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第一部
一難去ってまた嵐2
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散々俺を罵って落ち着いた侍女は運ばれてきたお茶菓子を見て機嫌を直した。シェフの皆さん、本当にありがとうございます。ソファの中央に設置されているテーブルに色鮮やかなスイーツが並び、夫人もそれを見て目を輝かせた。子どもか。さっきまで泣いてたじゃん。
「まあ! どれも美味しそう!」
「本当ですね! ニナ様!」
まあ、機嫌が直ってくれたのならそれでいい。これ以上問題を起こさなければ好きにしてくれ。
「ねえ、ケーキはないの? タルトは? パイも食べたいわ。あ! あと、プリンとシュークリームもお願い!」
「…………」
こんのクソ野郎! テーブルに並べられたお菓子だけで満足しろよ! これもシェフ達が頑張って作ってくれたものなんだぞ! 食べやすいようにとクッキーや焼き菓子を用意してくれたのにこの女!
「……そんなに、食べられるのですか?」
「平気よ。それとも、作れないの? ベルトラン公爵家のシェフなら作れるでしょう?」
「ルグラン様。作ることは可能ですが、どのお菓子も作るのに時間がかかるんです」
「あら、直ぐ作れないのに一流のシェフを名乗っているの? 辞めさせた方がいいんじゃないかしら?」
「申し訳ありません。ステラさん。急ぎで作っていただいても?」
「かしこまりました。ですが、ジャノ様が仰った通り、依頼されたものは作るのに時間がかかりますので、ご了承ください」
「早く持って来てちょうだいね」
「ニナ様のお願いを聞けないなんて。此処には無能なシェフしか居ないのかしら?」
お前らいい加減にしろ! 他所様の家で図々しいにも程がある! 俺もステラさんも「時間がかかる」って言ってんだろうが! ケーキを焼くだけでも三十分から四十分はかかるんだぞ!? そこから冷まして生クリーム塗ってフルーツを盛り付けてってなったら最低でも一時間以上はかかるんだよ! お前ら一回お菓子を自分で作ってみやがれ! 自分達がどれだけ無茶なお願いをしているか分かるから!
「あ、あともう一つお願いがあるの!」
「お願い、ですか?」
「あのね、ジャノさん。私の家の執事と彼を交換してほしいの!」
「……レイモンさんを、ですか?」
「そう! この前、オープンカフェで見た時から思っていたんだけど。彼、とっても素敵ね! 格好いいし、仕事も完璧だし、礼儀正しいし。私の家には彼ほど格好よくて優秀な執事はいないから。ねえ、いいでしょう? ベルトラン公爵家には他にも執事は沢山いるわよね? 一人くらい交換してもいいじゃない。ねえ、お願い! ジャノさん!」
あぁ。いっそ気絶したい。もうヤダ。この人の相手をしていると本当に疲れる。夫人の相手は慣れているけど、こんなに酷い性格をしていたなんて思わなかった。これが演技じゃなくて本気でそう思っているから余計にタチが悪いんだよなあ。つーか、それを俺に言う? 俺に言われても困るんだって!
「申し訳ありませんが、彼はユベール様の専属執事です。どうしてもと言うならユベール様に相談してください」
俺に決定権はないんだってば! ドレスや宝石は物だからまだいいが、レイモンさんは人だぞ!? 生きてるんだぞ!? それをまるで物のように交換とか。俺、夫人が怖く思えてきた。この人、自分以外は全て都合のいいお人形さんにしか思っていなさそう。俺が断ると案の定夫人はまた泣き出した。酷いわ、酷いわと泣いて「ジャノさんはユベール様がいないと何も決断できないのね」と俺を罵る。だーかーらー、決断できるできないの問題じゃねえんだよ! 俺には決定権がないの! 意志が弱いんじゃなくて、ユベール様かお父様にしか決められない大切なことなの! それくらい理解してくれよ! 伯爵家の夫人ならさあ!
