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第一部

王子様は待つのではなく呼び出すもの3

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 ジョエルさん達の問題も無事解決し、俺は文也が作ってくれた豚肉の生姜焼きを堪能することにした。相変わらず文也が作る料理は美味しい。

「うっまあ!」

 俺の前に置かれたのは定食屋さんでよく見かけるものだ。豚肉の生姜焼きにキャベツの千切り。味噌汁と白いご飯に、キュウリと大根の漬物。このお洒落なお店にはやっぱ似合わないけど、美味しいからいいんだ!

「これも美味しいな」
「本当! とても美味しいわ!」
「……美味しいですね」
「この国には馴染みのない味付けでしたけど、気に入ってもらえてよかった」

 俺に出されたのは定食屋さんスタイルなのに対して、ユベール様達に出されたのは豚肉の生姜焼き丼だ。お肉も一口サイズに切られていて、スプーンで食べやすいよう工夫されている。ユベール様達はお箸に慣れていないからという文也のちょっとした気遣いだ。こういうことをサラッとやってしまえるから、ニコラくんが心配するんだろう。

「ずっと気になっていたのですが、ジャノ様はリゼット様と知り合いなんですか?」

 食事を終えて落ち着いた頃、ステラさんに聞かれて俺も文也もキョトンとした。そういえば説明していなかった。

「昔、とある子爵家で一緒に働いていただけですよ? 職場環境があまりにも酷かったので、俺がリゼットちゃんにフェルナンの店を紹介したんです」
「で、俺は此奴から紹介されたリゼットにロザリーさんを紹介した。ただそれだけ」
「うんうん」

 リゼットちゃんがそんなシンデレラストーリーを繰り広げていたとは知らなかった。ニコラくんの病気が完治したという話は聞いていたけど、その後のことは知らなかったんだよなあ。だって、婚約が決まったのがつい最近だったし。リゼットちゃん、二年くらいこのお店に来ていなかったそうだ。その理由は、モラン侯爵家の息子さんの治療に専念していたから。彼もニコラくんと同じ病を発症して、ずっと苦しみ続けていた。少し前まで「不治の病だ」「感染力の強い病気だ」と恐れられていたが、今は正しい治療方法が確立されて、患者さんの数も減り始めているとか。その立役者となったのがリゼットちゃんなのだ。本当はロザリーさんの手柄なのだが、彼女はリゼットちゃんに指示しただけで治療を続けたのは彼女の実力だと宣言した。ちょくちょく名前が出てくるロザリーさんだが、彼女はこの世界でとても有名なお医者様だ。金髪赤眼の綺麗なお姉様で、俺も何度か会ったことがあり、最初は文也の恋人かと思った。それを口にしたら速攻で「違う」と否定された。

 さて、話を戻すが、リゼットちゃんはその病だけでなく、幅広く他の病に苦しむ人や怪我をした人の治療を続けた。身分関係なく、親身になって一生懸命働く彼女は貴族の間でも噂になり、誰もが認め、この国には必要不可欠な存在となった。中には彼女のことを「太陽の女神様」とか言って崇拝している人もちらほらいるらしい。確かにリゼットちゃんは太陽の女神だと思ってしまうくらい可愛くて心優しい女の子だけどさ。

「でも、なんでかなあ。みんな俺達に感謝するんだよなあ。命の恩人だとか大袈裟なことを言って」
「幸せになれたのはリゼットちゃんの実力なのにね。俺達は頑張ってる彼女に選択肢を与えて、ほんのちょっと後押ししただけ」
「まさかニコラの初恋の相手をお前が連れてくるとは思わなかった」
「俺もジョエルさんの初恋の相手がニコラくんだとは思わなかった」

 本当に、本当に偶然が重なっただけなのだ。こんな偶然があるのか? と疑問に思う。「世間って狭いな」と、二人同時に呟いて、可笑しくなってプッと吹き出し、俺と文也は声を出して笑った。いやあ、でもリゼットちゃんもジョエルさんも好きな人と結ばれて良かった良かった! 末永くお幸せに!





