神子のおまけの脇役平凡、異世界でもアップルパイを焼く

トキ

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最終章

プロポーズ(リベルテ)

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 念入りに髪をセットし、正装に身を包み、その手にはブルースターの花束と高級な小箱。多くの人々が賑わう光景を眺めながら、その中に飛び込もうか悩んでいる男が一人。多くの人で賑わう広場の中央には、淡い青色の髪をした小柄な少年。彼は神話に出てくるような白い服を着ており、襟や袖には銀糸の刺繍が施されていた。その上から羽織る緑色のマントにも同じように銀糸で細かな刺繍が施されている。その姿は美麗で神々しく、多くの人々を魅了していた。

「まだ心の準備が必要なのか? リベル」

 式典やパレードに参加して疲れ果て、ユリウスの自室でゆっくり休んでいた夕は突然リベルテに連れ出された。リベルテは夕を連れ出すと「シンジュにプロポーズしたいから見守ってほしい」と告げた。

「これからシンジュと街に出掛けるんだ。そこで俺はシンジュにプロポーズする。でも、その……一人だと不安で……」
「シズクが居るじゃねえか」
「それは、そうなんだが。彼奴、俺には厳しいと言うか、冷たいと言うか」
「嫉妬か?」
「と言うより、情けない! みたいな?」
「……お前、シンジュとは恋人同士だろ? しかも相思相愛なのに何でヘタレになってる訳?」
「と、兎に角! 一緒に来てくれ! ユウ!」

 そうしてリベルテに連れ出されて約半日。シンジュとリベルテは何度もいい雰囲気になり、プロポーズするなら今! と言うタイミングはかなりあった。しかし、いざプロポーズしようとするとリベルテは無言になり、緊張のあまり席を外したり今のように路地裏に逃げて自己嫌悪に陥ったり。人魚族との件でシンジュを守り抜いたと言うのに、どうして今更「結婚してください」が言えないのか。二人は誰がどう見ても相思相愛だし、シンジュがリベルテのプロポーズを断るなんて絶対にあり得ない。

「ダメだ。どうしても緊張して……」
「シンジュが誰かに奪われても良いのかよ」
「嫌だ! 絶対に嫌だ! シンジュを幸せにするのはこの俺だ! 他の奴らなんかには渡さない!」
「それをシンジュに直接言ってやればいいだけだろ?」
「それとこれとは話が別だ! 結婚だぞ!? シンジュの大切な未来を俺が奪うって事だぞ!? 俺はシンジュと生きたいけど、シンジュは違うかもしれねえじゃねえか! 他の世界も見てみたいとか、旅をしたいとか、海に帰りたいとか言われたら、どうすりゃいいんだよ!?」
「もしそうなったとしても、一緒に見たいって言うに決まってるだろ? こんな暗い所でうじうじ考えてねえでさっさとプロポーズしろ」

 夕が「大丈夫」と「シンジュは受け入れてくれる」と説得してもリベルテはその場から動こうとしなかった。色々と面倒くさくなった夕が背中を蹴り飛ばしてやろうかと考えた直後、サッカーボールくらいの物体が高速でリベルテの背中にぶつかり、彼はそのままシンジュの前まで吹っ飛ばされた。

「キィ! キィ!」

 リベルテに直撃した物体はシズクだった。余程腹を立てていたらしく、シズクの頭からプス! プス! と小さな煙が噴射されている、ように見える。何時まで経ってもシンジュにプロポーズしないリベルテに痺れを切らしたのだろう。うじうじ考えてねえでさっさとプロポーズしやがれ! と、シズクは全身で表現していた。

「リベル、さま?」
「あ、えっと……その……」

 シズクの体当たりによってシンジュの前まで吹っ飛ばされたリベルテは暫く視線をさ迷わせた後、ピシッと姿勢を正してシンジュに向き合った。そして、漸く心の準備が出来たリベルテはシンジュにブルースターの花束と指輪が入った小箱を差し出した。

「は、初めて会った時から好きでした! 俺と、結婚してください!」

 シチュエーションやプロポーズの言葉は沢山考えたにも関わらず、いざプロポーズするとなると頭が真っ白になって何も思い浮かばず、リベルテは「結婚してください」とストレートに伝えるのが精一杯だった。