「ずるいわ! ジャノさんばっかりいい思いをして! こんな素敵な男性を侍らせて自慢して! この前会った男性だってとっても格好よかった! ちょっと意地悪だけど、きっと彼も私のことを好きになるわ!」
「貴女、既婚者ですよね?」
「あら? それがどうかしたの?」
「既婚者の女性が他の男性に言い寄るのは良くないのではありませんか?」
「大丈夫よ。ダヴィド様は私を愛してくれているもの! どんな私でも受け入れてくれるわ!」
浮気や不倫をしても……か? この人は見た目のいい男達を侍らせて優越感に浸りたいだけなのかもしれない。自分はこんなにもいい男達から愛されているんだと。彼女がレイモンさんや文也を欲しがっているのは見た目がよくて侍らせると周囲が羨ましいと思うから。彼らの意志なんてどうでもいい。きっと、ユベール様の気を引きたいのも同じ理由だろう。ユベール様自身を見ているのではなく、彼が持つ財力や才能、公爵家の次期当主という肩書きだけを見て、ユベール様に愛されたいと思っているのだ。
「ルグラン様。俺では貴女のお願いを聞くことはできません。ドレスや宝石の件も、レイモンさんのことも、ユベール様に相談して決めてください」
「ユベール様、ユベール様って。まるでユベール様の婚約者のよう。ジャノさんはユベール様に愛されていないのだから、彼の名前も呼ぶべきではないわ。だって貴方、平民じゃない。貴族である私に対してその態度は失礼よ? どんなに着飾ったって、ジャノさんが平民なのは変わらないのだから」
「そうですね」
確かに俺は平民だ。俺が肯定したのが嬉しかったのか、夫人は無邪気な子どものように笑って語り始めた。俺が、どれだけユベール様に相応しくないのかを。
俺を好きなだけ罵れて満足したのか、夫人は部屋の中にある家具や内装を見て侍女と楽しそうに話しながらお茶菓子を口にした。やっと終わったか。二人に気付かれないよう、俺は小さなため息を吐く。ユベール様、早く帰って来てくれないかなあ。そんなことを考えていると、扉をノックする音が聞こえてステラさんが「依頼されていたスイーツを並べても?」と尋ねてきたので、俺は「お願いします」と答えた。これで二人も大人しくなるだろう、と思った俺がバカだった。
夫人が依頼したスイーツをテーブルに並べ、メイドさんが新しい紅茶の用意していた時に、それは起きた。何を思ったのか、夫人の侍女がメイドさんの足を引っ掛けて転ばせたのだ。持っていた紅茶は当然床に飛び散り、侍女と夫人のドレスにも付着してしまう。
「きゃあ! ドレスにシミが!」
「ニナ様のドレスを汚すなんて何を考えているの! 早く着替えを持って来なさい!」
「酷いわ! 私のドレスを汚すなんて! ジャノさん! この人、クビにしてちょうだい!」
「え?」
「ニナ様のドレスを汚したんだよ!? 当然クビにしますよね!? まさか、それも『ユベール様に聞かないと』とかバカなことを言うんじゃないでしょうねえ?」
「も、申し訳ありません! す、直ぐに片付けますので!」
「当たり前だ! この役立たず! さっさと片付けな!」
「申し訳ありません! 申し訳ありません!」
あぁ、もう。俺にだけ迷惑をかけるならと好きにさせていたけど、これはもう許せる範囲じゃない。ステラさんが一緒に溢れた紅茶や食器を片付けてくれて、二人のドレスはレイモンさんが魔法を使ってクリーニングしてくれた。二人はドレスを汚されたと憤慨していて、紅茶を淹れようとしていたメイドさんを怒鳴り散らす。ステラさんにこっそり聞いたら、彼女は新人で俺と同じ平民だと教えてくれた。だから狙われたのだろう、と。
「ジャノさん。早くその人をクビにして。私達のドレスを汚したのよ?」
「態と転んでニナ様に嫌がらせをするなんて。本当に最低な子だね!」
「そ、そんなつもりは! 嫌がらせなんて……」
「今更言い訳するんじゃないよ! この役立たず!」
「ジャノさん! どうして何も言わないんですか!? 謝ってください! 私達、とっても嫌な思いをしたんですよ!?」