 色々と迷惑をかけてしまった文也に謝罪とお礼の言葉を述べて、俺はお弁当箱を返した。文也は爽やかな笑顔で「親友なんだから気にすんな」と言ってくれた。

「ユベール様の傍を離れんなよ? 一人になったら狙われるからな」
「ですよねー」

 ユベール様はとても人気だ。男にも女にも滅茶苦茶モテる。ユベール様と商店街を歩いていた時、ずっと視線を感じていたし、年頃の令嬢や令息達が頬を染めて見詰めていた。これだけ整った容姿に、公爵家の次期当主であり天才魔導士でもあるユベール様。そりゃあ周囲は放っておかない。今までユベール様の隣には誰も居なかったのに、突然俺が隣を歩いていたら周囲はどう思うか。

「暫くは公爵邸で大人しくしていた方がいいかもな。目立つのは嫌だろ?」
「面倒事に巻き込まれるのも嫌なので、そうします」
「おう。ユベール様と仲良くなー」
「俺、まだ自分の気持ちを分かってねえんだけど」
「キスの一つでもしてみれば分かるんじゃねえの?」
「キッ……」
「勿論、ココに、な?」

 グッと顔を近付けて、文也は俺の唇を人差し指でトントンと優しく突いた。いや! それユベール様が勘違いするヤツだから止めてー! 文也ー!

「近い!」
「おっと」
「ユベール様! 違うんです! 違うんです! 俺と此奴は親友同士なので、単なる戯れなんですー!」

 ガバッと俺と文也を引き離して、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。けれど、視線はずっと文也に向けられたまま。その眼光のなんと鋭いことか。視線で殺せるとはこのことを言うのか。正直、ガチで怖いです。ユベール様。

「からかい過ぎました? すみません。ユベール様」
「貴様、やはりジャノのことを」
「いやだから此奴とは親友同士で、恋愛感情は抱いてないって! 男子学生の悪ノリですよ!」
「信用できない」
「本当ですってば!」
「お前も恋人作れば信じてくれるんじゃねえの?」
「…………」
「なんで真顔?」

 え? 文也、そんなに恋人作りたくないの? なんで? スッと表情が抜け落ちて、めっちゃ怖いんですけど!? 文也のこんな顔、初めて見た! 一体何があったんだ?

「王太子って、どうすれば退治できると思う?」
「は? 王太子?」
「はあ、マジで面倒だわ。いっそのこと事故に遭って十年くらい療養するか、他国に留学して三十年くらい向こうで過ごしてくれねえかなあ」
「お前本当何があった?」
「付き纏われてる」
「誰に?」
「王太子」
「だから誰?」
「アルベール・ミシェル王太子殿下」
「……わあお」

 ユベール様よりも更に上のお方の名前が出てきて、俺は考えることを放棄した。文也が無表情になる訳だ。文也、王太子殿下と一体何時知り合ったんだよ? つーか何で絡まれてんの? この国の王子様に。他人の空似でもなさそうだし、マジでどうしてそうなった?

「ほぼ毎日料理を強請られて困ってるんだよ」
「ようこそ! こちらの世界へ!」
「笑えない冗談は言うんじゃねえ」
「申し訳ありませんでした!」

 文也がこんなにも不機嫌になるということは、王太子殿下に絡まれているのは本当なんだろう。夢であればどんなに良かったか、ってヤツだな。この国の王子様となると適当に相手をする訳にはいかないし、追い出す訳にもいかない。発言にも注意しなければならないしで、文也も文也で別の意味で胃が痛いのだろう。それに加えて、ユベール様達から勝手に恋敵だと勘違いされて……あれ? 文也の方が苦労してね? 大丈夫か? いくら王太子殿下が相手でも嫌なことは嫌だとはっきり言った方がいいぞ?

「さっさと飽きてくれればいいのに」
「態と不味い料理を作る、なんて無理だよな? お前、お客さんは大切にする主義だし」
「……だな。あの時カツカレーを出したのが間違いだった。さっさと帰ってもらえば、こんなことには……」
「殿下の胃袋を掴んじゃったのかー」
「いっそ俺が他国へ引っ越すか?」
「大騒ぎになると思うぞ?」

 文也なら何処でも成功しそうな気はするけど、リゼットちゃん達が黙っていないだろう。それこそ金と権力を使って全力で阻止すると思うんだが……そんなことまで考えてしまうくらい追い詰められているのか。文也、大変だな。

「と、いう訳で、俺は今恋愛を楽しめる状況じゃない」
「もう殿下と恋しちゃったら?」
「絶対に嫌だ! 貴族ってだけでも面倒なのに、王族なんてもっと面倒な世界だぞ!? 無理に決まってんだろ!?」
「でも、殿下は諦めていないと」
「……諦めてくれねえかなあ」
「無理だと思うぞ?」

 ほぼ毎日この店に来て文也を口説いているなら、殿下は文也にガチで恋をしているのではなかろうか。俺は会ったことないから真相は不明だけど、気の迷いとか、今だけとか、一時的な感情ではない筈だ。やっぱりガチ恋してるんじゃ……王太子殿下が相手だし、最初から逃げ道は用意されていないような? お前も苦労してるんだな、文也。
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