英雄様を育てただけなのに

トキ

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風雷の国2

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 挨拶が終わったら直ぐに帰るつもりだったけど、満帆が俺から離れてくれず、王様も王妃様も「折角来たんだから観光に行ったらどうだ?」と提案され、一番有名な街に行くことになった。龍の国と繋がりがあるこの国は風雷の国と呼ばれており、どの建物にも必ず龍の姿があった。壁一面や扉に龍が描かれていたり、彫刻が置かれていたり、龍の小物を飾っていたりと、建物によって様々だ。

「龍の国の竜人はね、風と雷を自在に操れるんだ。この島国の人達は竜人の血も少しだけ混じっていて、みんな小さいけれど風や雷を操れるんだよ? 遥か昔、この国を訪れた龍の国の王様が一人の人間に恋をして結ばれたのが始まりなんだって。二人の間に生まれた子は竜人の血が半分流れていて、それが島全体に広がったんだ。特に竜人の血を引いているのはやっぱり王族で、その中でもメリさんは竜人の血が濃いみたい。僕も竜人の血を引いてるんだけど、メリさんほどじゃないんだよね」

「そっか。翠嵐さんがメリを特に気にしていたから不思議に思っていたけど、息子みたいに思っていたのかな?」
「どちらかというと孫じゃない? 翠嵐って見た目は若くて綺麗だけど僕達よりも長寿だからさ」
「龍の国の王様を呼び捨てにして大丈夫なの?」
「本人が許してるからね。堅苦しいのは苦手なんだって。王様も王妃様もかなりフレンドリーに接していたから大丈夫!」
「……知らなかった」

 人間の国の一部かと思っていたけど、満帆から話を聞くと龍の国の一部と言った方が正しいのかな? 服装も雰囲気も翠嵐さんにすごく似ているし、独自の文化が発展している感じがする。

「ねえねえ兄さん。何処に行きたい? 何処でも案内するよ? 美味しいものを食べる? この国の工芸品を見に行く?」
「ちょ、ちょっと待って。そんなに引っ張らないで」
「案内なら俺がする。お前はさっさと帰れ」
「この国について一番詳しいのは僕だよ? メリさんは黙ってて!」
「ミツとの距離が近い! 離れろ!」
「うわ。本当に心が狭いなあ。そんなに嫉妬深かったら兄さんが困っちゃうじゃん。それに、兄さんはメリさんだけのものじゃないでしょ?」
「…………」
「少しは兄さんの気持ちも考えなよ。そんな風に縛り付けたら、兄さんに嫌われるよ?」
「く!」
「ちょ、ちょっと、満帆。俺は大丈夫だから。えっと、そうだな。取り敢えず、何か食べに行こう! ね!」
「そうだね! 兄さん! 一緒に行こう!」
「ほら、メリも」
「ミ、ミツ!」

 手を握っただけでこんなに喜ぶなんて。また喧嘩するのかとヒヤヒヤしたけど、メリは少し我慢してくれた。それから、メリは俺に嫌われることを恐れているように見える。俺がメリを嫌うなんて絶対にないのに。

「満帆はあぁ言ってたけど、メリを嫌いになんてならないよ?」
「う!」
「だから安心して。ほら、美味しいものを一緒に食べに行こう?」
「そう、だな。一緒に、美味しいものを沢山食べよう。ミツ」

 一緒に、をすごく強調して言った気がする。本当に嬉しそうだ。満帆は不機嫌になっているけど、一応メリのことは認めているみたいで、邪魔するのも我慢しているみたいだ。あとで満帆のことも褒めてあげよう。喜んでくれるかは分からないけど……





 満帆に案内されて美味しいお店へ向かおうとしていた途中、昼間だというのに突然魔獣が出現した。黒い毛並みに禍々しい赤い瞳をギラつかせ低く唸っている。巨大な狼のような姿をした魔獣に人々は怯えて我先にと逃げ惑う。

「私達も加勢しますわ。英雄様!」
「英雄様一人じゃ心細いだろ? 協力するぜ」
「私は周囲に結界を張りましょう。フォローは任せてください」

 あまりのタイミングの良さに、俺は吐き気がした。あの魔獣には見覚えがある。王女様が俺を殺す為に召喚した魔獣だ。その魔獣が何故、全く関係のないこの国に突然現れるんだ? そして何故、魔獣が現れた直後に都合よく王女様達が駆けつけるんだ? 答えは簡単だ。あの魔獣を悪者に仕立て上げて、自分達の手柄にしようとしているんだ。

「トキワ様。あの子……」
「操られています。なんて、惨いことを」

 全身の毛をブワッと逆立ててトキワ様は魔獣を凝視する。俺と同じ光景が見えているんだ。魔獣に絡まった多くの糸。その糸に操られて、魔獣は吠えて前足を地面に叩きつける。メリ達は威嚇だと思っているが、あれは痛みに耐えられなくて泣いているだけ。心は嫌だと、殺したくないと必死に叫んでいる。あの時も、魔獣の心は泣いていた。

「助けなきゃ」
「神官の息子が持っている人形から糸が出ています。私が奪いましょう。ミツル様はメリ様達の足止めを」
「ありがとう。トキワ様」

 トキワ様は猫の体を上手く利用して人形を奪い取った。その間、俺はトキワ様に言われた通りメリと満帆の足止めをした。王女様達が色々と五月蝿かったけど、トキワ様が俺に人形を渡すと、彼女達は顔を真っ青にして返せと言ってきた。

「大丈夫だよ。必ず助けるから、今はお逃げ」

 動かなくなった魔獣に優しく伝えると安堵した表情をして人気のない森の中へ逃げていった。魔獣の後ろ姿を見守りながら、そっと人形を撫でる。禍々しい光を放つ人形には束縛や服従などの術が施されていて、王女様達がこの人形を使って魔獣を操っていたのは一目瞭然。

「神子様! それを返してください! それは私達のもので」
「神子様が触れていいものではありません! 危険ですから、王女様の言う通りにしてください!」
「魔獣を逃すなんて何を考えているんですか! この国が滅んだら神子様の責任になるんですよ!?」

 どこまでも自分本位な言い草に、俺は我慢の限界に達した。王女様だから、面倒事に巻き込まれたくないから、関わりたくないから、俺は何も言わなかったし、彼女達の問題のある態度も言動も見逃していた。だけど、我慢するのはもう無理だ。

「魔獣を操って、何をしようとしていた?」

 俺の言葉に、全員が言葉を失った。王女様は「さ、さあ。何の事かしら?」と惚けようとする。メリと満帆は驚いて三人を睨み付けた。

「どういうことだ?」
「操っていたの? あの魔獣を? どうして?」

 二人の質問に、王女様達は何も答えられずただ視線をそらすだけだった。
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