「だから、彼女をクビにしろと?」
「ええ! そうよ! ジャノさん、分かっているじゃない。さあ、早く……」
「ルグラン様は、俺に彼女を殺せと、そう仰るのですか?」
「え?」
穏便に済ませたかったが、こうなってしまっては仕方ない。今迄必死に耐えていたのに、みんなも嫌な思いをしてでも我慢して頑張って働いてくれていたのに。全て台無しにしてしまうのが申し訳ないな。はあ。
「お前! ニナ様を侮辱するのか!?」
「侮辱なんてしてませんよ。事実を言ったまでです。貴女達は簡単に『クビにしろ』と言いますが、それがどういう意味を持つのかご存知で? 職を失った彼女がどうなるか、考えもしないのですか?」
「……なにが、言いたいのよ?」
「職を失えば、次の就職先を見付けるのはとても難しいんです。貴女達のような貴族のドレスを汚したと噂が広まれば、彼女は何処へ行っても冷遇されるでしょう。『貴族に嫌がらせをした意地悪な使用人』と嘘の情報を流されて。それでも就職できたらまだマシです。しかし、ほとんどの人は解雇されたら職を失います。今迄働いて得られたお金を、急に失うことになるんです。お金を失えばどうなるか。全てを失います。住んでいた家も、食べる物も、服も、全てです。家族がいるなら、その人達も遅かれ早かれ飢え死にするでしょう。人をクビにするということは、間接的に人を殺すということと同じなんですよ」
「…………」
「それを聞いても、ルグラン様は彼女を『クビにしろ』と仰るのですか?」
「別に、そこまで言っていないわ」
「いいえ。同じです」
「な!」
「貴女に言っても分からないでしょう。俺も、理解してくれとは言いません。これで納得するとも思っていません」
「…………」
「なので、彼女の代わりに俺が出て行きます。ユベール様が不在である今、彼女を守れなかったのは俺の責任です。貴女達のドレスを汚してしまった責任も、全て俺にあります」
「な! なにを言っているのですか!? ジャノ様!」
「ジャノ様! 考え直してください! 私達はそんなこと!」
「レイモンさん。俺でも着れる服を用意してください。ステラさんはこの宝石が保管されていた箱を」
「ジャノ様!」
「これで満足ですか?」
流石に返す言葉が思い付かなかったのか、二人は黙ったまま視線を彷徨わせた。まさか俺が出て行くとは思わなかったらしい。本当に迷惑な人達だな。
「まあ! どれも美味しそう!」
「本当ですね! ニナ様!」
まあ、機嫌が直ってくれたのならそれでいい。これ以上問題を起こさなければ好きにしてくれ。
「ねえ、ケーキはないの? タルトは? パイも食べたいわ。あ! あと、プリンとシュークリームもお願い!」
「…………」
こんのクソ野郎! テーブルに並べられたお菓子だけで満足しろよ! これもシェフ達が頑張って作ってくれたものなんだぞ! 食べやすいようにとクッキーや焼き菓子を用意してくれたのにこの女!
「……そんなに、食べられるのですか?」
「平気よ。それとも、作れないの? ベルトラン公爵家のシェフなら作れるでしょう?」
「ルグラン様。作ることは可能ですが、どのお菓子も作るのに時間がかかるんです」
「あら、直ぐ作れないのに一流のシェフを名乗っているの? 辞めさせた方がいいんじゃないかしら?」
「申し訳ありません。ステラさん。急ぎで作っていただいても?」
「かしこまりました。ですが、ジャノ様が仰った通り、依頼されたものは作るのに時間がかかりますので、ご了承ください」
「早く持って来てちょうだいね」
「ニナ様のお願いを聞けないなんて。此処には無能なシェフしか居ないのかしら?」
お前らいい加減にしろ! 他所様の家で図々しいにも程がある! 俺もステラさんも「時間がかかる」って言ってんだろうが! ケーキを焼くだけでも三十分から四十分はかかるんだぞ!? そこから冷まして生クリーム塗ってフルーツを盛り付けてってなったら最低でも一時間以上はかかるんだよ! お前ら一回お菓子を自分で作ってみやがれ! 自分達がどれだけ無茶なお願いをしているか分かるから!
