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第一部

王子様は待つのではなく呼び出すもの1

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 文也から宝石について教えてもらって、俺はユベール様に「今後の参考に宝石店に寄ってみたい」と依頼した。別に宝石が欲しいとかそんな気持ちはなく、ただ宝石の価格が気になっただけなのと、ロイヤルと呼ばれる宝石は他の宝石と比べてどれくらい金額に差があるのか知っておきたかったのだ。そして訪れた宝石店で、俺は見てしまった。意地悪そうな貴族に無理矢理従わされて、嫌がらせを受けても必死に耐えている女の子の姿を!

「おい! さっさとしろ! このノロマ!」
「も、申し訳ありません!」
「謝る暇があったら早くして頂戴。愛人のくせに図々しいったらありゃしない。ほら! さっさとこれを持ちな! 落としたら承知しないからね!」
「は、はい!」
「全く。綺麗なのはその顔だけだな。それ以外には何の取り柄もないクズが……」
「死んだ母親が持っていた宝石が無ければ、お前になんか価値は無いんだよ! あの宝石が手に入ると思って態々愛人という立場を許してやったのに、この恩知らず!」
「申し訳ありません! 申し訳ありません!」
「チッ、ほら行くぞ! さっさと荷物を持て! この貧乏人!」
「……はい」

 所詮は他人事。トラブルに巻き込まれない為には、知らないフリをするのが賢明だ。頭では分かっている。分かっているが、やっぱり放っておけない! こんな場面見せられて助ける以外の選択肢ある!? 助けないを選択する人なんて居るの!? 俺は無理!

「すみません。ユベール様。後でお説教はいくらでも聞きますから、今は許してください!」
「え? ジャノ!?」
「ジャノ様!?」

 ユベール様達の呼び止める声を無視して、俺は沢山の荷物を持たされてフラついている女の子の腕を優しく掴んだ。

「え?」
「ああ! やっと見付けた! ずっと探してたんだ。ほら、一緒に帰ろう?」
「え? えっと……」
「貴女は、デュボア男爵家のジョエル嬢ではありませんか。こんなところで何を?」
「まあ! ジョエル様。また会えて嬉しいです。お父様はお元気?」
「え? え、と、その……」
「ジョエル様。覚えていませんか? 幼い頃、ジャノ様とよく一緒に遊んでいらしたでしょう? お兄ちゃん、お兄ちゃんと、それはもう仲の良い兄妹のように」
「…………」

 俺が話しかけた直後、ユベール様達が空気を読んで口裏を合わせてくれた。愛人だ何だと騒いでいた貴族二人は色々と文句を言おうとしたが、相手が公爵家のご令息なので顔面蒼白である。戸惑うジョエルさんの耳元で「お願い。今は話を合わせて」と伝えると、彼女もこくこくと頷いて「ジャノ、お兄ちゃん。久しぶり」と演技に乗ってくれた。

「愛人、と聞こえましたが、この方達とは何処で知り合ったんですか?」
「ジャノ様の大切な方をまるで奴隷のように扱うなんて、人として最低ですわ」
「脅して無理矢理従わせていたのでしょう。悪趣味ですね。貴方達には人の心がないようだ」
「な! ち、ちちち、違うんです! ユベール・ベルトラン様! こ、これは、そ、その女が誘惑してきて!」
「はあ? ジョエルさんが? そんなの絶対にあり得ない。だって、ジョエルさんには幼い頃から想い続けている王子様がいるんだから!」
「え!? ど、どうして、知って……」
「え? 本当だったの?」

 小さな声でジョエルさんに聞くと、彼女はコクン、と頷いた。咄嗟に吐いた嘘が本当だったなんて。そうか。そうなのか。ならば尚の事放ってはおけない! 何としてでもジョエルさんをこの悪魔達から救い出さなければ!

「レイモン。追加で悪いが、彼らの素性を速やかに調べてくれ。ジャノの大切な女性を傷付ける者は誰であろうと俺の敵だ。分かり次第排除しろ」
「御意」
「そ、そんな! ベルトラン様! 待ってください! 私は無実です!」
「その女が全て悪いのよ! ベルトラン様! 貴方達は騙されています!」
「黙れ。それも調べれば直ぐに分かることだ。これ以上騒ぎを大きくしたくないだろう? 去れ」

 虎の威を借る狐ならぬ、ユベール様の威を借る平民。ベルトラン公爵家って、やっぱり凄いんだな。さて、宝石店の従業員達に迷惑をかけてしまったお詫びをして、俺達はジョエルさんを連れてお店を出ることにした。こんな大騒ぎした後で宝石なんて見れないもん。

「ジョエル!」
「お父さん!? どうして、此処に……」
「ぁあ! ジョエル! 良かった! 無事だったんだな。もう、あんな奴らの言う事を聞く必要なんかない! お前が不幸になるくらいなら、爵位を剥奪された方がマシだ!」
「そんな! ダメよ! お父さん!」
「愛する娘を犠牲にして得た地位で私が喜ぶ訳ないだろう! 私が望むのは、お前が幸せになることだ。それ以外は何も望まない」
「ぅう。ごめん、なさ……おとうさ、お父さん!」
「いい。いいんだ。ジョエル」

 宝石店を出た直後、ダークグレイの髪をした男性がジョエルさんに駆け寄って、彼女を強く抱きしめた。彼はジョエルさんのお父さんで、色々と訳あってあの意地悪な貴族に従わされていたジョエルさんを心配して此処まで来たのだろう。ふむふむ。

「あの、これからお昼を食べに行くんですけど。良かったら一緒にどうですか?」
「え?」
「貴方は……それに、ユベール・ベルトラン様まで!?」
「一緒に行きましょう。貴方達の話を聞かせてください」
「で、ですが……」
「困った時はお互い様です。行きましょう!」

 戸惑っている二人を説得して、俺達は文也の店へと向かった。済まん! 文也! また一つ面倒事を持ち込むことになってしまった!




