15 / 69
第一部
我が親友は怒ると怖い2
しおりを挟む
知りたくなかった宝石の総額を聞いて、俺は項垂れた。この宝石達が、まさかそんなにお高いものだったとは。ステラさん達が否定していないってことは、文也が言った金額はほぼほぼ正解なのだろう。ゔ、重い、重いよぉ。
「リゼットも全く同じ反応をしてたぜ。やっぱり元平民同士、価値観は一緒だな」
「え? リゼットちゃん? なんでそこでリゼットちゃんが出てくるの?」
「あぁ。近々結婚するんだよ。この前婚約者とその両親連れて俺の店に来た。勿論弟のニコラも一緒に」
「マジで!? リゼットちゃん、結婚するの!? お相手は!?」
「モラン侯爵家のご令息」
「……え?」
「お前の言いたいことは分かるが、戻って来い」
「モラン? 侯爵家?」
「そうだ」
「マジで言ってる?」
「本当だ」
「本当なのかー」
モラン侯爵家って、さっき宝石の話をしていた時に出てきた名前じゃん。え? リゼットちゃん、そんな凄いお家に嫁ぐの? どうやって仲良くなったの? 疑問だらけだ。俺が聞きたいことを察した文也は「簡単に説明するな」と言って出会いの切っ掛けを教えてくれた。
「詳しいことは話せないんだが、彼もニコラと同じだったらしい。リゼットはご令息の傍を離れず、付きっ切りでお世話をし続けた。するとご令息は元気になって彼女に告白したんだ。『結婚してほしい』って。彼の両親も彼女ならと言って認めたというか、むしろ『リゼットさんを逃しては絶対にダメ!』と全員が一致団結して外堀を埋めたというか、必死にアプローチしたというか」
「リゼットちゃんの気持ちは? リゼットちゃんも婚約者さんのこと好きなの?」
「両想いだって聞いた。二人の関係を後押ししたのがリゼットの弟だったんだ。あまりにも仲が良すぎて『砂糖吐きそうなくらい甘い』ってニコラが愚痴ってたぞ?」
「わあ、絵に描いたようなシンデレラストーリー。リゼットちゃん、幸せになれたんだね。良かったあ」
両想いと聞いて安心した。リゼットちゃん、末永くお幸せに。俺も直接お祝いしたかったな。ご両親も理解ある人達のようだし、なんだか安心した。頑張ってる女の子が幸せになるのはいいことだ。うんうん。
「結婚式の前に、婚約パーティーをモラン侯爵邸で開くそうだ。招待状も預かってるけど、お前どうする?」
「フェルナンは? 出席するの?」
「出ねえよ。貴族社会って面倒だし。彼奴らとは二度と関わりたくねえし」
「じゃあ俺もパス。お前が出席するなら考えたけど、お前が出席しないなら俺も出ない。別の機会に『おめでとう』って言えたらそれでいいや。貴族社会のきらきらした世界は俺も苦手。それに、俺が出席したら絶対にトラブル発生するに決まってるもん。俺を当て馬に仕立て上げた令嬢や夫人に執拗に絡まれるのも嫌だし、折角のお祝いの場を壊すのも申し訳ないし」
「執拗、ね。ま、それが賢い選択だろうな。それに、悪いのはお前じゃなく、問題を起こす貴族だろ? 他人の婚約パーティー台無しにしておいて『私は悪くない』って言うなら、それは貴族の皮を被ったただのバカか、常識を何処かへ置き忘れてきた傍迷惑なクレーマーのどちらかだ」
「お前って本当、ズバッと言う時は言うよな?」
「そんな非常識な貴族が身近に存在するのか? 居るなら教えてくれよ」
「…………」
今、目の前に居ますけど何か? 此奴、伯爵夫妻が言い返せないと分かっていて好き放題言いやがって。ここで逆上して怒鳴り散らしたら「私はその非常識な貴族です」と断言したも同然。プライドだけは高いこの二人のことだ。言い返せない分、心の中では俺と文也に罵詈雑言を浴びせ続けているに違いない。今迄散々バカにしてきた平民に言い返されて、更に反論できない空気にされてしまっているのだから。本当、我が親友は強かだな。
