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第6章

最後の戦い3

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 もう少しで手と手が触れ合う直前、シェルスとユリウスの間に何かが割り込んで来た。突然の出来事に対応できず、シェルスはユリウスから離され転んでしまう。

「何考えてんだ! こんの馬鹿兄貴! お前が好きなのはユウだろ!? 好きでもねえ奴の手を取ろうとすんじゃねえ!」
「リベル?」
「リベルさまの言う通りです! 自分のせいで、なんて、思っちゃダメです!」
「シンジュ……」

 二人の間に割って入ったのはシズクだった。シェルスが手を出せないようにユリウスの前にリベルテが剣を構えて立つ。戻って来たシズクを抱きしめ、シンジュは「自分の心を偽らないでください!」と告げた。それはかつて、リベルテを諦めようとしていたシンジュが鈴達に言われた言葉だ。好きでもない相手と一緒になっても幸せにはなれない。自分の気持ちを偽るのはとても辛くて苦しい事。シンジュはそれを身を以て経験した。

「シンジュ様! 神子の力を使って、この魔法陣を消してください! 急いで! みんなもう限界です!」

 方法は至って簡単。ただ祈ればいい。魔法陣が消えるよう、夕達の苦しみが無くなるように神子の証に願うだけ。シンジュはクラウスに言われた通りシズクに祈りを捧げた。シンジュの祈りを受け取ったシズクはくるくると回転し、小さな水の玉を幾つも作っていく。シャボン玉のような水の玉が神殿全体に溢れ、シズクが「キュイ!」と鳴くと、無数の水の玉が一斉に弾けた。水飛沫を浴びた瞬間、毒々しい光を放っていた魔法陣は綺麗に消え去り、苦しみから解放された夕達はシンジュに駆け寄って小さな体を強く抱きしめた。

「シンジュ! 無事だったんだな! 良かった!」
「わ! ユ、ユウさ、苦し……」
「死ぬかと思った。礼を言うぜ。シンジュ」
「ひゃう! スズさんまで、頭撫でないでくださ、わぷ!」
「これで神子が揃ったな。にしても、助かったぜ。ありがとうな! 海の神子殿!」
「あぶ! ちょ、あなた、だれで……か、髪がぐしゃぐしゃにな、ひう!」

 ギュウギュウとシンジュを抱きしめる夕。優しく頭を撫でる鈴。髪を掻き乱すように豪快にわしゃわしゃするサイラス。慌ててリベルテが駆け寄って「お前らやり過ぎだ! シンジュが困ってるだろ!」と注意して、シンジュを自分の腕の中に閉じ込めた。

「だから、言ったでしょう? 余裕のある時こそ気を付けなさい、と」

 満面の笑みを浮かべ、クラウスは驚愕するシェルスにそう告げた。




 海底に連れて行かれた筈のシンジュが現れ、シェルスは「どうして」と呟いた。何故此処に海の神子が居る? カイリと契りを交わしたんじゃないのか。カイリはどうなった? あと少しでユリウス様が僕のものになったのに……

 神子封じの呪いも、シンジュの神子の力によって無効化されてしまった。先祖の時もそうだ。全て順調に行っていた筈なのに、あと少しで思い通りになる直前で海の神子に邪魔をされた。慎重に動いたと言うのに、邪魔されないよう最初に海の神子を遠ざけたと言うのに、何故目の前に海の神子が居るのか。シェルスは分からなかった。いいや、分かりたくなかった。海の神子が邪魔をする理由も、ユリウスが自分を選んでくれない理由も、自分が神子になれない理由も。

「こんなの、ちがう。これは、僕が望んだ未来じゃない。神子は僕で、奴らが偽物なんだ」
「は? 何言ってやがる? テメエが神子な訳ねえだろ?」
「サイ、ラスさ、ま」
「俺の名を気安く呼ぶんじゃねえ! 人の心と命を散々弄びやがって!」
「ユ、ユリウス様! 助けて! 助けてください! ユリウスさ……」

