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第一部
俺だけの大天使様2
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俺が誘拐されて以降、お父様とお母様は今までの空白の穴を埋めるかのように俺の傍に居るようになった。魔力暴発を抑える為に隔離するより、家族の愛情をたっぷり感じて過ごした方がいいとお医者様が判断したからだ。俺のように、魔力量が多すぎて未熟な身体では耐えられない人は少ないけど存在する。今迄は感情を抑えて誰とも会わずに過ごすことが正しい治療法だと思われていたが、この治療法は間違っていた。
「ふむふむ。クレマン様からいただいた資料を拝見しましたが、以前より魔力の数値は落ち着いていますね。あまり思い出したくないと思いますが、これも治療なので可能な限り教えてください。ユベール様。貴方が誘拐された時、何かありましたか?」
「大天使様にお会いしました!」
「…………」
「大天使様にお会いしたんです! 柔らかなハニーブロンドの髪に、蜂蜜とチョコレートを混ぜ合わせて固めたような美しい瞳をした、この世のものとは思えぬほど顔も心も声も綺麗な人でした!」
「……そ、そうですか。それで、その大天使様? とやらと出会って、他には?」
「はい。俺が襲われていた時、大天使様が咄嗟に嘘を吐いて、醜いクソ豚野郎どもを追い払ってくれたんです。それだけでなく、恐怖で怯えて涙を流す俺を大天使様はその細くしなやかな手で包むように抱きしめてくれました。『大丈夫』と、何度も俺に言い聞かせて。魔力が暴発しかけていた俺を躊躇いなく、慈愛に満ちた柔らかな腕で優しく包み込み、頭も撫でてくれたんです! もう嬉しくて嬉しくて、俺は大天使様の虜です! 名前も何処に住んでいるかも分かりませんが、必ず見付けてみせます! そして、この恩を俺の一生をかけて返すつもりです!」
「うんうん。クレマン様。魔力暴発を阻止する方法が分かりました」
「な! それは本当ですか!? 一体、どうすれば……」
「教えてください! 私達は、ユベールに何をしてあげればいいのですか!?」
「簡単なことです。今まで通り、愛情たっぷり注いで幸せに過ごす。以上です」
「え?」
「はい?」
「ユベール様の話を聞いて『まさか』とは思いましたが。これしかないと思いまして。ユベール様が仰る大天使様? のことはよく分かりませんが、その方がユベール様を慰め、心のケアをしてくれたのでしょう。その直後に魔力の暴走がなくなったというので、間違いないと思います。ユベール様に必要なのは、孤独な隔離生活ではなく、沢山の愛情です。これは私の憶測に過ぎないので、しばらく経過観察となりますが、もし違っていたら別の治療法を一緒に探しましょう」
「大天使様がよく分からない、だと? 俺の命の恩人に対してそれは失礼ではありませんか? いいでしょう。ならば語ってあげます! 俺が出会った大天使様がどれほど素晴らしく慈愛に満ちていて可憐で美しく心優しい方なのかを!」
「診察は以上です。恋の病は専門外なので、クレマン様とラナ様で治療してください。大天使様を早く見付けた方がよろしいかと。この様子ではきっと暴走しますよ?」
「え、ええ。そうね」
「そう、だな」
「お父様! お母様! なんなんですか! あの無礼なお医者様は! 大天使様に対してあんな素っ気ない態度を取って、あまりにも失礼です!」
「失礼なのはお前だ! ユベール!」
「いた!」
「ユベール。大天使様については調べておくから、今日はもう休みなさい」
「ダメです。一刻も早く大天使様の手の感触と体温とご尊顔を記録しなければ。何時見付かるかも分からないのに、大天使様の全てを忘れてしまうなんて絶対に嫌だ! ということで、俺は大天使様の声を再生する魔導具と、俺の記憶を抽出して夢の中で再現する魔導具と、大天使様の美しいお姿を精巧に写し出す魔導具開発に専念するので、暫く一人にしてください。では!」
「待ちなさい! ユベール!」
「あんなにも元気になって。本当に、どうしたのかしら。ユベール」
その日から俺は魔導具開発に専念し続け、遂に完成させた。大天使様の美しいお姿を精巧に映し出す魔導具を! しかし、やはりまだまだ改良の余地があり、今のままでは未完成。何故、フルカラーじゃないんだ! 確かに精巧だが、モノクロだと大天使様の魅力が半減してしまうではないか! いや、モノクロでも俺の大天使様はとても麗しいが! 流石は俺だけの大天使様!