「じゃあ、身内だけのパーティーだったらどうする? 実はリゼットに頼まれてるんだ。『婚約パーティーを終えて落ち着いたら、このお店で小さなパーティーを開きたい』って。日程は決まってねえけど、お前も来る? ユベール様同伴で」
「え!? いいの!? 行く行く! 絶対行く! 身内だけなら行きたい! リゼットちゃんに『おめでとう』って伝えたい!」
「はいはい。分かったからそうはしゃぐな。さて、お前の王子様も戻って来たことだし、俺はこれで失礼します」
「あ。今日お前の店に行っていい? お弁当箱を返したいんだけど」
「何時でもいいぜ。ただ、何を食べたいかだけ聞いていいか? 準備しておきたいから」
「なんでもいいの?」
「手間のかからないものなら」
「豚肉の生姜焼き!」
「分かった。作ってやる」
「ありがとー! フェルナン!」
文也が立ち上がるのと同時に、ユベール様が戻ってきた。文也はユベール様に事情を説明した後、彼にも食べたいものを聞いた。俺と同じものでいいそうだ。ユベール様のリクエストを聞いた文也は、俺の後ろに控えていたレイモンさんとステラさんにも食べたいものを聞いたが二人はやんわりと断った。でも、ユベール様が「少しは気を抜いても大丈夫だ」と告げると、二人は小さな声で「同じもので構いません」と文也に伝えた。
「分かりました。お店で待ってます」
ニコッと爽やかな笑顔でそう言うと、文也は去って行った。ありがとう、文也。お前のお陰で地獄のような時間があっという間に終わったぜ。戻ってきたユベール様に手を引かれ、俺達もオープンカフェを後にする。伯爵夫妻も付いて来ようとしていたけど、ユベール様が「二人だけの時間を楽しめばいいだろ?」と冷たく吐き捨てた。
「さあ、行きましょう。ジャノ」
「はい」
やっぱり、伯爵夫妻に対する態度と俺に対する態度が全然違う。気持ちは分かるんだけどさ。ステラさんとレイモンさんも伯爵夫妻に一礼する。二人の表情はとても爽やかだった。文也が言いたいことを全部代弁してくれてスッキリしたのだろう。彼奴、身分関係なく本音を言う時があるからな。我が親友は結構えげつないのだ。
支払いを済ませてからオープンカフェを出て、伯爵夫妻の姿が見えなくなると我慢の限界だったのかステラさんがプッと吹き出して小さく笑い始めた。
「ステラ様。笑いすぎです」
「も、もう無理。正論を言われて何も言い返せない二人の顔を思い出すだけで……ふふ!」
「ステラ様」
「レイモンさんだって笑ってたじゃない。あの方達が自慢していた時は態と拡声魔法を使って、ジャノ様達が話し込んでいる時は防音魔法を使うなんて。流石だわ。レイモンさん」
「聞かれては困る内容だったので、防音魔法をかけたまでです」
「じゃあ何故拡声魔法を?」
「……ユベール様が用意したものを侮辱したからです。ジャノ様の為ではありません」
「すみません。俺、また大きな声で……」
「防音魔法をかけたので周囲には聞こえていません」
「そうです。ジャノ。貴方が気にする必要はありません。それに、フェルナンには感謝しています。彼は貴方を守ってくれたのでしょう?」
「守ってくれたというか、今迄の鬱憤を晴らしていたというか。彼奴、確信犯ですよ?」
「と、いうと?」
「彼奴、今の店を持つ前までレストランで働いていたことがあるんです。貴族御用達の高級なレストランだったんですけど、従業員の態度が最悪で、彼奴に全部仕事を丸投げして、手柄だけ横取りしてたんですよね。それで、彼奴は大人しく言われた通り料理を作り続けていたんです。半分は遊んでいましたけど。ストレス発散する為に」
そのストレス発散の仕方が変というか、なんでソレなの? と思うものだったんだよな。普通はやらねえよ、飾り切りなんて。でも、それがお客様には大好評で、貴族達の間で「見た目も美しくて料理も美味しい」と評判になり、そのレストランは予約必須の大人気のお店になった。しかし、職場はかなりのブラックで、シェフの態度も悪く、色々と面倒なことが起こって、最終的にレシピを盗んだと濡れ衣を着せられた文也は自らその店を辞めた。