 ジョエルさんと彼女のお父さんを連れて文也の店に行くと、案の定「また拾って来たのか? いい加減にしろ」と注意された。だから言い方! 犬猫みたいに言わないで! 本当に此奴は!

「すみません。勝手に首を突っ込んでしまって。それで、一体何があったんですか?」

 窓際の四人掛けのテーブルに座り、俺はジョエルさんに事情を聞いた。彼女の名前はジョエル・デュボア。黒い髪に赤紫色の瞳をしたとても綺麗な女の子だ。そして、彼女の肩に手を添えて心配そうに覗き込んでいる男性はジョエルさんのお父さん。ブレーズ・デュボアさん。王都からかなり離れた土地を治める領主で、爵位は男爵。奥さんは流行病で命を落とし、ブレーズさんは一人娘のジョエルさんとずっと二人で暮らしていた。ジョエルさんは奥さんの生き写しと言われるくらいそっくりで、瞳の色もお母さんの色を引き継いだそうだ。心優しくて、小さな頃から可愛くて、美しくて、自慢の娘だとブレーズさんは語った。

「だが、その美しさがジョエルを不幸にしてしまった。ジョエルは一度、あの男に顔を傷付けられたんだ。男の誘いを断ったからという理由でな」
「そんな!」
「その時に負った傷が、今でも癒えていないんです。ジョエルは、男性に声を掛けられただけで恐怖で体が震えてしまうほど、男性恐怖症に陥ってしまった。顔に大きな傷を付けられたせいで、ジョエルに浴びせられる言葉は『醜い』とか『魔女』とか『呪われた』という心無いものばかり。ジョエルが家に引きこもるようになったのも必然だったのかもしれない」

 ジョエルさんの顔に、大きな傷は残っていない。どうやって治療したのか気になっていると、ブレーズさんはリゼットちゃんの名前を出した。誰もが「醜い」という顔を、どの医者も「これは治せない」と匙を投げていた傷を、ロザリーさんとリゼットちゃんが綺麗に治してくれたのだ。その場にはリゼットちゃんの弟、ニコラくんも居た。

 ニコラくんは顔に大きな傷を負っているジョエルさんを見ても「醜い」と言わなかった。触ったら呪われるとまで言われている傷に触れて「なんだ。全然平気じゃん」と言ってニコッと笑ったのだそう。それから二人はどんどん仲良くなった。引っ込み思案なジョエルさんをニコラくんはあちこち連れ回して、その度にリゼットちゃんに怒られていたらしい。ジョエルさんに花冠を作ってあげたり、森の中に入って持って来ていたパンくずを空に投げて鳥達に食べさせたり。そうして二人で遊ぶ内に、ジョエルさんはニコラくんに恋をした。

 ジョエルさんの傷が綺麗に治ると、リゼットちゃん達は別れの挨拶をして別の土地へと旅立ってしまった。このまま別れるのは嫌だったジョエルさんは、お母さんの形見であるルビーの指輪を治療のお礼としてニコラくんに渡した。ジョエルさんのお母さんはとても高貴な貴族の娘で、彼女も自分の母親、つまりジョエルさんのお祖母様、から譲り受けたものだという。代々受け継がれてきた大切な宝物である指輪は、本来娘の嫁ぎ先が決まり、我が子の幸せを願って渡すものなのだそう。けれど、ジョエルさんのお母さんは早くに亡くなってしまい、その指輪はジョエルさんに引き継がれた。

「約束、したんです。『必ず迎えに行く。これはそれまで預かっておくだけだから』と。『お前に似合う衣装も宝石も必ず用意する。だから、お前もその瞳みたいに綺麗なルビーの宝飾品を安くていいから一つ用意しろ。それと交換だ』と言ってくれて。私にはそれが、まるでプロポーズのように思えて、とても嬉しかった。でも……」

 また、貴族の男がジョエルさんに手を出そうとした。卑怯なやり方で、ブレーズさんを脅して、領民達の生活をも脅かす発言をして、ジョエルさんを無理矢理お父さんと引き離して連れ出した。愛人という立場を、ジョエルさんに与えて。彼には妻が居たが、ジョエルさんが持っていたルビーの指輪を渡すからと約束して愛人の立場を許したそうだ。けれど、再会したジョエルさんは指輪を持っていなかった。ニコラくんに渡していたから。それに激怒した夫人はジョエルさんに迫害にも近い嫌がらせを続け、男も愛人だから貧乏人だからとジョエルさんを奴隷のように扱き使っていた。

 今日は仲良くしたい貴族が婚約パーティーを開くから、二人はパーティーで身に付けるドレスや宝石を見て回っていた。そのパーティーでジョエルさんを貴族達に紹介して、パーティーが終わったら直ぐにその貴族に愛人として嫁ぐ予定だったそうだ。

「バカ、ですよね。何時までも昔の思い出に縋って。何時か必ず、彼が迎えに来てくれるって本気で信じて……こんなボロボロの私を、迎えに来てくれる訳、ないのに……」
「ジョエル」

 ジョエルさんの生い立ちを聞いた俺は泣いた。それと同時に、宝石店で見た彼奴らに殺意も沸いた。誰もが暗い表情をして黙り込む中、空気を読まない男が一人。

「今からニコラ呼ぶか?」
「シリアスぶち壊しじゃねえか!」

 いや、呼べるんだけどね! 俺達、リゼットちゃんと知り合いだから、呼ぼうと思えば何時でも呼べるけど! 空気を読め! 文也!
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