「あ、あともう一つお願いがあるの!」
「お願い、ですか?」
「あのね、ジャノさん。私の家の執事と彼を交換してほしいの!」
「……レイモンさんを、ですか?」
「そう! この前、オープンカフェで見た時から思っていたんだけど。彼、とっても素敵ね! 格好いいし、仕事も完璧だし、礼儀正しいし。私の家には彼ほど格好よくて優秀な執事はいないから。ねえ、いいでしょう? ベルトラン公爵家には他にも執事は沢山いるわよね? 一人くらい交換してもいいじゃない。ねえ、お願い! ジャノさん!」
あぁ。いっそ気絶したい。もうヤダ。この人の相手をしていると本当に疲れる。夫人の相手は慣れているけど、こんなに酷い性格をしていたなんて思わなかった。これが演技じゃなくて本気でそう思っているから余計にタチが悪いんだよなあ。つーか、それを俺に言う? 俺に言われても困るんだって!
「申し訳ありませんが、彼はユベール様の専属執事です。どうしてもと言うならユベール様に相談してください」
俺に決定権はないんだってば! ドレスや宝石は物だからまだいいが、レイモンさんは人だぞ!? 生きてるんだぞ!? それをまるで物のように交換とか。俺、夫人が怖く思えてきた。この人、自分以外は全て都合のいいお人形さんにしか思っていなさそう。俺が断ると案の定夫人はまた泣き出した。酷いわ、酷いわと泣いて「ジャノさんはユベール様がいないと何も決断できないのね」と俺を罵る。だーかーらー、決断できるできないの問題じゃねえんだよ! 俺には決定権がないの! 意志が弱いんじゃなくて、ユベール様かお父様にしか決められない大切なことなの! それくらい理解してくれよ! 伯爵家の夫人ならさあ!
「ずるいわ! ジャノさんばっかりいい思いをして! こんな素敵な男性を侍らせて自慢して! この前会った男性だってとっても格好よかった! ちょっと意地悪だけど、きっと彼も私のことを好きになるわ!」
「貴女、既婚者ですよね?」
「あら? それがどうかしたの?」
「既婚者の女性が他の男性に言い寄るのは良くないのではありませんか?」
「大丈夫よ。ダヴィド様は私を愛してくれているもの! どんな私でも受け入れてくれるわ!」
浮気や不倫をしても……か? この人は見た目のいい男達を侍らせて優越感に浸りたいだけなのかもしれない。自分はこんなにもいい男達から愛されているんだと。彼女がレイモンさんや文也を欲しがっているのは見た目がよくて侍らせると周囲が羨ましいと思うから。彼らの意志なんてどうでもいい。きっと、ユベール様の気を引きたいのも同じ理由だろう。ユベール様自身を見ているのではなく、彼が持つ財力や才能、公爵家の次期当主という肩書きだけを見て、ユベール様に愛されたいと思っているのだ。
「ルグラン様。俺では貴女のお願いを聞くことはできません。ドレスや宝石の件も、レイモンさんのことも、ユベール様に相談して決めてください」
「ユベール様、ユベール様って。まるでユベール様の婚約者のよう。ジャノさんはユベール様に愛されていないのだから、彼の名前も呼ぶべきではないわ。だって貴方、平民じゃない。貴族である私に対してその態度は失礼よ? どんなに着飾ったって、ジャノさんが平民なのは変わらないのだから」
「そうですね」
確かに俺は平民だ。俺が肯定したのが嬉しかったのか、夫人は無邪気な子どものように笑って語り始めた。俺が、どれだけユベール様に相応しくないのかを。
俺を好きなだけ罵れて満足したのか、夫人は部屋の中にある家具や内装を見て侍女と楽しそうに話しながらお茶菓子を口にした。やっと終わったか。二人に気付かれないよう、俺は小さなため息を吐く。ユベール様、早く帰って来てくれないかなあ。そんなことを考えていると、扉をノックする音が聞こえてステラさんが「依頼されていたスイーツを並べても?」と尋ねてきたので、俺は「お願いします」と答えた。これで二人も大人しくなるだろう、と思った俺がバカだった。
夫人が依頼したスイーツをテーブルに並べ、メイドさんが新しい紅茶の用意していた時に、それは起きた。何を思ったのか、夫人の侍女がメイドさんの足を引っ掛けて転ばせたのだ。持っていた紅茶は当然床に飛び散り、侍女と夫人のドレスにも付着してしまう。