次に大天使様が俺を包むように抱きしめて繊細な手で優しく頭を撫でてくれた時の記憶の抽出だが、これもなんとか上手く出来た。声も忠実に再現できて満足だ。試作品を自室に持ち帰って実際眠ってみたら、あの時の記憶をそのまま再現してくれてまるで天国のような居心地だった。この魔導具があれば何年でも大天使様を待つことができる。いや何を言っているんだ。今すぐ行動しないでどうする! ユベール・ベルトラン! それでもベルトラン公爵家の息子か! 大天使様を早く見付けないと、他の誰かに奪われてしまうではないか! 大天使様は恐らく十五、六歳くらいだろう。つまり、俺の知らない間に大天使様が誰かと恋人同士になったり、結婚していたりする可能性も……
はあ? 恋人? 結婚? 其奴は大天使様のことを本当に幸せにできるのか? 金も地位も権力も愛も、俺より勝るというのか? いいや。あり得ない。ベルトラン公爵家に敵う家など、王家以外存在しない。大天使様はとてもお優しい方だから、相手に騙されている可能性もある。おい、誰だ? 大天使様を泣かせた奴は……後でお父様に頼んで秘密裏に処理してやる。覚悟しておけ!
処理といえば、伯父さんは元気にしているだろうか。それとなくステラに聞いてみたが、言葉を濁して「生きているとは、思います。多分」と答えていた。恐らく、収容所に入れられたか辺境の地に飛ばされて幽閉されたかのどちらかだろう。お父様、身内には甘いからなあ。伯父さんに売られた時は辛くて悲しかったが、あれがなければ俺は大天使様に出会えなかった。うん。やはりきちんとお礼の手紙は書いて届けるべきだな。内容は「貴方が俺を売ってくれたお陰で、俺だけの大天使様に出会えました。感謝します。伯父さん。結婚式には必ずお呼びするので来てくださいね♡」でいいか。うーん。ハートマークは必要か? いいか。書き直すの面倒だし。この手紙をステラに渡して伯父さんに届けるよう依頼した。
他にやることと言ったらなんだ? は! 大切なことを忘れていた! 大天使様をお迎えするなら、今からドレスと宝石を用意しなければ間に合わないじゃないか! それに部屋も必要だ! 大天使様が毎日過ごすお部屋なんだ! 当然、些細なミスでも許されないし、絶対に妥協もしない! そうと決まれば今からドレスのデザインと宝石商への依頼と、部屋の内装を決めるのと。くそ! やることが多過ぎて休む暇がない! でも楽しい! 大天使様のことを考えるだけで、どうしてこんなにも幸せに満ち足りた気持ちになるのだろう! やはり大天使様は偉大だ! 俺が一人で寂しい時も、こうして俺を優しく抱きしめて頭を撫でて慰めてくださるのだから! 何時か必ず、貴方を見付けてみせます。それまで、どうかお元気で。俺の、俺だけの大天使様!
「まさか、十年もかかるとは思わなかったがな」
誘拐された後すぐにお父様達が動いてくれたのに、大天使様は見付からなかった。十年前はまだ魔導具の技術が発展していなかった。王族や貴族の子どもは魔力を持って産まれることが多い為、その魔力と性質を感知して探す魔導具は開発されていたが、魔力を持たない人を探す魔導具は開発されていなかった。あらゆる手段を使って探し続けたが、俺に会いに来るのは大天使様を騙る偽物ばかり。次から次へとやって来て、奴らは平然と嘘を吐く。濁った瞳を向ける醜い貴族どもの存在に何度苛立ったことか。大天使様の髪と瞳の色は、一般人ならありふれた色で、見付け出すのに苦労した。それでも、俺は諦めなかった。探して探して探して、ずっと探し続けて、やっと見付け出したのだ。俺の、俺だけの大天使様を!