 先程まで賑やかだった広場が静寂に包まれる。周囲の人々は固唾を呑んで二人を見守った。シンジュはリベルテから差し出された花束を戸惑いつつも受け取って俯いた。僅かに肩が震え、小さな嗚咽が聞こえる。

「シンジュ?」
「ご、めん、なさい。う、嬉しくて……まだ、夢の中にいるのかなって。僕にばっかり都合のいい出来事ばかりで、こんなに幸せで、本当にいいのかなって、思ったら、涙が止まらなくて……」
「夢じゃない! 俺はずっとシンジュが好きで、結婚するならシンジュしか居ないって思ってた。それに、シンジュは今迄ずっと辛くて苦しい思いばかりしてきただろ? だから、これからは幸せになってもいいんだ。俺が絶対に幸せにするから、俺の想いを受け取ってほしい」

 シンジュの答えは最初から決まっていた。初めて会った時から好きだったのはシンジュも同じ。辛くても、苦しくても、悲しくても、リベルテが傍に居てくれるだけでシンジュは頑張る事が出来た。地上に放り出された時、初めて出会ったのがリベルテで良かったと何度思った事か。彼と出会えなければ、人間を勘違いしたままだったかもしれない。悪い人間に捕まって更に不幸になっていたかもしれない。全てに絶望して、魂ごと消滅していたかもしれない。

 リベルテは何時だってシンジュの味方だった。何時も優しくて、ピンチの時には必ず駆けつけて護ってくれた。沢山の愛情を注いでくれた。シンジュの夢はリベルテと二人で幸せに暮らす事。種族が違うから、背負わされた使命があるからと諦めていた夢が叶ったのだ。

「……リベルさまは、やっぱり優しいですね。とても優しい、僕だけの王子様です」
「それは、その、俺と結婚してくれるって事で、いいのか?」

 恐る恐る質問するリベルテに、シンジュは満面の笑みを浮かべて「はい」と答えた。「僕の夢はリベルさまとずっと一緒に居る事だから」と伝えた瞬間、シンジュはリベルテに強く抱きしめられた。愛しい人の腕の中はとても優しくて、温かくて安心する。

「どうしよう。嬉しすぎて何も言えない」
「僕も、幸せすぎて、頭がふわふわします」

 思う存分抱きしめた後、リベルテは小箱を開けて指輪を取り出した。シンジュの左手をとり、彼の薬指にそっと指輪を嵌めた。お互い頬を赤く染めて恥ずかしそうに視線を彷徨わせた後、ゆっくりと顔を近付けた直後、今迄黙って見守っていた人々が大きな歓声を上げた。突然の大きな終えに驚いた二人はバッと距離をとって周囲を見回した。

「良かったなあ、リベル! こんな可愛い嫁さんをもらって幸せもんだなあ!」
「海の神子様を悲しませたら許さないからね! 絶対に幸せにするんだよ!」
「俺達を無視してイチャイチャイチャイチャしやがって。自慢かあ? リベル?」

 色んな人と顔見知りのリベルテは多くの人達から「おめでとう」と言われ背中をバンバン叩かれ、首に腕を回され「幸せにしねえと許さねえからな!」と忠告を受ける。リベルテが「やめろ」と叫んでも「離せ」と腕を払いのけても次から次へと絡まれる為意味がない。大きな歓声と拍手はずっと続いており、花やら紙やら着ていた服やらが空を彩っていた。

 シンジュも多くの人々から祝福され、花や果物などを沢山渡された。何時の間にかシズクもやって来てシャボン玉のような水の玉を放出しながら楽しそうに空を泳いでいる。漸く結ばれた二人を祝福しているのだろう。水の玉は太陽の光に反射して宝石のようにきらきらと輝いている。幻想的で美しい水の玉は多くの人々を魅了し、広場は更に盛り上がった。

「わ、悪い。シンジュ。周りが見えてなかった」

「僕も、みんなに見られているって言うの、完全に忘れていました。でも、こんなに多くの人達に祝福されて、受け入れてもらえて、すごく嬉しいです」

「シンジュ」

 少しだけ騒ぎが落ち着き、再び向き合ったリベルテとシンジュは無意識に顔を近付けていた。顔が近くなり、もう少しで唇が触れ合うと思いゆっくりと瞼を閉じる。しかし、二人の唇が触れ合う事はなかった。触れ合う直前で再び周囲の人々が大きな歓声を上げたからだ。
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