「きゃあ! ドレスにシミが!」
「ニナ様のドレスを汚すなんて何を考えているの! 早く着替えを持って来なさい!」
「酷いわ! 私のドレスを汚すなんて! ジャノさん! この人、クビにしてちょうだい!」
「え?」
「ニナ様のドレスを汚したんだよ!? 当然クビにしますよね!? まさか、それも『ユベール様に聞かないと』とかバカなことを言うんじゃないでしょうねえ?」
「も、申し訳ありません! す、直ぐに片付けますので!」
「当たり前だ! この役立たず! さっさと片付けな!」
「申し訳ありません! 申し訳ありません!」
あぁ、もう。俺にだけ迷惑をかけるならと好きにさせていたけど、これはもう許せる範囲じゃない。ステラさんが一緒に溢れた紅茶や食器を片付けてくれて、二人のドレスはレイモンさんが魔法を使ってクリーニングしてくれた。二人はドレスを汚されたと憤慨していて、紅茶を淹れようとしていたメイドさんを怒鳴り散らす。ステラさんにこっそり聞いたら、彼女は新人で俺と同じ平民だと教えてくれた。だから狙われたのだろう、と。
「ジャノさん。早くその人をクビにして。私達のドレスを汚したのよ?」
「態と転んでニナ様に嫌がらせをするなんて。本当に最低な子だね!」
「そ、そんなつもりは! 嫌がらせなんて……」
「今更言い訳するんじゃないよ! この役立たず!」
「ジャノさん! どうして何も言わないんですか!? 謝ってください! 私達、とっても嫌な思いをしたんですよ!?」
「だから、彼女をクビにしろと?」
「ええ! そうよ! ジャノさん、分かっているじゃない。さあ、早く……」
「ルグラン様は、俺に彼女を殺せと、そう仰るのですか?」
「え?」
穏便に済ませたかったが、こうなってしまっては仕方ない。今迄必死に耐えていたのに、みんなも嫌な思いをしてでも我慢して頑張って働いてくれていたのに。全て台無しにしてしまうのが申し訳ないな。はあ。
「お前! ニナ様を侮辱するのか!?」
「侮辱なんてしてませんよ。事実を言ったまでです。貴女達は簡単に『クビにしろ』と言いますが、それがどういう意味を持つのかご存知で? 職を失った彼女がどうなるか、考えもしないのですか?」
「……なにが、言いたいのよ?」
「職を失えば、次の就職先を見付けるのはとても難しいんです。貴女達のような貴族のドレスを汚したと噂が広まれば、彼女は何処へ行っても冷遇されるでしょう。『貴族に嫌がらせをした意地悪な使用人』と嘘の情報を流されて。それでも就職できたらまだマシです。しかし、ほとんどの人は解雇されたら職を失います。今迄働いて得られたお金を、急に失うことになるんです。お金を失えばどうなるか。全てを失います。住んでいた家も、食べる物も、服も、全てです。家族がいるなら、その人達も遅かれ早かれ飢え死にするでしょう。人をクビにするということは、間接的に人を殺すということと同じなんですよ」
「…………」
「それを聞いても、ルグラン様は彼女を『クビにしろ』と仰るのですか?」
「別に、そこまで言っていないわ」
「いいえ。同じです」
「な!」
「貴女に言っても分からないでしょう。俺も、理解してくれとは言いません。これで納得するとも思っていません」
「…………」
「なので、彼女の代わりに俺が出て行きます。ユベール様が不在である今、彼女を守れなかったのは俺の責任です。貴女達のドレスを汚してしまった責任も、全て俺にあります」
「な! なにを言っているのですか!? ジャノ様!」
「ジャノ様! 考え直してください! 私達はそんなこと!」
「レイモンさん。俺でも着れる服を用意してください。ステラさんはこの宝石が保管されていた箱を」
「ジャノ様!」
「これで満足ですか?」
流石に返す言葉が思い付かなかったのか、二人は黙ったまま視線を彷徨わせた。まさか俺が出て行くとは思わなかったらしい。本当に迷惑な人達だな。
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