五年ほど前から、貴族界ではとある使用人の噂で持ちきりだった。その男は女と金に飢えているのか、雇われた先々で貴族の令嬢や夫人を襲おうとして、その度に追い出されている、と。本当は解雇したかったのだが、娘や夫人が「次の就職先は用意してあげて」と懇願するものだから、仕方なく次の就職先を用意してやっているのだ、と。最初はそんな噂話に興味などなかったが、一人だけ、その噂に対して怒りを覚えている令嬢がいた。彼女と直接話したことはなかったが、モラン侯爵家のご令息との婚約が決まったということで、俺は両親と共にモラン侯爵邸を訪れた。モラン侯爵令息のジルベールと婚約者となったリゼット嬢に祝福の言葉を述べ、少し世間話をして、俺は帰る予定だった。
「やっぱり、似ている」
「え?」
「リゼット。ユベール様に失礼ですよ。また彼のことを考えていたの?」
「あ、ごめんなさい! 私、またジャノさんのことを」
「何か気になることでも?」
「……ユベール様を見ると、何時も思い出すんです。ジャノさんが話していたことを」
「ジャノ?」
彼女は瞳に強い意志を宿して、俺に語ってくれた。彼女は元々貧しい平民で、病を患った弟がいた。弟の病を治す為には莫大な金が必要となる。医者になる前まで、彼女は子爵家で使用人として働いていたそうだ。けれど、平民だった彼女は上司や先輩達からいじめのターゲットにされ、迫害にも近い嫌がらせを受け続けた。更に弟が病だと聞きつけた連中は、彼女に関わると病気がうつると騒ぎ出した。そんな時にジャノという男と出会い、彼女の人生は大きく変わったと嬉しそうに微笑んだ。
「最初は、噂通りの人だと思っていたんです。貴族の令嬢や夫人を見境なく襲う、最低な人だって。でも、それは間違いでした。ジャノさんは被害者です。何も悪いことをしていないのに、彼女達が執拗に関わって旦那様の愛を確かめる為に、態とジャノさんを悪者にしたんです!」
「……それで、俺にどうしろと?」
使用人の噂は俺の耳にも入っている。それが間違っていたからといって、別に誰も困りはしないだろう。俺に「その人を助けて」とでも言うつもりか? 悪いが、俺はそこまで善人ではないし、俺が損得関係なく動くとしたら両親か大天使様の為だけだ。
「ジャノさん。私にだけ『秘密にしてね』と言って、その秘密を教えてくれたことがあるんです。『昔、銀色の髪に青い瞳をした天使のような姿をした美少年を助けたことがある』と」
「な!」
「彼はこうも言っていました。『まさか宮廷魔導士長様のご子息だったとは思わなかった』と」
この国の宮廷魔導士長はお父様だ。いいや、落ち着け。今迄何度期待して、何度裏切られてきた? 嘘の可能性の方が高い。しかし、彼女が嘘を吐いているようにも思えない。
「確証はありません。ですが、ジャノさんは嘘を吐いて他者を騙すような人じゃない。だって、子爵家を追い出された時、私の身を案じてとあるお店を紹介してくれたんです! そのお店はジャノさんの親友の方がやっているお店で、そこでロザリー様と出会って、彼女が私を引き取ってくれて、弟の病も治療してくれて。ジャノさんが居なかったら、今の私は存在していません。だから、私はジャノさんを助けたい! あの時の恩を、私は返したいんです!」
「分かってるよ。リゼット。大丈夫。ダヴィド・ルグラン伯爵に話して、彼を迎え入れる準備は整っているから」
「ごめんなさい。ジル。本当は私だけの力で助けたかったのに」
「ううん。ジャノさんは、俺の命の恩人でもあるから。助けるのは当然だよ」
「迎え入れる、とは?」
彼は今、ダヴィド・ルグラン伯爵に仕えている。だが、伯爵夫人に手を出して近々解雇されるという噂を聞き、それなら彼をモラン侯爵家に迎え入れる! と意気込んで手紙を送り、その準備を整えているのだと。