 取り乱したシェルスは、虚ろな目をしてユリウスに助けを求めた。ふらふらと彼に近寄って手を伸ばすが、触れる前に剣の切っ先を突き付けられる。

「俺に触るな」
「ユリ、ウスさ……」

 なんで、どうして、と呟くシェルスを慰める者は居なかった。演技なのかと一瞬疑ったが、何も仕掛てこないので神子封じが最終手段だったのだろう。静かになった神殿にシェルスの啜り泣く声が響く。そんな彼に追い打ちをかけるように、それぞれの神子の証が光を放ち彼を囲んだ。その光がカッと眩しく輝いた直後、突然シェルスが悲鳴を上げた。

「いやぁああああああ! なに、なに、これ……いたい、くるしい! やだ! やだやだやだ! こわい、たすけ、たすけて! ユリウスさ……うぁああああああ!」

 シェルスはユリウスに助けを求めようと手を彷徨わせるが誰も手を取る事なく、彼の藍色の髪は白に近いボサボサの白髪に、白く美しい肌は干からびて皺だらけになる。美しかったシェルスの容姿は、一瞬で骨と皮と皺だけの醜い老人の姿に成り果てた。苦痛に苛まれる。カイリはここで進行は止まったが、シェルスは老化の進行が止まらない。このまま進めば、彼は体の水分が全て無くなり、皮膚も骨も全て砂になってしまう。

「死なせませんよ。砂になるのはまだ早い。貴方には聞きたい事が沢山あるのですから、死なれては困ります」

 ゾンビやミイラと言われるような姿に変わり果てたシェルスにクラウスが冷たく言い放つ。クラウスが持つ杖の先が光っており、その光のお陰で老化の進行が止まったのだろう。

「ぅぐ……ぁ、ぁあ、が……」
「時間を止めたのか?」
「いいえ。時間の流れを遅くしただけです。ほぼ停止状態ではありますが、時間は進みます」
「クラウス様。シェルス様は、どうなるんですか?」
「罪を償っていただきます。本来なら彼は神子全員から罰を受けて砂になる筈でした。ですが、それだけでは足りない。暫くは神官と仲良く地下牢で暮らしてもらいましょう。死にたくても死ねない苦痛を味わいながら、ね?」

 五人の神子を貶め、海の神子と空の神子と夜の神子を消し去ろうとしたシェルスの罪は重く、生きて償う事さえ許されなかった。クラウスが言った通り、あのまま放置していれば彼は砂になって跡形もなく消えていた。しかし、クラウスは敢えてシェルスを助けた。消えるだけでは償いにならないからだ。

 シンジュとリベルテは二回目だったからまだ耐えられたが、やはり気持ちのいいものではない。シェルスの自業自得と言えばそれまでだが、神子殺しの烙印が如何に恐ろしいものなのか改めて実感する。途中からユリウスが夕を抱きしめて視界を遮り、サイラスも鈴に「見るな!」と言って彼の目を自分の手で覆った。

「当然の罰です。あまり気を落とさないでください」

 クラウスが優しく諭すように告げ、ユリウスとサイラスは「そうだな」と短く返す。結果がどうであれ、全て終わったのだ。やっと、五人の神子が揃った。シェルスに関して思うところはあるが、喜ばしい事でもある。何時迄も悲観してはいけない。

「皆様、よく頑張りました。これから忙しくなりますが、今日はゆっくり休んでください。疲れたでしょう?」

 安堵した瞬間、どっと疲労が押し寄せ夕はユリウスの腕の中で気を失ってしまう。鈴も同じようにガクンと崩れ落ちてサイラスに抱きしめられたまま眠ってしまった。神子の力を広範囲に使ったシンジュも突然目眩に襲われてその場に倒れる。咄嗟にリベルテが抱きとめ、彼の腕の中でシンジュは深い眠りに就いた。

「俺達も休むか」
「あぁ。流石に疲れた」
「同意見だ。立ってるのが不思議なくらいだ」

 それぞれ愛しい存在を抱き上げ、ユリウス達も休む為に自室へ戻った。本当に頑張ってくれた彼らの為に、クラウスは「今回は特別です」と告げ、転移魔法を使った。一瞬で自室に転移したユリウス達はそのままベッドに直行し、愛しい人を抱いて泥のように眠った。
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