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最終章

鈍感にも程がある

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 ガチャン。

 扉が開く音を聞いて夕は目を覚ました。ぼんやりする意識のまま上体を起こすが、ベッドから抜け出せない。腰に何かが巻きついて身動きが取れないからだ。

「おはようございます。ユウ様」
「ぁ、れ? くらうす、さん? おはよう、ござい、ます」
「はい。おはようございます。まだ眠そうですね。ゆっくり休んでください。他の方達もまだ休んでいますから」
「ほか……」

 気を失う直前の出来事を思い出して、夕は意識を取り戻した。あの後、シェルスがどうなったのか。鈴とシンジュは無事なのか。リベルテと太陽の神子は何処に居るのか。そして、ユリウスの安否。気になる事が多過ぎて、夕はきょろきょろと周囲を見渡した。

「此処はユリウス様のお部屋です。安心してください。ユウ様。ユリウス様もスズ様達も、全員無事ですから」
「シンジュとリベルも、無事?」
「はい。今はまだ眠っていますが……」

 全員無事だと聞いて夕は安堵した。ベッドの横で眠るユニコーン、夕の膝の上で丸くなっている黒猫。神殿での出来事は夢でも幻でもなく、現実だったのだと改めて実感した夕はへにゃりと笑った。そんな夕へ優しく微笑みながら、クラウスは今迄の出来事を簡単に説明した。

 シェルスが神子殺しの罰を受けた後、夕と鈴とシンジュが気を失った事。ユリウス達が夕達を抱きとめ、部屋まで運んだ事。全てが終わった事でユリウス達も安堵し、神子の力を多く使った事が原因で未だに眠っている事。夕達が眠っている間、クラウスが一人で城に居る者達に指示を出していた事。シェルスが地下牢に閉じ込められている事など。

「詳しい事は皆さんが目覚めてから話します。なので、ユウ様も休んでください」
「いえ。俺はもう大丈夫です。俺達が眠っている間、クラウスさんはずっと働いていたんですよね?」
「……まあ、そうなりますが」
「それなら、俺もクラウスさんのお仕事を手伝います」
「お気持ちだけで十分です。それに、その状態では動けないでしょう?」
「え?」

 クラウスに指摘されて夕は視線を自分の腰に落とした。夕の腰に巻き付いていたのは人の腕だった。ゆっくり視線を動かして、その腕がユリウスだと知ると夕はボッと顔を赤くさせた。「え?」や「あ」と単語を繰り返し、両手をブルブルと震わせ、助けを求めるような視線をクラウスに向ける。しかし、クラウスは満面の笑みを浮かべるだけでその場から動かない。

「以前話したように、月の神子であるユリウス様を癒せるのは夜の神子であるユウ様のみ。私のお手伝いをしたいと言うなら、ユリウス様の傍に居てあげてください。ユリウス様の傍に居る事が、ユウ様のお仕事です」
「ま、待って、待ってください! クラウスさん! 俺も……ぎゃふ!」

 ユリウスの腕をそっと腰から外し、ベッドから降りてクラウスに近付こうとした夕をユニコーンが引き止め、彼の背中を押して再びベッドへ戻す。ぽふん! とユリウスの隣に寝転ぶ形になり、夕は慌てて距離を取った。しかし、眠っている筈のユリウスに手を掴まれて彼の隣に引き寄せられる。抵抗する暇もなく、夕はユリウスに抱きしめられた。

「ユ、ユリウス様?」
「ユリウス様の事、よろしくお願いします。ユウ様」
「ま、待って、クラウスさ……」

 パタン。無慈悲にも、クラウスは退室してしまった。ユリウスに抱きしめられた状態の夕は何度か離れようと試みたがビクともせず、彼の腕の中で大人しくなった。





 目の前にはユリウスの美しい顔、振り向くと目を光らせているユニコーン。完全に逃げ場を失った夕は、気持ちを落ち着かせる為にギュウッと目を閉じた。静かな部屋に時計の音だけが響く。時々風の音や小鳥の囀りが聞こえ、夕は中々落ち着く事が出来なかった。

「ニャウ?」
「あ、こら」

 ユリウスと夕の間に黒猫が入り込んで横になる。黒猫はまだ眠るつもりらしい。無防備に眠るユリウスの顔が至近距離にあって心臓がドクドクと脈を打つ。普段は凛々しく美しいのに、眠っている時は少し幼く見える。ユリウスの安心した寝顔は目の保養だが、同時に毒でもあった。

「綺麗だったのに……」

 乱雑に切られた髪に触れ、夕は気持ちが沈んだ。ユリウスも夕もほぼ無傷だった事を喜ぶべきなのに、彼の美しく長い髪が犠牲になった事実は夕が思っている以上にショックだった。長い髪を紐で結ぶ姿も、眠る時に紐を解く姿も見る事が出来ない。そう思うと、夕は寂しくて仕方なかった。

『幼い俺の命を救ってくれたのは貴方だ。今度は俺が、貴方を護る番です。どうか、護らせてください』

 騎士達に囲まれて戦おうとした時に言われた言葉を夕は思い出す。幼い俺の命を救ったと、ユリウスは確かに言った。幼いユリウスを助けた記憶など夕にはない。けれど、命を狙われていた銀髪蒼眼の美少女を助けた夢は見た事がある。もし、それが夢ではなく現実だったのなら。もし、自分が助けた美少女が、幼いユリウスだったのなら。

『貴方が無事なら、髪などどうなっても構わない』

 ユリウスに護られる程の価値があるようには思えない。夕は至って平凡な学生だ。容姿は普通。成績も普通。幼い頃から料理と剣術を習っていたが、ずば抜けて優秀と言う訳でもない。普段から鍛錬に励んでいる本物の騎士が相手だと夕は簡単に負けてしまう。はっきり言って、夕は足手まといだ。

 クラウスもユリウスも「役立たずだとか足手纏いだとか思わないで」と言ってくれたが、二人に護られてばかりで何も出来ない自分が夕は許せなかった。夕は何時もユリウスに護られてばかりだ。それが申し訳なくて、とても悔しい。同時に、夕は嬉しいとも思ってしまった。ユリウスに護られる事が、彼に求められる事が。

「……ぅう、おれ、最低だ」

 意識しないように別の事を考えようとしても、ユリウスにキスされた事が頭から離れない。頬を優しく撫でる手も、甘く蕩けるような瞳も、柔らかく弾力のある唇の感触も、忘れる事が出来ない。ユリウスが自分の意思で口付けたのは明らかで、事故で片付けるには不自然。

 幼いユリウスを夕が助けた。ユリウスの大好物は林檎の焼き菓子。ずっと助けてくれた人を一途に想い続けている。普段は無表情なのに、夕の前では表情豊か。距離を置こうとすると、ユリウスは必死に夕を繋ぎ止めようとする。

「やっぱり、最低じゃん」

 何故、ユリウスが夕に拘るのか。どうして、ユリウスは夕を傍に置きたがるのか。ユリウスが夕を無条件で護ろうとしたのは何故か。その理由を、夕は漸く理解した。かなり遅い気付きではあるが、やっと真実に辿り着いた夕は両手で顔を覆って自分自身を呪った。嘆いている夕を慰めるように、ユニコーンが彼の頭を撫でるように食む。ユニコーンの優しさが、落ち込む夕の心に沁みた。
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