「待ってください。その役目、俺が変わってもいいですか?」
「え?」
「か、確証はありませんよ? それでも引き受けるのですか?」
「分かっています。何度も期待して、その度に裏切られてきましたから。ですが、今回は本当のような気がするんです。安心してください。もし人違いだった場合、きちんと説明して彼を此処に連れて来ます」
「……分かりました。ジャノさんのこと、よろしくお願いします」
「そうと決まれば、早急にルグラン伯爵邸へ向かった方がいいでしょう。彼、表の顔はいいんですけど、夫人を溺愛するあまり、小さなトラブルを起こすことで有名な方ですから。ジャノさんも、無傷ではないと思います」
「分かりました。今から向かいます」
「お気を付けて」
「彼を助けてください。ユベール様」
「任せてください」
今度こそ、本当だと思った。二人の瞳は濁っていなかった。強い意志を宿し、心からジャノという人物を心配していた。リゼット嬢が言っていたことが本当なら、俺はやっと大天使様と再会することができる。しかし、いいことばかりではないだろう。二人が言っていたように、彼は今、酷い扱いを受けている可能性が高い。そして、その予想は当たっていた。
「ふむふむ。クレマン様からいただいた資料を拝見しましたが、以前より魔力の数値は落ち着いていますね。あまり思い出したくないと思いますが、これも治療なので可能な限り教えてください。ユベール様。貴方が誘拐された時、何かありましたか?」
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「…………」
「大天使様にお会いしたんです! 柔らかなハニーブロンドの髪に、蜂蜜とチョコレートを混ぜ合わせて固めたような美しい瞳をした、この世のものとは思えぬほど顔も心も声も綺麗な人でした!」
「……そ、そうですか。それで、その大天使様? とやらと出会って、他には?」
「はい。俺が襲われていた時、大天使様が咄嗟に嘘を吐いて、醜いクソ豚野郎どもを追い払ってくれたんです。それだけでなく、恐怖で怯えて涙を流す俺を大天使様はその細くしなやかな手で包むように抱きしめてくれました。『大丈夫』と、何度も俺に言い聞かせて。魔力が暴発しかけていた俺を躊躇いなく、慈愛に満ちた柔らかな腕で優しく包み込み、頭も撫でてくれたんです! もう嬉しくて嬉しくて、俺は大天使様の虜です! 名前も何処に住んでいるかも分かりませんが、必ず見付けてみせます! そして、この恩を俺の一生をかけて返すつもりです!」
「うんうん。クレマン様。魔力暴発を阻止する方法が分かりました」
「な! それは本当ですか!? 一体、どうすれば……」
「教えてください! 私達は、ユベールに何をしてあげればいいのですか!?」
「簡単なことです。今まで通り、愛情たっぷり注いで幸せに過ごす。以上です」
「え?」
「はい?」
「ユベール様の話を聞いて『まさか』とは思いましたが。これしかないと思いまして。ユベール様が仰る大天使様? のことはよく分かりませんが、その方がユベール様を慰め、心のケアをしてくれたのでしょう。その直後に魔力の暴走がなくなったというので、間違いないと思います。ユベール様に必要なのは、孤独な隔離生活ではなく、沢山の愛情です。これは私の憶測に過ぎないので、しばらく経過観察となりますが、もし違っていたら別の治療法を一緒に探しましょう」
「大天使様がよく分からない、だと? 俺の命の恩人に対してそれは失礼ではありませんか? いいでしょう。ならば語ってあげます! 俺が出会った大天使様がどれほど素晴らしく慈愛に満ちていて可憐で美しく心優しい方なのかを!」
「診察は以上です。恋の病は専門外なので、クレマン様とラナ様で治療してください。大天使様を早く見付けた方がよろしいかと。この様子ではきっと暴走しますよ?」
