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第一部
不快の正体(レイモン視点)1
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ジャノ様が出て行くと宣言した時、無意識に彼を引き留めようとする自分に驚いた。嫌いだった筈だ。認めないと宣言した筈だ。ジャノ様が出て行くことを望んでいたのに、ユベール様にはもっと相応しい方が居ると思っていたのに。ジャノ様の為にオーダーメイドで依頼した宝飾品を外す姿を見て悲しくなった。彼の為だけに作られたドレスを脱がせたくないと、その手を躊躇ってしまった。ラフな格好に着替え「出て行くしかない」と諦めたように笑う彼を、どんな手を使ってでも引き留めなければと、その思いで心が支配された。
「レイモンさん! ジャノ様は!? ジャノ様は何処に!?」
「ユベール様のお部屋に案内しました。『出て行く』と言ったのはルグラン様を納得させる為に吐いた嘘だと」
「それじゃあ、ジャノ様は無事なのね?」
「はい」
「あぁ。良かった」
「レイモン様! ステラ様! も、申し訳ありません! わ、私のせいで……」
「貴女のせいではありません。ジャノ様もユベール様のお部屋で待機しています」
「え?」
「貴女はこのことを皆に伝えてください。大騒ぎになる前に、ジャノ様が無事であることを周知徹底しなければなりません。出来ますか?」
「は、はい!」
「ステラ様。私はジャノ様の新しいドレスと宝飾品を用意してきますので、その間、ルグラン様達の接客をお願いします」
「ええ。任せてください」
「ユベール様が戻ってくるまでの辛抱です。悔しい気持ちは分かりますが、どうか耐えてください」
「レイモンさんもね」
「…………」
必要事項は全て伝え、私はドレスと宝飾品を保管している部屋へと直行した。その間に自分の周囲に防音魔法をかけ、通信魔導具を起動させる。広い廊下を足早に歩き、目的の部屋の鍵を開け中に入る。両側に並べられたドレスの中から一着選び、そのドレスに似合う宝飾品を中央に保管されているガラスケースの中から選んでその箱を取り出す。
『レイモン。何かあったのか?』
「ユベール様。緊急事態が発生したので至急ベルトラン公爵邸へお戻りください」
『何があった?』
「ルグラン伯爵夫人が訪れて問題を起こしました。説明する時間がないので結論だけ言います。ジャノ様が出て行きました」
『なんだと!?』
「ご安心を。それはジャノ様が使用人を守る為に吐いた嘘です。今はユベール様の自室で待機しています。現在、ルグラン伯爵夫人とその侍女がジャノ様の部屋を占拠している状態です」
『分かった。直ぐに戻る』
「ユベール様の許可を得ず、勝手に入室してしまい申し訳ありません」
『いや、英断だ。ありがとう。レイモン。俺が戻るまでなんとか耐えてくれ』
「御意。ドレスと宝飾品も外してしまったので、別のものをジャノ様に着せても?」
『あぁ。頼む』
ユベール様への報告も終わった。後はこのドレスと宝飾品をジャノ様に身に付けていただいて、ルグラン伯爵夫人の相手をしなければ。これ以上、あの部屋を汚されるのは我慢できない。
部屋に施錠して再びユベール様の自室に戻る。ソファに腰掛けて「おかえりなさい」と笑うジャノ様を見て安堵した。私が持っているドレスと宝飾品の箱を見て顔を引きつらせていたが、ユベール様の為だ。我慢してもらおう。
「ユベール様は、どうして俺にドレスを着せたがるんでしょうね?」
「着てもらいたいからです」
「せめて男性用の衣装にしてほしいです」
「聞いてもらえると思いますか?」
「思いません」
「諦めてください」
「う! 億。億の宝石を、俺はまた……ぅう」
ジャノ様は宝石を身に付けることに未だ慣れていない。ユベール様が購入した宝石は全てロイヤルと呼ばれている特別な宝石だ。ユベール様が、ジャノ様の為だけに用意したもの。以前はそれが不愉快で仕方なかったのに、今は似合っていると思ってしまう。彼の為に作られたものなのだから、似合うのは当然だ。
「終わりました。ステラ様を呼びますので、何かあれば彼女にお伝えください」
「ありがとうございます。レイモンさんは何処へ?」
「ルグラン伯爵夫人の相手を」
「え!? 大丈夫ですか!? あの人、全く話が通じませんよ!?」
「分かっています。ユベール様がお戻りになるまで時間を稼ぐだけです」
「無理はしないでくださいね? あの人が何を言っても適当に聞き流してください。真面目に相手をすると疲れますから!」
「……ふふ」
「え?」
思わず笑みが零れてしまった。ジャノ様は、私達を人として見てくれている。彼の人柄の良さは嫌という程この目で見てきた。綺麗事だけでは生きていけないことも、全ての人を救えないことも、この方は正しく理解している。それを知った上で、ジャノ様は本当に困っている人々へ手を差し伸べる。損得関係なく、ただ幸せになってほしいという思いだけで。夢物語、絵空事。以前、私はジャノ様にそう吐き捨てた。それが現実だから。けれど、彼は自分の言ったことを実際に行動して既に結果を出している。言葉だけでは説得力はない。しかし、それに行動が伴えば彼の言葉を否定することなど出来はしない。
「ジャノ様。私はユベール様の専属執事です。心配する必要はありません」
「は、はい」
