当て馬にされていた不憫な使用人は天才魔導士様に囲われる《第二部完結》

トキ

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第一部

仕事の出来る人は格好いい2

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 持っていたペンをテーブルに置き、ソファからスッと立ち上がる。そして、ゆっくりレイモンさんに近付き、彼の目の前で立ち止まる。白い手袋に覆われているレイモンさんの大きな手を両手で握りしめ……

「ですよね!」
「は?」

 俺は全力でレイモンさんに同意した。よかった! やっとまともな人に出会えた! 嬉しくて嬉しくて、俺はずっと心の中に溜め込んでいたものをレイモンさんに吐き出した。

「良かったあ! その言葉を待っていたんです! だって、だって可笑しいじゃないですか! 此処に来てからずっと、誰も俺のことを責め立てないんですよ!? こんな贅沢な暮らしをして、ユベール様に甘やかされてばかりで、与えられてばかりで、俺は何一つ仕事もしていなくて、ただただぐうたら生活を満喫するだけで。これで不満が出ない方が可笑しいです! でもみんな俺には優しくて、ステラさんも『ジャノ様はそのままでいいんですよ』って言うし。申し訳なさすぎて辛い! どうして俺を否定しないんですか!? なんで俺なんかを崇拝するんですか!? 俺、平民ですよ!? 孤児ですよ!? ドレスも宝石も絶対に高いに決まっています! 俺なんかの為にそんな大金を使われているのかと思うと……ぅう、急に、体が、重く……」
「ドレスも宝石もユベール様が全てオーダーメイドで依頼した最高級のもの。ジャノ様の負担にならないよう計算し尽くされて作り上げられた一級品です。重い筈がありません」
「重量じゃない! 重量じゃなくて! ユベール様の想いとかお値段とかその他諸々詰め込まれ過ぎてて重いんですよ!」
「…………」
「例えるなら、そう! 全国民の命を背負っているような感じ!」
「それは、確かに重いですね」
「でしょう!? そんな感じです。そういう意味での『重い』です!」
「だから、ユベール様の想いは迷惑だと?」
「違います違います! ユベール様の気持ちにはきちんとお答えするつもりです! でも! 度を超えているんですよ! 何事にも限度というものがあります! こんな高価なドレスや宝石を毎日身に付けて平然としていられるほど、俺の心臓は強くないんですよ!」
「医者を呼びますか?」
「病気じゃない! 病気じゃなくてプレッシャーに押し潰されそうなんです! ドレスを汚してはいけない。宝石を壊してはいけない。もし少しでも傷付けたら、ドレスのクリーニング代や宝飾品の修理費は一体いくらになるのかと思うと……うぐ」
「…………」
「ユベール様の気持ちはとても嬉しいです。でも、俺の為に高価なドレスや宝石を購入するより、貧しい人達の為にお金を使ってほしいなと。だって、そっちの方が絶対この国の為になると思うんですよ! その中に隠れた才能を持った人がいるかもしれないじゃないですか! その一人を見付け出して磨き上げたら、この国はもっと発展して潤うんですよ!? 身分があるので実際に行動するとなると色々と難しいですけど。でも! 絶対そっちの方が賢いお金の使い方だと思うんです! 俺の言ってること、間違ってますか!?」
「間違ってはいません。ですが、所詮夢物語です」
「分かってます! 俺も全国民を救えるなんて思っていません! 現実は思い通りにならない。身分の低い人達は理不尽に虐げられる。運よく希望していた仕事に就職できても、やっぱり身分で判断される。必死に頑張っても手柄は横取りされるだけ、都合のいいように使われるだけ。上の人には逆らえないから、黙って耐えることしかできない。辞めたいと思っても次の就職先は用意されていないから辞められない。立場の弱い人は、上の人達の機嫌をとって文句も言えず命令に従うしか生きる術はない。それが現実です」
「…………」
「助けて何になるんだ? と思うのも当然です。でも! それでも困っている人は必ず何処かに存在するんです! その人を助けることによって莫大な利益を得られるかもしれないんですよ! 勿論、見返り目的でするのは絶対にダメです! 困っている人達を心から助けたいっていう気持ちがなければ、改善するまで続けられる財力と強い意志がなければ、それはただの偽善です。自己満足です。でも、やってみる価値はあると思いませんか!?」
「絵空事に付き合うつもりはありません。失礼します」
「あ」

 しまった。思わず語り過ぎてしまった。レイモンさん、きっと怒ってるだろうなあ。貴族って普通、こんな風に大声で話したりしないもんな。失敗したな。レイモンさんは俺のことを嫌いでも、俺は彼と親しくなりたいのに。だって格好いいんだもん! これぞ男の憧れ! 仕事のできる完璧な男! って感じで、心から尊敬する。

 まあでも、無理強いは良くないし、性格によって合う合わないは必ずあるし。レイモンさんが嫌がるなら俺も関わるのは必要最低限にするし。でも、本当に良かったあ。レイモンさんはまともな人だ。一人でもレイモンさんのような人が居てくれて安心した。はあ。ほっとしたらなんだか眠くなってきた。俺はふかふかの柔らかなソファに座り直して小説の内容を考えようと思ったのだが、眠気に勝てずそのまま寝落ちした。




