貴族達よりも気品に満ち溢れていて彼の方が貴族に相応しいとさえ思えてしまう。
「初めまして。ジャノさん。ユベールの父、クレマン・ベルトランです」
「初めまして。ユベールの母、ラナ・ベルトランです」
「は、初めまして。ジャノと言います。ユベール様には何時もお世話になっていて」
部屋に設置してあるソファに座り、お互いに簡単な挨拶を済ませる。ジャノはやはり緊張していて、居心地悪そうにしている。両親はジャノの心境を理解していて「そんなに緊張しなくても大丈夫」と優しく声をかけた。
「あ、あの、ユベール様が用意してくれたお部屋を散らかしてしまって、誠に申し訳ありません。本当なら俺が片付けるべきなのに、それも使用人の方達に任せてしまって……」
「ジャノさんが謝る必要はありません。こちらこそ、本当にごめんなさい。ジャノさんはお客様なのに、あんな嫌な思いをさせてしまって」
「荒らしたのはルグラン伯爵夫人とその侍女だ。一部始終をユベールが開発した魔導具で見させてもらったが、君は何も間違ったことをしていない。こちらこそ本当に済まなかった。本来なら私達が接客しなければならなかったのに。それだけでなく、私達の大切な使用人を守ってくれたこと、心から感謝する。ありがとう」
「そんな! お礼を言われることは何も! あの、女の子は大丈夫ですか? 転ばされて怪我をしていないといいのですが、捻挫や打ち身でも放っておくと悪化する可能性もあるので、念の為お医者様に診察してもらった方がいいと思うんです。放っておいたら痛みが引かなかったり、骨にまで影響を及ぼしていたりすることもあります。大袈裟かもしれませんが」
「ジャノさんは、本当に優しい方ですね。分かりました。一度お医者様に診てもらうよう手配します。クレマン様、お願いできますか?」
「あぁ。それで何事もなければ安心できるし、怪我をしていたら治療を受けられる。ステラ、申し訳ないが頼んでもいいだろうか。必要書類は後で用意する」
「かしこまりました」
ジャノは二人にお礼を言って「これであの子も安心ですね」と柔らかく微笑んだ。その笑顔を見るだけで本当に心が癒される。お父様とお母様も、実際にジャノと話をしてとても気に入ったようだ。というより、俺に「ユベール、分かっているな?」と視線だけで圧力をかけてくるのだが。伯爵夫人達とのやりとりを見て、こうして直接会ってジャノの人柄の良さを目の当たりにして、二人が思うことはただ一つ。
ジャノさんを絶対に逃がしてはいけない! である。勿論、俺だってジャノを逃がすつもりはないし、必ず彼の全てを手に入れる為に日々努力している。彼の嫌がることは絶対にしたくない。ドレスと宝飾品に関しては我慢してもらっているが、それはそれ、これはこれ、だ。
「少しお話しして疲れたでしょう? 有名なスイーツ店でシュークリームを買ってきたの! ジャノさん、甘いものはお好きですか?」
「え? はい、大好きです。何時も美味しいお菓子を用意していただいて、とても感謝しています。でも、今日は色々と無理難題を押し付けてしまって、後でシェフ達にも謝罪しないと」
「ジャノさん。さっきも言ったが、謝るべきなのはルグラン伯爵夫人と侍女であって君じゃない」
「ステラとユベールからジャノさんのことは聞いていたけれど、本当に優しい方なのね。シェフ達もきっと大喜びするわ」
「そんな!」
実際、シェフ達もジャノの為ならと張り切って料理を作っている。あの二人がシェフ達を侮辱する度に、彼は笑顔を貼り付けつつも怒りが滲み出ていた。申し訳なさそうにステラに依頼するジャノを見て、誰が責め立てられるというのか。彼がそうしなければ、あの二人はもっと付け上がってシェフ達を侮辱していたに違いない。
「彼女があんなにも無知だとは知らなかったな」
「えぇ。社交界では何時も礼儀正しかった筈なのに、あんな酷い性格をしていたなんて」
「あぁ」
それは分厚い猫の皮を被っていただけ。
ジャノの小さな呟きを俺は聞き逃さなかった。貴族社会では本音を隠すのが当然であり、誰もが猫を被る。必要のない争いを避ける為だ。しかし、伯爵家ではやりたい放題。ジャノを当て馬に仕立て上げるのは勿論、我儘ばかり言って問題を起こしてその尻拭いをさせられていた、と。社交界では良い子ちゃんを演じていたのに、今になってその分厚い猫の皮が剥がれたのは嫉妬心が原因だろうと彼は言った。
俺も両親も気になってジャノに聞くと、彼は暫く悩んだ後「言ってもいいか」と呟いて伯爵家の内情について話してくれた。
