当て馬にされていた不憫な使用人は天才魔導士様に囲われる《第二部完結》

トキ

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第一部

一難去ってまた嵐1

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 王太子殿下が文也を口説いていると知った時は驚いたが、ユベール様は「やはり本気だったのか」とずっと冷静だった。身分差や年齢差を理由にしても「殿下はそんなもの気にしない」と論破され、「お世継ぎは?」と聞けば男でも妊娠できる魔法薬を開発中とのこと。ほぼ完成していて、安全面も保証されているから同性だからと悩む必要もないとか。逃げ道が、何処にもない。「その前に殿下が諦めてくれることを願うよ」と告げた文也は疲れ切った顔をしていた。でも、殿下は無理強いをする人ではないし悪い人でもないから、そこは安心してほしいと。ただ、殿下は人を振り回す天才なのでそこだけは申し訳ないが付き合ってあげてくれ、とも言っていた。

「文也、大丈夫かなあ」

 ジョエルさん達のことは全てモラン侯爵家が解決してくれるそうだ。ニコラくんの初恋の相手で、リゼットちゃんもジョエルさんのことは知っているから今回は全てこちらに任せてほしいとユベール様宛に手紙が届いたとステラさんから教えてもらった。またあの貴族が絡んで来ても追い返すから心配しなくていい、と。そりゃあ、自分の大切な弟の恋する相手を蔑ろにされたら怒るよなあ。リゼットちゃん、ニコラくんのことをとても大切にしているから。

「本、増えたなあ」

 文也の店に行って以降、俺は外出していない。他の貴族達が何をしてくるか分からないからだ。俺も嫌な思いをするのは嫌だから、ずっと部屋の中で過ごしている。でも、やっぱり部屋の中で過ごすのは暇だったからレイモンさんに言われた通り小説を書いて暇潰しをしていたのだ。最初に書いたのはリゼットちゃんとジョエルさんをモデルにした恋愛小説。あまりにも素敵な話すぎて、書きたくなったんだよな。それをレイモンさんに渡して感想聞きたいなあと呑気に考えていたら、何時の間にかユベール様にも読まれていて、ステラさんには感動されて、公爵邸全体で話題になってしまったとか。

 次は? 次は? と期待され、俺はまた小説を書いた。内容はありふれたもので、ドラゴンと少年の友情物語だ。ほのぼのとしていて、ちょっぴり切ない話を書いたら、この話もみんな感動してしまって、ユベール様から「本にしてもいいですか?」と聞かれた。紙束のままだとバラバラになって失くしてしまう可能性もあるからという理由で、ユベール様は本当に本を作ってしまった。けれど、世間には公表していない。あくまで公爵邸の中だけで楽しむ為の本だ。世間にまで知れ渡ったらリゼットちゃんとジョエルさんに怒られてしまう。二人に許可を得ていないから。でも、一応ユベール様が俺の小説について説明してくれるそうだ。ありがたい。

 小説を書くのは本当にいい暇潰しになった。まさかみんなに読まれて話題になるとは思わなかったけど、ちょっと嬉しいのも事実。色々なジャンルの小説を書いてはユベール様達に読んでもらい、その小説は全て製本され、俺とユベール様の部屋に設置された専用の本棚に収納されている。まだ数える程度しかないし、全てを埋め尽くすほどの量を書く自信もないけど、なんだか「いいな」と思えてしまうのだ。うん。ちなみに、小説の原本は全てユベール様が厳重に管理している。

「はあ。平和だ」

 こんなに平和でいいのだろうか。未だにこの豪華な部屋には慣れないけど、居心地最高だし、心にゆとりがあるし、誰も俺のことを罵らないし。レイモンさんは俺のことを嫌っているけど、他の家の使用人達みたいに下品で暴力的じゃない。何時も気品に満ち溢れていて、俺に対しても丁寧に接してくれる。本当に優秀な執事さんだ。本物はやっぱり違うね! と、まったり自室で寛いでいたのだが……

「まあ! とっても素敵なお部屋ねえ。ジャノさん、こんな素敵なお部屋で毎日過ごしているの? いいなあ」
「ベルトラン様に強請ってこの部屋を手に入れたんだろう。本当に卑しいこと。これだから常識のない平民は嫌いなんだよ」
「サンドラ。ジャノさんが可哀想よ。全て本当のことだけど、ジャノさんは本気でユベール様に愛されていると思っているのだから」
「本当は愛されていないのに。ねえ? ニナ様」
「もう、サンドラったら」
「…………」

 部屋の中を不躾に見て回る伯爵夫人と侍女。夫人は覚えていたけど、もう一人の女性が誰だか分からなかった。彼女の意地の悪い発言を聞いて思い出したわ。ルグラン伯爵家に仕えていた頃、俺にずっと嫌がらせをしていたババア……女性だ。ルグラン伯爵家のメイド長を務め、夫人のことをとことん甘やかして溺愛して、俺を排除する為にえげつない嫌がらせをしていた主犯格。懐かしい。忘れたままでいたかったな。はあ。本当、どうしてルグラン伯爵の奥さんがベルトラン公爵邸の、俺に与えられた部屋に居るのかなあ。不思議だ。