「意外ですね。彼はフルコースも作れるんですか?」
「一応。料理の基本は一通り覚えていると言っていました。ただ、彼奴には合わなかったみたいで、今の店に落ち着いたんです。彼奴、奴らにとんでもない置き土産を残してレストランを辞めたんですよね」
「置き土産、ですか?」
「はい。その日はとても大切なお客様が来るから目玉となる料理を作れと命令されたんです。その前に『辞めるならレシピを全部書いてから辞めろ』とも言われていて、狭い部屋に閉じ込められて、彼奴は徹夜してレシピを完成させました。つまり、徹夜明けの辛い時にまた『料理を作れ』と無理難題を振られた訳です」
俺の話を聞いて、ユベール様達が顔を歪めた。三人は文也が無理矢理命令されて仕方なく作っていたと思っているようだが、実際は違う。そんな弱くねえんだよなあ、我が親友は。むしろ逞しい。逞しすぎて逆にシェフ達が可哀想に思うレベルだ。徹夜明けのテンションと、奴らに対する怒りが頂点に達した文也は結構ヤバい状態だった。本人もその時の記憶は曖昧だと言っていたし。
「それで、何を作ったんですか?」
「秘密です」
「ぇえ? 気になるわ! フェルナンさん、一体何を作ったのかしら?」
「空想上の生きもの、とだけ」
「気になりますね」
「お昼にフェルナンのお店へ行くので、聞きたいなら本人に聞いてください」
東洋の龍、なんて言っても伝わらないよな。俺も説明しろと言われたら困る。イメージはできるけど、他者にどう説明すればいいのか分からない。そう、彼奴は置き土産に東洋の龍を野菜や果物を駆使して作り上げたのだ。しかも立体。龍のフィギュアを食材のみで再現したと言えば想像しやすいと思う。掛け軸に描かれているような天に昇る龍の姿を、彼奴は作り上げたのだ。重力? 支え? 軸? 全部謎。文也自身も「どうやって作ったか覚えてねえ」と言っていた。「もう一度同じものを作ってくれと言われてももう作れない」とも。徹夜明けのテンションと復讐心が組み合わさると恐ろしいことになるんだな。
「その後、レストランはどうなったんですか?」
「潰れました。今は別のお店が出来ているらしいです」
文也が辞めて僅か三ヶ月で潰れたそうだ。それだけ、彼奴が作る飾り切りが人気だったってことだな。人気の理由はそれだけじゃないけど。文也は料理を食べてくれるお客様をとても大切にする。彼奴が作る料理には食べてくれる人への思いやりや気遣いで溢れていた。だからみんな喜ぶのだ。誰も思い付かないサプライズ、繊細で美しい飾り切り、最早芸術と言っても過言ではない盛り付け方。全てにおいて文也は本物のプロだった。その文也が辞めたのだから潰れて当然だ。
文也の凄いところは、自分の料理の腕だけで奴らに復讐したことだ。卑怯な真似は一切使っていない。強いて言うならレシピを書く時に手を抜いたことくらいだろうか。一手間とか美味しくなるコツを、彼奴は全部省いたんだ。魚の臭みを消す方法とか、お肉を柔らかくジューシーに焼く方法とか、まあ色々。つまり、文也が書き上げたレシピは教科書と同じ。「この食材とこの調味料を混ぜて焼けばこの料理ができますよ」と誰でも分かることを書いてるだけ。一流のシェフならレシピを参考に美味しく作っただろう。けれど、文也に任せっきりにしていた奴らは料理の基本さえも分かっていなかった。それに加え、食材の管理もかなり杜撰だった。当然料理の味は落ちる。本当、上手く復讐したよなあ、彼奴。
「リゼットも全く同じ反応をしてたぜ。やっぱり元平民同士、価値観は一緒だな」
「え? リゼットちゃん? なんでそこでリゼットちゃんが出てくるの?」
「あぁ。近々結婚するんだよ。この前婚約者とその両親連れて俺の店に来た。勿論弟のニコラも一緒に」
「マジで!? リゼットちゃん、結婚するの!? お相手は!?」