何故だろうな。最初はあんなに嫌っていたのに、今は彼を守りたいと思っている。あの部屋で、ステラ様と談笑して、ユベール様の寵愛を受けて控えめに笑う。その光景をずっと見ていたいと、見守りたいと思ってしまった。ジャノ様は、ユベール様の唯一であり最愛。ユベール様の大切な方をお守りするのも、専属執事である私の役目。ユベール様がお戻りになるまで、この私がジャノ様も彼の部屋も守り抜いてみせます。奴らの好き勝手にはさせない。
「レイモンさん! ジャノ様は!? ジャノ様は何処に!?」
「ユベール様のお部屋に案内しました。『出て行く』と言ったのはルグラン様を納得させる為に吐いた嘘だと」
「それじゃあ、ジャノ様は無事なのね?」
「はい」
「あぁ。良かった」
「レイモン様! ステラ様! も、申し訳ありません! わ、私のせいで……」
「貴女のせいではありません。ジャノ様もユベール様のお部屋で待機しています」
「え?」
「貴女はこのことを皆に伝えてください。大騒ぎになる前に、ジャノ様が無事であることを周知徹底しなければなりません。出来ますか?」
「は、はい!」
「ステラ様。私はジャノ様の新しいドレスと宝飾品を用意してきますので、その間、ルグラン様達の接客をお願いします」
「ええ。任せてください」
「ユベール様が戻ってくるまでの辛抱です。悔しい気持ちは分かりますが、どうか耐えてください」
「レイモンさんもね」
「…………」
必要事項は全て伝え、私はドレスと宝飾品を保管している部屋へと直行した。その間に自分の周囲に防音魔法をかけ、通信魔導具を起動させる。広い廊下を足早に歩き、目的の部屋の鍵を開け中に入る。両側に並べられたドレスの中から一着選び、そのドレスに似合う宝飾品を中央に保管されているガラスケースの中から選んでその箱を取り出す。
『レイモン。何かあったのか?』
「ユベール様。緊急事態が発生したので至急ベルトラン公爵邸へお戻りください」
『何があった?』
「ルグラン伯爵夫人が訪れて問題を起こしました。説明する時間がないので結論だけ言います。ジャノ様が出て行きました」
『なんだと!?』
「ご安心を。それはジャノ様が使用人を守る為に吐いた嘘です。今はユベール様の自室で待機しています。現在、ルグラン伯爵夫人とその侍女がジャノ様の部屋を占拠している状態です」
『分かった。直ぐに戻る』
「ユベール様の許可を得ず、勝手に入室してしまい申し訳ありません」
『いや、英断だ。ありがとう。レイモン。俺が戻るまでなんとか耐えてくれ』
「御意。ドレスと宝飾品も外してしまったので、別のものをジャノ様に着せても?」
『あぁ。頼む』
ユベール様への報告も終わった。後はこのドレスと宝飾品をジャノ様に身に付けていただいて、ルグラン伯爵夫人の相手をしなければ。これ以上、あの部屋を汚されるのは我慢できない。
部屋に施錠して再びユベール様の自室に戻る。ソファに腰掛けて「おかえりなさい」と笑うジャノ様を見て安堵した。私が持っているドレスと宝飾品の箱を見て顔を引きつらせていたが、ユベール様の為だ。我慢してもらおう。
「ユベール様は、どうして俺にドレスを着せたがるんでしょうね?」
「着てもらいたいからです」
「せめて男性用の衣装にしてほしいです」
「聞いてもらえると思いますか?」
「思いません」
「諦めてください」
「う! 億。億の宝石を、俺はまた……ぅう」
ジャノ様は宝石を身に付けることに未だ慣れていない。ユベール様が購入した宝石は全てロイヤルと呼ばれている特別な宝石だ。ユベール様が、ジャノ様の為だけに用意したもの。以前はそれが不愉快で仕方なかったのに、今は似合っていると思ってしまう。彼の為に作られたものなのだから、似合うのは当然だ。
「終わりました。ステラ様を呼びますので、何かあれば彼女にお伝えください」
「ありがとうございます。レイモンさんは何処へ?」
「ルグラン伯爵夫人の相手を」
「え!? 大丈夫ですか!? あの人、全く話が通じませんよ!?」
「分かっています。ユベール様がお戻りになるまで時間を稼ぐだけです」
「無理はしないでくださいね? あの人が何を言っても適当に聞き流してください。真面目に相手をすると疲れますから!」
「……ふふ」
「え?」
思わず笑みが零れてしまった。ジャノ様は、私達を人として見てくれている。彼の人柄の良さは嫌という程この目で見てきた。綺麗事だけでは生きていけないことも、全ての人を救えないことも、この方は正しく理解している。それを知った上で、ジャノ様は本当に困っている人々へ手を差し伸べる。損得関係なく、ただ幸せになってほしいという思いだけで。夢物語、絵空事。以前、私はジャノ様にそう吐き捨てた。それが現実だから。けれど、彼は自分の言ったことを実際に行動して既に結果を出している。言葉だけでは説得力はない。しかし、それに行動が伴えば彼の言葉を否定することなど出来はしない。
「ジャノ様。私はユベール様の専属執事です。心配する必要はありません」
「は、はい」
何故だろうな。最初はあんなに嫌っていたのに、今は彼を守りたいと思っている。あの部屋で、ステラ様と談笑して、ユベール様の寵愛を受けて控えめに笑う。その光景をずっと見ていたいと、見守りたいと思ってしまった。ジャノ様は、ユベール様の唯一であり最愛。ユベール様の大切な方をお守りするのも、専属執事である私の役目。ユベール様がお戻りになるまで、この私がジャノ様も彼の部屋も守り抜いてみせます。奴らの好き勝手にはさせない。
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