「え、ええ。そうね」
「そう、だな」
「お父様! お母様! なんなんですか! あの無礼なお医者様は! 大天使様に対してあんな素っ気ない態度を取って、あまりにも失礼です!」
「失礼なのはお前だ! ユベール!」
「いた!」
「ユベール。大天使様については調べておくから、今日はもう休みなさい」
「ダメです。一刻も早く大天使様の手の感触と体温とご尊顔を記録しなければ。何時見付かるかも分からないのに、大天使様の全てを忘れてしまうなんて絶対に嫌だ! ということで、俺は大天使様の声を再生する魔導具と、俺の記憶を抽出して夢の中で再現する魔導具と、大天使様の美しいお姿を精巧に写し出す魔導具開発に専念するので、暫く一人にしてください。では!」
「待ちなさい! ユベール!」
「あんなにも元気になって。本当に、どうしたのかしら。ユベール」
その日から俺は魔導具開発に専念し続け、遂に完成させた。大天使様の美しいお姿を精巧に映し出す魔導具を! しかし、やはりまだまだ改良の余地があり、今のままでは未完成。何故、フルカラーじゃないんだ! 確かに精巧だが、モノクロだと大天使様の魅力が半減してしまうではないか! いや、モノクロでも俺の大天使様はとても麗しいが! 流石は俺だけの大天使様!
次に大天使様が俺を包むように抱きしめて繊細な手で優しく頭を撫でてくれた時の記憶の抽出だが、これもなんとか上手く出来た。声も忠実に再現できて満足だ。試作品を自室に持ち帰って実際眠ってみたら、あの時の記憶をそのまま再現してくれてまるで天国のような居心地だった。この魔導具があれば何年でも大天使様を待つことができる。いや何を言っているんだ。今すぐ行動しないでどうする! ユベール・ベルトラン! それでもベルトラン公爵家の息子か! 大天使様を早く見付けないと、他の誰かに奪われてしまうではないか! 大天使様は恐らく十五、六歳くらいだろう。つまり、俺の知らない間に大天使様が誰かと恋人同士になったり、結婚していたりする可能性も……
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処理といえば、伯父さんは元気にしているだろうか。それとなくステラに聞いてみたが、言葉を濁して「生きているとは、思います。多分」と答えていた。恐らく、収容所に入れられたか辺境の地に飛ばされて幽閉されたかのどちらかだろう。お父様、身内には甘いからなあ。伯父さんに売られた時は辛くて悲しかったが、あれがなければ俺は大天使様に出会えなかった。うん。やはりきちんとお礼の手紙は書いて届けるべきだな。内容は「貴方が俺を売ってくれたお陰で、俺だけの大天使様に出会えました。感謝します。伯父さん。結婚式には必ずお呼びするので来てくださいね♡」でいいか。うーん。ハートマークは必要か? いいか。書き直すの面倒だし。この手紙をステラに渡して伯父さんに届けるよう依頼した。
他にやることと言ったらなんだ? は! 大切なことを忘れていた! 大天使様をお迎えするなら、今からドレスと宝石を用意しなければ間に合わないじゃないか! それに部屋も必要だ! 大天使様が毎日過ごすお部屋なんだ! 当然、些細なミスでも許されないし、絶対に妥協もしない! そうと決まれば今からドレスのデザインと宝石商への依頼と、部屋の内装を決めるのと。くそ! やることが多過ぎて休む暇がない! でも楽しい! 大天使様のことを考えるだけで、どうしてこんなにも幸せに満ち足りた気持ちになるのだろう! やはり大天使様は偉大だ! 俺が一人で寂しい時も、こうして俺を優しく抱きしめて頭を撫でて慰めてくださるのだから! 何時か必ず、貴方を見付けてみせます。それまで、どうかお元気で。俺の、俺だけの大天使様!