 部屋の中を一通り見て回って満足した二人は、当然のように高級なソファに腰掛けて「あら? お茶菓子はないの?」と宣った。急に押しかけて来ておいて挨拶の一つもなくお茶菓子を要求するとか、どんだけ図々しんだよ。この二人。俺がこっそりレイモンさんに「あの二人、突然来たんですか?」と聞いたら「はい」と答えてくれた。こちらの事情も予定も一切聞かず、ユベール様の許可も得ていないのに、二人はベルトラン公爵邸を訪れたのか。それだけでも頭が痛いのに、俺に与えられた部屋を見ては「いいなあ、いいなあ」と羨むばかり。一通り見て満足して帰ってくれればいいのに、ソファに腰掛けて侍女と楽しくおしゃべり。

「ステラさん。申し訳ありませんが、お茶菓子の用意をお願いできますか?」
「かしこまりました」
「本当にすみません。予定にない仕事を任せてしまって」
「いいえ。ジャノ様の為ですもの。お気になさらず」
「ありがとうございます」

 お茶菓子を出さなければ更に五月蝿く喚くと分かっているので、俺はステラさんにお茶菓子の準備をお願いして、向かい側のソファに腰掛けた。本当は相手になんかしたくないけど、部屋を荒らされる訳にはいかない。俺のせいでみんなに迷惑がかかるのはなんとしてでも阻止しなければ。簡単なことだ。この二人が満足するまで、ただただ聞き流していればいい。時々相槌を打って大人しくしていれば、その内飽きて帰るだろう。そう、思っていたのだが……

「ジャノさん。今日も素敵な宝石を身に付けているのね。全てロイヤルなんでしょう? いいなあ。私、ロイヤルは一つも持っていないの。それ、ユベール様に我儘を言って身に付けているんでしょう? ジャノさんダメよ? そんなことをしたら」
「…………」
「モラン侯爵家で婚約パーティーがあるのは知っているわよね? その時に着るドレスと宝飾品を探しているんだけど、いいデザインのものが見付からなくて困っているの。ねえ、ジャノさん。ジャノさんは私のことを好きなのよね? 好きな女の子が困っているのよ? 助けてくれるわよね?」
「……婚約パーティー用のドレスと宝飾品を、こちらで用意してほしい、と?」
「そうなの! やっぱりジャノさんは私のことが好きなのね! だって、私に似合う宝石はロイヤルだもの! その宝石だってジャノさんじゃなくて私に身に付けてほしいって思っている筈よ? ねえ、いいでしょう? ドレスも宝石も沢山あるんだから、一つくらい私が貰ってもいいわよね?」

 貰うこと前提なのかよ。「貸して」ならまだ分かるが、ユベール様が購入したドレスと宝石を寄越せとは。はあ、本当に頭が痛い。ロイヤルが桁違いの値段だということは文也から教えてもらったが、遠慮も配慮もなく「寄越せ」と言うのは流石に非常識を通り越して無礼に値するぞ? 夫人の目的はユベール様が俺の為に購入したドレスと宝石を手に入れること。だから、俺が夫人を好きだという前提を入れたのか。そもそも好きじゃねえし。好きになったこともねえよ。と素直に言えたらどんなにいいか。話が通じない人と話すのって本当に疲れる。一応前世で少しだけ社会経験積んでるから大人の対応はするけどな。

「ルグラン様。このドレスも宝石も、全てユベール様が購入したものです。所有権はユベール様にあります。なので、そういったご依頼でしたらユベール様に直接聞いてください」

 俺には決定権はありません! それに、もし俺に決定権があったとしても「ドレスと宝石が欲しいから頂戴!」と言われて「いいよ! 好きなのを持って帰って!」なんて答えられる訳ねえだろ! 全部億だぞ!? 億! そんな高価なものをホイッと他者に譲れるか! 何考えてんだ! この女は!

「ユベール様に頼めないからジャノさんに頼んでいるんじゃないですか! 酷いわ。私がこんなにも困っているのに、ジャノさんはどうして意地悪するの? ぅう」
「ぁあ、ニナ様! お可哀想に……」

 これだもんなあ。俺が何を言っても彼女は「いじめられた」としか解釈しないのだ。俺、真っ当なことを言っていると思うんだけどな。夫人が泣いたら泣いたで、今度は侍女の人にキッと睨み付けられ罵詈雑言の嵐。はいはい。もう慣れましたー。でもな? 此処、ベルトラン公爵家って分かってる? 他者の家で騒ぎ起こすなよ。マジで。みんなに迷惑をかけてるんだぞ? 分かってるのか? 分かってないだろうな。あぁ、疲れる。本当、早く帰ってくれ! トラブルメーカーども!
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