「あの家のシェフ達、何時もサボっていたんですよね。伯爵夫人に出されるお茶菓子は全部商店街の人気スイーツ店で買ったものです。予め彼女が食べたいスイーツを聞いて、それを俺に『買ってこい』とお金を渡してきて。すると、その日に出されるスイーツは俺が買ってきたスイーツで、何時も『ダヴィド様が雇ったシェフは本当に一流だわ』と褒め称えていたんです。そういうことが何度もあって『あぁ、彼奴らシェフとして失格だな』と思いましたね。お店で買ったものならそう言って出せばいいのに、自分が作ったと言って出していたんでしょう。だから、直ぐには作れないって教えた時、彼女達は『此処のシェフは無能だ』と罵れたんだと思います」
「…………」
「…………」
「……上が上なら、下も下だな」
「あくまで憶測なんですけどね。親友が料理人なんで、俺は料理を作る大変さや、一つのお菓子を作り上げる為には幾つもの工程があることを知っていたんです。だから伯爵夫人の言葉を聞いて驚いたんですよね。よくそんな無神経なことを言えるな、と」
ジャノの言っていることは真実だと思ってしまう。俺達も彼女達の態度や言動をこの目で見て「此奴らは何も知らないのか!」と怒りを覚えたのだから。普通、他所様の家でアレもコレと注文なんてしないし、時間がかかるものだと分かる筈だ。それなのに、あの二人はそのことを全く理解していなかった。知る必要なんてないとまで断言していたな。それも、伯爵家に雇われていたシェフ達の態度が原因だとすれば納得だ。プロのパティシエが努力して味や品質やデザインも考慮して一から作り上げた傑作を、ただ皿に乗せて出しただけで自分の手柄にするなどシェフとして失格だ。むしろ、そんな奴にシェフを名乗ってほしくない。
「何時もはこんなに暴走しないのに、よほど悔しかったんでしょうね。俺が、その、ユベール様に大切にされていることが」
「ジャノを大切にするのは当然です! 貴方は俺の命の恩人なのだから!」
あぁ、もう! そんな風に頬を赤く染めて俺を見ないでください! 可愛すぎて俺の本能が暴走してしまいます! そんな表情をされたら勘違いしてしまうじゃないですか! ジャノも俺と同じ気持ちなんだと! 俺のことを少しは意識してくれているのだと!
「命の恩人は大袈裟だと思うんですけど。えっと、多分、相手が俺じゃなかったら彼女達もあそこまで暴走しなかったと思います。何時も見下して踏み台にしていた俺が、突然ユベール様の想い人だと分かって色々と感情が爆発したんでしょう。孤児で平民の俺が、自分よりも高価なドレスと宝石を身に付けて、旦那様よりも上の立場であるユベール様に、その、あ、愛されて、我慢できなかった。そんな俺が邪魔で邪魔で仕方なかった。俺がユベール様に愛されるなら、自分でもいいじゃないか! って。相手が俺だったから、あんな酷い態度だったんじゃないかなあ、と。あの人、俺に会う度に『平民の』とか『平民が』とか、口癖のように言っていましたから」
確かに、ルグラン伯爵夫妻はジャノを見て「平民如きが」と常に彼を見下していた。貴族に対してその態度はどうかと思うとあの女が文句を言っていたが、俺達からしてみればあの女達の態度の方がどうなんだ? と言いたい。俺も薄々気付いてはいたが、ルグラン伯爵夫妻は平民を見下して差別している傾向がある。というか確実に自分の方が上だと思い込んでいる。
「本当に、ごめんなさい。ジャノさん。同じ貴族として、心からお詫び申し上げます」
「今後、ルグラン伯爵家とは距離を置いた方が良さそうだな。夫人を溺愛することで有名な方ではあるが、二人してジャノさんを差別していたとは……本当に、嘆かわしいことだ」
「貴族社会のことは本当によく分かっていませんが、あの二人に関わるのは必要最低限にした方がいいと思います」
お父様とお母様はまた頭に手を置いて深いため息を吐いた。あんな酷い態度を見た後で今後とも仲良く、なんて出来る訳がない。あの二人は、自分の欲を満たす為だけにジャノを陥れてこの家から追い出そうとしたのだ。シェフや使用人達をも侮辱して、悪者に仕立て上げて大騒ぎして、更にはジャノの為に用意していたドレスや宝飾品まで強奪しようと企んでいたのだ。そんな品格のない卑しい存在と今後取引なんて考えただけでも気分が悪くなる。
「今後の対応は私達に任せてください。ジャノさん。改めて、私達の大切な人を守ってくれてありがとう」
「身分は気にしないでください。ユベールが認めた人なら、私達は誰でも大歓迎だと公言している。まさか、こんなにもいい人だったなんて思わなかったよ」
「あ、ありがとうございます」
ルグラン伯爵夫妻のことはお父様とお母様が対応することで、この話は終わった。一度話が落ち着いた為、お母様がステラに「シュークリームとお茶をお願いしてもいいかしら?」と依頼する。ステラは「勿論です。直ぐにご用意いたします」と言って一度俺の部屋から退室した。
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