「モラン侯爵家のご令息」
「……え?」
「お前の言いたいことは分かるが、戻って来い」
「モラン? 侯爵家?」
「そうだ」
「マジで言ってる?」
「本当だ」
「本当なのかー」
モラン侯爵家って、さっき宝石の話をしていた時に出てきた名前じゃん。え? リゼットちゃん、そんな凄いお家に嫁ぐの? どうやって仲良くなったの? 疑問だらけだ。俺が聞きたいことを察した文也は「簡単に説明するな」と言って出会いの切っ掛けを教えてくれた。
「詳しいことは話せないんだが、彼もニコラと同じだったらしい。リゼットはご令息の傍を離れず、付きっ切りでお世話をし続けた。するとご令息は元気になって彼女に告白したんだ。『結婚してほしい』って。彼の両親も彼女ならと言って認めたというか、むしろ『リゼットさんを逃しては絶対にダメ!』と全員が一致団結して外堀を埋めたというか、必死にアプローチしたというか」
「リゼットちゃんの気持ちは? リゼットちゃんも婚約者さんのこと好きなの?」
「両想いだって聞いた。二人の関係を後押ししたのがリゼットの弟だったんだ。あまりにも仲が良すぎて『砂糖吐きそうなくらい甘い』ってニコラが愚痴ってたぞ?」
「わあ、絵に描いたようなシンデレラストーリー。リゼットちゃん、幸せになれたんだね。良かったあ」
両想いと聞いて安心した。リゼットちゃん、末永くお幸せに。俺も直接お祝いしたかったな。ご両親も理解ある人達のようだし、なんだか安心した。頑張ってる女の子が幸せになるのはいいことだ。うんうん。
「結婚式の前に、婚約パーティーをモラン侯爵邸で開くそうだ。招待状も預かってるけど、お前どうする?」
「フェルナンは? 出席するの?」
「出ねえよ。貴族社会って面倒だし。彼奴らとは二度と関わりたくねえし」
「じゃあ俺もパス。お前が出席するなら考えたけど、お前が出席しないなら俺も出ない。別の機会に『おめでとう』って言えたらそれでいいや。貴族社会のきらきらした世界は俺も苦手。それに、俺が出席したら絶対にトラブル発生するに決まってるもん。俺を当て馬に仕立て上げた令嬢や夫人に執拗に絡まれるのも嫌だし、折角のお祝いの場を壊すのも申し訳ないし」
「執拗、ね。ま、それが賢い選択だろうな。それに、悪いのはお前じゃなく、問題を起こす貴族だろ? 他人の婚約パーティー台無しにしておいて『私は悪くない』って言うなら、それは貴族の皮を被ったただのバカか、常識を何処かへ置き忘れてきた傍迷惑なクレーマーのどちらかだ」
「お前って本当、ズバッと言う時は言うよな?」
「そんな非常識な貴族が身近に存在するのか? 居るなら教えてくれよ」
「…………」
今、目の前に居ますけど何か? 此奴、伯爵夫妻が言い返せないと分かっていて好き放題言いやがって。ここで逆上して怒鳴り散らしたら「私はその非常識な貴族です」と断言したも同然。プライドだけは高いこの二人のことだ。言い返せない分、心の中では俺と文也に罵詈雑言を浴びせ続けているに違いない。今迄散々バカにしてきた平民に言い返されて、更に反論できない空気にされてしまっているのだから。本当、我が親友は強かだな。
「じゃあ、身内だけのパーティーだったらどうする? 実はリゼットに頼まれてるんだ。『婚約パーティーを終えて落ち着いたら、このお店で小さなパーティーを開きたい』って。日程は決まってねえけど、お前も来る? ユベール様同伴で」
「え!? いいの!? 行く行く! 絶対行く! 身内だけなら行きたい! リゼットちゃんに『おめでとう』って伝えたい!」
「はいはい。分かったからそうはしゃぐな。さて、お前の王子様も戻って来たことだし、俺はこれで失礼します」
「あ。今日お前の店に行っていい? お弁当箱を返したいんだけど」
「何時でもいいぜ。ただ、何を食べたいかだけ聞いていいか? 準備しておきたいから」
「なんでもいいの?」
「手間のかからないものなら」