 眠りから覚めるともうお昼前だった。誰か一度入室したのか、柔らかな毛布がかけられていた。なんだこの毛布。柔らかくて触り心地が良くて何時迄も触っていたくなる。気持ちいい。

「ジャノ様。昼食をお持ちしました」
「あ。はい。どうぞ。入ってください」
「失礼します」
「あれ? レイモンさんも一緒なんですか?」
「仕事です」
「はい」

 やっぱり俺には塩対応。仕事は完璧だからやっぱり憧れる。ステラさんとレイモンさんの手際がよく、あっという間に中央テーブルに昼食が並べられた。毎回思うけど、めっちゃ豪華。この食事代だけでどれだけのお金が羽ばたくのだろう。怖くて聞けない。でも美味しいから食べちゃう! 食べ物を粗末にしてはいけない。これ常識!

「あれ? お箸、ですか?」
「はい。ユベール様からお聞きして。ジャノ様はナイフとフォークを使うより、オハシの方が使い慣れているからと急遽用意したのです」
「ありがとうございます。確かに俺、お箸の方が使い慣れているので嬉しいです」

 そう、この世界は中世ヨーロッパ風の世界観なので食事も当然洋食。洋食といえば使うのはやっぱりナイフとフォーク。ステーキなんて滅多に食べられないから、俺はナイフとフォークの使い方がぎこちない。どっちがどっちか分からなくなる。ガチで。だから本当に、本当にお箸で食べられるのはありがたい。

「温かいうちに召し上がってください。ジャノ様」
「はい。いただきます」

 今日のお昼はお洒落に盛り付けられた魚料理に、じゃがいものポタージュスープ。新鮮な野菜で作られたサラダに、焼き立てのパンが二つ。飲み物はコーヒー。うん、日本。この並べ方は完全に日本スタイル。いや、昨日まではフレンチのフルコースだったよ? でも、俺がお弁当を食べていた時にポロっと日本での食生活について話してしまって、ユベール様がこのスタイルに変更するようシェフに依頼したとか。嬉しいけど、やっぱり申し訳ない。ごめんなさい。シェフの皆さん。俺なんかの為に。ぅう。

 更に、俺のお世話は基本ステラさんが担当しているので、食事マナーもそこまで気にしなくていいそうだ。公の場では絶対にダメだけど、身内しかいないから大丈夫だ、と。あ、ありがたい。俺、ちゃんと食事マナー覚えます。公の場ではきちんとします。だから、此処にいる時だけは好きに食べさせて! レイモンさんは激怒するだろうけど。

「んん。美味しいです」

 魚料理を一口食べて、俺の頬は緩んだ。あぁ、お箸で食べられる幸せ。魚料理とサラダはお箸で、ポタージュスープは専用のスプーン。パンは一口サイズに千切って食べる。うん。マジで好き放題って感じ。本来なら絶対に許されないであろう食べ方だけど、ユベール様が許してくれているので「まあ、いいか」と俺は完全に開き直っている。だって美味しい料理は美味しく食べたいんだもん! 俺、つくづく貴族って柄じゃねえな。知ってたけど……

「ごちそうさまでした」
「ジャノ様は、オハシを使って食べる姿がとても綺麗ですね」
「え? そうですか?」
「はい。見ていて気持ちがいいくらい綺麗でした」
「やっぱり使い慣れているから、かな?」
「綺麗でしたよね? レイモンさん」

 そこでレイモンさんに話を振る? 俺、彼に嫌われているから、あまりいい返事は聞けないと思うんだけど……

「確かに、綺麗だったのは認めます」
「え?」
「そうですよね! レイモンさんが認めているのですから、自信を持ってください! ジャノ様!」
「は、はあ」

 てっきり無言か差し障りのないことを言ってお茶を濁すと思っていたけど。レイモンさんって、実力があれば素直に認めるタイプの人なんだろうか。ふむふむ。これは、もしや、レイモンさんはクール系と見せかけたツンデレ!? いや俺にデレる要素がどこにある? お世辞? あ、そうか。お世辞か。そうだよな。レイモンさんの立場上、俺への暴言は色々とヤバいもんな。成る程成る程。理解した。レイモンさん。やっぱり貴方は仕事の出来る完璧な男だ。素晴らしい。他の家の使用人達も少しはレイモンさんを見習って、仕事中は本音を隠しやがれ! 全く! まあ、何処の家に仕えていて誰に何をされたか聞かれても、俺は全然覚えてねえけどな。覚えているのは嫌がらせの内容だけ。こんなことをされた、こんなことを言われた、くらいしか俺の記憶には残っていない。文也からは「アホの子」って言われている。むむ。俺はアホの子じゃない! 記憶力がないだけだ! と反論したら「それをアホの子って言うんだよ!」と返された。正論だった。悔しい。
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