「まさか、十年もかかるとは思わなかったがな」
誘拐された後すぐにお父様達が動いてくれたのに、大天使様は見付からなかった。十年前はまだ魔導具の技術が発展していなかった。王族や貴族の子どもは魔力を持って産まれることが多い為、その魔力と性質を感知して探す魔導具は開発されていたが、魔力を持たない人を探す魔導具は開発されていなかった。あらゆる手段を使って探し続けたが、俺に会いに来るのは大天使様を騙る偽物ばかり。次から次へとやって来て、奴らは平然と嘘を吐く。濁った瞳を向ける醜い貴族どもの存在に何度苛立ったことか。大天使様の髪と瞳の色は、一般人ならありふれた色で、見付け出すのに苦労した。それでも、俺は諦めなかった。探して探して探して、ずっと探し続けて、やっと見付け出したのだ。俺の、俺だけの大天使様を!
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「やっぱり、似ている」
「え?」
「リゼット。ユベール様に失礼ですよ。また彼のことを考えていたの?」
「あ、ごめんなさい! 私、またジャノさんのことを」
「何か気になることでも?」
「……ユベール様を見ると、何時も思い出すんです。ジャノさんが話していたことを」
「ジャノ?」
彼女は瞳に強い意志を宿して、俺に語ってくれた。彼女は元々貧しい平民で、病を患った弟がいた。弟の病を治す為には莫大な金が必要となる。医者になる前まで、彼女は子爵家で使用人として働いていたそうだ。けれど、平民だった彼女は上司や先輩達からいじめのターゲットにされ、迫害にも近い嫌がらせを受け続けた。更に弟が病だと聞きつけた連中は、彼女に関わると病気がうつると騒ぎ出した。そんな時にジャノという男と出会い、彼女の人生は大きく変わったと嬉しそうに微笑んだ。
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「……それで、俺にどうしろと?」
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この国の宮廷魔導士長はお父様だ。いいや、落ち着け。今迄何度期待して、何度裏切られてきた? 嘘の可能性の方が高い。しかし、彼女が嘘を吐いているようにも思えない。
「確証はありません。ですが、ジャノさんは嘘を吐いて他者を騙すような人じゃない。だって、子爵家を追い出された時、私の身を案じてとあるお店を紹介してくれたんです! そのお店はジャノさんの親友の方がやっているお店で、そこでロザリー様と出会って、彼女が私を引き取ってくれて、弟の病も治療してくれて。ジャノさんが居なかったら、今の私は存在していません。だから、私はジャノさんを助けたい! あの時の恩を、私は返したいんです!」
「分かってるよ。リゼット。大丈夫。ダヴィド・ルグラン伯爵に話して、彼を迎え入れる準備は整っているから」
「ごめんなさい。ジル。本当は私だけの力で助けたかったのに」
「ううん。ジャノさんは、俺の命の恩人でもあるから。助けるのは当然だよ」
「迎え入れる、とは?」
彼は今、ダヴィド・ルグラン伯爵に仕えている。だが、伯爵夫人に手を出して近々解雇されるという噂を聞き、それなら彼をモラン侯爵家に迎え入れる! と意気込んで手紙を送り、その準備を整えているのだと。
「待ってください。その役目、俺が変わってもいいですか?」
「え?」
「か、確証はありませんよ? それでも引き受けるのですか?」
「分かっています。何度も期待して、その度に裏切られてきましたから。ですが、今回は本当のような気がするんです。安心してください。もし人違いだった場合、きちんと説明して彼を此処に連れて来ます」
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「分かりました。今から向かいます」
「お気を付けて」
「彼を助けてください。ユベール様」
「任せてください」
今度こそ、本当だと思った。二人の瞳は濁っていなかった。強い意志を宿し、心からジャノという人物を心配していた。リゼット嬢が言っていたことが本当なら、俺はやっと大天使様と再会することができる。しかし、いいことばかりではないだろう。二人が言っていたように、彼は今、酷い扱いを受けている可能性が高い。そして、その予想は当たっていた。
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『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。
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