「豚肉の生姜焼き!」
「分かった。作ってやる」
「ありがとー! フェルナン!」
文也が立ち上がるのと同時に、ユベール様が戻ってきた。文也はユベール様に事情を説明した後、彼にも食べたいものを聞いた。俺と同じものでいいそうだ。ユベール様のリクエストを聞いた文也は、俺の後ろに控えていたレイモンさんとステラさんにも食べたいものを聞いたが二人はやんわりと断った。でも、ユベール様が「少しは気を抜いても大丈夫だ」と告げると、二人は小さな声で「同じもので構いません」と文也に伝えた。
「分かりました。お店で待ってます」
ニコッと爽やかな笑顔でそう言うと、文也は去って行った。ありがとう、文也。お前のお陰で地獄のような時間があっという間に終わったぜ。戻ってきたユベール様に手を引かれ、俺達もオープンカフェを後にする。伯爵夫妻も付いて来ようとしていたけど、ユベール様が「二人だけの時間を楽しめばいいだろ?」と冷たく吐き捨てた。
「さあ、行きましょう。ジャノ」
「はい」
やっぱり、伯爵夫妻に対する態度と俺に対する態度が全然違う。気持ちは分かるんだけどさ。ステラさんとレイモンさんも伯爵夫妻に一礼する。二人の表情はとても爽やかだった。文也が言いたいことを全部代弁してくれてスッキリしたのだろう。彼奴、身分関係なく本音を言う時があるからな。我が親友は結構えげつないのだ。
支払いを済ませてからオープンカフェを出て、伯爵夫妻の姿が見えなくなると我慢の限界だったのかステラさんがプッと吹き出して小さく笑い始めた。
「ステラ様。笑いすぎです」
「も、もう無理。正論を言われて何も言い返せない二人の顔を思い出すだけで……ふふ!」
「ステラ様」
「レイモンさんだって笑ってたじゃない。あの方達が自慢していた時は態と拡声魔法を使って、ジャノ様達が話し込んでいる時は防音魔法を使うなんて。流石だわ。レイモンさん」
「聞かれては困る内容だったので、防音魔法をかけたまでです」
「じゃあ何故拡声魔法を?」
「……ユベール様が用意したものを侮辱したからです。ジャノ様の為ではありません」
「すみません。俺、また大きな声で……」
「防音魔法をかけたので周囲には聞こえていません」
「そうです。ジャノ。貴方が気にする必要はありません。それに、フェルナンには感謝しています。彼は貴方を守ってくれたのでしょう?」
「守ってくれたというか、今迄の鬱憤を晴らしていたというか。彼奴、確信犯ですよ?」
「と、いうと?」
「彼奴、今の店を持つ前までレストランで働いていたことがあるんです。貴族御用達の高級なレストランだったんですけど、従業員の態度が最悪で、彼奴に全部仕事を丸投げして、手柄だけ横取りしてたんですよね。それで、彼奴は大人しく言われた通り料理を作り続けていたんです。半分は遊んでいましたけど。ストレス発散する為に」
そのストレス発散の仕方が変というか、なんでソレなの? と思うものだったんだよな。普通はやらねえよ、飾り切りなんて。でも、それがお客様には大好評で、貴族達の間で「見た目も美しくて料理も美味しい」と評判になり、そのレストランは予約必須の大人気のお店になった。しかし、職場はかなりのブラックで、シェフの態度も悪く、色々と面倒なことが起こって、最終的にレシピを盗んだと濡れ衣を着せられた文也は自らその店を辞めた。
「意外ですね。彼はフルコースも作れるんですか?」
「一応。料理の基本は一通り覚えていると言っていました。ただ、彼奴には合わなかったみたいで、今の店に落ち着いたんです。彼奴、奴らにとんでもない置き土産を残してレストランを辞めたんですよね」
「置き土産、ですか?」
「はい。その日はとても大切なお客様が来るから目玉となる料理を作れと命令されたんです。その前に『辞めるならレシピを全部書いてから辞めろ』とも言われていて、狭い部屋に閉じ込められて、彼奴は徹夜してレシピを完成させました。つまり、徹夜明けの辛い時にまた『料理を作れ』と無理難題を振られた訳です」
俺の話を聞いて、ユベール様達が顔を歪めた。三人は文也が無理矢理命令されて仕方なく作っていたと思っているようだが、実際は違う。そんな弱くねえんだよなあ、我が親友は。むしろ逞しい。逞しすぎて逆にシェフ達が可哀想に思うレベルだ。徹夜明けのテンションと、奴らに対する怒りが頂点に達した文也は結構ヤバい状態だった。本人もその時の記憶は曖昧だと言っていたし。
「それで、何を作ったんですか?」
「秘密です」
「ぇえ? 気になるわ! フェルナンさん、一体何を作ったのかしら?」
「空想上の生きもの、とだけ」
「気になりますね」
「お昼にフェルナンのお店へ行くので、聞きたいなら本人に聞いてください」
東洋の龍、なんて言っても伝わらないよな。俺も説明しろと言われたら困る。イメージはできるけど、他者にどう説明すればいいのか分からない。そう、彼奴は置き土産に東洋の龍を野菜や果物を駆使して作り上げたのだ。しかも立体。龍のフィギュアを食材のみで再現したと言えば想像しやすいと思う。掛け軸に描かれているような天に昇る龍の姿を、彼奴は作り上げたのだ。重力? 支え? 軸? 全部謎。文也自身も「どうやって作ったか覚えてねえ」と言っていた。「もう一度同じものを作ってくれと言われてももう作れない」とも。徹夜明けのテンションと復讐心が組み合わさると恐ろしいことになるんだな。
「その後、レストランはどうなったんですか?」
「潰れました。今は別のお店が出来ているらしいです」
文也が辞めて僅か三ヶ月で潰れたそうだ。それだけ、彼奴が作る飾り切りが人気だったってことだな。人気の理由はそれだけじゃないけど。文也は料理を食べてくれるお客様をとても大切にする。彼奴が作る料理には食べてくれる人への思いやりや気遣いで溢れていた。だからみんな喜ぶのだ。誰も思い付かないサプライズ、繊細で美しい飾り切り、最早芸術と言っても過言ではない盛り付け方。全てにおいて文也は本物のプロだった。その文也が辞めたのだから潰れて当然だ。
文也の凄いところは、自分の料理の腕だけで奴らに復讐したことだ。卑怯な真似は一切使っていない。強いて言うならレシピを書く時に手を抜いたことくらいだろうか。一手間とか美味しくなるコツを、彼奴は全部省いたんだ。魚の臭みを消す方法とか、お肉を柔らかくジューシーに焼く方法とか、まあ色々。つまり、文也が書き上げたレシピは教科書と同じ。「この食材とこの調味料を混ぜて焼けばこの料理ができますよ」と誰でも分かることを書いてるだけ。一流のシェフならレシピを参考に美味しく作っただろう。けれど、文也に任せっきりにしていた奴らは料理の基本さえも分かっていなかった。それに加え、食材の管理もかなり杜撰だった。当然料理の味は落ちる。本当、上手く復讐したよなあ、彼奴。
719
お気に入りに追加
1,463
あなたにおすすめの小説
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた
やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。
俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。
独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。
好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け
ムーンライトノベルズにも掲載しています。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目
カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる